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本当はお母さんにただ寄り添ってもらいたかっただけなんだよね

子育てしていて
自分の辛い過去を思い出して
つらくなったこと、ない?

わたしは子どもが生まれた時
喜びと同時に

「この子がわたしと同じような子ども時代
になったらどうしよう」

という不安が生まれたひとなんだ。

みんな楽しそうに子育てしているのに
なんで自分だけこんなにネガティブなんだろう
って落ち込む。

隣の芝生は青く見えるよね。

かわいい子どもの寝顔を見ていて
あなただけは守りたいと思えば思うほど
自分の過去がみじめに思えてくる。

乗り越えられていないわたしの
みじめな過去たち。

子育て相談をしていて自分と同じような
お母さんたちとたくさん出会った。

わたしだけじゃなかったんだとわかり
安心した。

安心したからこそ、「心配しないで!」と
言えるひとになることを決めた。
そしてこころのことをどんどん
学んでいったんだ。

どんな古傷があるかは
ひとそれぞれ。

友だちから虐められたこと
仲間外れにされたこと
ひとりぼっちでつらかったこと
お母さんにもっと優しくしてほしかったこと
お母さんにもっと自分の気持ちを
わかってほしかったこと
お母さんに「つらい」との一言が
言えなかったこと
etc・・・


自分の成育歴のなかで
つらかった子ども時代の記憶。

それはもう終わったこと。
過去なんだよ。
もうあの時の自分はいないから、
もう新しい自分で生きているから、
あの過去は葬り去ったんだよ、
だって、もう新しい家族がいるじゃない。
そう自分に言い聞かせてみる。

もう終わったはずなのに
もう忘れていたはずなのに

よみがえる記憶。

いてぇな~

でもね、それは自分のことを癒すチャンスが
きたってことなんだ。

それ、大事に持っているけど
要らんから手放していいよって。

それはまるで
5歳児だった幼子の自分が部屋の隅っこで
両膝抱えて泣いていて

その子をあなたが迎えに行く時が来たんだよ。

「ひとりにさせてごめんね。
もう大丈夫だから」

振り戻しの渦中はとってもつらい。

どうしていいかわからない。

でもね、乗り越えられないものはないから。

乗り越えられなかったら
無理になんとかしなくてもいい。

自分が見ている世界がすべてじゃない。
別な世界があることを
我が子が見せてくれるから。

そう、我が子が教えてくれるんだ。

子育てって
我が子を自分の幼い頃と重ねて
見てしまうことがある。

するとね、
誰の悩みかわからなくなる。

自分の悩みなのに
我が子のせいにしたくなるのよ。

そして
我が子のせいにしてる自分を責める。

これを「負のループ)とわたしは言っている。

そんな時は
親と子どもの問題を切り離す。

アドラー心理学では
このことを「課題分離」と言っている。

不思議なんだけど
課題分離させるとね、
マジで気持ちが軽くなるの。

解決してなくても軽くなるの。
そして解決してないのに
悩んでいたことが
どうでもよくなったりもする(笑)

やっぱりさ、
子どもの問題解決する前に
自分を解決するといいんだよね。

すべては自分次第だから。

ひとりで頭の中を悩みが駆け巡っているならば、
紙に書いてみるといい。
ひとに話してみるのもいいよね。
悩みごとが客観視できるから!

悩みってそんなもの。

だから軽く、とにかく軽く

軽くなれない時はがっつり落ち込んで

底の底まで落ち込んだらさ
這い上がってくるからさ。

問題とか悩みってさ
ゲームのように
クリアすると
別な悩みが生じることもしばしばある。

そんな時はさ、

「まだ、この感情が残っていたのかー」

っていう発見にするんだ。
そうすると気づくことがうれしくなる。

だって気づけない方が不幸じゃね?

きづいたらさ、終わりにできるからさ。

気づいて終わりなんだよ!

はい!気づけたね!
ゲーム終了ー!って感じね。

子育てじゃなくても
全部同じこと。

でね、でね、
最初の話に戻るけど

「この子がわたしと同じような子ども時代
になったらどうしよう」
わたしのこの悩みがどうなったか?

我が子育てていたら
なくなったんだ。

それは我が子が全部教えてくれた。
言葉で教えてくれたわけじゃないよ。
子どもの存在が教えてくれたんだ。

もうつらい自分で生きなくていいことを。

自分の癒す旅路は
子育てでもパートナーシップでも
それはほんとうにひとそれぞれ。

わたしは子どもがいたから成長できたひと。

悩みはあっていい。
今より一回りも二回りも
ぐんと大きく成長できるチャンスだから。

だからあなたもしあわせになっていい。





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