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廬山シリーズ③陶淵明「飲酒」

前回の「廬山シリーズ②」からなんと4ヶ月も経ってしまいました。何とか2021年のうちに約束(!?)を果たさなくては…と思い、暮れも押し詰まった今日ですが、陶淵明の「飲酒」をご紹介します。

陶淵明については、「廬山シリーズ②」をご参照ください。

  飲酒Yǐnjiǔ     
    陶淵明 Táo Yuānmíng
結廬在人境     Jié lú zài rén jìng
                 而無車馬喧     Ér wú chē mǎ xuān
問君何能爾     Wèn jūn hé néng ěr
心遠地自偏     Xīn yuǎn dì zì piān
采菊東籬下     Cǎi jú dōng lí xià
悠然見南山     Yōurán jiàn Nánshān
山気日夕佳     Shān qì rìxī jiā
飛鳥相与還     Fēiniǎo xiāngyǔ huán
此中有真意     Cǐ zhōng yǒu zhēnyì
欲弁已忘言     Yù biàn yǐ wàng yán

【書き下し文】                           庵(いおり)結んで人境に在(あ)り                  而(しか)も車馬の喧(かまびす)しき無し              君に問う 何ぞ能(よ)く爾(しか)ると
心遠ければ地自
(おのず)から偏(へん)なり
菊を采
(と)る 東籬(とうり)の下(もと)
悠然として南山を見る
山気日夕(にっせき)(よ)
飛鳥(ひちょう)相与(とも)に還(かえ)
此の中(うち)に真意有り
弁ぜんと欲して既に言(げん)を忘る。

【詩の形式】
*五言古詩 二十首の連作の其の五
*押韻・・・偶数句末(喧・偏・山・還・言)

【語句】
① 廬・・・いおり、草葺きの小さな家
② 人境・・・人里
③ 車馬喧・・・訪問客の多いこと
④ 問君・・・「君」は作者自身。自問自答の形式。
⑤ 爾(しか)る・・・そのようなこと(人里に庵を構えて静かに暮らすこと)
⑥ 東籬・・・東の籬(まがき)
⑦ 南山・・・(南にある)廬山
⑧ 山気・・・山の景色、靄(もや)
⑨ 真意・・・自然と人生の真の味わい

【桂花私訳】
人里の中に庵を結んではいるけれど、賑やかに車馬の音を立てて訪れて来る人はいない。
こんな人里に住んでいるのに、どうしてそんな閑寂な暮らしができるのかと問われるのだが、
気持ちが世俗離れしていれば、住んでいる土地も自ずと浮世離れするものなのだ。
庭先に出て、東の籬のもとに咲く菊の花を手折り、
目を上げて、悠然と聳える南山を眺める。
夕暮れの山の景色は言うこと無しの素晴らしさ、
鳥たちの群れは揃ってねぐらへと飛んでいく。
この景色のなかにこそ人生の真実があるものだと
語ろうと思ったのに、ことばを忘れてしまった。

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政争から離れ、故郷の自然の中で暮らす日々に「人生の真実」を見いだした陶淵明の生き方に共感する現代人も多いのではないでしょうか。

先日の漢詩講座でも紹介させていただいたのですが、『中国詩人烈伝』(諸田龍美著ーー参考書籍⑥)では、中国の詩人たちに人生相談をしてみたらどんな回答が返ってくるだろうか?という、実にユニークな展開で詩人の「人となり」が語られています。

陶淵明への相談は何と、次のようになっています。

「脱サラして田舎に移住した息子が心配です。」60代主婦

いかにも現代にありそうな相談ですね。さて、陶淵明はどんな答えを相談者に返したのでしょうか? 相談者との電話の中で、彼は帰郷に至った経緯や心境を語り、人生観を述べています。

陶淵明の回答の部分ではありませんが、作者(諸田龍美氏)のことばがわかりやすく、心に響きます。

「でき得るならば、自らに贈られた本性が最も生き生きと開花し得る場所に、自分を置くことが理想であろう。それは現代に生きる我々にとっても、人生を充実させる大切な条件ではないだろうか。」(『中国詩人烈伝』p67より引用)

田舎暮らしの陶淵明は自分らしい生き方を見つけて、のびのびと暮らしていたことでしょう。

2021年の終わりに、ちょっと肩の力を抜いてみませんか?


【参考書籍】
① 『中国名詩選(上)』川合康三編訳 岩波文庫
② 『中国名詩鑑賞辞典』山田勝美著 角川ソフィア文庫
③ 『漢詩入門』一海知義著 岩波ジュニア新書
④ 『図説漢詩の世界』山口直樹著 河出書房新社            
⑤ 『中国詩人烈伝』諸田龍美著  淡交社                ⑥『詩人別でわかる 漢詩の読み方・楽しみ方』鷲野正明監修 メイツ出版



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