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純粋経験論(根本的経験論)とは & プロフィールなど

純粋経験論(根本的経験論)とは

純粋経験論(あるいは根本的経験論)とは、経験の事実そのものから哲学を構築する試みのことです。哲学史の流れの中に位置づけるとすれば、ヒューム・ジェイムズ・(最初期の)西田の系列に属するもの、そして彼らの「経験論」を究極まで徹底させようとするものだと言えます。

純粋経験=直接経験=実際に経験していること・事実そのまま。純粋経験論の「原理」というものをあえて挙げるのだとすれば・・・

経験論が根本的であるためには、その理論的構成において、直接に経験されないいかなる要素も認めてはならず、また、直接に経験されるいかなる要素も排除してはならない。(W.ジェイムズ著・伊藤邦武編訳『純粋経験の哲学』岩波文庫、49ページ)

・・・それ以上でも以下でもありません。しかし過去あるいは現代の哲学者の著作を読んでいると、これが実は非常に難しいことであるようなのです。ついつい何によっても根拠づけられていない前提を持ち込んでしまったり、具体的経験とは異なるモデルを想定してしまったり、具体的経験から離れて何の根拠も示されていない言葉と言葉との関係に拘泥してしまっているように思えます。

経験として具体的に現れているものは経験なのです。当たり前すぎて言うまでもないことですが。つまりあらゆる事象が経験であり、一般的に思考・思惟あるいは反省と呼ばれている事柄でさえ、具体的経験であることに変わりありません。問題は、それが実際の具体的経験としていかに現れているのかであり、そこで想定概念やらモデル概念を持ち込むことなく、そのままを説明することが重要なのです。(ヒューム、ジェイムズ、西田ともにそれに成功してはいない)

より詳しくはこちら

純粋経験論とは: http://miya.aki.gs/mblog/pure_experience.html

純粋経験とは: https://note.com/keikenron/n/nf7d2e4107fa0

一般的経験論と純粋経験論との違い: https://keikenron.blogspot.com/2019/11/blog-post_20.html

※ 現在、以下のウェブサイトで研究内容を公開しています。

経験論研究所http://miya.aki.gs/mblog/

これまでに書いたレポート一覧http://miya.aki.gs/mblog/report.html

純粋経験論(ブログ)https://keikenron.blogspot.com/ 

プロフィール

元・林学研究者。農林業にそれほど詳しくない農学博士・・・ 現在は漆仕上げのスプーン・フォーク・箸その他小物を制作する木工作家をしております。

もともとがアウトドアさえ苦手なのに林学分野に来てしまって・・・長い現地調査は辛かったです。でもいろいろな方にお世話になり、たくさんのことを学ばせていただきました。

林学はいわゆる「実学」で、社会調査をすれば文化人類学の人たちからいろいろ言われるし、森林の調査に関してはやはり生態学・生物学から学ばなければならないという、非常に中途半端な立場です。

文化人類学や社会学にはいつも違和感を抱いていました。知識量というか教養は豊富だし、何だかよくわからない概念がたくさん出てくる・・・そして、なぜか納得できない(!)「本当にそうなのか?」あるいは「それはそうかもしれないが、他に重要な要因があるのでは・・・?」という感覚が常についてまわるのです。

一方、生態学や生物学の人たちが社会の分析をすることも多くなってきている気がしますが、そのときしばしば見受けられるのが「自然主義の誤謬」です。なんでもかんでも遺伝子に集約する研究者も多いし、やはり違和感を常に感じていました。

なんだかもやもやした気持ちをすっきりさせてくれたのが、『現象学入門』(竹田青嗣著、NHKブックス)と『言語的思考へ 脱構築と現象学』(竹田青嗣著、径書房)でした。学問の客観性とは何か、自分自身で考えるきっかけをいただきました。

しかし、現象学に関連する文献を読んでいるうち、現象学そのものにも問題があるのではないか、と思い始めました。そして、それらの問題点をクリヤしていくうちに、様々な哲学的難問を解決していく手がかりが見えてきました。

(注)このページの文章は、あくまで私が構築した「ストーリー」であり、学問的な客観性を持つ内容ではありません。言うまでもないけど一応念のため。


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