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2021年、今までの私とこれからの私

 年も明けたので、振り返りとこれからの抱負も含めて、今さらながら自己紹介を書いてみたいと思います。

自分は一番最後に

小さい頃から5つ下の弟がいるせいか、お姉ちゃんは後でね、って言われることがよくありました。その癖がまだ抜けず、何かと人に順番を譲ってしまいがちです。それではいけない時もあるのは分かっているのですが、いつも譲り続けていたら、私が!って言うタイミングを失いました。完璧に。

先生は偉大

私の両親に家で勉強を聞くと、学校の先生に聞きなさい、と言われました。なので、私にとって先生と呼ばれる人は偉大だと思っていました。先生はなんでも教えてくれる、勉強も生活のことも、褒めてもくれました。そうなると、親に聞くってなかなかできなくなるんですね。最近やっと親となんでも話せるようになりました。嬉しい。

感性で生きる

私が2020年に自分に誓ったことは、感性を活かして生きることです。個人的には、もっと個人の感性が優先されてもいいのではないかと思うのですが、そう言ってたら世の中大変になりますね、きっと。ただ自分が何を感じているのか見過ごしたくないんです。それが生きることなんじゃないかって。そんな私はしっかり者に見えてかなり感性で人生サバイブしています。

自己表現の副産物

中学校の時からトランペットを吹いていました。音楽は自己表現のひとつだったと思います。自分の中にあるものを、音楽や絵や言葉、造形などで表現することはある意味で副産物なのではないかと思っています。今までたくさんの企画やアイデアを出してきましたが、本業以外の方法でも自分をアウトプットして、そのアウトプットも充実していた方が本業が捗ったりするものですね。

人一倍遅くて早い

私は本当に何をするにも遅くて、何かを決めるのも遅い。始めるのも遅い。歩くのも遅い。小学校の頃は走ることは、学年で一番遅かったのではないかと思うくらいです。でも決めたら早いしフットワーク軽く飛び回れる、そんな不思議なギアを持っています。自分でもよく分からないのが困りものです。

いつも変化していたい

学生の頃、髪型をよく変えていました。今も髪色は毎月少しずつ変化をしています。いつも変化していたいんです。過去の自分はもう過去、自分でも知らない新しい自分を見つけたい、という気持ちが強いです。私について、私のイメージしてない言葉を言ってくれると喜びます。最近は変わらないことにも価値があるし、それも大切なことだと感じているのは秘密です。

まだ見ぬ未来へ

ここまで読んで、結局keikoって人はなんなんだ?って思っている人も多いと思いますが、一番感じているのは私自身かもしれません。なんなんでしょうね、一体。今までも分からなければ、これからなんてもっと分からないじゃないか、って思うでしょう?その通りですよね。ほんと、分からないことばかりです。ただ、このnoteを通じて伝えたいのは私なりの『自然と感じる豊かな暮らし』で生き様を伝えていこうと思っています。もう少し詳しく言うと、暮らしの中に環境教育の視点を取り入れて、子供から大人まで学びあえる場所をつくりたいと思っています。そんな私はレイチェル・カーソンのこの言葉が好きです。

It is not half so important to know as to feel.

「知る」ことは、「感じる」ことの半分も重要ではない

書いてみたらあまりにも自己を紹介できていなかったので、いつかリベンジします。

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