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スズメバチは月のない夜に飛ぶ

 この島に上陸した小隊は、すでにほとんどがやられたに違いない。小石を投げれば届く距離に、俺の監視役だった宮崎一等陸士が、瞼を広げたまま転がっている。
 空に月はない。当たり前だ。新月を狙って上陸したのだから。
 迂闊に動けばヤツらに捕捉される。濡れた岩場をくだるために、つま先で次の岩を探し、少しづつ体重を預ける。まるで海藻になった気分だが、あながち間違ってはいない。海藻になりきらなければ、銃弾を浴びておしまいだ。

「ふん。それでいい」
 打ち寄せる波音の合間から、声がした。
「あんた、運が強いね。まだ生きてたのか」
「多少はな……もうすぐシャコの餌になる」
 佐久間二等陸佐は言った。
「部下を全滅させて、生きて帰る……わけには、いかないからな」
 喉が発泡してるかのように喋りにくそうだ。きっと血の泡だろう。
「あっという間だったじゃないか」
「油断したわけ……じゃない」
「俺はどうすればいい」
「ふん。さっき……してたように、逃げればいい」
「あんたはそれでいいのか」
「お前さえ生きていれば……あの子は蘇る。いやもう……蘇っている」
「どういうことだ?」
「気づかなかったのか……上陸した瞬間、お前は……あの子を呼び起こした」
 ひときわ高い波濤が、ふたりの顔まで飛沫を跳ねあげた。
「俺たちがあのタイミングで……発見されるわけがない。だが実際はどうだ。たった十秒の銃撃で……全滅だ」
 そのとおりだ。弾道は直線じゃなかった。だから死角がなかった。人間にできることじゃない。あの子の能力がなければ、できることじゃない。
「お前たちは……兄妹。だから、兄の気配で、あの子は目覚め……」
 月のない空から三発の銃弾が降って来て、佐久間二等陸佐の肺に、容赦なく穴を追加した。
「俺はどうすればいい」
 増えた死体の傍らで、思わず天を仰いだ。
 気づけば、緑色のレーザーが頭上に線を描いている。まるで、道案内をしているかのようだ。


   続く

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)