「小さきもの」

翔子から泣きながら電話がかかってきた。不倫相手にフラれた。相手の嫁に全部バレた。完全に一方的な別れだった。自分には何も言い返すことができなかった。最初からこうなることはわかっていたけれど、実際にそうなるとこんなにも辛いんだね。一つだけわかったことがあるよ。不倫をする男は、結局、何も失いたくないだけなんだね。そういうことを喚きながら、翔子はわんわんと泣いた。私より一歳年下の翔子は、この時、高校二年生だった。

翔子から「会いませんか」とメールが来たのは、その三日後だった。年下だから普段は敬語なのだが、翔子は感情が昂った時はタメ口になった。翔子に会うと「はい」と、一冊の本を渡された。オーロラの写真集だった。翔子は言った。悲しい気持ちを紛らわせるために本屋に行ったのだが、そこで、ずっと前から欲しいと思っていた写真集を見つけた。自分のために買ってもよかったんだけど、自分が本当に欲しいものを誰かにあげるといいことがあるよって聞いていたから、はい、この本をあげます。つっけんどんな態度で、翔子は本を差し出した。恥ずかしい時、翔子には無愛想になる癖があった。

私たちはそのまま公園に行った。翔子が「焼き芋をやりたい」と言ったからだ。海沿いにある公園にバイクで向かい、落ち葉を拾ってマッチで火をつけた。枯れ葉程度の燃料では、すぐに火が消えてしまうと言うことさえも知らなかった私たちは、必死になって落ち葉をかき集めた。スーパーで買ってきたさつまいもをアルミホイルで包み、火をつけた落ち葉の中に投げ込んだ。マッチを擦った時の匂いが周囲に立ち込めて、翔子が「私、この匂い好き」とはしゃいだ。結局、火はすぐに消えた。さつまいもを焼き上げることはできなかったが、一枚、翔子にとって大事な写真を燃やすことだけはできた。

太陽が海に沈もうとしていた。翔子が「どうして、季節の変わり目ってノスタルジックになるんでしょうね」と言った。私は、永遠じゃないってことを思うからじゃないかなと言った。翔子は、しばらく黙ったあとに「永遠はあります」と言った。それまで楽しそうにはしゃいでいた翔子が、その言葉を口にした時だけは、いまにも泣き出しそうなくらい真剣な表情をしていた。その後、想いを断ち切るかのように「永遠はあります」と、もう一度だけ口にした。太陽が海に溶けた。周囲は一気に暗くなり、鈴虫の音が公園を包んだ。遠くから、小さなこどもたちの笑い声が聞こえてくる。こどもたちには帰る家がある。秋が好きなのは、淋しいのが自分だけではなくなるからだ。

バッチ来い人類!うおおおおお〜!