難しいテーマに正面から挑んだ「サイコだけど大丈夫(사이코지만 괜찮아)」
サイコパスがドラマで取り上げられるというと、日本の場合、ほとんど犯罪ものドラマで、明示的ないしは暗示的に猟奇的犯罪者がそれとして描かれることが多い。そのほかにも、作中にサイコパス的人格の人物が登場し、ときに「サイコパス」と語られることもあるが、サイコパスそのものをテーマとしたドラマは知らない。
そういった意味で、韓国ドラマ「サイコだけど大丈夫(사이코지만 괜찮아)」(2020、tvN)は異色なドラマといえよう。
(本文はネタバレ的要素を含むのでご注意ください。)
サイコパスがテーマ
このドラマの注目すべき点はいくつかあるが、まずは、上述したようにサイコパスを真正面から取り上げたことだ。
主人公の童話作家コ・ムニョン(ソ・イェジ)は、両親に捨てられた過去を持ち、他人を信用することができず、感情をコントロールできずに、すぐに凶器を振り回す。そして、描く童話は童話にはふさわしくなく、どれも残酷で暗い内容に満ちている。
そんな彼女と偶然出会ったムン・ガンテ(キム・スヒョン)が恋に陥るというラブストーリーなのだが、精神科病院に保護士として勤務するムン・ガンテも、実は自閉症の兄サンテをめぐって心に問題を抱えている。そのふたりが関係を深めるなかで、お互いが変化し成長し、“治癒”していく過程を、このドラマは描いている。
そのなかで明らかにされるのは、サイコパスなのは実はムニョンではなく、彼女の母親、作家のト・ヒジェであり、ムニョンは母親に支配されサイコパス人格に仕立て上げられていったということだ。
象徴としての蝶とBPD
このドラマには蝶がシンボルとしてたびたび登場するが、それはギリシャ神話のプシュケーの話にちなんでいる。ムニョンの母親ト・ヒジェは、蝶を他人を傷つけ殺す象徴として捉えているが、ムン・ガンテが勤務するOK精神病院(괜찮은 병원)の院長オ・ジワンは、それを“治癒”の象徴として捉える。そして、蝶の役割が前者から後者へと変化する過程が、まさにこのドラマのストーリー展開の鍵となっている。
ト・ヒジェはあくまで自己中心的で、目的のためなら平気で人を欺き殺人を犯すサイコパス人格だが、実はコ・ムニョンはサイコパス人格というよりは、境界性パーソナリティー障害(BPD)に近いと思われる。「サイコパスの治癒」という話は聞いたことがないが、BPDなら治癒が可能であり、ムン・ガンテとの関係性においてそれが達成されたことに違和感はない。
自閉症の兄の自立
このドラマの注目すべきふたつ目の点は、ムン・ガンテの兄、サンテの存在だ。彼は自閉症で軽度の知的障害もあるが、ずば抜けた絵の才能の持ち主だ。彼は30代半ばまで弟カンテに依存して生きてきたのだが、ムニョンとの関係のなかで、蝶をめぐるトラウマを克服し、絵の才能を開花させ、自立への道を踏み出す。
このドラマそのものについてもいえることだが、精神障害者への差別や自立への障害の多い韓国において、こうしたストーリーはとても注目すべきことだと思う。
舞台としての精神科病院の特異性
さらに注目すべき点として、このドラマの舞台となるOK精神病院があげられる。院長のオ・ジワンはおよそ医者(精神科医)らしくない存在として描かれている。ここに来るまでムン・ガンテが勤めていた精神科病院の様子が最初の方で少しだけ描写されているが、それと比べてこの病院の開放的で平和な様子は、日本の精神科病院のあり方にも大きな問題提起となっている。
そして、登場する患者たちも、日本のドラマにもありがちな、型にはまった「精神病患者」ではなく、どこにでもいそうな人々として描かれていることも見逃せない。
エミー賞にノミネート
多くの人々が多かれ少なかれ抱える心の問題を、外側からでなく内側から照らし出し、人と人との(一方的でない相互的な)関係、そして“愛”の力によってそれが“治癒”していく過程を描いたことが、このドラマを高く評価できる点だ。アメリカのエミー賞で、今年の「インターナショナルエミーアワーズ」にノミネートされたというニュースも頷ける。
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