「言葉」

四つの大学病院で検査を受けたが、どこの病院でも「余命半年です」と言われた癌患者の女性がいる。最後の頼みの綱として、自然療法を基本軸とした医師に診てもらった。ドクターは、問診した後「大丈夫。あなたは治りますよ」と言った。この言葉を聞いた時、女性は喜びに泣いた。そして「よろしくお願いします」と治療をお願いした。ドクターは言った。癌になる原因は大きく二つ。体温の低下と、血液の汚れです。病気は体からのサインです。癌を治すのは私ではありません。あなたです。あなたが、癌を治すのです。女性は医師の指示通り、ファスティングを基本とした日々を過ごした。一年後、彼女の癌は跡形もなく消えた。ただひとり、このドクターだけが「大丈夫。あなたは治りますよ」と言った。この言葉を信じた彼女は命を繋いだ。

自己破産を経験した女性がいる。彼女は東京の世田谷区で暮らしていた。顔立ちも整い、周囲からも「あの人は素敵」と褒められ続けるような女性だった。しかし、彼女は買い物依存症だった。自分の中にあるどうしようもない欠落を、買い物をすることで埋めようとした。買った瞬間は楽しいのだが、次の瞬間には虚しさに襲われる。彼女は、取り憑かれたように買い物を続けた。自分の収入を大きく超える散財をしたあと、カード会社から送られてきた請求書を見て、彼女は呆然とした。自分はなんてことをしてしまったのだろう。取り返しのつかないことをしてしまった。このままだとカード会社から連絡が来て、返済をしない限り取り立てに襲われる。彼女は、無料で相談できる弁護士事務所に足を運んだ。若い、落ち着いた男性弁護士が彼女を担当した。開口一番、彼は言った。あなたがいま不安に思っていることを、全部言ってください。それを聞いた彼女は、誰にも話せなかった不安を全部伝えた。このままだと支払いができなくなること。会社や親に連絡が行くことが怖いこと。常に頭の中でお金の計算をしてしまうこと。突然大きな声で叫び出したくなる不安に駆られることがあること。家を失う不安。仕事を失う不安。生きるために必要なもののすべてを失う不安。など。黙って話を聞き続けた弁護士は、彼女が一通り話し終えたあと、言った。それ、全部大丈夫ですよ。彼女の瞳を真っ直ぐに見て、弁護士は「それ、全部大丈夫です」と、優しく言った。その言葉を聞いた彼女は、安堵の涙を流した。自分がもうダメだと思っている時、専門家の人間から「大丈夫」と言ってもらえることは、とても大きな安心になる。彼女は弁護士の指示に従い、自己破産をすることで負債を整理した。その後、彼女はしばらくの間クレジットカードを作れない日々を過ごすことになったが、心は、以前よりずっと落ち着いた。

新潟で開催されたフルマラソンに参加した男性がいる。前半20キロは順調に走れた。しかし、25キロを超えた辺りから足に違和感を覚えはじめ、30キロを手前にした段階でまったく足が動かなくなった。歩くようなスピードで、どうにかこうにか足を前に進めた。しかし、あと少しで35キロというところで、いよいよ足が動かなくなった。もうダメだ。足が動かない。自分は棄権をするしかないのだろうか。そんな思いに囚われていた時、後方からゲストランナーの高橋尚子選手が走ってきた。高橋選手は、すれ違うランナーたちに明るく声をかけ続けている。その姿を見ただけで、彼は不思議な活力を得た。徐々に、後方から高橋選手が近づいてくる。そして、いよいよ彼の真横に高橋選手が来た時、彼女は、満面の笑みを浮かべながらこう言った。「最初は心が諦めるんです。でも、体は全然元気なんです!」。それを聞いた彼は、さっきまでは「もう無理だ」と思っていたことがまるで嘘だったかのように、高橋選手と一緒に走り始めた。高橋選手も、すれ違うランナーたちに声をかけ続けている。最初は心が諦めるんです。でも、体は全然元気なんです。頑張りましょう。一緒にゴールまで走りましょう。そして、彼はそのまま高橋選手たちと一緒にゴールを遂げた。驚いたことに、35キロ地点からゴールに辿り着くまでのタイムは、スタートをしてから同じ距離を走り抜けた時のタイムを、大幅に更新していた。彼は、自己ベストを叩き出していた。

母親を交通事故で亡くして、茫然自失の日々を過ごしていた男がいる。あまりにも突然の出来事に、彼はこれまでの一切がまるで手につかなくなった。何をしても喪失感に襲われ、これまで手応えを得ていたものの一切に手応えを得ることができなくなり、どうしてこうなったのだ、なんでこうなってしまったのだと、過去を悔やんでばかりいた。周囲の人々は彼を励ます。あなたが明るく生きることが、お母さんにとっても幸せなことなんだよ、と。しかし、彼は素直に言葉を受け止めることができなかった。そんなことはわかっている。わかっているけれど、それができないことが苦しいんだ。俺だって、母親の分まで一生懸命に生きたいと思う。しかし、体が言うことを聞かない。喪失感が消えることがない。立ちお直れない自分を責め続けながら、何もしない日々を彼は半年以上過ごした。そんなある日、彼は、夢の中で母親と再会をした。彼は、母の姿を見たことがあまりにも嬉しく、涙を流しながら「お母さん!」と叫んだ。夢の中で、母親は静かに優しく微笑んだ。そして、たった一言、彼の目を真っ直ぐ見て「あなたはしっかり生きなさい」と言った。夢は、それだけで終わった。しかし、この夢を見た経験が、夢の中で母親から与えられた言葉が、彼に、生きる力を与えた。あなたはしっかり生きなさい。たとえ、夢の中だとしても母親からそう言われたことが彼の再起を促した。その夢を見て以来、彼は、徐々に日常を取り戻していった。

医者が言った「あなたは治りますよ」という言葉。弁護士が言った「それ、全部大丈夫です」という言葉。マラソン選手が言った「最初は心が諦めるんです。でも、体は全然元気なんです」という言葉。母親が言った「あなたはしっかり生きなさい」という言葉。たった一つの言葉に触れた人間が、喜びの涙を流したり、安堵の涙を流したり、疲れ果てていたにも関わらず再び走り出す力を得たり、絶望の底にいたにも関わらず生きる力を取り戻したりする。いま、この瞬間も言葉を必要としている人間がいる。たった一つの言葉が、再び歩き出す希望になる。たった一つの言葉が、自分を取り戻す光になる。たった一つの言葉が、命を繋ぐ力になる。人間を救うのは金じゃない。人間を救うのは、言葉だ。最後の最後、人間が必要とするものは、言葉だ。

バッチ来い人類!うおおおおお〜!