「兄」

私の実家は新潟駅から30分程度の場所にある。東京から帰省した時など、家族の誰かが毎回新潟駅まで車で迎えに来る。この日は、四歳年上の兄が迎えに来た。新潟駅前で落ち合い、車に乗った。慣れ親しんだ道を通りながら実家に向かったのだが、この日だけはなぜだかどうしようもない胸騒ぎを覚えた。いつも通りの風景なのに、いつもと違う。なにも変わらないはずの風景なのに、なにかが違う。最初は、自分の気のせいだろうと思った。家に着く頃には、この胸騒ぎもすべて消え去ってしまうだろう。そう思っていたのだが、家に着いても胸騒ぎが収まることはなく、より一層の違和感を訴えた。

兄が言う。

「着いたよ」

私は言う。

「お、おう」

先に進む兄が玄関の扉を開けた。胸騒ぎが収まらない。いつも通りの家なのに、なにかが違う。しかし、その「なにか」がわからない。生まれ育った家なのに、立ち入ることが恐ろしくてたまらない。バクバクと心臓が脈打つ。私は、こんなことをお願いするのもおかしい話だとは思うがと前置きをした後に、兄にお願いをした。どうしても胸騒ぎを覚えてしまうから、家の中を一緒に見てくれないか。なんだかよくわからないけれど、いつもと違う気がするんだ。と。私の様子がおかしいことを察知したからなのだろうか、兄は「いいよ」と言った。いつも通りの家なのに、そこに違和感を覚えるのは、いつもとは違うなにかがこの家に紛れ込んでいるからだと思った。その異物を確かめるため、私は、兄と一緒に家の隅々を一通り見て回ることにした。

私の実家は二階建てで、一階には風呂とトイレと居間と台所がある。まず、一番手前にあるトイレの扉を開ける。いつも通りだ。異常はない。次に、その先にある風呂場の扉を開ける。浴槽に死体が転がっていたらどうしよう。そんな馬鹿げた不安と共に風呂場を見たが、何もない。いつも通りだ。その奥にある居間を見ても、さらに奥にある台所を見ても、何も異常はない。いつも通りの風景だ。私が違和感を覚える原因は一階にはないみたいだ。そう思った私は、二階に続く階段を登った。兄は、黙って後ろから着いてくる。

二階には三つの部屋がある。兄の部屋と、両親の寝室と、一番奥にある私の部屋だ。まず、兄の部屋を見る。いつも通りだ。異常はない。私は「ここではないのか」と思って、次の部屋に移動をする。両親の寝室だ。両親の寝室は広めの和室だが、どこを見ても異常はない。押し入れを開けても、窓を開けて外を見ても、おかしいところは何もない。あれ、おかしいな。ここでもないのか。首を傾げながら最後の部屋に移動する。兄は後ろに立っている。

最後の部屋に来た。私の部屋だ。ここに異常の原因があるのだろうか。小刻みに震える手でドアノブを回す。木製の扉がゆっくりと開く。私は、なんだか見たくないものを見てしまいそうで、目を細めた。しかし、目の前に映ったものは、何の変哲もないいつも通りの私の部屋だった。いつものベッド。いつもの机。いつもの椅子。いつもの壁紙。いつものポスター。何も異常はない。いつも通りだ。あれ、ここでもないのか、どういうことだろうと思っていたら、背後から兄が「どうだった?」と声をかけてきた。私は、別になにもなかったよと答えながら振り返り、兄の顔を見た瞬間全身に鳥肌が立った。そこには、兄とそっくりな顔をしたまったく知らない男が立っていた。

バッチ来い人類!うおおおおお〜!