マガジンのカバー画像

簒奪者の守りびと 連載まとめマガジン

42
連載中の長編小説「簒奪者の守りびと」を収録したマガジンです。
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事

簒奪者の守りびと 《総合目次》

▶︎ 第一章 ジョンブリアン(14,000字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第二章 交叉(13,600字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第三章 魔女(13,500字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第四章 ティラスポリス(13,600字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第五章 対敵(12,900字)  【1,2】【3,4】【5,6】【7,8】 ▶︎ 第六章 思惑(13,000字)  

簒奪者の守りびと 最終章 【9,10】

簒奪者の守りびと 最終章 帰還←前頁:総合目次 【9】  歴史ある王宮のなかでも、ホールは最も古い建物だ。バラウルの背骨を安置するために建てられた最初の建造物と言われている。  形状は美しい円形。壁は石造り。人々が立つのは土の上だが、長い年月で踏み固められ、石張りと変わりない。天井はドーム型をしており、大きな梁があるほかは装飾の類は見当たらない。円周に沿って、人の身長の倍ほどの高さに周歩廊があり、そこからはホール全体を見下ろすことができる。周歩廊を二階と呼ぶ者もいるが、実

簒奪者の守りびと 最終章 【7,8】

簒奪者の守りびと 最終章 帰還←前頁:総合目次:次頁→ 【7】  閲兵場と離宮がともに陥落したとの報は、受ける側にとってさほど新鮮なものではなかった。その証拠に、商工会議所代表と国営放送の局長は王宮内から姿を消していた。非公式の脱出経路から逃げ出し、いまは家族と共にミハイ軍の保護下にいるのだろう。想定していなければ、これほど速やかな行動がとれるはずもない。クリスチアン三世は驚きこそしなかったが、不愉快であることを隠そうともしなかった。  砕け散ったウィスキーグラスが、床の

簒奪者の守りびと 最終章 【5,6】

簒奪者の守りびと 最終章 帰還←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  セントラルパークからの砲撃は、閲兵塔の三階に正確に着弾した。詰めていた銃撃手と観測手たちは、死ぬという自覚のないまま瓦礫の一部となった。二階にいた者たちは階段を駆け下り、屋外に転がり出た。直後に次弾が炸裂し、先ほどまで彼らの立っていた床が、砂礫となって頭上に降り注いだ。  中央兵はこの方面で意図的に膠着状態を作ろうとし、ここまで成功していた。精密砲撃の恐れはあったが、勇者アルセニエの家に対して砲弾を送り込む

簒奪者の守りびと 最終章 【3,4】

簒奪者の守りびと 最終章 帰還←前頁:総合目次:次頁→ 【3】  右翼を担うブルンザ隊は伏兵に悩まされたため、翼をさらに広げる必要を認めた。斜面に点在する建築物やその奥の林を制圧しながら、線を押し上げてゆく。抵抗は頑強であり、無視できる水準の出血ではなかった。中央兵の集団にもっと兵数があれば、どれだけの損害を覚悟しなければならなかったか。ブルンザ中佐は空恐ろしさを感じるとともに、彼らの主力を引き剥がしているスミルノフに対し、敬意をおぼえた。  陽の射し込まない林を抜け、ひ

簒奪者の守りびと 最終章 【1,2】

簒奪者の守りびと 最終章 帰還←前頁:総合目次:次頁→ 【1】  その交差点に立つヴィクトル一世像は、なにひとつ変わっていなかった。即位と同時に像を取り換えさせるような趣味をクリスチアン三世が持ち合わせていなかったことに、ラドゥはいささかの好感を抱いた。アウディのリアウィンドウから見た史上最大の交通事故からどれくらい経っただろうか、と記憶を呼び起こす。あのときの残骸などとうに残っていないが、その代わりに、いまは中央軍の放棄車両が道を塞いでいる。ミハイ軍は戦闘の末、この交差

簒奪者の守りびと 第九章 【7,8】

簒奪者の守りびと 第九章 再会←前頁:総合目次:次頁→ 【7】 「ああ、そうだ」  もともと細い頬が、さらに痩けているように思えた。 「名前は言いたくない。言う必要があるのか」 『記録は正確なほうが良いので』 「わかったよ。アウレリアン・ネデルグ」 『あなたは、アウレリアン親王軍の司令官ですね』  映像の中で、長いエクルベージュが左右に揺れる。 「それは違う」 『違う?』 「それは通称だ。東岸解放部隊が正しい」 『あなたはその総司令官で?』 「実際に指揮を執ったのは僕とは

簒奪者の守りびと 第九章 【5,6】

第九章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <4,500文字・目安時間:9分> 簒奪者の守りびと 第九章 再会←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  機材を弾きとばしながらデスクの上を滑り、兵士は背中から落下した。これで三人目だ。たったひとりを相手にこれほど苦戦するとは、ブルンザ中佐は思っていなかった。またひとり、足を払われたのか、デスクの向こう側に姿が沈む。直後の呻き声は戦力がひとつ減ったことを意味していた。  影が動いている。味方のひとりが発砲するが命中しない。逆襲

簒奪者の守りびと 第九章 【3,4】

第九章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <3,700文字・目安時間:7分> 簒奪者の守りびと 第九章 再会←前頁:総合目次:次頁→ 【3】 「状況は良くない」  男の声は低い。 「……あら、丁寧な分析。ありがとう、大尉」  両者はともに、二階の警備司令センターでモニターの発光を浴びている。 「四階は制圧された。やつらは当然階下に降りる。三階の部隊が挟み込まれるまえに撤退すべきだ」  リャンカは肩をすくめる。 「陛下の御親兵にしては腰がくだけるの、はやくない?」

簒奪者の守りびと 第九章 【1,2】

第九章は8シークエンス構成です。4日連続更新。 <4,300文字・目安時間:9分> 簒奪者の守りびと 第九章 再会←前頁:総合目次:次頁→ 【1】  敵兵士がその部位を晒したのはほんの一瞬のことだったが、オリアにとってはじゅうぶんな時間だった。その黒いバラクラバは、持ち主の血液と脳漿を吸うという新しい役割に従事しているはずだ。  四階の構造はシンプルであり複雑だった。従業員たちの福利厚生を主としたフロア構成であり、大規模な部屋がひとつと、いくつかの小部屋が配置されている

簒奪者の守りびと 第八章 【7,8】

簒奪者の守りびと 第八章 アレクサンドロヴカ←前頁:総合目次:次頁→ 【7】  ミハイの軍勢はさらに北上し、アレクサンドロヴカという都市に迫っていた。ここは行政区分上はすでに中央に位置している。四半世紀前には、小さな大学と職業訓練校があるだけのささやかな街だったが、IT産業の勃興とともに多くのベンチャー企業が拠点を構えた。いくつかの近代的なビルが建ち、中心部はまるでシリコンバレーを彷彿とさせる。しかしその煌びやかな範囲は狭く、わずか3ブロックほどしかない。その外側は、ひび

簒奪者の守りびと 第八章 【5,6】

簒奪者の守りびと 第八章 アレクサンドロヴカ←前頁:総合目次:次頁→ 【5】  東岸で孤軍となったアウレリアン親王軍は、東から迫るティラスポリス軍と砲戦を交えている。工兵による架橋は、丘の向こうからのピンポイント砲撃によって再三妨害されていた。架橋が可能な位置など、スミルノフはとうに把握しているのだ。 「空軍基地の回復はまだか」 「あと半日はかかる見込みです」  ガネア将軍はほぞを噛んだ。  現在、航空支援はヘリ部隊に依存している。しかし、遮蔽物のない川の上を飛行するヘリ

簒奪者の守りびと 第八章 【3,4】

簒奪者の守りびと 第八章 アレクサンドロヴカ←前頁:総合目次:次頁→ 【3】  南部にはネデルグ家のような大領主は存在しなかった。中小規模の領地がモザイク状に組み合わさり、南部ソフィア地方を形成している。領主たちのなかには、クリスチアン三世に忠実な者もいないではなかったが、風見鶏が自らの尾に逆らえないのと同じだった。彼らは、民衆と軍がアルセニエの名の下に集うのを見て、少年の機嫌を伺おうとした。そんな彼らの生命と地位と財産を、ミハイは保証してやるだけでよかった。  クロクシ

簒奪者の守りびと 第八章 【1,2】

簒奪者の守りびと 第八章 アレクサンドロヴカ←前頁:総合目次:次頁→ 【1】 「命を捧げる対象は、勇者アルセニエの子孫でなければならない」  ブルンザ中佐の声明がクロクシュナの将兵に与えたものは、まず安堵であった。彼らが一様に恐れていたことは、マリア妃の遺子に銃口を向けることであり、対岸のセベリノヴカと銃火を交えることだったからだ。 「よって我々は、ただいまよりミハイ王太子殿下をお守りすることを責務とする」  つづく言葉の意味を理解した順に、将兵たちの背筋は伸びていった。