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【試し読み】 韓国「建国」の起源を探る 三・一独立運動とは何だったのか?

度重なるブームを経て、今や日本にとって文化的に身近な存在となっている韓国ですが、一方で政治的な日韓関係は悪化したまま好転のきざしは見えません。

そんな中、植民地時代の最大の独立運動であり韓国では国民的記憶として浸透している三・一独立運動(1919年)に対して、近年新たな歴史認識が打ち出されています。日本の支配からの解放を目指した独立運動という位置づけから、現在の韓国を生んだ「建国」革命へと解釈が変化しつつあります。

『韓国「建国」の起源を探る――三・一独立運動とナショナリズムの変遷』は、約100年前に起こったこの出来事の歴史的過程を、日本・中国・米欧・ロシアを含めたグローバルな視点から丹念に描き出します。韓国の歴史認識やナショナリズムの現状と変化をを理解するうえでも重要な一冊となっています。

以下では、BTSの「原爆Tシャツ」騒動を取り上げた、本書の「はじめに」の一部を公開します。

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BTS(防弾少年団)と原爆/光復節Tシャツ

2018年に日本から大韓民国(以下、韓国)に渡航した人は290万人以上にもおよんだ。2020年に入り新型コロナウイルスの感染拡大によって日韓の往来が難しくなっても、いくつかの韓国ドラマが日本でヒットを飛ばした。もはや第何次の韓流ブームが到来しているのかわからなくなるほど、韓国の文化は日本で身近な存在になっている。

その一方で、日韓関係は悪化し続けている。以前から日韓は竹島/独島問題、従軍慰安婦問題などで対立を繰り返していたが、とくに2018年10月に韓国の最高裁判所にあたる大法院が日本の企業に対して韓国の元徴用工への損害賠償命令を下して以降、日韓関係は「戦後最悪」とまでいわれるようになった。

日韓関係が悪化した主な背景には、1910年から45年にかけての日本の朝鮮に対する植民地支配をめぐる両国の歴史認識の隔たりと、それに起因するナショナリズムの対立がある。仮に日韓の政治的対立にこれといった関心をもたず、純粋に韓国の文化やエンタメを楽しむという立場をとっていたとしても、韓国の歴史認識やナショナリズムを意識せざるをえない場面は増えてきているのではないだろうか。

その顕著な例が、韓国のヒップホップ・グループBTS(防弾少年団)の「原爆Tシャツ」騒動であろう。大法院が損害賠償命令を下した直後の2018年11月初旬、BTSのメンバーの一人が、原爆投下により発生したきのこ雲と、植民地支配からの「解放」を迎えて万歳を叫ぶ朝鮮の民衆の写真、太極旗、そして「PATRIOTISM」「OUR HISTORY」「LIBERATION」「KOREA」の英文がプリントされたTシャツを過去に着ていたことが、日本の一部メディアで「反日」的であるとして問題視され、日本のテレビ局の音楽番組への出演が直前になって取りやめになったのである。このTシャツは、韓国のourhistory というメーカーが8月15日の光復節(日本の植民地支配からの解放記念日)を記念して発売したものであり、韓国では「光復節Tシャツ」、あるいは「光復Tシャツ」と呼ばれる。韓国メディアは日本が「光復節Tシャツ」を「反日」と決めつけ、文化の領域にナショナリズムの問題を持ち込んでいると批判した。

原爆が数多くの死者や被爆に苦しむ人を生み出したこと)、8月15日に日本の各地で戦没者を追悼する行事が開かれていることを考えれば、原爆/光復節Tシャツを作成し、それを日韓で活動する人物が着ることは、多かれ少なかれ「反日」的な要素を含むものであり、何よりも日本のナショナリズムを刺激する行為であったことは間違いないだろう。

他方、韓国の人々が抱く「PATRIOTISM(愛国心)」と植民地支配からの「解放」との結びつきは密接である。「光復節Tシャツ」という韓国での呼称が示すように、このTシャツを作ったり着たりする目的はあくまでも「解放」を記念することにあり、原爆が「解放」をもたらした要因として強調されているにせよ、原爆投下それ自体を祝福しているわけではない。したがって、たとえこのTシャツに「反日」の要素が含まれるにしても、この点のみを取り上げて問題視することもまた、植民地支配を経験した韓国の人々にとっての「解放」がもつ重みへの理解を欠いているといわざるをえないであろう。

いずれにせよ、今日の日韓関係で直接的な争点にはなっていない8月15日の位置づけ一つをとっても、両国の歴史認識には大きな溝があり、そのことが文化の領域を巻き込んだナショナリズムの対立を引き起こしているのである。

BTSが示すアンビバレントな歴史認識

「原爆Tシャツ」に比べると注目度は低かったが、2018年11月に日本ではBTSの別のメンバーの過去のSNSでの発言が掘り起こされ、一部メディアが「反日」的であるとして取り上げた。問題にされたのは2013年8月15日のツイッターで、「今日は光復節!! 歴史を忘れた民族に未来はありません。お休みするのもいいですが、殉国された独立闘志のみなさまにあらためて感謝を捧げる一日になることを願います! 大韓独立万歳!」という内容である。

「歴史を忘れた民族」とはサッカーの日韓戦で韓国側の観客が横断幕で使用したフレーズであり、このツイートが「反日」要素を含むことは否めない。ただ、ここで筆者が注目したいのは、BTSのメンバーが「光復節」を「独立闘志のみなさまにあらためて感謝を捧げる一日」と位置づけていることである。原爆/光復節Tシャツによれば、朝鮮「解放」の主たる要因はアメリカが投下した原爆であった。それに対してこのツイートは、「独立闘志のみなさま」、すなわち植民地時代に命がけで日本の支配に立ち向かった朝鮮人自身の功績を称え、彼らの独立運動によって「解放」がもたらされたと認識していることを示している。

1948 年8 月15 日の大韓民国政府樹立宣布式の様子

こうした認識はBTSに限られたものではない。このツイートから約2週間後の2013年8月30日に検定を通過した韓国の高等学校「韓国史」教科書(金星出版社)には、「8・15解放は連合国の勝利がもたらした結果物でもあるが、長い歳月わが民族が国内外各地で展開してきた民族運動の重要な結実だった」と書かれている。つまり、韓国では1945年8月15日の朝鮮の「解放」が、アメリカをはじめとする第二次世界大戦の連合国によって与えられたという認識と、朝鮮人が独立運動によって勝ち取ったという認識が併存しているといえる。

日韓関係の悪化を受けて、2018年11月に日本で「反日」的であるとされたBTSの二つの行動は、実は韓国での朝鮮「解放」の要因をめぐるアンビバレントな歴史認識を示してもいるのである。

国民的記憶としての独立運動

果たして独立運動を、連合国の勝利/日本の敗戦と肩を並べるほどに、朝鮮「解放」に多大な影響を与えたものとして評価しうるのか。本論で述べるように、この点については韓国で否定的な見解ももちろんある。だが確実にいえることは、独立運動の歴史が韓国で国民的記憶になっているということである。

たとえば、韓国には日本の祝日に相当するものとして、国家の慶事を記念する国慶日が五つある。そのうち、3月1日の三一節、7月17日の制憲節、8月15日の光復節の三つが近現代の歴史的な出来事に由来する。三一節は1919年3月1日に起こり、現在にいたるまで最大の独立運動と評価されてきた三・一独立運動を、制憲節は48年7月17日の大韓民国憲法の公布(制定は7月12日)を祝う日である。先述したように、光復節は「解放」を祝うと同時に、それをもたらした独立運動家に感謝する日でもあるから、近現代の出来事に由来する三つの国慶日のうち二つは独立運動に関するものだといえる。さらに、制憲節は休日ではないので、国慶日に指定された休日に絞れば、すべて独立運動と関連することになる。 

三・一独立運動に深く関わった15 人と民族代表33人(『東亜日報』1920 年7 月12 日付)。出版法および保安法違反で起訴された。

国慶日だけではない。韓国の歴史教育においても、たとえば高等学校「韓国史」教科書の植民地時代に関する叙述は、独立運動が中心である。また、韓国のちょうど中心に位置する独立記念館(天安市)は、小中学生が学校行事の一環として見学に訪れる施設である。独立運動という国民的記憶を創り出すための仕組みが、韓国にはいたるところに存在している。

本書が取り上げるのは、植民地時代の最大の独立運動として韓国で評価されている1919年の三・一独立運動の歴史である。とくに、この運動がなぜ起こり、その後の朝鮮独立運動にどのような影響を与えたのか。その歴史的経緯を、朝鮮をめぐる当時の国際関係や第一次世界大戦(1914~1918)との関係に注目しながら、グローバルな視点で跡づけていく。

本書が朝鮮独立運動の歴史に着目する理由の一つは、それが韓国のナショナリズムを理解するカギになると考えられるからである。ナショナリズムは多様な意味をもつ概念であり、また時代や文脈によってその用語の使われ方も異なる。だが、ナショナリズムがある特定の国家・民族に所属する人々の帰属意識や一体感を高めたり、統合を促したりする側面をもつ点は、いつの時代も変わらない。国民的記憶となっている独立運動の歴史が韓国ナショナリズムの形成と維持に果たす役割は非常に大きいといえるだろう。

デモに参加する学生たちが刻まれた三・一独立運動の記念碑(現在の韓国・ソウルのタプコル公園)

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