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懐かしき声がする。

本物のファンはスタジアムにいる。

それを知ったのは2008年。


日付は調べましたよ、12月8日。
場所はカンプ・ノウ・スタジアム。

バルセロナはペップバルサ1年目。
伝説の三冠シーズンの1回目。
現代フットボールのエポックメイキングな年。

ロナウジーニョとデコが去り、
メッシが背番号10番になった年。

たまたまなんだけど、
その当時に僕は、
スペインはバルセロナに住んでいて。

そこで一番感動した話を。

サッカーで一番感動したのは12月8日。
翌週12月14日に控えた「El fútbol del clásico」、
つまり対レアル・マドリッド戦じゃない。

マイフェイバリットな瞬間はその前週に起きた。

確か当時はチャンピオンズリーグも重なって、
ピレネー山脈だか、アルプス山脈だか、
日程を山脈に例えて、
「長い山登りが始まるぞ」って、
そういう報道だった筈だ。
要は「山場」ってこと。

で、そこでの話題は、1人の男について。

それは、ティエリ・アンリ。

皆さん、ご存知ですよね?

フランス代表でワールドカップ制覇。
選手としてはアーセナルの王様。
最も好きな選手に「アンリ」を挙げる人もいる。

あのティエリ・アンリ。

そんな選手が当時の高レートで、
つまり大金でバルセロナに移籍していた。
何億だっけ?30億?
当時としては破格だったのは覚えている。

ところがコレが全くフィットせず、
大活躍どころか、それなりの活躍。

得点どころか、決定機にも殆ど関われない。
チームは後に伝説になるほど、
絶好調のチームだったから、
連勝街道を直走っていた。
それでもアンリだけハマってない。
現地でも、そういう評価だった。
まあ、誰が観てもそうだわな。

そして僕はと言えば、
ホームでの試合は、
勿論、スタジアムに観戦に行っていたけど、
アウェイ戦はバーで観るのが通常。。

バーでは酔っ払いが怒号を上げる。
「あのフラ公に幾ら払ったと思ってんだ!?
何でアイツはあんなモンなんだ!?
本当にあのアーセナルのアンリか?」
学校でも話題は、ソレ。
僕の友人達も口を開けば「アンリが…」と。

とにかくアンリの活躍だけが、
上手く行ってないという状況で。

で、その12月8日の少し前の話。
カンプノウでの試合。
僕はたまたまフランス人のヤンキー、
アナイスって言う可愛いけど、
頭のちょっとおかしい女の子を含め、
学校の友達とでカンプノウに行った。

で、その試合がまさにダメで、
決定機をアンリが外して、
ピッチも険悪なムード。
観客もとうとうアンリに大ブーイング。
するとそれを聞いたアナイスが、
悲しくなって泣き出したって訳。
「アンリはフランスに帰るべき。
ここじゃ、こんな酷い目に遭う。
バルセロナなんて、大っ嫌い」
なんて泣いてる。

“あー、アンリもヤバいな”
それが僕の当時の素直な感想。

このエピソードがあったからこそ、
今でも頭に残っているのもある。

で、そこからですよ。

まず新聞がアンリを酷評。
しかもバルセロナよりの新聞、
「ムンド・デポルティーボ」ですら、
論調は、そう、「アンリを外せ」だ。

テレビも観たよ。
「さあ、いよいよバルセロナは、
好調を維持して、ピレネー山脈に挑みます。
まずは今週のバレンシア戦!
気がかりは今季加入のアンリですが…」と、
そんな論調。

バーに行けば「アンリがねぇ…」と嘆かれ、
ディスコに行けば友人が「アンリはどうなの?」
「大金が無駄。あいつは要らない」
ずっと毎日、そんな感じ。
テレビもずっと言ってる。

極め付けは、
日本のYahooニュースのトップトピックス。
そこにまで「アンリが不調。
遂にスタジアムで大ブーイング」
と書かれる始末。
町中の若者の街頭インタビューも、
「アンリ?全然ダメ。話になんない」
みたいな感じだったな。

“アンリは正念場だな。
このバレンシア戦がダメなら、
翌週のクラシコはないかも。
なんとか頑張って貰いたいな”と。

そして、迎えた12月8日。
久しぶりに、難敵を迎えて、
優勝を占う決戦に、カンプノウも大賑わい。
確か8万人以上がスタジアムに入った筈だ。

チケット代も高いのよ。
バレンシア戦はね。
1万円近くした筈だよ。

で、カンプノウでは試合開始直前に、
選手名がコールされるんです。
スタジアムの名物アナウンサーが、
選手の名前を呼び上げる。

当時、一番歓声を浴びてたのは、
もちのろんで、メッシ。
「リオネル・メッシ!」と呼ばれると、
景気の良い大歓声と拍手。

二番目は誰だと思う?
エトー?チャビ?イニエスタ?
正解はプジョルだったな。

メッシは人気があった。
プジョルは尊敬されてた。
だからプジョルの方が、
歓声はちょっと野太い。笑

で、正直、アンリへの歓声は常に控え目。
そりゃ開幕から低調なんだもん。
インビンシブルズの彼をイメージするじゃない。

で、その12月8日。勝負の日程だ。
今週はバレンシア。来週はレアルマドリッド。
何回言うねん、俺。

そこで僕が震えたシーンは、
試合開始直前だ。
選手名が順番にコールされていき、
「ティエリ・アンリ!」と!!!

“アンリはまたブーイングかなぁ”と思った矢先、
あのメッシへの歓声を超える大歓声!!!
耳をつんざく大歓声!!!!

「アニモー(頑張れ)!アンリー!!!!」と。

あれだけミッドウィークは、
散々批判されてたのに、
極東の地の日本ですら、
「現地でアンリがブーイングされている」
と報道されていたのに、
いざ、蓋を開ければ、
現地、カンプ・ノウでは大歓声!!

ニュースであれだけ批判される姿を観て、
本物のファンがどう思ったか、だ。

本当にチケット代を払って、
わざわざ時間と労力を使って、
スタジアムに駆け付ける奴は本物のファン。

本当のファンなら、
アンリを批判するのんじゃなくて、
応援するんだよな。

そりゃ、そうだ。
当然だよね。
あの時は妙に納得した。

FCバルセロナを愛していて、
心から勝利を願っている。
その為には選手に活躍して貰いたくて、
その為に声援を送って支える。

そりゃ、本物のファンはそうだよな。
自前の選手に失敗して欲しいんじゃない。
自前の選手に活躍して欲しいんだよね。

批判なんてしてる奴は、
どうせチケット代を払ってまで、
スタジアムなんかに来ない奴等なんだよ。

そして、その大歓声に、
驚いた表情を見せたティエリ・アンリ。
周囲の選手もニンマリしてたよ。
観客席に向かって、拍手。
振り返ってスタジアム全体に拍手。
顔を紅潮させてたのは間違いない。
目も充血してたと思うよ。
僕は観客席にいて、視力が悪いので、
確かなことは言えないけど、
ユニフォームの袖で、
頬を拭っていた様に見えた。

当時のテレビカメラに、
収まってるんじゃないかな。
当然、現地にいたから、
試合をテレビでは観てないからね。

で、試合はどうなったか?

ティエリ・アンリ、大爆発!
まさかの3ゴールでハットトリック。
選手も大喜び!観客は興奮の坩堝!
僕もしっちゃかめっちゃか。
もう飛んで、跳ねて、大騒ぎ。

先述の通り、
基本的にはメッシへの歓声がいつも一番なの。
それでもあの日はずっとアンリコール。

「アンリー!アンリー!アンリー!アンリー!」
ずっとアンリコールだったんだよねぇ。

あんなに世間の風評と、
現場って温度差があるんだな、と思い知った。

ニュースでは批判される奴が取り上げられ、
でもスタジアムに行ったらソイツに、
観客から大声援で激励のエールが届く。

そういう熱い世界が現地にはある。
情熱と優しさを持った本物がそこにはいる。

本物のファンはスタジアムにいる。
チケット代を払って、
労力と時間を犠牲にして、
スタジアムに駆け付ける人は本物だ。
クラブの為にお金を払っている。
そのお金がプロ選手の給料になってる。
そして、その対価として、
選手は熱いプレーを魅せる。
コレぞ、プロスポーツのあるべき姿。

あれが僕の現場主義を決定的な物にした。
行かなきゃ、ダメ。
例え、一緒に行く仲間がいなくても、
一人でも、行こう。
そこには本物がいる。
本物の物語がある。

テレビ、インターネットやSNSで、
偉そうに言ってる奴等なんか、
ハナクソみたいなもんよ。

スタジアムへ行こう。
本物を観に行こう。
そこには本物の選手がいる。
そして、それだけじゃない。
そこには本物のファンもいる。
本物の大歓声がそこにはある。
情熱と歓喜が現地には存在している。

ところが、今は、ちょっとお預けだ。
俺達はその事実に辟易してる。

それでも、また、春を待とう。
まだ見ぬ春。明日を超えて。
いつか、いつか、きっと届く。
瞼閉じれば、そこに。


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