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🔲 御代りとしての紫の上と浮舟の話「若紫の巻」4

源氏が、生涯の思い人として慕う藤壺は、父帝の妃。禁断の恋に苦悩する源氏が、藤壺の御代わりとして八歳の若紫を理想的に育てるというのが「源氏物語」の一つのテーマとなっていることは周知のとおりです。

若紫を見初めた時から、その美しさが藤壺と通じていることを認知していたのです。


「さても、いと美しかりつる児かな。何人ならん。かの人の御かはりに、明け暮れのなぐさめにも、見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。  

古典文学大系 一 187頁

源氏が、若紫について詳しく調べると、彼女は、藤壺の兄の兵部卿の宮の子供であることが分かります。ですから、似ているのも当然ですよね。源氏が、若紫(紫の上)に尽くして、理想の女性へと養育したというお話は皆様の良くご存じの事ですから述べるまでもありません。

ところで、御代りとして描かれている人がもう一人います。薫に愛された宇治の浮舟です。薫は、宇治の八宮の長女、大君を熱烈に慕っていたのですが、恋を受け入れられませんでした。病弱な彼女は、凛とした生涯を送り、薫に惜しまれながら死んでしまいます。

泣き悲しむ薫は、腹違いの妹、浮舟の存在を知ります。彼女を宇治の山荘で大君の御代りとして愛することになったのです。

しかし、浮舟は、常陸の国で育った田舎者。薫の心が満たされるはずもありません。その隙間に色好みと評判の匂宮が、入り込み、浮舟との恋が始まります。宇治十帖の美しい恋物語になるのですが、それは後程。

三角関係に悩んだ浮舟は、宇治川に身を投じてしまいます。浮舟の死によって全てが解決したかと思っていたのですが、実は、浮舟は、横川の尼に助けられていたのです。生存を知った薫が、使者を送っても、浮舟は、都へ行くことを拒絶するというところで源氏物語は終わっているのです。

満たされぬ恋の思いを御代りの人によって満たそうとするという事は貴族社会では普通の事として行われていたのでしょうか。なんとも、現代の人からは考えられませんよね。特に、女性の側からは、「バカにしないでよ」とお𠮟りを受けそうです。個性など全く無視して、自分本位なんですね。

成長した紫の上は、表面的には、源氏に従順な姿勢を貫いています。晩年には、自分の生き方についての厳しい思いはありますが、とにかく源氏の顔を立てて波風立たぬようにしていたようです。

一方、浮舟は、薫の思いとは違った方向へと生きてゆきます。特に、自殺後、横川での尼との生活では、自分の考えを明確にしているのです。平安時代の女性は、自分の個性を出さないといわれていますが、浮舟にとっては、そんなことは関係ないようなんですね。そういう浮舟が、その後、どのように生きたか、知りたいですよね。でも、物語は、そこでおしまい。

男たちの理想的存在として、御代りがありました。満たされぬ恋の思いを、完璧に満たしてくれる御代り。思い通りになる人形のような御代り。

作者紫式部は、男性の理想的、昔物語風な御代り物語を語りながら、平安時代の女性たちの願いのようなものを構想したのではないでしょうか。男の生き方、考え方に従わなければ生きて行けない女の悲しみが紫の上の生き方には込められているようです。そういう生き方を自分の強い意志で乗り越えようとしたのが、浮舟なのです。

この二人の生き方を通して、紫式部は、女性の生き方、自分の生き方を見つめたのではないでしょうか。その真剣な問いかけが「源氏物語」の魅力です。

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