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NPBにおける「出場停止処分」の境界

2021年8月11日、日本ハム球団は同球団所属の中田翔選手が、同球団の選手1名に対し暴力行為を行ったことを公表した。日本ハム球団は「統一契約書第17条に違反し、野球協約第60条(1)の規定に該当するものと認定した」とし、出場停止の処分を下した。同日、NPBからも同選手を出場停止選手とすることを公示した。

出場停止選手として公示されるケースはどのようなケースなのかを考察する。

野球協約における出場停止処分

野球協約においては第60条(1)で出場停止選手を下記のように定める。

野球協約 第60条(処分選手と記載名簿)
選手がこの協約、あるいは統一契約書の条項に違反し、コミッショナーあるいは球団により、処分を受けた場合は、以下の4種類の名簿のいずれかに記載され、いかなる球団においてもプレーできない。
(1)出場停止選手と出場停止選手名簿(サスペンデッド・リスト)
球団、あるいはコミッショナー、又はその両者は、その球団の支配下選手に対し、不品行、野球規則及びセントラル野球連盟、パシフィック野球連盟それぞれのアグリーメント違反を理由として、適当な金額の罰金、又は適当な期間の出場停止、若しくはその双方を科すことができる。球団、あるいはコミッショナー、又はその両者によって出場停止処分を科された選手は、コミッショナーにより出場停止選手として公示され、出場停止選手名簿に記載される。出場停止選手は、出場停止期間の終了とともに復帰するものとする。出場停止選手の参稼報酬については、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額を減額することができる。なお、減額する場合は、上記の方法で算出した金額に消費税及び地方消費税を加算した金額をもって行う。

規定を整理すると下記のようになる。
(1)処分する主体:下記のいずれかもしくは両方
① 球団
② コミッショナー

(2)処分する理由:下記のいずれか
① 不品行
② 野球規則違反
③ セ・リーグもしくはパ・リーグのアグリーメント違反

(3)処分:下記のいずれかもしくは両方
① 適当な金額の罰金
② 適当な期間の出場停止

(4)処置
① 出場停止選手として公示され、出場停止期間の終了後に復帰
② 出場停止期間中の参稼報酬の減額

今回の中田翔の事例への第60条(1)のあてはめを見てみよう。
(1)処分する主体:第60条(1)の適用を球団自身が認定した上で、コミッショナーが公示していることから、両方による処分と考えられる。
(2)処分する理由:同僚選手への暴行という不品行と考えられる。
(3)処分:期間を定めない形で出場停止処分が公示された。
(4)処置:コミッショナーによる公示が行われている。参稼報酬の減額も行われるものと考えられる。

野球協約60条(1)による出場停止処分例

下記はこれまでに協約60条(1)による出場停止の処分を受けた事例である。

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※NPBウェブサイトに記載された「リーグ略史」および報道からまとめたもの。「リーグ略史」には清原の処分が記載されていないなど、すべての処分を網羅していない。このため上表も出場停止処分のすべてを網羅していることは保証しない。
※いわゆる「別所引き抜き事件」(1949年)により、別所毅彦も出場停止の処分を受けているが、1951年の野球協約発効前の事例である。
※山口俊は球団からの罰金も科されているが、その金額は不詳。減俸分と合わせると1億円以上とされる。
※上表以外にNPBアンチ・ドーピング規程によって6名の選手が出場停止処分となった。

協約60条(1)によらない出場停止例

出場停止の処分は野球協約によらない形で、球団独自の処分として実施されるケースもある。

2020年に西武・佐藤龍世および相内誠の両名が道路交通法に違反する行為が判明した。佐藤は執行猶予付きの有罪判決を受けた。球団は「無期限の対外試合出場禁止」の処分を下しているが、第60条(1)の適用はなく、出場停止処分選手として公示はされなかった。

2016年、ロッテ・ナバーロが、銃弾所持の容疑で現行犯逮捕された。球団は「3月中のすべての試合への出場停止に加え、パ・リーグとイースタン・リーグの公式開幕からそれぞれ4週間の出場停止と、さらに制裁金50万円」という処分を下した。この処分についてはコミッショナーに報告されたものの、第60条(1)に基づく公示は行われなかった。

野球協約60条(1)適用の境界

野球協約60条(1)の適用の基準は明らかではない。

第60条(1)が適用された事例をみると、グラウンド内での審判・観客・相手選手に対する暴行を理由とした処分が中心であるが、いわゆる「プロ野球脱税事件」や、2016年・2018年の事例のようにグラウンド外での行為を理由としたケースがある。協約60条(1)を適用する背景となる行為は、グラウンド内の行為にとどまらず、幅広く捕捉されていると言える。
一方で先に挙げた協約60条(1)が適用されなかった事案はいずれも、山口俊の事案と同様に刑事処分の対象となる行為に起因するものであり、協約60条(1)のいう不品行に問うべきものであるとの判断も可能と思われる。

このように同様の事例によっても適用有無の判断が異なっており、事例の内容によって協約60条(1)適用の有無を判断しているとは言い難い。球団によって恣意的に運用されているものと考えられる。

このような恣意的な運用の背景は明らかではないものの、球団が協約に定める以上処分を望む場合に、協約60条(1)を適用しない判断をする可能性が想像される。
協約60条(1)は出場停止期間中、参稼報酬を減額できるものとし、その率は「1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額」としている。厳罰を与えるという目的で規定以上の減額を行うことを球団が企図する場合には、協約60条(1)を適用しないことを選択する可能性がある。厳罰目的により、協約60条を適用した上で罰金を増額することも可能であろうが、前例との衡平を考慮して罰金額の「相場」の適用をコミッショナーに求められる可能性もある。このような前例や規定を超えた処罰の手段として、協約60条(1)を適用しない選択を行う可能性がある。

今後の適用への展望

現状では協約60条(1)の適用の判断は球団による恣意的なものと言わざるを得ない。何らの規約・契約等の規定によらず処分を下すことや、他の事例と比べて不当に重い処分を下すことは、処分を受けた側から法的救済を申し立てられるなど、紛争の種となる可能性がある。そのような争いを避けるためにも、適用基準を具体化することが求められるものと考える。

参考資料




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