人と犬、ひかれ合うのはなぜ?🐶 【試し読み】『犬と会話する方法』
私たちにとって最も身近な動物、犬。犬と意思疎通がうまくいかない時、言葉が通じないから、そういうものだから仕方ないと諦める人も多いだろう。ところが、犬は私たちのことをかなり観察し、理解している。ただ、コミュニケーションの方法が間違っているために、互いの気持ちがすれ違うのだ。では、どうすればよいのか。
これを教えてくれるのが、動物行動学者兼ドッグトレーナーというユニークなキャリアをもつパトリシア・B・マコーネルによる、3月新刊の『犬と会話する方法――動物行動学が教える人と犬の幸せ』だ。彼女はアメリカのマディソンにある羊牧場兼自宅でグレートピレニーズとボーダーコリーたちと共に生活し、共に働きながら、犬の基本的なしつけを指導し、何千頭もの問題行動を抱える犬を治療してきた。その経験と行動学の知見を活かして、何冊もの犬に関する本を執筆してきたが、その中でも本書は長年、愛犬家や動物好きに読み継がれるベストセラーだ。
パトリシアが出会った様々な犬たちと飼い主たちの悲喜こもごものエピソードを交えつつ、犬とオオカミ、人間と霊長類(その他、いろんな動物が登場するのも魅力だ)との比較を挟みながら、動物への愛(人間には結構厳しいつっこみも)とユーモアあふれる筆致で助言してくれる。大の愛犬家たる村井理子さんによる翻訳がこれまた良く、ときに笑いをときに涙をさそい、最後には犬への愛がいや増す「人間のみなさんには、是非お読みいただきたい」一冊。
今回はイントロダクションの一部を公開します。ぜひご一読下さい。
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カブトムシから熊まで、非常に多くの動物の生態系を見渡してみれば、人間と犬には、違いよりも類似点の方が多いのです。犬のように、子どもたちのために人間はミルクを作り、群れのなかで子育てをします。人間の赤ちゃんは、その成長期に多くを学びます。私たちは協力しながら狩りをし、大人になってもたわいのない遊びをします。いびきをかき、体を引っ掻き、瞬きをして、太陽が燦々と降り注ぐ日の午後には大あくびをします。ニュージーランド生まれの詩人パム・ブラウンが『命の絆』で、犬と人間についてこのように綴っています。
このような類似性は、二種の生き物が密接に暮らし、食物を分け、一緒に遊び、子どもさえ共に育てることを可能にするのです。多くの動物が互いにつながりながら生きていますが、人間と犬の繋がりは深いレベルです。人間の多くが犬と運動をし、犬と遊び、犬と同じ時間に食事をし(時には同じ食物を食べ)、犬と一緒に睡眠を取ります。人間のなかには犬に仕事を任せている人もいます。
ワイオミング州の羊牧場の牧場主やウィスコンシン州の酪農家は、機械やハイテク給餌システムと同じぐらい、あるいはそれ以上、犬を必要としています。犬が多くの人間の生活を豊かにし、安らぎと喜びを世界中の人々にもたらしていることは、よく知られています。犬の存在が二度目の心臓発作が発生する確率を下げるという研究結果があるほどなのです。犬の毛が抜けることも、彼らが吠えたり、うんちを拾うためのスコップを散歩のたびに人間が持ち歩くことにも、すべて私たちにとって意味があるのです。
そして、私たち人間の犬に対する行いを考えてみましょう。イヌ属イヌ(カニス・ルプス・ファミリアリス)である家庭犬は、地球上で最も発展を遂げた哺乳類と言え、人間に多くをもたらしています。世界中に約四億頭の犬がいるとされます。アメリカにいる多くの犬たちがオーガニック・フー
ドを食べ、カイロプラクティックの施術を受け、保育園に通い、年間数百万ドルものおもちゃを噛んでいます。まさに、最強の種と言えるのではないでしょうか。
しかし、私たちと犬の間には違いもあります。人間は牛のおしっこに喜んで体を擦りつけたりしません。新生児の胎盤を食べることもありません(少なくとも、大部分の人は)。幸いにも、互いのお尻の匂いを嗅ぐことが挨拶ではありません。犬が匂いの世界に生きている一方で、私たち人間はそこまで化学的ではありません。こういった違いもあって、人間と犬は頻繁にコミュニケーションのやり方を間違えてしまい、それから導かれる結果は少し苛つくものから、生命を脅かすものまであります。こういった誤解の原因は、飼い主が犬の行動を理解していないこと、動物がどのように学ぶか知らないことからくるため、愛犬家には犬の訓練に関する良書をたくさん読んでほしいと私は願っているのです。犬の訓練は直感的にわかるものばかりではありませんが、学べば学ぶほど、簡単に、そして楽しくなるはずです。
このような誤解のなかには、犬の訓練を知らないから起きるだけではなく、二つの種の行動の根本的な違いから起きるものもあります。結局のところ、人間が関係する動物は犬だけではないのです。リードを持つ私たち人間も動物で、進化という列車に乗せて運んできた、生物学的荷物のような行動様式を持っています。人間は、犬ほど白紙状態で訓練を学ぶわけではありません。犬も愛犬家も、別々の進化過程を経て形作られてきており、関係を築くためにそれぞれもたらすものは、発達史の遺産に端を発しています。互いの類似性が優れた繋がりを生み出すとはいえ、私たちはそれぞれが固有の「言語」を持ち、互いを理解する過程で多くの誤解が生まれてしまいます。
(中略)
本書の中に描かれたストーリーは、私自身が飼っている四匹の犬と、彼らと暮らすウィスコンシン州にある小さな農場での日常です。犬との暮らしに問題を抱えた飼い主とのコンサルティングの内容についての記述もあります。犬の強い攻撃性という深刻な問題を抱えた飼い主が私たちの農場にやって来るようになったのは、私にとっては驚きではありませんでした。攻撃性が専門の動物行動学者である場合、飼い主たちの「頼みの綱」となる場合が多く、紆余曲折に満ちた話を聞き、深く傷ついた犬に遭遇することだってあります。唸り、吠え、飛びかかりながら歯を剝き出して私のオフィスに突進してきた犬は数え切れないほどいます。ほんの些細なミスが大けがに繋がるような環境で、何年も仕事をしてきました。これだけ経験を積んでも、この仕事に慣れたとは決して言えません(ときどき、「なんでこんな仕事をしているんだろう?」なんて思うこともあります)。しかし、それはわかっていたことでした。小型のナイフほどの威力のあるものを口のなかに備えた動物と、問題なく生きていくなんて不可能だからです。
歯の使い方で問題を抱えた犬と関わることになるとは予想していたものの、これほどまでに心が傷ついた犬に遭遇するとは思っていませんでした。ほぼ毎週、「安楽死させなければならないのか?」というほど深刻なケースを目撃してきました。私のオフィスで、親友とも言える犬の安楽死について、泣きながら私に打ち明ける、傷ついた飼い主に出会ってきました。飼い主に能力があり、正しい環境を整えることが出来れば、リハビリを行うことで救うことが可能な犬は多くいるでしょう。しかし、どれだけ努力を重ねようとも、あまりにも深刻なダメージをすでに受けており、受け入れることが不可能なまでのリスクを抱えた犬も存在します。自らの種を守りながらも、家族の一員だと考えている生き物を裏切ることはできないという倫理的な板挟みに直面しながら、困難な議論を始めることも私の仕事のひとつです。ケースによっては心を砕かれるかもしれません。私の心は、幾度も砕けたことがあります。
こういった多くのケースでは、犬の行動と同じく、人間の行動が関与しているというのが印象的です。犬へのケアと訓練に対する責任感の欠如だとか、十分な配慮がなかったと言いたいのではありません。もっと深いレベルの話です。霊長類としての私たちの無意識の(自然な)傾向が、犬にも同じような反応を引き起こすのです。どちらも、相手が何かを伝えようとしていると勘違いしています。この状況を考えたとき思い出すのは、自分たちの種との口論です。徐々に声は大きくなり、心拍数が上がり、ふと気づけば、自分と相手はまったく別の議論をしていて、実のところ意見の相違が存在しない場合があるということです。人間の犬に対する愛をハグで示そうとする傾向が、問題を引き起こす可能性があると私はすでに述べました。犬はハグを攻撃的な行為だと捉える場合が多いので、この不可解な行為からなんとかして逃げようと、唯一の手段である歯で身を守ろうとするのです。でも私たち人間は、犬に対して愛を伝えたかっただけなのです。(中略)
優秀な訓練士が優れているのは、彼らが犬を理解し、犬がどう学ぶのかを知っているからです。それだけではありません。彼らが優秀な理由は、自分の行動についても理解しているからです。私たちの種にとっては自然ですが、犬には誤って伝わってしまうことを、やるべきではないと自覚しているからです。自然にできることではないかもしれませんが、ある程度は簡単で、その多くは本書から学ぶことができます。犬に対する振る舞いに気づくには、多少のエネルギーが必要です。私たちが失敗しがちな行動について、現実を受け入れなければならないからです。しかし、注意できるようになれば、犬の行動ではなく、自分の行動に意識を集中させられるようになれば、自動的に、あなたは犬にとってより明瞭で、分別のある存在になることができます。
犬に背を向け、離れることで、呼べばこちらに来てくれる可能性は飛躍的に高くなるでしょう。簡単な動きを学べば、家のなかがどんな状態であったとしても、犬に「伏せ」と「ステイ」を教えることが出来るようになるでしょう。優秀な訓練士になるのが簡単だと言いたいわけではありません。博士号を持っていることと同じくらい、私は犬の訓練が出来ることを誇りに思っています。あなたがプロの犬の訓練士であれ、愛するペットの家族の一員であれ、自分の行動を見直すことで、犬との関係をより良いものにすることができるのです。
著者・訳者略歴
目次
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