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タイラー、ケンドリック、「男たるもの」


タイラーがケンドリックの新作『Mr. Morale & Big Steppers』を称賛しまくっているのは有名だけれど、タイラーがこのインタビューで語った絶賛の理由がむちゃくちゃ興味深く、本質を突いていると感じている。その影響力には人種的な要素も大いにあるけれど、普遍的なものでもあるように思う。

タイラーの説明を要約してみました。自分の忘備録にもしたくて。

「このアルバムは、超正直に語っているところが素晴らしい。俺たちはお互いにどうハグしていいか(愛を表現するか)分からないでいる。克服できたらいんだけどね。きっとできるよ。

若い子とかは世間体や体裁とかやめて、正直でオープンになるべきだ。それをケンドリックはこの新作でやっている。

おそらく多くの人たちはこのアルバムが好きじゃないと思う。俺は大好きだけどね。でも彼があまりにも正直でオープンに語るもんだから、彼らはまともに聴けない。ケンドリックが彼らの目をのぞきこんで語りかけているような気がしちゃって、パニックするわけにもいかないから、ちゃんと聴けなくて、他のものを聴いたりしてね。彼が語っている、自分の気持ちを麻痺させているって事実を、いつも忘れてしまうんだ。

そういう経験をしてる人たちがケンドリックと同じ経験をしたって言ってるわけじゃないんだけど、「俺はハードだぜ!!!」と本当の自分を隠して強がっているって状態について、このアルバムには考えさせられるんだ。俺にはそれが分かるよ」

同じLA近郊出身でありながら、スタイルがかけ離れているせいか、意外に繋がり(とはいえ、表面上はタイラー→ケンドリックの作品への称賛だが)がなかった2人。

タイラーの告白は、決して彼だけが感じた気持ちではないと思う。ケンドリックは少なくとも、タイラーの心を開いた。正直に語り、感情をオープンすることに、大いにインスピレーションを受けている。はたまた、タイラーからケンドリックへのラブレターというか、タイラーが受けた連鎖反応を正直に認めて告白したというか。彼の気付きはまた、波のように広がっていくだろう。

タイラーは元々ど正直に語る人ではあるけれど、それを容易にさせない、「男たるもの、こうあるべき」という鎧をがっしりを身に付けたまま脱げない、社会的なプレッシャーを、ここでは語っているように思う。でも名もない多くの人たちが、タイラーと同じような感覚を覚えているのではないかとも推測する。



そして、アルバムリリースをアメリカでお祝いする代わりに、Spotify主催のドキュメンタリーをガーナで撮影していたケンドリック。

彼が今作で一番好きなラインが、「男たるもの、セラピーなんて行くもんじゃない」だという。頭おかしくなっちゃったんじゃない?と思うような発言をする彼に対し、パートナーのホイットニーが「セラピーに行った方がいい」と諭すと、彼はこう答える。

何世代も続いてきた、この「男たるもの、(傷ついていたって)セラピーなんて行くもんじゃない」という価値観から、ケンドリックがセラピーに行くことが、どれだけ新たな大きな一歩(Big Step)だったかを語っている。もしかしたら「Big Stepper」には、その意味も込められているんじゃないだろうか、とふと。

ケンドリックはこのアルバムを、「(今までの作品の中でも)最も今の自分を表現している」作品だと言う。

彼に初めて会ったのは、2011年の『Section.80』のリリース前にインタビューしたときだった。ステージ上の彼はとても勇敢なビッグスターだけれど、普段の彼はとても物静かでシャイだ。言葉をひとつひとつ慎重に選び、じっくり考えながら発している印象が強かった。カメラを向けても、決して「イエーイ!」とかでしゃばったりしない。もちろん、親しい人たちの前では、また別だろうけれど。

ガーナでの彼を見て、11年前のあの時の彼を思い出した。あの頃の彼から、世界を何往復もして大きく成長したけれど、人の本質はそんなに変わるもんじゃないのでは、ということを、このドキュメンタリー映画を見て考えさせられた。

彼が、めぐりめぐって、まわりの人たちの面倒を見るよりも、まず自分を大切にしなければという結論に至ったことに、祝福を送りたい。



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