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ジェンダー問題とスタートアップ:経営者が念頭に置くべき反・家父長制という補助線

サマリー

記事が長くなったのでサマリーを置きます。

・ジェンダー問題に傍観者はいない。ジェンダー問題は家父長制とどう向き合うかという問題であり、何千年も続いている家父長制に対してどう抗うかを意識しないと自社も差別的な家父長制の拡大再生産に寄与してしまうことになる

・家父長制は、①権力の不均衡、②アンコンシャス・バイアス、③暗黙的賛成、④特定者による支配、の4つに分類される

・特に経営者は「個人としてセクハラしてないからオッケー」「私は女性だから何も意識しなくても大丈夫」では十分ではない。経営者は(1)個人としての振る舞いに加えて、(2)コミュニティリーダー(自社のバリューの門番)としての振る舞い、(3)意思決定者としての振る舞いの3つの立場から振る舞いを考える必要がある

・家父長制の4つの分類と経営者の3つの立場で、マトリクスチャートを作ってあらゆる事象を整理しよう

・役割が固定的な家父長制は権限が分散したアジリティの高い組織構造と相性が悪い。抑圧的な家父長制は情報の滞留が多くなり情報の可視化と相性が悪い。アジリティと情報の透明性を重要視するスタートアップだからこそ家父長制の排除が極めて重要

・2020年のスタートアップ経営者はキャズム理論でいうアーリーマジョリティである。明確なビジョンや信念によって飛びつけるビジョナリー(イノベーター、アーリーアダプター)ではないかもしれないが、いわゆる実利主義者として実利によってジェンダー問題に取り組む価値が高まっており、ROEを考えても積極的に自社に反・家父長制のDNAを取り込んでいくことによって社会変革に関われるタイミングに来ている。

背景

最近スタートアップ界隈でジェンダーに関する話題が起きては多くの議論が巻き起こり、ただ一方で方向性を決定付けられていないような散発的な議論が繰り返されている気がします。

例えばIVSのプレスリリースの問題の際にANRIの江原さんが書いてくださった記事などは必見の価値がある内容です。

一方で、この問題を踏まえて開催されたIVSでのダイバーシティのセッションでは、経営者として何をするべきか、どういったスタンスで取り組みべきか、などに対して帰納法的な確からしい議論はできつつも、演繹的な指針としては経営者の多くが取るべきアクションや判断基準について悩みを抱えてらっしゃる現状も浮き彫りになった気がしています。

僕も経営者の一人としてジェンダーの問題やLGBTQの問題に対してどう向き合い、どう振る舞い、どう組織として対応していくかということに日々頭を悩ませている一人です。

多くの経営者の方々がきっと同じように悩み、学び、行動変容しながら、これらの問題と向き合っていると思うので、情報共有を促進する意味も込めて、僕なりの考え方や試行錯誤をこの記事で記したいと思います。

僕自身の考え方を記してはいますが、経営者(意思決定者)としてはスタンスを明らかにしなければならないという想いと、一方で自分自身にもたくさんの改善点があるという想いの両方を持っていて、弊社でも全てが実現できていない状態だと思っているので、自省の念を持ってこの記事を書きました。

600株式会社について

僕が経営している無人コンビニを提供する600株式会社も2017年の創業当初から、直接ジェンダー問題に寄与する取り組みだとは思っていませんでしたがジェンダー問題も念頭に置いた上で完全週休三日制、相互の敬語文化、2ヶ月以上の育児休暇取得率100%、頻繁に所属チームや役職を入れ替える兼務業務制、パーソナリティ要件を含む6つのバリュー(愛、誠実さ、責任感、柔軟性、仲間を助ける利他性、局面を変える力)の策定、Employee Experience部門の設置など様々な組織制度を実行していました。

一応弊社の経営体制をちゃんと記載しておくと、会社的には僕が男性で1人取締役、執行役員は女性1人のみという経営体制で、今後会社が成長させていく中でどう維持、発展させていくかは将来的には課題を抱えていることには他のスタートアップと同じように変わりはありません。

正直最近まで何のためにこれらの施策を実行しているのかイマイチ言語化できていなかったのですが、最近江原さんの記事でも推薦されているイ・ミンギョンの「私たちにはことばが必要だ」を読んだことで腹落ちできた部分が多くあり、この記事ではジェンダー問題との向き合い方で軸の通し方に悩んでいる経営者のために、経営者のジェンダー問題への取り組み方は、「家父長制の拡大再生産圧力に組織としてどう向き合うかスタンスを決めることだ」という捉え方を提案します。

家父長制とは?

まず家父長制を簡単に復習しましょう。Wikipediaから引用します。

家父長制は、家長権(家族と家族員に対する統率権)が男性たる家父長に集中している家族の形態。
ケイト・ミレットは『性の政治学』での父権制patriarchyに関して次のように主張する。「われわれの社会秩序の中で、ほとんど検討されることもなく、いや気づかれることさえなく(にもかかわらず制度化されて)まかりとおっているのが、生得権による優位であり、これによって男が女を支配しているのだ」[11]。「軍隊、産業、テクノロジー、大学、科学、行政官庁、経済ーー要するに、社会のなかのあらゆる権力の通路は、警察の強制的暴力まで含めて、すべて男性の手中にあることを想い起こせば」[12]、われわれの社会が他のあらゆる歴史上の文明と同じく父権制であるという事実は、直ちに明らかになる。「父権制の支配を制度ととらえ、この制度によって人口の半ばを占める女が残り半分の男に支配されるものとするならば、父権制の原則は、男が女を支配し、また年長の男が年若い男を支配するというように二重に働くように見える」

(2020年8月8日 (土) 22:36 UTCの版)

まとめると、家父長制とは以下のような制度と言えるかなと思います。

① 権力が男性(LGBTQの課題も含めるとストレートの男性)に集中している(権力の不均衡
② 気づかれることさえなくまかりとおっている(アンコンシャス・バイアス
③ われわれの社会が他のあらゆる歴史上の文明と同じく父権制である(継続性・暗黙的賛成
④ 父権制の原則は、男が女を支配し、また年長の男が年若い男を支配するというように二重に働くように見える(特定者による支配

家父長制がスタートアップに与える影響

権力の不均衡

権力の不均衡に対してはその発現は明確で、例えば役職別の男女比率と、男女での給与平均(中間値)を算出すればすぐに自社の状況の一端を把握することができます。「男性のほうが給与が高い」「上の役職になればなるほど男性比率が高い」「権力側が男性ばかりでアシスタント側が女性ばかり」などが典型的な家父長制が自社の組織において再生産されている状態としてみることができます。

IVSの問題も、よくある男女比率だけ是正しようとした時に起こりがちな、権力の不均衡と典型的な固定化した役割での家父長制の拡大再生産になっていたという事実に加えて、下記で述べる強いアンコンシャス・バイアスも感じられたために火がついたのだと解釈できます。

もちろん組織やイベント自体の男女比率に偏りがあり男性ばかりである場合も、それが権力の不均衡が示唆される場合は問題となりえます。自戒を込めた話ですが、Facebookで取締役会の写真を無邪気に挙げているけど写っているのは男性ばかり、みたいなのは下のアンコンシャス・バイアスも加わって家父長制の再生産を行っているよくある事例の一端として可視化されている出来事の一つかなと思います。

これらの不均衡は可視化されやすいため外から指摘するのはとても簡単で、一方で是正するのは社会の枠組みが家父長制を前提にしたものが多すぎて強い変数として影響を与えてくるため大変困難であることも事実です。

弊社で起こっている(または強く気にかけている)事例としても、例えば給与の高いエンジニアの属性が男性に偏っている傾向がある時に、そもそもComputer Scienceや数学を大学・大学院で学ぶ人の男女比率が大きく男性多数に偏っているために男性比率が高くなる傾向にあり、そのまま成り行きに任せていると、職能別の給与では平等であったとしても、結局会社全体の給与水準には大きな不均衡が表出するという事態は起こりえます。

同じ問題は執行役員や取締役の人選でも起こり、経営経験豊富な方を経営チームに迎え入れようとすると2020年の日本においては、ほぼ9割以上の確率で男性になるため、同じく不均衡を再生産してしまうことになります。

成り行きに任せると不均衡を助長することは明白なため、経営者としては不均衡を是正しようとすると、意識的に組織の理想状態を定義して、逆算思考で組織を構築していくアクションが欠かせません。

これは、例えば10人の社員のスタートアップを作る時に10人全員マーケティング担当者を雇うということをしないのと同じように、組織のあるべき姿をまずは策定して、そこに必要な人材を採用していくという意識的な取り組みが必要で、少なくとも理想状態に対して自社のどこがどれくらい乖離しているか常に指標に照らし合わせて把握して置くことが必要だと思っています。

アンコンシャス・バイアス

アンコンシャス・バイアスは無自覚な偏見として誰もが何らかのバイアスを持つことを避けられない中で、無自覚なことに無防備で土足で他人の心を踏み荒らしていないか常に自分を省みる(そして自覚したバイアスを行動変容する)ことでしか改善しえないことかもしれません。

仕事上接する女性のことをなぜか "女の子" 呼びする」「会議に出席している女性を補佐的な役割だと捉える」「会議での発言量で男女で如実に差がある」「女性や年下に対してタメ口(会話の片方だけタメ口)」「会話を遮る比率が年上・男性側からだけ多い」みたいなものは、家父長制に起因したアンコンシャス・バイアスの典型的な発露になります。これらは自社のカルチャーとして再生産され、情報格差や、役職の格差、その他の権力の不均衡へと繋がるものになります。

架空の例ですが、たとえ会議で自由な発言を促していたとしても、男性40代代表取締役が会議室の真ん中に座ってタメ口で話す中で、女性20代の方が自由に発言できるかと言うと結構難易度が高い行動になる気がします。きっとその20代の方のほうは敬語でしょうし、言葉を選んでいますし、意見についてもフィルターをかけた発言をしてしまうことになるかもしれません。

僕が尊敬する方の一人である、一回り以上年上のあるVCの方が、僕が20代中盤の頃に出会ってから何年もの間僕に対していわゆるフランクなタメ口で話していて、僕も当たり前のこととして受け取って全く気にしていなかったのですが、この前お会いした時に言葉遣いが敬語に変わっていてびっくりしてお聞きしたら「すべての人に敬語で接するように意識的に変えていっているところです」という話をされていて、その柔軟な姿勢にとても感銘を受けたことがありました。

アンコンシャス・バイアスに気づくのはとても難しいことで、僕自身も僕の心のなかにどんなバイアスが潜んでいるのかいつも戦々恐々としていますが、少なくとも自分のバイアスに向き合い、自覚し、行動変容し、一歩一歩改善を積み重ねていく覚悟を持つことが必要なのかなと思っています。

暗黙的賛成

暗黙的賛成については、少なくとも2,000年以上ものあいだ差別的な家父長制が前提の社会が形成されている中で、成り行きに任せて何も意識的に決断をしなかったならば、それは社会の”普通”である家父長制を自社の組織においても暗黙的に賛成し、拡大再生産をしていると表明していることに他なりません。

そういった意味では、スタートアップがバリューを定め、行動規範を定め、そしてそのアライメントを通じて組織の構成員が意識的に振る舞いを自覚し行動変容できるように日常的に促していることと同様に、経営者は家父長制を自社の文化にインストールするのかしないのかは、日和見を許さない意思決定として常に問われていることを自覚しなければなりません。

コミュニティ(日本など)の価値観の縮図を成り行きとして会社の文化として受け入れるならば、きっとそれはスタートアップに適していない文化が形成されることは容易に想像できるでしょうから、意識的に経営者は意思決定していく必要があるのです。

特定者による支配

特定者による支配は特にスタートアップと相性が悪く、年功序列を同等の支配の類似事例として見るとよくわかると思うのですが、ダイバーシティの欠如によって恐竜のようにある日突然想定していなかった問題によって大きなダメージを受ける可能性がありますし、その組織内ではそれ自体に疑問を持たない(自覚できない)ことも考えられるので、問題を定義できずに自分たちの限界を自分たちの属性によって決めてしまうということが起こりえます。

また年功序列などもそうですが、固定化した役割は情報の非対称性や、情報の滞留(言ってもしょうがない的な諦めなどによる情報の流れの悪さ)を呼ぶため、組織的にもアジリティを犠牲にしてしまう可能性が高い状態になります。

経営者には3つの立場がある

これらの家父長制を前提として、経営者がどう行動・決断していくべきということについては、経営者の3つの立場に分けて考えていく必要があります。

(1) 組織の一人の構成員としての立場(個人
(2) 組織のバリューを策定し、構成員を評価し、形成するカルチャーに大きな影響を与えることができるコミュニティリーダーとしての立場(コミュニティリーダー
(3) 組織としての選択を決定する意思決定者としての立場(意思決定者

個人

(1)の個人は、その名の通り個人的な振る舞いで、特にアンコンシャス・バイアスのセクションで記載したような以下のような振る舞いをしないようにしましょうという話です。

仕事上接する女性のことをなぜか "女の子" 呼びする」「会議に出席している女性を補佐的な役割だと捉える」「会議での発言量で男女で如実に差がある」「女性や年下に対してタメ口(会話の片方だけタメ口)」「会話を遮る比率が年上・男性側からだけ多い」

もちろん例示したものだけに限定されるものではありませんが、組織内において全ての人が求められる振る舞いというものが規定された場合に、まずは経営者も所属する構成員の一人として模範的な振る舞いをしていく必要があることは、多くの経営者の方が自覚しているとおりだと思います。

コミュニティリーダー

経営者は他の社員・構成員の方々に対して最も影響を与えることができる存在であり、その影響力の大きさを活かして自社のカルチャーを維持・管理・促進していく義務があると僕は考えています。

自社の定めたバリューを損なう言動をする方がいたら咎め、行動変容を促し、相互にアライメントをしていく努力を取るのと同じように、ミソジニーやアンコンシャス・バイアスに基づいた差別的な発言や言動などの芽は細かく指摘し行動変容を促し、自社に持ち込まないように常に意識をしなければ、このバイアスの強い日本社会においては自社においても蔓延することを避けることはできません。

コミュニティリーダーとしては、特に暗黙的賛成を実質的に示していないかということに対して敏感になる必要があると思います。

意思決定者

モブとしての個人、補佐的な役割を果たすコミュニティリーダー、の他にも経営者は特に組織の制度面、環境面においてその意思決定によって他者を排除する多くの危険性をはらんでおり、積極的な意思決定者としてその意思決定に自覚的になる必要があります。

例えば多目的トイレが設置されていない会社はそれだけで(LGB)TQの方々を積極的に排除しているような意思決定に加担していることでもあります。

600社でも過去6回ほどの移転の中で1度多目的トイレを設置できなかったオフィスがあって、家賃や立地、その他の設備などとのトレードオフで、ジェンダー問題に対する意思決定もリスク(または会社方針の可視化)に晒されていると少なくとも自覚する必要があるのかなと思います。

今の日本社会において全ての意思決定を真水のように透き通ったものにすることはできないからこそ意思決定が必要であり、常にその意思決定を通して経営者のあり方が見られていて、一つひとつの意思決定が与える影響について、家父長制の再生産に加担するような意思決定になっていないかを念頭に置くような振る舞いが意思決定者には求められていると僕は考えています。

家父長制の4つの分類と経営者の3つの立場

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経営者の方は、上記で述べた家父長制の4つの分類と経営者の3つの立場を念頭に置いた上で、それぞれの問題がそれのどこに属していて、経営者としてどういった関わり方が求められているのか切り分けながら対応していく必要があります。

これを念頭に置いていれば単純にコミュニティ内の女性比率を上げれば良いという話でもない((2)(3)-①②④)こともわかりますし、一方で数値目標が設定されること自体は明確なKPIの可視化として大事なことも明らか((3)-①③)ですし、特に経営層においては一定の比率以上の多様性を維持することはアジリティが高く情報の透明性に基づいた意思決定を積み重ねるためには死活命題((3)-①③④)でもあります。

もし機会があれば、帰納法的に想定されるジェンダーに関する問題がこの表のどこに分類されるかワークショップとかやってみたいですね。

なぜ反・家父長制が大事なのか?なぜ今なのか?

最後にそもそもの話をすると、ジェンダー問題は傍観者になることは誰もできないとはいえ、経営者として積極的に自社のカルチャーから排除するべきかどうかというのは、明確な意思決定が必要な事項ではあります。

というのは、スタートアップの経営者としては、投資家・株主に対して会社の成長を通じて経済的利益をもたらすことを義務として負っているわけで、成長に寄与しない事象を単なる正義感や使命感、居心地の良さのために追求することはできないからです。

ただ、上記で述べたとおり、反・家父長制は「家族の行動は全部父親が決める」ことが成り立ちであることから明らかなとおり、古臭く、意思決定者への情報の到達が遅く、意思決定権限の分離も難航し、採用されない意見を持つものは黙り、組織内で拡大再生産されたリーダー同士での争いが多く発生し、溝は深まり、攻撃性が会社のなかにインストールされ、組織内のアライメントの負荷が高まり、萎縮を生み、自由な発想を阻害し、暗黙的なルールがはびこり、独自ルールの多発によって経営者でさえも組織を強権の発動なしにコントロールできない状態になり、服従面背が多発し、全てが形骸化する、それくらいのリスクを持った制度の可能性があるわけです。

人が増えてきたら対立が増えて組織が崩壊した、というよくある組織の壁も、家父長制がその原因の一端として影響を与えている可能性があるということに、経営者は思い至れるようにしておいたほうが取れる意思決定の幅は広がるかもしれないと思います。

最後に

僕自身も試行錯誤をしている中で同じ想いを持つ方々とノウハウを共有しベストプラクティスにたどり着きたいという想いでこの記事を書きました。

経営者として、そして紛れもない実利主義者として、僕ら経営者はその意思決定を経済的価値によって証明していく必要があることは言うまでもありません。僕の経営する600株式会社でも、これからジェンダー問題に取り組みそれを会社の競争力に繋げ、追い風を生み、経済成長して、関係者に利益を歓迎できる存在になれるように頑張ります。

皆様、一緒に頑張りましょう。

謝辞

この記事を書くにあたって600のメンバーの男女問わず多くの方にレビューやフィードバックなどご協力いただきました。本当にありがとうございました。また、この記事のための行動規範表のアイキャッチ画像を作成してくださったくろぽんさん(@kuroponnne)、重ねて特に素晴らしいアウトプットをありがとうございました!

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