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簒奪者の守りびと 連載まとめマガジン

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連載中の長編小説「簒奪者の守りびと」を収録したマガジンです。
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#無数の銃弾

簒奪者の守りびと 《総合目次》

▶︎ 第一章 ジョンブリアン(14,000字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第二章 交叉(13,600字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第三章 魔女(13,500字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第四章 ティラスポリス(13,600字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第五章 対敵(12,900字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第六章 思惑(13,000字)  

簒奪者の守りびと 第五章 【7,8】

第五章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,900文字・目安時間:8分> 簒奪者の守りびと 第五章 対敵 ←前頁:総合目次:次頁→ 【7】  今夜の月はよほど内気なのだろう。顔を出したかと思えばすぐに雲に隠れてしまう。おぼろげな星明かりと、前をゆくショルネイジリワの尾をたよりに、少年は山道を進んだ。 「寒いね」 「まぁね」  馬上で交わす会話がそれほど盛り上がるわけではない。八本の蹄の音を、林の木々は吸収しつつ、そしらぬ顔で静寂を保っていた。  最後の収穫期を

簒奪者の守りびと 第五章 【5,6】

第五章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,100文字・目安時間:6分> 簒奪者の守りびと 第五章 対敵 ←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  食堂は広いだけの空間だった。食卓にあたるものはもはやない。壁に沿って残るいくつかの残骸だけが、兵士たちが集っていた往時を思い起こさせた。  エマはその中央にいる。ふたりの男に挟まれるようにして立っていた。 「逃げるなんて正気じゃないぜ。じっと部屋で待ってりゃよかったのによ」  手首までタトゥを掘り込んだ男がエマを睨む。

簒奪者の守りびと 第五章 【3,4】

第五章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,100文字・目安時間:6分> 簒奪者の守りびと 第五章 対敵 ←前頁:総合目次:次頁→ 【3】  トゥスの手下たちにとって、子どもが子どもを助けに来るのは想定外だった。よって敏捷に動き回る小さい影を認知するのが遅れた。  その昔、医務室として使われていた小部屋にエマはいた。後ろ手に縛られ、腰縄を結び付けられているが、あぐらのように足を組み、寝具のないベッドに乗っている。対面の椅子にはアフロヘアーの女。ふたりは会話を交

簒奪者の守りびと 第五章 【1,2】

第五章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,300文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第五章 対敵 ←前頁:総合目次:次頁→ 【1】  図面は頭に入れてある。  南北の塔には階段があり、各階その左右に小部屋がある。当時の将官や聖職者たちの個室なのだろう。また、中庭には地下室が掘られており、こちらは昔の兵士たちの宿舎と思われた。エマはそのいずれかに監禁されているに違いなかった。 「ひとまず上に向かおう」  ラドゥは慎重に歩みを進める。階段が見えてきた。 「

簒奪者の守りびと 第四章 【7,8】

第四章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,700文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第四章 ティラスポリス ←前頁:総合目次:次頁→ 【7】 「どうでしたか?」  大統領府の司令室から戻ってきた魔女に、ラドゥが尋ねた。ミハイの居室に警護班全員が集まっている。魔女はソファに深く腰を沈め、足を組んでからようやく答えた。 「スミルノフは軍を動かさないと決めたよ。まぁ、賢明だね」 「なぜだ!」  テーブルを叩くミハイを、目を細めて見つめる魔女。 「動かせばタチ

簒奪者の守りびと 第四章 【5,6】

第四章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,200文字・目安時間:6分> 簒奪者の守りびと 第四章 ティラスポリス ←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  スミルノフには三人の姪がいる。  名はウルスラ、ローザ、エマ。いずれも妹の子だった。実子のないスミルノフにとっては我が子同様であり、自らの権力基盤の強化のために活用できる数少ない親族であった。  長女のウルスラには参謀の末席を与え、最高司令官である大統領を補佐するという名目のもと、常に帯同して身の回りの世話をさ

簒奪者の守りびと 第四章 【3,4】

第四章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,400文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第四章 ティラスポリス ←前頁:総合目次:次頁→ 【3】  ミハイの外出に、案内役を称する監視者がいなかったのは意外だった。  市内を観て回りたいと言った少年の表情の大半が好奇心によって構成されていたから、いささかの胸騒ぎを覚えたものの、ラドゥはそれを無視することにした。ここは予想のつかない治外。ホテル内にいようが外出しようが、リスクは変わらないだろう。  ふたりは大統

簒奪者の守りびと 第四章 【1,2】

第四章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,600文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第四章 ティラスポリス ←前頁:総合目次:次頁→ 【1】  一同が飼葉に化ける必要があったのは、それほど長い時間でなかった。重々しいコンクリートを積み重ねたような大統領府へは、分乗したメルセデスのSクラスで到着した。  車寄せを若者たちが徒歩で横切ろうとしている。運転手は二度クラクションを鳴らして警告したが、彼らは一瞥しただけで歩みを早めることもしなかった。運転手にはそ

簒奪者の守りびと 第三章 【7,8】

第三章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,300文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第三章 魔女 ←前頁:総合目次:次頁→ 【7】  ひとりめの部下が呼吸困難で死んだあとも、少尉は作戦を続行した。元王太子の暗殺という大仕事に犠牲がともなうのはやむを得ない。そう考えたのだ。彼は部隊を二手に分けた。  別働隊をボイラー室へ向かわせる。冬場に積雪のあるこの一帯では、ボイラー室を乾燥部屋として兼用するのが一般的だった。ドアの小窓からは、ベッドふたつぶんほどの空

簒奪者の守りびと 第三章 【5,6】

第三章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,500文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第三章 魔女 ←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  ヴァシーリエブナが語ったマリア妃の記憶はまっとうなものだった。体験談を交えたエピソードは、ラドゥにとってすら新鮮さを持っていた。ミハイはいささかの感傷を味わい、警護班員らは少年を優しい眼差しで見守った。当のラドゥは、暗殺犯の邸宅に連れてきたことを弁解せずに済み、内心で胸を撫で下ろしていたが。 「さて、あんたらに手伝って

簒奪者の守りびと 第三章 【3,4】

第三章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,600文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第三章 魔女 ←前頁:総合目次:次頁→ 【3】  魔女が紅茶を用意しているあいだ、ラドゥは室内を眺めまわした。一階はほぼ一間で、壁も床も木材で造られている。カウンターキッチンもささやかなものだ。特徴といえば、壁に大きく口を開けるレンガ造りの暖炉と、湖側の採光窓が横長にひらけているくらいのものだ。 「そこの、若いの」  ゾフが振り向く。 「ぼさっと突っ立ってんじゃないよ

簒奪者の守りびと 第三章 【1,2】

第三章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,600文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第三章 魔女 ←前頁:総合目次:次頁→ 【1】  クリスチアン・ネデルグは、そのゴールデンイエローの頭髪をかすめるように突き立てられた刀身を見上げた。つい先刻まで壁に掛けられていたそれは、単なる装飾用のもので鋭さはない。それでも頭上の壁面に突き刺さっているという事実と、それを実行した人物がいるという事実が、彼の心胆を寒からしめた。 「いまさら、おまえがしたことに対する

簒奪者の守りびと 第二章 【7,8】

第二章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,400文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第二章 交叉 ←前頁:総合目次 【7】  ゾフは中央分離帯の切れ目から左へ転回し、粗末な金網を破って荒地へ侵入した。そこは国有鉄道の敷地であり、ドロキア方面とを結ぶ王都中央駅の始点でもあった。アウディは追跡者を引き連れるようにして、その敷地内を疾走する。左側には貨物列車。同じサイズ、同じ塗装のコンテナが延々と続いている。右側には整備中の旅客列車が車輪を休めていた。それ