工芸家を目指す若者が経験すること ⑤手の延長になってこそ 手道具
延はこのしばらく悩んでいた。
丸ベラがうまく作れない。
お椀の作業の中で身の内側に漆の錆(漆の下地)をつける作業があるのだが、その時の作業がどうにもうまくいかない。
手取り足取りで教えてくれることなどありえない。
出来ないのは努力が足りないという無言のプレッシャーが師の態度からありありとわかる。
そんな時は、作業を続けながら、師の手元を盗み見る。
ヘラを動かさずに椀を動かす。
肘の高さ、椀を持つ角度、そんなに変わらない。
だが、自分と師ではその出来上がりは明らかに違う・・。
何が違うんだ?
ヘラか??
道具が違うのか??
だが、師匠にヘラを見せてくれなど怖くて言えない。
うーん。。。
ここ数日悩んでいた。
そんなある日、普段は作業が終わるときれいに何も置いてない状態になる机なのだが、仕事の終わりがけに来客があり、
「おい、綺麗に片付けとけ」
と延に声がかかった。
「はい!」
ふと見ると師匠のヘラがそのまま置いてある。
師匠が二階の仕事場から降りた事を確認して、片付けながらこっそりとヘラを持ってみる。
あー、こんなふうに作ってあるのか。
触ったことで分かったことがある。ヘラは、指の延長、手の延長なのだ。でも定規のようにきりっと作ってある。繊細だが薄すぎない。柔らかいが曲がりすぎない。なるほどなー。持ったら、ヘラ先が指になったような感触。
今までの自分が作っていたヘラはヘラじゃなくて木の棒というか板というか・・。
下で師の話し声が聞こえる様子を聞きながら、きれいにヘラや漆定盤を拭きあげて、まるで大事な羽を待つようにして丁寧に師の道具入れの一番上にしまった。
職人は他人に道具は本来見せない。
そこにはその作り手の様々な工夫が集結している。
だから職人同士も気軽に見せてとは言えない。
それは自分ができないということを相手に伝えることになるから。
だから盗み見る。
解る目があってこそ、その価値は見出せる
さて、学んだが、どうすればそんなヘラを作れるのか?
延の悩みはまだしばらく続きそうだ。
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