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ラフティングnote.3~ラフティング挑戦の原点は川遊び~

前回のnoteで、私とラフティングの出会いは「1995年、東京の国分寺駅の近くにあった本屋で」ということを書きました。

でも、そもそもラフティングは川の流れで行うものであり、その川との接点という視点で考えれば私と川との付き合いはもっと昔に遡ります。

これは多くの方も同じような体験をしているかもしれませんが、私は小さい頃に川に遊びにいっていた記憶がたくさんあります。

特に小学生になってからは釣りに目覚め、お年玉を全部釣り道具に使うほどの所謂「釣りキチ少年」となっていました。

小学生の頃は学童野球をしていたので、たまの休みの日には野球部の友達と近くの川や池などに釣りをしに自転車でよく行っていました。

そしてこれも釣り好きの子供にお決まりのパターンですが、釣りに飽きると川で皆で遊び始めるというものです。

川で泳ぐのはもちろんですが、ときには川岸いっぱいに広がったテトラポットの上をぴょんぴょん跳び回ったり、浅い堰堤を水中を歩いて対岸まで渡ったり、山の中にあった小さなダムの高さ20メートルくらいある堤防上部を歩いたりと・・・。これは高かった。幅3メートルほどの堤防上部ですが柵も何もないところ。一歩間違えば確実に天国に(地獄?)真っ逆さま。

今考えるとかなり危ない遊び方をしていたこともありますが、小学生当時はそんなことはまったく頭にないし教えてくれる人などもいなかったので本当に好き勝手に川などで遊んでいましたね。

いや・・ほんと事故にならなくて良かったと今さらながら思います。

あのときちょっと間違ったら・・・風がすこし強く吹いていたら・・もうこの世にいないな・・なんて経験も何度かありますから・・。

そして、時にはデパートなどで売っていた安いレジャー用の小さいビニールボートを持っていき、川の上流からそれに数人で乗り込み、ある程度川を下ってはまたそれを繰り返すなんて遊びもしていました。

思えばこれは完全に「ラフティング」でしたね。ボートで川下りですから!

もちろんそこまで激流ではなく、軽く流れがあり波が少し立っている程度のものでしたが、パドルなしライジャケなしでハンドパドルのみで下っていく「川下り」は、とてもエキサイティングで面白かった記憶があります。

ときに大岩の淵などの深いところでボートを浮かべ、友達と「これすごい深いな・・・そこが見えない」なんて下を覗き込みながら話していたものです。

前回のnoteで私が21歳の時に「オーストラリアでラフティング!」という決断をほぼ即断でしたのは、こういった私の過去の体験があったからこそかもしれません。

その時は昔の川遊びのことなどまったく頭には浮かんで来なかったのですが、意識しなくとも私の記憶、潜在意識の中で「これは絶対に面白い!」と感じとっていたのかもしれません。

潜在意識といえば、よく日常生活において「アレ何だったかな??」「あの人の名前は何だったかな?」ということがあります。

記憶のどこかに覚えているはずなのに、その時にど忘れしてしまい口からその言葉、単語が出てこない・・・。そんな体験は多くの人があることです。

そんな時、私の場合はその時に思い出すことはほぼありません。思い出すのを諦めて、そんな事すら忘れていた頃にふと頭の中でその忘れていた単語がポンって浮かんできます。

自分で思い出す作業をしていないにも関わらず、いきなりのタイミングで思い出す。自分の意思とは全く関係ないところから単語が出てくる。

一体何が起こっているのか・・・これはどこかで読んだ知識ですが、このような時に人は自分では「思い出すのを諦めよう」としましたが、その潜在意識の部分では「思い出す」という作業を継続しているそうです。

まるで頭の中にもう一人の自分が存在していて、自分の意識とは別の作業をしている。最初にこの話を聞いたときは「本当にそんな事があるのかな」と半信半疑ではありましたが、でも確かに言われてみればそうとしか考えられません。

人が色々なタイミングでその瞬間瞬間で決断をする時、自分の中ではわずかな時間で決断したつもりでも、実際には自分の「潜在意識」というそれまでの人生の膨大な情報量を元に決断していることは間違いありません。

ま、それが正しい決断なのか?その時に最適な決断なのかは別問題となるでしょうが・・。

でも考え方によっては、その時のそれぞれの決断や判断は、その人のそれまでの人生の集大成の上に成り立つものとも言えます。

そうなると、最終的にはやはり人はそれまでの人生をどう生きてきたか?どう考えてきたか?どう感じてきたか?が次の人生への決断をする上で大切になってくる事は間違いありません。

ということは年を重ねるごとに、自分の潜在意識の中にあるもう一人の自分は際限なく成長していき、勝手に継続して仕事してくれる存在なのかもしれません。なんてすごい奴なんだ・・・。もっとお近づきになりたいものです(笑)

なんだか話が脱線し長くなってきましたので、もう終わりにします。

結論、私のラフティング人生の原点は、故郷である栃木県の川にありました。ちなみにボートで下って遊んでいたのは鬼怒川です♪

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