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# 111_なぜ対象がエンジニアなのですか?

 端的には、実質、エンジニアが私たちが生きる新しい社会をつくっている当人であるからです。もちろん当たり前ですが、あらゆるすべての人工物をエンジニアがつくっているわけではありません。ですが、私たちが今生きている時代の社会システムとエンジニアリング、とりわけ情報技術というのはとても相性がよい。いわゆる世界が変わった、社会が変わったというときに、情報技術がそのテコのような存在になっている場合が少なくありません。社会を形づくる、もう一層目の地層のようなものをテクノロジーが担っている。そう言っても過言ではない程に、社会の造形においてテクノロジーというものは無視することができない存在となっています。
 それゆえ、テクノロジーをつくるというのは直接的に社会に影響を与える、場合によっては強烈に暴力的にもなりえる創造行為と言えるのではないかと思います。つまり、ある場合において美学なきエンジニアリングというのは、実は非常に危険な行為であるのかもしれないのです。別の言い方をすれば、テクノロジーをつくるエンジニア、その一人ひとりが個人として自らがどのような社会像を望んでいるのか、その想像力を持つ必要があると言い換えることができるかもしれません。その個人の美学や夢想といったものと、エンジニアリングという実践が直接的につながっているということ。私が出会った人で、そのようなことを感じるのがメディア・アーティストであったり情報工学系の研究者であったりするのは偶然ではないでしょう。いずれもテクノロジーを扱いながらアートや研究という形をとって自らの美学や夢想を問い続けているように見えます。
 なにか大きな物語を動かしていくような、効率化させるためにテクノロジーを扱うのではなく、自らにとっての現実を生起させるためのクリエイションとしてエンジニアリングを実践する。それは、ある意味で文学的なエンジニアリング、詩的なエンジニアリングと言ってもいいかもしれません。自らの物語を立ち上がらせるためにエンジニアリングを実践する、代替不可能な自分の存在、その個別性を浮き上がらせるための行為。誰かにとって便利で、なにかを効率化させる、他者のための課題解決のエンジニアリングではなく、自らを俯瞰的に捉え、自分がなんらかの当事者であることを自覚する。そこから、その課題に寄り沿い続けるために、つまり「自らのために」エンジニアリングを実践する。そのような実践をする人が増えていくことが結果的に、オルタナティブな小さな社会がぽつぽつと生まれていくことにつながっていくんじゃないかと、そう考えているのです。
 そして、プロジェクトに参加される弱視者の方の場合と同様に、参加されるエンジニアの方と私はある緊張関係に置かれるでしょう。まず、前提として私自身は制作においてエンジニアリングを主要な手段として扱わないタイプのつくり手です。私自身の表現の手段や専門性を問われたら、端的には文学とデザインリサーチと答えるでしょう。つまり、私自身はエンジニアの新しいロールモデルにはなりえない。しかし、私は今まで徹底して文学的な力、デザインリサーチの専門性を用いて、当事者でありつくり手であり続けてきた、それだけははっきりと言えそうであります。
 としたときに、当事者性とエンジニアリングを結び付けるために、エンジニアリングに文学性を吹き込む、そのための方法論を私が設計し参加者に提供する。その実践の過程で、その人にとっての独自の方法論が生まれてくる。参加者個々人が持つ独自の方法論を組み合わせるような形で参加者同士が協働する。プロジェクト内での実践を通じて生まれた知を、プロジェクトの外にいる人たちに流通させる。それによって、その新たなエンジニア像を表象する。似た課題感を持ったエンジニアが、その知を使って自らの物語を紡ぎ続けられるようにする、その人の個別性を守り続けられるようにする。そのような関わり方ができるのではないかと考えているのです。
 そして、またここでも互いにつくり手としておもしろくあり続けているかを問うような、そのような緊張関係であるわけです。そのようにして、本プロジェクトに参加いただく弱視者、エンジニア、そして我々運営者も、それぞれに自立した一本の糸として参加する。その自立した糸同士が協働を通じて共生を編む。それぞれが当事者兼つくり手として、このプロジェクトを通じて集まり、自立した個として互いに緊張関係を持ちながら、自らにとっての当事者としてのつくる行為を共有することである種の秘密を共有する。その先に、それぞれの複雑さが複雑にからみあい、予想しえなかった交点が生まれる。その一つの発露として発明がある。つまり、このプロジェクトは、まずは弱視者、エンジニア、運営者を具体的なモデルに、つくることを通じて自立し共生する、それによって立ち上がる社会の造形を試みる実験なのであります。

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Keisuke Shimakage

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