「黒→派手→黒」

 さて、唐突に「勝負服」の思い出を書いてみたいのだけれど、そもそも思いつかない。記憶にもない。身なりに関してどんどん無頓着になっていった挙句、黒くて暗めのユニクロ商品ばかりを着るようになってしまった。きっと、公共施設で働いていた際「スーツに準ずる」という名目で、仕事でもプライベートでも着られるものばかりを買うようになったせいだと思う。今は何を着ても良い職場で働いているけれど、とにかく目立たない格好をしている。
 そもそも、服に関して良い思い出がない。高校3年の夏、有名なロックバンドのライブに、部活用の白いプーマの運動着で行こうとしたら友人に激怒されたこと。かわいいキャラクターがプリントされたアウターを奮発して買ったのに、結局は似合わなくてメルカリで売却したこと。お店では試着室に入るのも億劫だし、店員さんと話すと脇汗びしょびしょになること。あ、靴の試着も同様で「サイズありますか?」って聞くのも苦手だ。読んでいて、ため息が出る。何か良い思い出はないもんかね。
 いや、待てよ。よく思い出すんだ。20年前の大学生時代。着飾らないことが重要なグランジカルチャーよろしく、ボロボロのスウェットやズボンを着ていたあの頃。汚れていることやネガティブなこと、すさんでいることが正しいと思っている自分がいた。しかし、ある本を読んだら雷に打たれたような衝撃を受け、前向きに生きようと気持ちを切り替えたのが美術大学の4年生。学年の展覧会用に集合写真を撮る時、何か面白いことをやってやろうと思って自作のお面を作った。そして、それに合う衣装を買ったんだ。コスプレにも近い感じで派手なものを選んだ。それは、アメリカンな古着屋で手に入れたポロシャツ。紫、ピンク、白、黄色の縦ストライプに襟は紫。165cmの僕にはちょっと大きめで、ほんの少し色褪せていたっけ。
 あの派手なシャツを着たこと。それが自分の殻を破った大きな瞬間だったのではないか。そのおかげで「あ、自分でも派手なの着られるんだ」と認識が変わったのだ。見た目から明るくなってやろうと心機一転。そこから、ピンク色を身につけたり、色々な服に挑戦するようになったのだ。自分が持っている中で一番オシャレだから、卒業後も、大事な場面ではいつもその派手なシャツを着るようになっていた。しかしながら、あまりにも気に入って着すぎたために、ボロボロに色褪せて、穴も空いて、泣く泣く処分したんだ。思い出した。20年も忘れていた。
 最近は、あのシャツを着る以前のように、くすんだ色で波風を立てないようなファッションばかりだ。もう一度、あの派手なシャツみたいな服を探そうじゃないか。きっとあるはずだ。着るものは気分を変える。「年相応な格好をしろ」なんて言われるが、そんなの関係ない。「黒・派手・黒」と変わってきたのなら、次は「派手」だ。もう一度、殻を破る時が来た。大切な一着を探しに行こう。


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