見出し画像

それが最初で最後だった

住んでいる世界が違いすぎる。
歩いてきた道が違いすぎる。
だから俺は同窓会に行けないし絶対に誘われない。


一人二人いる中学時代の友人と年に一度か二度、下手すりゃ数年に一度会うことはある。
それ以外は一度もない。

そりゃそうだろう。誰が好き好んでこんな悪魔のような酔っぱらいのアウトロー人間に接触する必要があるのか。
自分自身でもそれは理解しているつもり。

それは学生時代からやはり変わらなかった。
存在自体が異質であり、異物。
誰かと遊ぶことはあっても、どこかで必ずギクシャクしてしまう。やはりひとりが楽。
それこそ先に書いた中学時代の友人数人くらい。それも今は疎遠だ。


そんな俺の高校時代。
酒とタバコとギャンブルに明け暮れて、毎日職員室に呼び出されては教頭先生に怒られていたロクでもない青春時代。

世はバンドブームで、やれブルーハーツだの、やれパーソンズだの、フライングキッズやらのイカ天バンドだの賑わっていた。

その中でも俺がとりわけ気に入っていたのが筋肉少女帯だった。

皆が愛だの恋だのを歌ってる中、米だのカレーだのの歌を歌っていたのだ(笑)
しかしよくよく聴けば、キャッチーな曲からアホな曲だけではなく、侘しさの中から小さな希望を見つけるような曲や文学的な曲もある。

うろ覚えだけども、ボーカルの大槻ケンヂはこんな事を言っていた。

「学校が終わったあとの夕暮れ時、自転車の鍵を無くして学校に取り残され、拾った石で自転車の鍵を壊そうとひとりガン・・ガン・・と叩いていたような生徒だった」

ああ。
俺以外にもこんな人やっぱりいるんだな。
このエピソードを聞き妙な親近感を覚え、好きになっていったのだ。


そんな筋肉少女帯が札幌にやって来ることになった。
一度生で聴いてみたい。コンサートに行ってみたい。

だがそれまで一家心中を考えるほど貧乏だった俺はコンサートなんかに行ったことがない。
チケットの取り方がわからないのだ。

電話をかける?無理無理。
チケット売り場?行ってどう頼めば良いのか?
諦めの早い俺は、恐らくチケット売り場の前で数秒地団駄を踏んで、結局パチンコをして酒呑んで帰るだけであることは容易に想像できる。

「うーん・・・」と教室の隅の窓枠に肘をつき、ボンヤリと流れる雲を見つめながら悩む。
コンサートのチラシか雑誌の切れ端かを手に持ち、それを見て少し考えてはまた空へと視線を移す。

「どうしたの?」と声をかけてくれたのはクラスの中で少しだけ仲のいい女の子。
一人ぼっちでいると気にかけて話しかけてくれる、ちょっとだけ恰幅がよくて優しい肝っ玉母さん風な女の子だ。

チケットのことを話すと胸をドンと叩いて「私に任せなさい」とにっこり微笑んだ。
俺の性格や境遇もよく知っていて、いつも何かと面倒を見てくれてはいたが、今回もまたお世話になることとなった。ありがとう。


数日後、俺の元へと駆け寄ってきた彼女は「チケット取れたよ~」と微笑んだ。
「ありがとう。いくらだった?」と聞くと「ええと二枚で・・・」と言いながら指を折りながら計算をしている。

「え?俺ひとりだよ・・・?」「え?!」

さすがの彼女もまさか俺が一人で行く予定だとは思っていなかったらしい。
キョトンとしていた彼女に「ああ、でも二枚分ちゃんと払うよ」と伝えると、数日前に見たようにまたドンと胸を叩いて「しょうがないなぁもう!じゃあ私が一緒に行ってあげる!」と笑った。

いやいやいやいや。
筋肉少女帯には悪いけど、筋肉少女帯だよ?(笑)
それは無茶って話だろう。

「大丈夫大丈夫」と言いながら席に戻ろうとする彼女。
「チケット代は・・」と言いかけると「いいからいいから」と笑う。
結局お金を受け取るどころか、チケット代すら教えてくれることはなかった。


コンサート当日の夕方に街で待ち合わせ。
会場である北海道厚生年金会館へ。
少しだけ興奮している俺を優しく見つめる肝っ玉母さん・・・じゃなく彼女。

中に入るとすでに興奮したファンたちが今か今かと主役の登場を待ちわびていた。
俺達の前の座席には、南無阿弥陀佛と背中に刺繍が施されたハッピを着た女性二人組。

「な、なんかすごいね」と尻込みする彼女に「なんだか・・ごめんね付き合わせて」と謝ると「いいよいいよ!沢山楽しみなさい」と笑う。

筋肉少女帯が登場し、コンサートが始まる。
興奮のボルテージは上がりっぱなしで、気がつけば立ち上がって拳を突き上げ叫び続けていた。
たまに横を見ると彼女は座ったまま手拍子をしながら、俺を見てニコニコと笑っていた。

アンコールの曲が終わり幕が下りる。
楽しかった。本当に楽しかった。人生で一番叫んだかもしれない。

外に出て「ありがとう」と何度も彼女に伝えると、なぜか涙ぐみながら「良かったね」と笑ってうなずいていた。
この後一緒に御飯を食べた気がするがあまり記憶に残っていない。帰るまでずっと興奮していたからだ。

学校でもお礼をしようとしたら「シー!」と口の前に指を立てて「内緒にしとこう?」と笑いながら言われた。
その理由はわからない。もう二度とわからない。


高校を卒業し、就職してしばらく過ぎたある日の夜のこと。
会社に一本の電話がかかってきた。
「KTさん、高校時代の友人から電話ですよ?」

同窓会かな?珍しいこともあるもんだなと思いながら電話に出ると、クラスで仲の良かった(肝っ玉母さんの彼女もいた)女グループのひとりが泣いていた。

「死んじゃった・・・〇〇死んじゃったよどうしよう」

コンサートに連れて行ってくれたその彼女のことだった。
「え・・・?」
絶句した。

十勝方面の田舎道で出会い頭の衝突事故、まさに十勝型事故と名がついているタイプの事故だ。
電話の向こうでひっくひっくと泣きながら、話を続けはじめた。

夢を叶えて看護婦になったこと。
先輩ナースの助手席に乗って事故にあったこと。
即死だったこと。

「あんた世話になってたでしょ・・・コンサートとか連れて行ってもらったりとか」
そうか、こいつには話していたんだな。
「だから早く伝えないと思って」と言ってまた泣いていた。

「〇〇日にお通夜だから・・・」と言ってきたところで「行かないよ俺」と伝えた。
今度は向こうが絶句した。

「なんか行ったら〇〇が本当に死んじゃう気がするから・・」と伝えると「そう・・」という寂しそうな返事をして「わかったまた連絡するね」と言って電話が切れた。


どうにも俺はまだ信じられなく、そして信じたくはなかったのだ。
後日、約束通り連絡が着た。

「ただ眠ってるみたいな綺麗な顔してたよ」
「そうか」
「みんな集まって同窓会みたいになってどっか行っちゃった」
「そうか」
「仲良かったのあんたと私達くらいだしね。私と△△ちゃんだけ残った」
「ああ・・まあそうだろうな」
「それだけ。もう切るね」
「ああ・・ありがとう教えてくれて」

閉店間際の電話。
店のシャッターを下ろし、クソまずい酒を呑んで帰った。
何を呑んでも全部塩味だ。


小中高通じて、クラスの誰かから連絡が着て誘われたのはこれが最初で最後だった。
こんな形での同窓会なら誘われなくていいけれども。
勉強机のマットを捲ると、修学旅行のバスの写真の中で今も彼女が笑っている。

その笑顔を見る度に、北海道厚生年金会館まで足を運んでお酒をひっかけ当時のことを思い出していたのだけれど、この建物も先日解体されてしまった。



頂いたサポートはお酒になります。 安心して下さい。買うのは第三のビールだから・・・