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松島良雄『林業経済学』(1961年、地球出版)について

私は、「林業経済学とは何か」について、強い関心を持ってきた。
なぜなら、「林業、林産業、山村さらには人間と森林との幅広いかかわりに関する社会科学および人文科学の理論的・実証的研究」を扱うことを自称する林業経済学会、およびそれと大同小異の林業経済研究所が主張する「林業経済学」なるものは現代の学術として当然具えているべきものを欠いているためである(いつか稿を改めて書く)。
林業経済学会の旧HPには、「森林, 林業, 山村, 木材, 緑, 環境, 教育, ボランティア, リクリエーション, 国有林, 労働, 森林組合, 行政, 財政, 経済学, 社会学, 教育学」なるキーワードが付されていた。林業経済研究所の機関誌には、「森林,林業,山村,環境,木材」「経済学,政治学,社会学,民俗学,人類学」を扱う雑誌である旨の図案が付されている。

『林業経済』に付された図案


ただ、常識的には社会学や教育学、政治学や民俗学が経済学に含まれるなどちゃんちゃらおかしな話だし、歴史的にもこのような意味で「林業経済学」が展開し続けてきたわけでは全くない。現在の「林業経済学」がこれを自称するにふさわしい内実や気構えを具えているとも思われない。

この記事で取り上げる松島良雄の『林業経済学』は、70年以上前の書でありながら、鮮烈である。私は、ここで松島が提示した林業経済学の定義が、既存の林業経済学の定義の中で最も普遍的かつ的確であり、かつ本書はそのように定義される林業経済学の輪郭と内実を高い水準で提示していると思う。ここでの松島による林業経済学の定義は、以下の通りである。


林業経済学は人と森林との経済的関係を中心的な研究領域とする。ここで林業とは、本来、森林及び林地を対象として、林産物などをうるところの、人間の生産的な経済活動である。
林業経済学はこの林業を直接の研究対象とするが、経済研究の性質上、ひろくそれをとりまく社会経済的事象をもあわせて考究する必要を生ずる。この意味では、その研究領域はさらに充実し、森林及び林地の経済的な生産利用と、そのような生産及び利用に働きかけ、条件付け、それを規制するところの経済的、制度的諸要因を取り扱うと定義されよう。その際、林業の生産物から消費財が出来上るまでに、ふつうはかなり長い加工流通の過程を経ること、また国土の保全やレクリエーションなどについての特殊なサービスが供給されること、などの事情のため、その研究領域が土地生産をはなれて拡大されやすい。
なお林業経済学の研究に当っては、主として理論経済学の手法がとり入れられるが、本来、実践的性質のつよい応用研究の領域であるから、物理的、生物的な諸要因についての理解をもあわせて必要とする場合を生ずる。


本書の序章は、このようにして、林業経済学とは何で、どうあるものかを丁寧に説明してゆく。第2章以降も、どうしてこんなに良いものが書けたのだろう、と驚かんばかりに内容が充実している。個人的には、「林業経済学」の教科書として空前絶後のものだろうと思う。
(数式の細かいところまで目を通しているわけではないが)

ではなぜ、そんなにいい本があるのに私が大騒ぎしているのか、ということだが、それは、この本が林業経済学会・分野で認知されているとは思えないからである。これまで、この本のことが話題に挙がったことは全くない。「鈴木編の『現代林業経済論』が最後でほぼ唯一の「林業経済学」の教科書、あるいはそれをめざしたものといえるだろう」とする柿澤のこの論考(3.2)も本書には言及していない。
Cinii Booksで調べると、北大を含む、旧林学科のある多くの大学の図書館に所蔵してあるそうであるが、なぜここまで知名度が低いのかは不明である。
(戦後の林業経済学はマルクス経済学が主流であったことと、松島が大学ではなく農林省・林業試験場にいた期間が長いせいか?にしても、知識マウント大好き人間が目立つ林業経済学分野で、なぜここまで誰も知らないのか理解できない。)

これからの林業経済学を考える上でも、この本は言及せざるを得ないものだと思うが、なぜ昔も今もこれに全く言及されないのか、林業経済学分野の人々が全員不勉強なのか、よくわからない。
なお、筆者は本書を研究室の書棚で見つけたが、現在では本書を国立国会図書館のサービスで閲覧可能である。

章立て(国会図書館DBより引用、ヘッダーの画像も同様。)

目次
第1章 序論/p1
 第1節 林業経済学の研究領域/p1
 第2節 経済学の主題と輪郭/p7
 第3節 林業の特徴/p12
 第4節 林業経済学の内容事例/p20
 第5節 本書の意図/p25
第2章 経済活動としての林業/p27
 第1節 経済活動の中での林業/p27
 第2節 企業経済組織での林業/p33
第3章 林産物の需要と供給/p44
 第1節 林産物(およびサービス)の消費/p44
 第2節 林産物に対する消費者需要/p47
 第3節 林産物(およびサービス)の供給/p57
 第4節 誘発需要の性質/p66
第4章 林業の生産経済/p76
 第1節 企業と生産/p76
 第2節 土地利用における投入と産出/p90
 第3節 林業生産の経済/p103
 第4節 生産物と生産要素の最適結合/p118
第5章 生産過程の経済/p132
 第1節 林産物の加工/p132
 第2節 林木の収穫/p139
 第3節 林木の育成/p149
 第4節 林業産出の決定因/p158
第6章 保全と林業/p181
 第1節 土地資源の保全/p181
 第2節 林業生産における保全/p194
 第3節 社会的収益と私的収益/p201
第7章 生産要素の性質と所得の分配/p209
 第1節 林地/p209
 第2節 労働/p225
 第3節 林業の資本/p242
 第4節 林業所得の分配/p259
第8章 林産物の取引と価格/p266
 第1節 林産物の取引/p266
 第2節 林産物の価格/p281
第9章 林業の経営形態/p293
 第1節 生産の経済的形態の歴史的変化/p293
 第2節 経営の経済的目標による分類/p300
 第3節 林業経営の企業形態/p310
第10章 林業の改善/p331
 第1節 経済組織の能率と衡平/p331
 第2節 制度と政府の作用/p342
 第3節 経済政策の課題/p351
 第4節 経済政策の一事例/p359



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