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神楽岡公園の追憶

 この夏、コロナ禍のせいで、4年目の「夏の北海道避難生活」を旭川で過ごすことになった。正直、旭川にはあまり期待をしていなかった。3年前の夏に旭山動物園に行ったとき、駅から動物園までのバスの車窓から見える街の景色が、どこにでもありそうな地方都市のそれに過ぎなかったからだ。

 しかし、この街で送る日々を重ねるうちに、私は旭川という都市の魅力に次第に惹きつけられるようになった。それはnoteにもすでに写真で一部紹介したところだが、とりわけ私を魅了したのは、滞在先から徒歩20数分の距離にある神楽岡公園だった。1周1時間ほどかかる森に覆われたこの自然公園に、私は週に2回以上は通ったことだろう。

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 自然公園というと、場所によっては閑散として人気がなく、クマかイノシシでも出てくるのではないかと心配される所も少なくないが、ここは散歩やジョギング、それにカメラを抱えた人などが、1時間も歩いていると何人かに出会えるので、安心して歩ける。それに、周囲が住宅地に囲まれているので、クマが出没する恐れもない。

 野鳥やエゾリスなどが観察できるということで、私は最初、カメラを肩に提げて大いに期待を抱いて行ったのだが、最初のうちは野鳥の声はすれど姿は見えず、ましてやエゾリスなど気配も感じられず、仕方なく、公園の一隅にある日本庭園に落ちる小さな滝を撮ったりして過ごした。

 確かそこに通うようになって3回目頃のことだったろうか、動物を撮ることは最初から諦め、曇っていたので日本庭園の人工的な滝をスローシャッターで撮ろうと、私は標準レンズのみセットして出かけた。しかし、入口を入って100mも来たとき、いきなりエゾリスが現われて、私の周りをちょろちょろし始めた。まだカメラを取り出していなかった私は、慌ててiPhoneのビデオにその姿を収めた。

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 その日は森の中で木の幹を上り下りするゴジュウカラも間近で目撃した。不思議なもので、その日から、行けば必ずなんらかの動物に出会え、カメラに収めることができるようになった。恐らく、目が森に慣れてきたのだろう。それまでは、動物たちの姿が森に溶け込んで、彼らを発見できずにいたようだ。

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 アカゲラ、ヤマゲラ、シジュウカラ……。最初のうちあまり見かけなかったエゾリスも、日を追うごとに頻繁に見かけるようになり、9月に入ってからは、行けば毎回、数匹は出会うようになった。

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 私はすっかりこの森の虜になってしまった。1回行くだけで、普通の散策の何倍も楽しむことができた。

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 まず、私が毎日の日課としている散歩のコースとしては最高だ。ふだん街中を歩くとき、いや、自然の多い場所を歩くときでさえ、思索にふけりながら、あるいは次々に浮かぶ雑念に追いかけられながら歩数を稼いでいるのだが、この森は、入った瞬間から、私の心を無にしてくれる。

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 森だから、森林浴の効果もある。森の外より2、3度は気温が低いので、30℃以上の猛暑の日には、弁当持参で訪れて、夕方、陽が西に傾くまで森の中で過ごしたこともある。

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 そして写真だ。今のミラーレス一眼レフカメラを買ってから9年以上経つが、この3ヶ月間に、私はこの9年間に撮り貯めてきたのに匹敵するくらい多くの写真を撮った。特に、岡山県に越してからはあまり写真を撮る機会がなく、年に数回持ち出すくらいだったので、そのブランクを一気に埋めるように、私は撮りに撮りまくった。

シジュウカラの幼鳥

 森なので、しかも動物を相手にしているので、いつものようにオートモードでは、鮮明な画像が撮影できないことが多かった。マニュアルモードといったら、これまでは滝や清流の撮影のときくらいしかおこなったことがなかった。私は自身の写真の知識と技術のなさを痛感させられた。それにもめげずにいろいろ勉強し、試行錯誤を重ねながら、暗い場所での撮影に挑戦した。

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 森といっても浅い森で、木々の間隔は広く梢もそんなに高くないので、キツツキの仲間はオートモードでもきれいに撮れることもあったが、暗い場所に生息するエゾリスは、マニュアルモードでなければきれいに撮れない。最後の2、3週間は、もっぱらリスのベストショットを求めて通ったようなものだった。

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 森が神社に隣接している場所に、神社が設けたと思われる餌台が置かれていて、そこにいつも3匹の、恐らく今年生まれた兄弟らしきリスたちが集まって暮らしていた。そのうちの1匹がとても人なつこく、私が木に凭れてじっと観察していると、自分の方から近寄ってきて、つかの間遊んで戻っていく。餌ならすぐそこにあるし、9月になるとドングリも豊富だったから、餌をねだるわけでもない。まるで、「こんにちは。今日もまた来たの?」とでも問いかけているようだった。私はこいつに、勝手に「クリス君」と名前をつけた。

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 今年の北海道の夏はずっと暑かった。1980年代頃までの関東地方の夏を思わせた。そして、滞在先は幹線道路に近く、夜、窓を開けたままにしないと眠れない日がほとんどだったので、いつも耳栓をしないと寝つかれなかった。

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 それでも、岡山へ帰る日が近づくにつれ、あと何回あの森へ行けるだろうか、クリス君に会えるだろうかと、名残惜しくなってきた。結局、満足のいくクリス君のベストショットは撮れなかったのだが……。

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