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約束

「まだ咲くの」

感嘆とも疑問ともつかない声が、小さな悲鳴のようになってこぼれた。
おとなりさんちの畑に続く砂利道。路端の岩陰に、ひっそりと、ゲンノショウコの白い花が咲いていた。

白いと言っても真っ白なわけではなく。特徴ともいえる紫色のライン。花によっては薄っすら桃色がかっていたり、青味が感じられたり。
夏の間、道端にぽつりぽつりと咲いたり。ふと気づけば、庭のあちこちにぽろぽろぽろぽろ一斉に咲き競ったりする。
花期は7月から9月とあった。ネット調べ。
もう11月も半ばだよ。まわりはもうみんな神輿草になってるよ。ねぇ、大丈夫なの。
なんて。まあ。大きなお世話もいいところだけれど。

神輿草というのは、ゲンノショウコの別名。最近知った。こちらもネット調べ。
花が終わり、できた果実は種を飛ばすために弾ける。その弾けた後の、五方向に広がって先をくるんとまるめた姿がお神輿の屋根に似ていることからそう呼ばれているそう。まるまった先に、飛ばなかった小さな種を抱いていたりして。これがまた、花に劣らず美しい佇まいをしている。

好きな花は、と訊かれたら、マツヨイグサと、このゲンノショウコの名を挙げる。
道端の草陰にそっと咲くその花を、わたしは長いこと見過ごしていた。
いま思えば、草刈り機を振り回すたび、知らずに刈っていただろう。
じゃあ、どうしてその花を好きになったかと言えば。
大好きないぬがカタチを無くしたさみしさを、そっと、埋めてくれたからだろうか。

数年前の冬の終わりに、おじいちゃんだったいぬが逝ってしまって。
残されたわたしともう一頭のいぬは、変わらず連れ立って散歩を繰り返していた。
夏のはじめ、よく、おじいちゃんだったいぬが座り込んで気持ちよさそうに日光浴をしていた辺りに、小さな白い花がひとつ咲いていた。
なんだかいつだか見たような気もするけれど、とおもいながら、それまでは気にも留めていなかったその花を、わたしは写真に収めて帰った。

写真にして持ち帰った花には6枚の花びらがあった。
ここで、あれ?と思った方は、お花が好きな方かもしれない。それとも、薬草に詳しい方だろうか。
6月に咲く白くて花びら6枚の花。いくら探してみてもその花が見つからない。ネット調べ。
納得する答えに行き着くまで、あの時、何日かかったんだっけかな。
数日後、ああ、この花は少し変わっているんだな、とやっと気づいた。

ゲンノショウコの花びらは、通常5枚。
きっとね、気落ちしてなにもする気になれずにいたわたしに、おじいちゃんだったいぬが空から放ってくれたきっかけだったとおもう。
本当に、夢中で調べたもの、あの時。どうしてもその花の名前が知りたくて。
特徴的な紫色のラインを見れば分かりそうなものなのにといまならおもいもするけれど。あの時は、6枚の花びらにこだわっていたなあ。なぜだろう。不思議。

とにかく、そうして、わたしはこの花が好きになり、それをきっかけに、ばかみたいに花の写真を撮るようになった。
いまじゃあ、いぬの写真より花の方が多い。
いぬの姿はひとつだけれど、花は毎年無数に咲くしね。
この3年で撮り溜めた花の写真は、ずっとわたしを支えてくれている。
ああ。なんか、やだな。こんなありきたりな言い方。

ところで。
さあ、またやって来る花の咲かない冬をどうしよう。
今年はやたらと落葉に目を凝らすようになった。
花は無くても、色は変わらずあるんだなあ。
だからさ、もう花はおやすみにしていいんだよ、ゲンノショウコ。
祈るように願ってしまう。
岩陰に震えるようにして咲く花が、なんだか痛々しくて。見ていられなくて。
傲慢だよね、ほんと、にんげんてさ。

来年また会おうよ。必ず探すから。
大好きな花です。ゲンノショウコ。



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