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訳しにくい言葉〜ownership


「所有権」ではしっくりこない"ownership"の訳し方

ビジネスの場面でよく出てくる言葉に"ownership"があります。"Owner"(持ち主)という単語と、身分や状態を示す"-ship"という接尾辞で成り立つ言葉で、所有者であることの資格を示します。"Ownership"を辞書で調べると、「所有権」という日本語訳が出てきます。

株式や土地などの資産の話で「誰が何に対して権利を持っているのか」について話しているときには、"ownership"(所有権)はシンプルに「所有権」と訳せるのですが、文脈によっては訳し方にちょっと困ってしまうことがあります。

例えば、仕事や組織について話している場面でも「自分の仕事に"ownership"を持とう!」のような文脈で出てくるんですよね。この場合の"ownership"を「所有権」と訳すのは、しっくりきません。こういった文脈だと日本語でもカタカナで「オーナーシップ」と語られることもあります。何となく分かるけど、でも「オーナーシップって何よ?」と思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

雪山でのリーダーシップ研修の思い出

私が初めてこの文脈で"ownership"を訳した(捻り出した?)時のことを今でも覚えています。

今から10年以上前のことです。とある会社のチームビルディングを兼ねたリーダーシップ研修で、社長はじめ役員、マネージャーなど20人くらいで雪山登山をしました。

外資系企業で社長はイギリス人だったので通訳が必要ということで、私もお邪魔することになりました。(サムネイルの写真はそのときに撮ったものです)


雪のなか皆で一緒に山を登り、山小屋に到着してリーダーシップ研修が始まりました。そこで社長が話をしているときに出てきたのが、忘れもしないこの言葉、"ownership"です。詳しい内容は覚えていませんが、「今この会社に欠けているのはownershipだ。リーダーとなる君たちが率先してownershipを持って欲しい」と言うようなお話だったと思います。

はて、困った・・・。

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このときにお話ししていた社長は、私の通訳人生の中でも最も尊敬する方のお一人で、素晴らしい経営哲学を持ち常に社員のことを真剣に考えている立派な方です。その尊敬する社長が会社を背負って立つリーダーたちに、とても大事なお話をされていて、"ownership"という言葉はそのキーワードとして使われています。

この文脈では"ownership"を辞書通りに「所有権」と訳しては主旨が伝わりません。

通訳である私は、尊敬する社長の大切なお話の、大切な"ownership"という言葉を、英語を理解しない人でも腑に落ちる形で訳したいという気持ちでいっぱいです。ここは"ownership"を「オーナーシップ」とカタカナで言ってやり過ごすのではなく、日本語でぴったりくる言葉に訳したい!社長の素晴らしいお話を心に響く形で伝えたい!!!と思ってしまうわけです。

更には、外資系企業であるが故にバイリンガルも多く、日本語も英語を完璧に理解する彼らは、この"ownership"という大切な言葉を通訳はどう訳すか注目している(ような気がする)という状況です。


・・・では、なんと訳す?

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こんなときは、文脈での言葉の意味を考えます

「今この会社に欠けているのはownershipだ。リーダーとなる君たちが率先してownershipを持って欲しい」

この場合の"ownership"が意味すること(社長が言おうとしていること)を考えてみると、指示待ちでなく自分から動くとか、決められたことを決められた通りにやるのではなく自分の頭で考えて行動する、必要であれば提案する、改善するとか・・・そんな意図だと私は思いました。それを日本語で一言で表現するとしたら??


余談ですが、通訳の仕事は「瞬間芸」です。その場で一瞬にして訳さなければ仕事になりません。ここが通訳と翻訳の違うところです。練り込んだ美しい訳出を求められる翻訳の仕事には通訳とは違う難しさがありますが、通訳は人前に晒されながら(!!)、その場で訳出せねばならないのが難しさの一つだと感じます。

このとき、思考が走馬灯のように頭をグルグル巡った末に「瞬間芸」で私が捻り出した"ownership"の日本語訳は、「当事者意識」でした

因みに、辞書には"ownership"の日本語訳として「当事者意識」は載っていません。なので、これは私の意訳です(汗)。でも、この文脈では"ownership"の日本語は「当事者意識」だと私は感じたんですよね。そして、私の通訳を聞いてくださっている方々も頷きながら納得してくれている様子にホッと胸を撫で下ろしたのでした。

言語を訳すときには、辞書に書いてある通りに訳しても意味が通じないことは沢山あります。「訳す」という仕事に、絶対的な正解も不正解もないのだ、と感じます。

「辞書通りに訳せないなら、どう訳す?」となったとき、いかに文脈にぴったりくる、話者の意図が伝わる訳を捻り出すのか!?・・・これが通訳の仕事の難しくも面白いところです。

そして、そんなときには「この人の言葉は絶対に伝えたい!」と思えることが火事場の馬鹿力(?)を発揮できるかどうかを大きく左右するようにも思うのです。雪山でのリーダーシップ研修の楽しかった記憶と、尊敬するクライアントさんとの仕事を思い出しながら、こうやって通訳として育ててもらっているのだな、と改めてありがたく感慨深い気持ちになります。

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