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小さな灯が宿った日

2023年10月20日(金)
今日もじじばばの家で、朝は9時半に起きた。昨日1時ごろには眠れたが、3時には起きてしまい、そこから寝付けなかった。結局朝の6時過ぎまで起きていたので、睡眠時間が短めで頭が相変わらずぼーっとしている。今までこんなに時差ぼけが長引くことはあっただろうか。

今日は黙々と仕事に取り組んだ。大きな作業をしたというよりは、積み重なっていた細々としたことを片付けた感覚。同時進行している仕事や予定を改めて見てみると、私はこれをこなせるのだろうか、大丈夫なのかと心配なった。気持ち的にはワクワクしているものの、大変な嵐が迫ってきているような、そんな緊張感のある心の静けさを感じている。そしてこういう時に偶然、しばらく連絡をとっていなかった知り合いや友人から連絡が来たりもした。素直に嬉しいしありがたいけれど、自分のできることの量や限度はしっかり把握して、他の人に迷惑をなるべくかけないようにしたい。と言いつつ、やっぱりやりたいことは全部やりたい。

今日じじに鎌倉の家を解約してしまえと言われた。それならこの家に家賃を払ったほうがよっぽど助かるのにと。そろそろ鎌倉の家に戻りたいと思っていたときにこの言葉を受け取り、どすんと気持ちが重くなった。「ここにいたら頼っちゃって家事やらないから」と適当に言い訳をつけて返したが、「家事なんてメイドを雇えばいいじゃないか」と言われた。冗談だとしても本当にカチンときてしまう。意見をもつことは自由だし、他人の価値観は否定したくないけれど、ぐっと堪えなくては否定してしまいそうになることもある。

ここを離れなくちゃいけないと思った。この家の人間ではなく、別の場所に住んでいる孫として祖父母に頻繁に会いに来たい。いくらまだ家具がスツールしかなくて、冷蔵庫が空っぽで、仮のカーテンがチグハグでも、早く移動しないと。なかなか拠点を移しきれていない。円覚寺の暁天坐禅に行きたい気持ちも高まってきた。10月は本当になんで家賃を払っているのかが分からないくらい、鎌倉の家で過ごしていない。

サボっていた家具探しを再び始めた。私はひとつの買い物をするために、違うメーカーのものと比べたり、素材や値段を比べたり、本当にたくさんのことを調べて納得がいかないと買えない。でもひとつ思い直したのが、口座残高を見てお金が減っていくのを恐れ、行動を躊躇してしまうのをやめたいということ。私も仕事をするようになって、多くはないけれど学生の頃に比べて稼ぐようになり、お金が貯まっていく感覚を知ってしまった。でも今この年齢で、たまたま幸運が重なって得たお金を貯金するの違うような気がする。守りに入ってはいけないような、そんな直感がある。だから良いと思ったものや必要なものは、ちゃんと買って大切に使おう。そして行動しよう。

私が頭で考えることなんて、本当になんでもない。大したこともない。具体的な出来事が日々起こるだけで、ただ私がいて、あなたがいる。このことが一番大切だと思い、その大切さを胡散臭いと感じる。頭で作り出した印象や概念が入る余地なんてどこにもない。最近こういうことを時々思う。

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