29歳 これまで と これから

 初めまして。総合診療医の清水啓介と申します。人々のより良い生活を目指し、地域医療に尽力し国際保健への貢献を目ざしてきました。この度、静岡県の伊豆保健医療センターでの勤務開始にあたり、これまでの人生を振り返り今後の活動につなげていくため本投稿を行うこととしました。

「世界の人たちの幸せのために」 

小学生のときに、海外の難民キャンプで取材してきたカメラマンの講演を聴いて、「生まれた国が違うだけでこんなに人生が違うんだ。ぼくが苦しまなくて良いような問題で苦しんでいる人たちがいるんだ。」と幼心に思いました。その人たちのために自分に何ができるんだろうか、そんな想いで医師になることを決めました。「世界の人たちの幸せに貢献する」のが目標。「医療」はその手段です。

高度専門医療の非効率性

 京都大学医学部に入学し、立派な先生方や施設、優秀な仲間達に囲まれて大切な時間を過ごしました。しかし、高度専門医療の非効率性も感じました。例えば、脳ドックで脳動脈瘤が見つかったとき。脳動脈瘤は破裂すれば命に関わりますが、生涯で破裂する確率は1%程度だったとします。このリスクをなくすために予防的な手術を行いますが、1%の確率で何らかの合併症が起きます。そして、この手術には数百万円の医療費が投入されます。医療を効率性で語るべきではないというのは承知の上ですし、この手術により恩恵を受ける人もいます。しかし、「世界の人たちの幸せに貢献する」という自分の目標はこういった医療で実現できるのか、疑念を抱きました。

”劇的救命”の行く末

卒後2年間、青森県の八戸市立市民病院で初期研修を行いました。その病院は青森県の南部地域の中核として救急医療の盛んな病院で、医師不足地域の“野戦病院”のようなところでした。“劇的救命”を合い言葉とし、他の病院では救えないような患者さん達も、高度な救命医療・集中治療によって次々と救命していきました。ここでは救命医療に生活を捧げる沢山の偉大な先生方や、熱く愉快な仲間達と文字通り寝食を共にしました。

 しかしここでも、高度な医療を実践し救命したからと言って、人の幸せに貢献できるわけではないということを実感しました。救命されたが植物状態となり胃瘻・人工呼吸器から離脱することができず、家族も面倒を見切れず一生病院から出られなくなる人もいます。自殺未遂の方を救命し無事退院したのに、また自殺してしまうということもあります。「世界の人たちの幸せに貢献する」、この目標のために「医療」という手段を選んだのは間違いだったのか、とすら思いました。

世界の国々で起きていること

 一方で、同時に国際保健についても少しずつ勉強をしました。エチオピアやタイ、ブータン、カンボジアなどの地で学んだことは、そこで起きている問題は決して医療だけで解決される問題ではなく、貧困、教育、宗教、国際問題、様々な問題が複雑に絡まり合っているということでした。5人の子どもを産めば、1人は必ず亡くなるという世界。牛の糞で汚染された川や水たまりの水を飲み水として使用している世界。バラック小屋のスラム街のさらに裏には、ゴミを積み重ねて作った家の街が広がっているという世界。こういった、日本とは社会環境の全く異なる世界において、日本の医療の概念を持ち込んでも、人々の幸せには貢献できないということを感じました。

総合診療科、そして佐久総合病院との出会い

 そんな中で出会ったのが“総合診療科”という科でした。総合診療科においては、人の家族背景・生活背景や社会背景まで考慮して医療を実践します。健康の課題を医療だけで解決しようとせず、介護や福祉、行政や住民らと協働し解決することに努めます。さらに、一人ひとりの臨床の中から地域や社会全体の課題を見つけ、それに取り組もうとします。
 そして、総合診療科の修練の場として私が選んだのが、長野県の佐久総合病院でした。佐久総合病院は地域医療のメッカとして有名で、戦後から地域に根差して住民と協働して人の生活を支える医療を実践してきた病院です。故若月俊一元院長も数々の有名な言葉を残していますが、清水茂文元院長の、「地域医療は医療の一部ではなく地域の一部である」という言葉が私のお気に入りです。医療は生活の一部でなくてはなりません。医療は医療者の自己満足であってはならず、医療という手段をもって人の生活を支え人の幸せを実現しようというのが佐久総合病院の理念だと、私は考えています。
 私はこの佐久総合病院の総合診療科で3年間働きました。内科疾患全般の入院診療や外来診療も行いましたし、診療所での勤務も経験しました。その中でも私はとりわけ在宅医療の魅力に魅せられました。医療という手段で生活を支え人の幸せに貢献するためには、一人ひとりの人生や価値観を可能な限り理解しなければなりません。入院診療や外来診療の場面でもそういった努力をしますが、時間的制約などによりそれが難しいことが少なくありません。一方、在宅医療ではその人の自宅を訪れ、どんな生活環境でどんな人や物に囲まれどんな生活を送っているのか、肌で感じ目で見ることができます。そして時間をかけて患者さん・ご家族と話し合うことで、その人の価値観を知り納得のいく治療や時間の過ごし方を提案することができます。元気なときも病気のときも、病気を治せるときも治せないときも、生活や人生に寄り添っていけることが在宅医療の魅力です。

世界の高齢化

 一方、再度世界に目を向けますと、日本だけでなく世界で急速に高齢化が進んでおり、シンガポールやタイはおろか、ベトナム、フィリピンなどもそう遠くない将来に高齢者が急増すると言われています。10年後には東南アジアや中南米が高齢化し、20年後にはアフリカも高齢化します。しかし、世界では在宅医療がほとんど行われていないどころか、介護なんていう言葉や概念すらない国・地域がほとんどです。こういった世界で今後の高齢者を支えていく仕組みをどうやって築いていくのか、これは喫緊の課題です。

伊豆の高齢者ケアモデルを世界へ

 「高齢者医療・在宅医療を切り口にして、日本の高齢者ケアのモデルを構築し、それを世界に発信していかないか。」そう声をかけてくださったのは、順天堂大学国際教養学部の湯浅資之教授です。静岡県、伊豆半島の付け根の伊豆の国市にある伊豆保健医療センターという病院で在宅医療の整備や地域包括ケアシステムの強化という仕事を担い、それを世界に発信していかないかというお誘いでした。私は、この仕事であれば、世界の様々な社会環境にある人に対しても、その背景を考慮して生活を支え幸せに貢献するような医療・ケアのシステムの構築に関わっていくことができるのではないかと感じました。
 こういった経緯で、現在伊豆保健医療センターで内科の医師として入院診療・外来診療・在宅医療を行うとともに、地域包括ケアの取り組みにも関わらせて頂いています。高齢化が進んでおり医療・介護の資源も豊富とは言えないこの地域で、より良いケアのあり方、誰もがその人らしく暮らして生きる地域のあり方を模索し、それを世界に発信していければと思っています。伊豆保健医療センターには、患者さんを大切にしたい、この病院を良くしたい、この地域を良くしたい、という熱い思いを持った方がたくさんいます。こういった方々の力を結集し、世界のモデルとなれるような地域を築いていきたいと思います。

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