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社会に出る前に知っておきたい大人の話し方

中学生にも読めるような、社会の一員として人と共に働くための考え方と話し方を身に付けるための本を書いてみました。 今の自分が昔の自分に教えたいことを盛り込みました。 これから社会に出る人はもちろん、組織で働く多くの人に読んでいただき、「もっと昔に読みたかった」「あいつに読ませたい」と思ってもらえればと思います。

 これは、組織からパワハラをなくし、働きやすい職場を作るための最初の一歩でもあります。可能なら本として出版し、新入社員研修や、仕事が続かない人のワークショップなどに発展させていきたいと思っています。どうぞ、皆さまのお力添えをお願いします。

なお、こちらの内容はマガジンと同じです。6万字近い文章が一つにまとまっていてはnote読者には読みづらいかもしれないと思い、マガジンでは小分けにしましたが、こちらは一つのままです。どちらでもお好きなほうでご協力をお願いします。


これから働き始めるあなたへ

学校にはいろんな人がいます。みんなを笑わせるのが得意な人気者や、しっかり者でみんなをまとめるのが得意な人、スポーツができるみんなのあこがれの的。友だちを作らず、一人で考えごとにふけったり本を読んだりして過ごすことが好きな人もいますね。

あなたはどんな友達が好きでしたか?
どんな人に憧れましたか?
そしてあなたは、周りからどんなふうに思われていましたか?

あなたは、学校を卒業して、これから社会に出て働くことになります。友だち付き合いの得意な人も苦手な人も、職場での新たな人間関係が始まります。
職場には、上司や同僚がいます。あなたが働いてしばらくすると後輩や部下もできます。職場の上司は、学校の先生とは違います。同僚もクラスメイトとは違います。
学校と職場の違いを理解し、どんな話し方が求められているのかを学びましょう。

学校と職場って何が違うの?

■学校ってどんなところ?
「学校ってどんなところ?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。
先生が、勉強を教えてくれるところ。
黒板の付いている教室があって、机といすがあって、みんな同じ教科書を使って勉強するところ。
つまんないところ。
楽しいところ。
子どもが行かなきゃいけないところ。
いろんな答えが返ってきそうです。

では、「あなたはなぜ学校へ行ったの?」
この問いにきちんと答えられる人はどのくらいいるでしょうか。

小・中学校は義務教育です。学校へ通うのは子どもの義務ではなく、学校へ通わせる親の義務です。一方で、高校や大学へ子どもを通わせるのは親の義務ではありません。ですので、子どもが行きたいなら行かせてやる、行きたくないなら行かなくてもいいという親もいたでしょう。中には、いくら行きたいと言っても行かせてくれなかった親もいるでしょう。

「○○を学ぶために、どうしても進学したい」
こう思って進学した人は、かなり意識の高い人です。

また、学費を自分で払うためにバイトをしていた人も、義務教育との違いを認識させられたことでしょう。

しかし、進学した人の中で一番多いのは、義務教育の延長のように進学するのが当たり前と思っていた人ではないでしょうか。

勉強したいから、友達に会いたいから、そんな動機があれば学校はより楽しいでしょう。でも、行かないと親に叱られるから嫌々行っていたという人も中にはいるんじゃありませんか?

かく言う私も、「私はなぜ今日も小学校へ行くのか?」そんなことを考えたこともありませんでした。高校へ進学したのも、それが当たり前だと思っていたからです。大学は、親から「落ちたら働け」と言われ、「働く」というのはとてもつらそうなのでちょっとでも先延ばしにするために受験勉強を頑張って大学へ行きました。その大学を選んだ基準は、①合格しそうなところ、②どうせ勉強するならちょっとでも面白そうなこと、という2点でした。

小学校から大学まで、学校は、ただ一方的に教えてもらうところです。規則的な生活を身につけたり、友達や部活動から人間関係を学んだり、あいさつなど基本的な礼儀を教わったりと、教科書に書かれていることだけでなく、いろんなことを教えてもらったと思います。もし学校がなかったら、朝、ちゃんと起きるというそんな習慣を身につけることも難しかったかもしれませんよね。
親や国、もしくは本人がお金を払うことによって、学生は教育というサービスを受けているのです。(国がお金を払っているというのは、税金が教育に使われているからです)

実は、おおかたの学校において、なぜ学校へ行こうと思ったかは、あまり重要ではありません。
こんなにいろいろと教えてくれる学校ですが、入学試験はあっても、受かってさえしまえば、あとは授業を受けさせてもらえます。よほど周りに迷惑をかけない限り、どれだけ授業が分からなくても追い出されることはありません。(出席日数や単位が足りなくて最終的に卒業できなかったということはあり得ますからご注意ください)加えて、あなたが教えてもらったことがどれだけ役に立っても、学校で教わったことを生かして年収1億円稼ぐことができたとしても、学校はその報酬を求めません。卒業生であるあなたが有名な社長になれば、学校の評判もよくなるかもしれませんが、それだけです。

つまり学校とはあなたにサービスを提供するところです。それをどの程度受け取ったかはあなた次第です。もしかすると、あなたの人生にとって全く不要な知識も含まれていたかもしれませんが、あなたのためのサービスであったことに変わりはありません。

■あなたはなぜ会社に行くの?
さて、この本を読んでいるあなたは、これから会社に行きはじめるところでしょうか。もしかすると、とっくに働きはじめているかもしれません。

なぜ、あなたは働くことにしたのでしょう。
① お金が欲しいから
会社で働くとお金がもらえます。このお金で生活ができます。いつまでも親に養ってもらうわけにはいかないので、自分で生活費を稼ぎたいというのは、最も多い動機ではないでしょうか。
さらには、自分で家庭を持って、家族を養えるようになりたいという動機もあるかもしれませんね。
② 社会とのつながりを感じるため
お金はたくさんあるという人でも家にこもりっきりでは寂しいですよね。学校へ行けば友達と会えるように、会社に行けば家族以外の人とつながりが持てます。これも働く動機の一つです。
逆に、なるべく人とつながりたくないという人であれば、株の取引やFX(外国為替証拠金取引)を行い自分一人で生計を立てている人もいます。株やFXで成功するのは誰もができることではありませんが、在宅ワークを取り入れている会社も今では多くありますし、自分が作ったものをインターネットで販売するなど、働き方は広がっています。
③ 誰かの役に立つため
自分が誰かの役に立っていると感じられるのは、とても大切なことです。普段はあまり意識しないかもしれませんが、逆に「自分なんて誰の役にも立っていない。ほんのひとっかけらも役に立っていない。」という状況を想像してみてください。別に特殊な能力ですごいことをしなくても、誰かの役に立つというのは、とても幸せなことだと分かると思います。仕事はそのための一つの選択肢になります。
④ 好きだから
自分の興味があること、やりたいことをそのまま仕事にできたらいいですね。
サッカーが好きな人が、そのままサッカー選手になる。
車の運転が好きだからバスの運転手になる。
好きなことと仕事が必ずしも一致するとは限りませんが、少しでも興味が持てることのほうが取り組みやすいでしょうね。もし、好きだからという理由で仕事ができるなら、それは素晴らしいことです。

どれか、あなたの動機に近いものはありましたか?
一つではなく、いくつかの動機が混ざっているかもしれませんし、これ以外の動機があるかもしれません。

昔は“腰掛け”といって、将来有望な男性と結婚するために一流企業への就職を目指す女性もいましたし、結婚したら辞めるという前提で女性を雇う会社もありました。今なら女性蔑視で怒られそうですね。

ただ、なぜあなたは会社に行くの?と聞かれたときに、次のような理由しか思い浮かばないとしたら、ちょっと問題です。
① 人から言われたから
親や学校の先生などから働けと言われたから行く。どこに行くかも勝手に決められて、自分は従っただけ。
② 仕方なく
いろんな事情により、働かざるをえなくなった。本当は働きたくなどなかった。

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実際に働いてみたら楽しかった。やりがいを感じて働く時間が充実している。
そんなこともあるかもしれませんが、働き始めてもずっと「人から言われたから」「仕方なく」という気持ちしか持てないとしたら、あなたも周りの人もお互いにつらくなってくるかもしれません。
想像してみてください。たとえばあなたが友達何人かを誘って遊びに行くとしましょう。みんなは遊びに行くのを楽しみにしていたのに、一人だけ「君が誘ったから仕方なく来ただけだよ」という人がいたらどうでしょうか。みんな、その一人を気にせずに楽しく遊ぶことができますか?

動機は、その仕事を始めるスタートラインになるところなので、自分の動機を自分でしっかりと分かっておくというのは大切なことです。
なんとなく入っちゃった、という人は、一度振り返っておきましょう。

■会社ってどんなところ?
会社とは事業を行って利益を上げる組織です。
もしかすると、あなたの職場は会社ではないかもしれません。NPOなどの「非営利法人」や、職人の親方に弟子入りする、個人で起業するなど、職場はさまざまです。

誰とも話さず自分一人で生計を立てられるなら、話し方に気を遣う必要はありません。しかし、多くの人が、誰かと一緒に仕事をします。そのとき、話し方に気を遣う必要性が生まれます。

今、見たように、“会社”以外にもいろんな業態がありますが、この本では分かりやすいように“会社”で統一し、そこで働く中で必要な話し方について説明します。

さて、会社とは、どんなところでしょうか。
あなたがその会社に就職するということは、社長とあなたで少なくとも二人はいるということになります。大きい会社なら、社員が何万人にもなります。
つまり、会社では自分一人ではなく、誰かと一緒に働きます。
① 他の人と一緒に働く
会社は組織なので、必ず誰かと一緒に働きます。何かひとつ、ものを作るのも誰かとの協働です。もしかするとそれは、このプロジェクトのために選ばれた人で、会ったばかりの人かもしれません。前から嫌いな、どうにも馬の合わない人かもしれません。
遊び仲間なら気の合う仲間を自分で選ぶことができますが、仕事は決められた人と一緒に働かなければなりません。なんとなくあの人は苦手だから一緒に働きたくないとは言えません。自分が好きな人とも嫌いな人とも一緒に働きます。

中には、一人で黙々と行う仕事もあるでしょう。しかし、そのような仕事であっても決して一人で完結するものではなく、誰かから回ってきた仕事だったり、自分の仕事が終わったらその後を引き継ぐ人がいたりします。しかも、その人とは遠く離れていてお互いに面識がないかもしれません。そんな中、回ってきた仕事から前の人の意図をくみ取り、次の人がどのように自分の作業を引き継ぐのか想像しながら、その人が作業しやすいようにしてあげる配慮も大切です。

次に、会社に入ると「あれやって」「これやって」と指示を受けます。
つまり、指示に従うということから仕事は始まります。
② 指示に従う
指示の出し方は会社によっても、人によってもさまざまです。
例えば「ここを掃除してほしい」という指示があったとして、「まず、給湯室に置いてあるダスターを使って机の上を右上隅から右下隅までまっすぐ拭き……」と、一から十まで手順を決められて事細かに指示されると、うっとうしいと感じるかもしれません。しかし、事細かに指示されるということはそれを求められているのですから、メモを取るなどして、指示されたとおりに行わなければなりません。
逆に、やり方を一切教えてもらいないこともあるでしょう。「ここ、掃除しといて。掃除、やったことあるよね。じゃ。」と結果だけ求められたなら、どうしていいか分からず困ってしまうかもしれません。そんなとき、自分で考えても思いつかなければ教えくれた人に質問したりアドバイスを求めたりして、求められた結果を出さなければなりません。

指示に従うのは当然だと思っていても、中には、それって本当に業務に必要なんだろうかと思うようなルールもあるかもしれませんね。例えば、「朝は、まず部屋に入ったときにおはようございます、とあいさつをしなさい。その後、上司から順に一人ずつあいさつしなさい」などと指示を受けたとき、「初日なら分かるけど、毎日そんなことするの?20人以上もいるのに一人ずつ?その時間で仕事をしたほうがいいんじゃないの?」と思うかもしれません。
でも、そんなときも指示に従いましょう。もし明確にそう指示されていなくても、みんなが朝そのようにあいさつしているなら、その文化に従いましょう。

会社には、会社の文化があります。あなたが入る前から会社は既にあり、今会社にいる人はその文化に従っています。
あなたの家に外国人がやってきて、土足で家の中に上がったら、嫌ですよね。外国人から見たら、ベッドに入るわけでもないのに靴を脱ぐのは不思議で不合理な文化かもしれません。それでも、そこがあなたの家なら、あなたの家の文化を守ってもらうべきです。

それと同様に、これって無駄なんじゃないか、なんでこんなことしなくちゃいけないのか分からない、と思うような指示であっても、まずは会社の文化を尊重し受け入れましょう。ただし、その疑問は忘れずにとっておきましょう。いつか、その疑問の答えが分かるときが来て、無駄じゃなかったと思うようになるかもしれません。逆に確実に無駄だと周囲を説得できるほどに会社の文化とその仕組みを理解できるようになるかもしれません。時が来たら、今までの文化を変革し、新たな文化を作り上げることもできるでしょう。
自分が選んだ会社の文化を主体的に受け入れることと、何も感じず無批判に同調するロボット人間になることは全く違います。

会社があるのは何のため?

ここで、もう一度会社について考えてみましょう。
なぜ、会社はあるのでしょうか。

ちょっとこんな例で考えてみましょう。
ユリさんは、お母さんの誕生日にケーキを作ってプレゼントしたいと思いました。作るのはお母さんの大好きなチョコレートケーキです。
でも、問題があります。お手製のケーキをプレゼントしたいのですが、一人で作るのはちょっと大変そうなので、誰かに手伝ってもらいたいのです。
そこでユリさんは、仲良しのスミレさんにケーキ作りを手伝ってほしいとお願いをすることにしました。代わりにスミレさんの苦手な英語の勉強を期末テストまで毎週1時間教えてあげるのです。きっとこれならスミレさんもOKしてくれるでしょう。
果たしてスミレさんは、喜んでOKしてくれました。

これを会社と考えれば、ユリさんが社長です。スミレさんは社長に雇われた社員です。
仕事の内容は、ユリさんのケーキ作りを手伝うことです。
報酬はお給料の代わりに英語の勉強を見てもらうことです。

このように、誰かが一人ではできないことをやりたいときに、自分を手伝ってくれる人を雇って会社が成立します。
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パナソニック創業者の松下幸之助は自分が考案した「ソケット」が当時勤めていた会社に採用されなかったことが起業の一つのきっかけだったそうです。
参考)https://shuchi.php.co.jp/the21/detail/7342
この「ソケット」を売り出したいという想いが会社を作ったのですね。
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この例ではお母さんを喜ばせることが目的ですが、消費者を喜ばせることが目的になり、消費者がユリさんの作ったケーキを買ってくれたら、ケーキを作るという事業を通して利益を上げることができます。
言い換えれば、利益を上げるとは、誰かに喜んでもらってそのお礼にお金を払ってもらうということです。だから、働くということは、直接お礼を言ってもらう機会がなかったとしても、必ず誰かに喜んでもらっているし、役に立っているのです。

会社では何をするの?
ユリさんとスミレさんの例を続けましょう。

お母さんの誕生日当日、ユリさんの家にスミレさんが来て、ケーキ作りを手伝います。

まずスポンジケーキを焼きます。
そこで、ユリさんはスミレさんにバターをゴムベラで練るようお願いしました。
するとスミレさんが言いました。「あら、ゴムベラで練る必要なんてないわ。レンジでチンして溶かしちゃえばいいのよ。私、スポンジケーキだったら何度も焼いているから、間違いないわよ。」

レンジを使わず、全て手作業で作りたかったユリさんはバターを練る作業は自分でやることにし、小麦粉をふるいにかける作業をお願いしました。
するとスミレさんが言いました。「ああ、それ、一番嫌いな作業なのよね。服に小麦粉が付いちゃったりするし。それに単調でしょ。飽きちゃうの。」

仕方がないので、ユリさんは、小麦粉をふるう作業も自分でやることにし、卵白を泡立ててメレンゲにするようお願いしました。
すると、スミレさんが言いました。「え?泡立て器でやるの?電動ハンドミキサーがないなんて聞いてないわ。こんなんじゃ、うまくメレンゲにできなくても私のせいじゃないからね。」

なんとかスポンジケーキが焼き上がり、次はチョコレートクリームを泡立てます。
すると、スミレさんが言いました。「バースデーケーキなんでしょ?だったら白い生クリームのほうが絶対いいわよ。誕生日にチョコレートケーキなんておかしいわ。私、生クリーム買ってきてあげる。」そう言うと、買い物に出掛けてしまいました。

さて、あなたはこの話を読んでどう思いましたか?
スミレさんに悪気はありません。
もしこれが、学校の部活動や、友達同士でケーキを作って食べようという集まりならなんの問題もないでしょう。きっと「私のせいじゃない」と言われても、実際に失敗したものが出来上がっても、自分たちが作ったケーキとして楽しく食べられたはずです。チョコレートケーキを作る予定が生クリームの白いショートケーキになっても、楽しいハプニングに過ぎません。

でも今回は違いました。ユリさんにはこういうケーキを作りたいという明確な目的があり、その手伝いをスミレさんにお願いしたのです。もし学校の部活動や、友達同士で楽しむためにケーキを作るのであれば、ユリさんがスミレさんに英語を教える必要はありません。

それでは、スミレさんはどうすべきだったのでしょう。

① アドバイスをしない
スミレさんはレンジでバターを溶かすよう、ユリさんにアドバイスしました。そうすることで手間も省けるし、自分の経験上そのやり方に問題がないことが分かっているからです。省ける手間なら省いたほうがいいというのは客観的事実のように思えます。スミレさんも、ユリさんのために言ったつもりでした。
このように、自分の目から見ると、明らかにもっとこうしたほうがいいのに、ということでも、そのようなやり方をしている理由が何かあるかもしれません。求められていないアドバイスはしないほうが賢明です。

② 仕事をえり好みしない
スミレさんは、ケーキ作りを手伝うことに了承したにもかかわらず、小麦粉をふるう作業は嫌だと言いました。嫌だからと断るということは、その嫌な仕事を誰かに押し付けるということです。
仕事の中には、一見つまらない仕事や地味な仕事もあるかもしれませんが、要らない仕事はありません。どれも誰かがやらなければならない仕事です。誰もが嫌がる仕事をこそ積極的にこなせば、周りから感謝され協力も得やすくなります。結果として、やりたい仕事や大切な仕事も任されるようになるでしょう。

③ 期待どおりになるとは思わない
スミレさんもケーキを作るようです。きっとスミレさんは電動ハンドミキサーを持っているのでしょう。だからといって、ケーキを作るなら電動ハンドミキサーがあるのが当然ということにはなりません。まして、自分にとっての当然を理由に相手を責めてはいけません。
例えば会社でも、面接で希望の職種を伝えたからといって必ずしもその希望が通るとは限りません。イメージしていた職場環境と違い、自分が持っているパソコンより古いパソコンをあてがわれるかもしれません。期待に胸を膨らませれば、その分ショックもあるかもしれませんが、「こんな古いパソコンじゃ効率が悪いですよ」と言ったところで新しいパソコンに入れ替わるわけではありません。言われたほうも自分ではどうにもならないことを言われて嫌な気分になるだけです。であれば最初から、期待どおりにはならないものと心得ておきましょう。

④ 指示されていないことをしない
スミレさんは、チョコレートケーキよりも生クリームのケーキのほうがいいからと、買い物に出掛けてしまいました。しかし、何がいいことかを決めるのはスミレさんではありません。雇い主であるユリさんです。ユリさんの許可も待たずに買い物に出掛けてしまうのは、職場放棄です。どれほどよかれと思ったことであれ、自分が決めることではないということを理解して、ユリさんに確認すべきでした。そして、ユリさんが生クリームは使わないと言ったなら、その指示に従うべきでした。
会社に入るということは、主従の関係になるということです。つい自分が主になっていないか、気をつけましょう。

ここまで、ユリさんとスミレさんを例に挙げて説明してきましたが、会社も同じです。会社には、これこれこういう事業を行うことで社会の役に立ちたいという目的があります。その目的を手伝ってもらうため、お給料を払って従業員を雇うのです。
会社から聞かれたわけでもないのに、指示されたやり方に自分の意見をさしはさんだり、嫌な仕事を避けようとしたり、自分の期待と違うからと文句を言ったり、自分の考えに基づいて指示と違うことを行うのは控えましょう。これからあなたはまだまだこの職場で働くのです。アイデアや改善案を出す機会は、これから何回も来ます。そのときに的確な意見を出せたなら、もっと意見を求められるようになります。それまでは、指示されたことを期待されたとおりに行うことを目指しましょう。

上司ってどんな人?

ここまで、会社について説明してきましたが、会社に入って実際に指示を出されるのは社長ではなく上司であることがほとんどです。
創業者である初代社長は、自分なりに社会に役立つと思うことを事業として利益を上げようとしました。では、上司とはどんな人なのでしょうか。

それを、先ほどとは別の例で考えてみましょう。
仲良しグループで山に登りました。切り立った崖を登るようなコースではないので、それほど心配していなかったのですが、下山途中で突然吹雪になり、ほとんど周囲も見えなくなりました。ほどなくして吹雪は止みましたが、辺り一面雪に覆われて、到底、楽しくおしゃべりをしながら歩けるような状況ではありません。今日中に下山しなければ、テントや寝袋もないのに雪の中で凍えてしまいます。
この状態では、誰かリーダーを決めて行動したほうがいいのではないかということになり、みんなで話し合いました。

メンバーは以下の5人です。
アキラ:陽気で明るい人気者、学校の成績は悪い
カズオ:頭がよく、いつも成績はトップクラス。運動が苦手
サトシ:いつもムスッとして嫌みな性格。唯一雪山に登った経験がある
タロウ:内気だが、まじめなので信頼されている。実は運動能力が高い。
ナギサ:新聞部の部長。気が利き、人望がある。

あなたなら、誰をリーダーに選びますか?
おそらく、雪山のことを知っているサトシ君か、部長として人をまとめる経験のあるナギサ君のどちらかではないでしょうか。
ここでも、サトシ君かナギサ君で意見が分かれましたが、ここはやはり、唯一雪山を知っているサトシ君をリーダーにすることにしました。

そこでまず、サトシ君がリーダーとして指示を出しました。
「なるべく距離を詰めて一列に歩こう。カズオが先頭。タロウがしんがりだ。」
カズオ君とタロウ君は「分かった」と了解しました。
するとアキラ君が茶化しました。「カズオは成績がトップだから、ここでもトップか!タロウ、おまえはここでもビリッケツだな!アハハ」
それを聞いたサトシ君が「アキラ、おまえが踊りながら先頭を進むか?それでもいいぞ」と応じました。
アキラ君はカチンと来たようです。「はぁ?バカにしてんのか?いくらお偉いリーダー様だからって並び順までおまえに指示されるいわれはないっつってんの!」
サトシ君も売り言葉に買い言葉で「じゃ、アキラ様の言うとおりにしようじゃないか。ただ、この後のことは俺のせいにしないでくれよ。ほら、じゃ、どうすんだよ!おまえが指示しろよ!」
それを黙って聞いていたカズオ君も口をはさみました。「俺も、運動苦手だから、実は先頭なんて不安なんだよ。アキラ、なんとかしてくれよ。」
とうとうナギサ君が口を開きました。「アキラ、ふざけてる場合じゃないんだ。黙ってサトシの言うことを聞け。カズオ、おまえが運動苦手なのが分かっているからサトシはおまえを先頭にしたんだ。おまえのペースに全員が合わせる、全員無事で帰ろうってサトシは言ってるんだよ。サトシ、悪かった。アキラのことは俺が代わりに謝るから、このままリーダーを続けてくれ。」
タロウ君もそれを後押しします。「俺もサトシの判断に従うよ。カズオもアキラもいいだろ。」
ようやく、5人がまとまることができました。その後もサトシ君の指示のもと、5人は無事に下山することができました。

さて、この話を読んで、あなたはどう思いましたか。
いつも人気者のアキラ君は、自分の頭ごなしに物事が進むことが気に入らなかったのかもしれません。そこに冗談という形で入り込みたかったのでしょう。もしこれが、学校の休憩時間に誰かを茶化しているのであれば、言われたほうも冗談を言い返すことができたかもしれません。言ったほう、言われたほう、見ている側の誰も傷つかず楽しめるのであれば、それで構いません。

しかし、この場面は休憩時間ではありませんでした。
もしナギサ君が助け舟を出さなかったら、5人はバラバラになり、無事に下山することができなかったかもしれません。
会社の仕事も同じです。楽しい時間を過ごすことが目的ではなく、知識や経験が異なる人たちが一緒になって何かを成し遂げようとするならば、上司を置き、その指示に他の人が従って動くのが一般的です。

しかし人間とは、このように自分たちが決めたリーダーでも素直に指示を聞くことができない生き物なのに、会社では初めて会った人をあなたの上司だと言われ、その指示に従わなくてはいけません。
今回は、雪山登山の経験があるという分かりやすい条件を提示しましたが、実際にはなぜこの人が上司として選ばれたのか、その条件が伝えられることはありません。なんでこの人が上司になれたんだろう、といぶかしく思うような人の下で働くことも十分あり得ます。

それでは、どうすればよかったのでしょう。

① 茶化さない
茶化してはいけない理由が2つあります。

一つは、組織立って決められた行動を取ることと、茶化すということは相反する行為だからです。
授業中であれば、先生が生徒にその時間で教えるべきことを説明します。授業中に各自が勝手に話すことは許されず、先生が質問したり指示したりしたときのみ発言が許されます。それは、教室にいる全員になるべく効率よく学んでもらうという目的のためです。(これを、難しい言葉で”構造化された時間”といいます。)
一方、休憩時間などはみんなが自由におしゃべりをしていい時間です。(これを、”非構造化された時間”といいます。)みんながくつろいでいる、そんなときに、普通の人が思いつかないような視点で物事を捉えなおして伝えると、常識の枠を壊す面白さが受けてみんなが笑ったりします。それが、冗談です。
例えば「黒いボールペンで記入してください」と言われたときに「ラメ入っているけど、黒いからこれで書いていいですか」と質問されたり、「黒いボールペン」と書かれた特大の毛筆を持ってこられたりしたらどうでしょう。それが漫才やコントなら楽しいかもしれませんが、職場では効率がとても下がってしまい、常識が通じない困った人というレッテルを貼られてしまいそうです。

もう一つは、上下関係を崩してしまうということです。
同じ茶化すにしても、「こんな経験、やろうったってできないんだから、一生の思い出になるよ」などと茶化すのであれば、自分たちを圧倒している目の前の状況をたいしたことないと思わせることができ、みんなの励みにもなったでしょう。
しかしアキラ君はサトシ君のリーダーとしての発言を茶化しました。茶化すのは尊重とは逆の行為であり、自分と同等もしくは目下として見る行為です。したがって、リーダーとしての発言を茶化すということは目上として見ていないというだけでなく、それを聞いているみんなにも目上として見る必要はないと言っているのと同じです。
もしこの発言がなかったら、いったんは指示を受け入れたカズオ君が、先頭は嫌だと訴えることはなかったかもしれません。

これは、会社では一切冗談を言ったり茶化したりしてはいけないということではありません。多少の緊張感をもって頑張るときと、リラックスして楽しむときを、きちんと分けることが大切なのです。
「やっぱり、忘年会にはあいつがいないと盛り上がらないな」と言われるような人も、会社には必要です。
「難しい仕事でも、あいつがいると、なんだかできそうな気がしてくるんだよな」なんて言われる人になりたいものです。

② 売り言葉を買わない
サトシ君はもともとムスッとしていて嫌みな性格でした。人あしらいが得意ではなく、人に指示や命令をすることに慣れているわけでもありません。ただ、この状況に必要な知識と経験を持っているからリーダーに選ばれました。リーダーに選ばれたからといって、突然素晴らしい人格者になるわけではありません。ついムッとして感情的な言葉を発するかもしれません。アキラ君が茶化したことにサトシ君はカチンと来ました。人は、自分が感情的になっていることに気づくよりも、他人が感情的になっているかどうかに気づくことのほうが得意です。だから、相手が感情的に放った売り言葉に乗らないようにしましょう。今、みんなの目的はなんなのか。それは全員が無事に雪山を下りることでした。その目的から遠ざかるような話は、なるべくしないようにしなければいけませんし、乗らないように気をつけなければいけません。つい、ムッとして感情的な言葉を発してしまうことは人間なら誰しもあります。感情的になってしまった結果、アキラ君とサトシ君にとっては、雪山を無事に降りることよりも、相手を言い負かすことのほうが重要になってしまいました。でも、冷静に考えれば、この状況では無事に下山することが2人にとっても一番大切なはずです。だから、感情的になってしまったと気づいたら、すぐに軌道修正しましょう。
つまり、「踊りながら先頭を進むか?」と言われたとき、アキラ君は、「ごめん、ちょっとふざけただけだよ、悪かった」と謝ればよかったのです。

子どもから大人へ成長する途中で、人は反抗期を経験します。反抗期では、指示に従うのはカッコ悪い、いい子ちゃんは嫌だ、と感じ、親や先生に反発します。もちろんこれは親離れをし、自分の価値観を見つけるために必要なことですが、会社では大人の仲間入りです。反抗期は終わらせておきましょう。

③ やったことがないことから来る不安を表に出さない
カズオは運動が苦手だからということを言い訳にして、先頭に立つのを嫌がりました。会社に入ってやらされることは、今までやったことがないようなことのほうが多いかもしれません。今まで想像もしていなかったような状況や、初めてやることは誰もが不安になります。
誰もが当然感じることであれば、それを表明する必要はありません。
人から絶対気づかれないように隠すというようなものでもありませんが、不安だからやりたくないと思っているのではないかと思われては、やる気がないと思われ、積極的に教えてくれなくなるかもしれません。逆に、くどくどと説明されることになるかもしれません。最初のうちは失敗がつきものですが、失敗したときにもやりたくなかったからだろうと痛くない腹を探られることにもなりかねず、あなたにとって損です。

言い訳とは、やりたくないという結論が先にあるときに、それを正当化し相手に受け入れさせるために考え出された言葉を指します。
会社は、仕事をしないためではなくするために行くところですから、言い訳は要りません。
例えばカズオは先頭を嫌がりましたが、2番目でも3番目でも歩く距離は変わりません。それならば、運動が苦手であることは理由になっていません。
もし、単なる不安ではなく何か問題があるのであれば、どのような問題が起きて、どうすればそれを解消することができるのか、その2点を具体的に伝えましょう。

「実は、さっき転んだときにコンタクトが一つ外れてしまった。今は片目で物を見ているんだ(=起きている問題)。悪いが先頭ではなく、2番目以降で誰かの背中が間近に見えるようにしながら歩かせてもらえないか(=問題の解消法)。」

④ 上司を支える
みんなで一つのことを成し遂げようと思ったら、作業を分けて、誰が何をやるかを明確にしたほうが効率がいいはずですよね。例えば100枚の紙を3人で折る仕事があったときに、2人で30枚ずつ、残る1人が40枚折ることにしたとしましょう。もしかしたら、もっといい作業の分け方やもっといい人への割り振り方があったかもしれませんが、何も決めずに取り掛かるよりはよかったはずです。そのような役割分担の一つがリーダー(上司)に過ぎません。一緒に紙を折る3人のうちの1人に対し、紙を折ることができないように邪魔をし続けたとしたら、予定どおりに仕事は終わりません。リーダー(上司)の仕事の一つは指示を出すことです。リーダー(上司)の出す指示に従わないということは、紙を折っている1人を邪魔するのと同じように、リーダー(上司)の仕事を邪魔していることになります。

ナギサ君は、サトシ君の指示の意図を汲み取りそれを説明しました。みんなは納得し、指示に従うことができました。
もちろん、このように納得できる指示ばかりであればよいのですが、きちんと伝わるように説明できるかどうかはその人の能力にもよります。サトシ君にはそれができませんでした。それでは、もしナギサ君にもサトシ君の意図がわからなかったらどうなっていたでしょうか。
アキラ君が指揮を執り、カズオ君は一番後ろについて、いつの間にかはぐれていたかもしれません。

会社において、そもそも上司と部下では知識や経験が違います。単に働いた年数が長いということではなく、部下が知らない情報を上司は持っています。その情報を知らないと指示の理由が説明できないけれど、部下にはその情報を伝えてはいけないというようなことだってあります。
それぞれの会社には、それぞれの文化や風習ができあがっています。新参者には違和感があっても、まずはその文化や風習を受け入れるのが先です。新しい風を吹き込むのは、その後でもできます。違法行為のように社会に迷惑をかけたり危害を加えたりするようなことでなければ、いったん自分の考えは後回しにしてください。

自分が納得した上で行う仕事のほうが、自分にとってもやりがいがあるでしょうし、仕事の質も上がるかもしれません。しかし、納得できる仕事ばかりとは限りません。
上司が納得させることができないときに、部下は納得しなければ働かないとしたら、それは部下から上司に対する逆パワハラとも言われかねません。

今回のリーダーはもしかしたらサトシ君よりもナギサ君のほうがよかったのかもしれません。最初からアキラ君に任せれば、もっと自覚を持って慎重に判断し、いいリーダーになったかもしれません。たまたまそのときの流れでサトシ君に決まっただけでそれがベストかどうかは誰にも分かりません。ただ、誰がリーダーにふさわしいかを延々と話し合って一歩も先へ進めないよりは、サトシ君にお願いしたほうがよかったのは確かです。
アキラ君にもカズオ君にも言い分はあったかもしれませんが、リーダー(上司)の指示に従い、リーダー(上司)を支えるべきでした。

会社では、いろんな条件が絡み合って、自分と同じただの人が上司としてあなたの目の前に現れます。ただ、その人はなんらかの点であなたより上司としてふさわしいところがあります。上司も人の子、完ぺきではありません。良いところは学び、足りないところは補ってこそうまく仕事が回ります。

組織とは人の集合体ですから、一人一人が組織を支えればより強く成長していきます。
組織を支えるとは、自分に与えられた職責を全うすることです。それが目の前にいる上司を支えることです。そしてやがては、あなたが後輩や部下を支えることになっていきます。

ここまで、会社や上司についてお伝えしてきました。
会社や上司に対して持っていたあなたのイメージは変わりましたか。
働くということがどういうことか、少し分かってきたでしょうか。

この言葉の意味、ちゃんと分かっていますか?

この章では、働くうえで誰もが知っておいたほうがいい言葉を説明します。
どれも、誰でも知っているような簡単な言葉ですが、実は正しくその意味を分かっていないままに使われがちな言葉ばかりを集めました。

■素直ってどういうこと?

まず、新入社員に求められるのは素直さです。
“素直”っていう言葉を知っていますか?
当然知っていますよね。読んだり聞いたりしたこともあるでしょうし、何度かは自分でも使ったことがあるんじゃないでしょうか。
では、素直を説明してくださいと言われたら、あなたは説明できますか?
行動に表して見せてくださいと言われたら、あなたはできますか?

例えば、職場でよくみられるのが次のようなすれ違いです。実際に次のようなセリフを口にするかどうかは別として、何年か会社で働いている人なら遭遇したことがあると思います。
それは、「なぜ人の言うことを素直に聞かないんだ!」と怒る上司と、「素直に思ったことを言っただけなのに怒り出すなんて、不思議な上司だな。」といぶかる部下です。
これではコミュニケーションが成立していません。

”素直”をインターネットで検索してみました。

「物の形などが、まっすぐで、ねじ曲がっていないさま。」
「技芸などにくせのないさま。」

など、いくつかの意味がありますが、性格や態度についての説明としては、「穏やかでひねくれていないさま。従順。」(デジタル大辞泉)と書かれていました。
https://www.weblio.jp/content/%E7%B4%A0%E7%9B%B4
この「穏やかでひねくれていない」と「従順」が一つの言葉に含められているところが、この言葉の難しいところです。

例えば、あなたには、これだけはやりたくないと思っていたことがあったとしましょう。しかし会社に入ったら、まさにそのやりたくないことをやるように指示を受けたとします。そこであなたは、”従順”であるべきと考え、仕方なくその仕事をやったとしましょう。
それでも、もしかしたら(そんなことはないかもしれませんが)「こんなことを会社でやらされるとは思ってもいなかった。他にも新人はいるのに、なぜ自分にやらせたんだ、あの上司め!」と愚痴を言いたくなるような思いが、自然と湧き起こってしまうのを自分でもどうしようもないかもしれません。

この状態はあなたにとって、”穏やかでひねくれていない”からはほど遠いものです。はっきり言って穏やかどころか、心の中は荒波が立っていて、とてもひねくれた気持ちになっています。
もし”穏やかでひねくれていない”状態を保つべきと思ったらこう言うしかありません。
「すいません、そういった仕事はやりたくないんで。」

上司の指示には従うべきという社会規範を忘れ、何も気にせず堂々と自分の気持ちに正直に伝えることができたら、きっと”穏やかでひねくれていない”状態でいることができますよね。

それではこのとき、心の中の荒波を隠しながら黙って仕事をするのが素直なことでしょうか。それとも、やりたくないという気持ちを包み隠さず伝えることが素直なことでしょうか。

このように本来は”素直”という言葉一つであるにも関わらず”穏やかでひねくれていない”と”従順”が、同じ状況において真逆の行為を指す場合もあるのです。これが、”素直”の難しいところです。
しかしそれは、誰から見て”素直”なのかという視点が辞書に書かれていないからです。
その説明をする前に、会社などの組織について説明をしておきましょう。

複数の人が一つの目的に向かって一緒に働くとき、そこには組織があります。会社も組織です。何人かの部下を上司が束ね、何人かの上司をそのまた上司が束ねるピラミッド構造をしています。組織では、基本的に指示や命令は上から下に流れます。情報や意見は下から上に流れます。(上から下にも情報は流れますが、それは組織運営に必要な情報だけが取捨選択されたうえで流されたものです。)

そのような組織内での立ち居振る舞いを考えるときの大切なポイントは目上を立てるということです。“目上を立てる”。これも、誰もが分かっているようで、実はあまり分かっていない言葉かもしれません。詳しく説明していきましょう。

■目上を立てるってどういうこと?

“目上を立てる”という言葉には“目上”と“立てる”という二つの言葉がありますので、それぞれを説明していきます。

① 目上とは誰か
では目上とは誰でしょうか。ケーキの例であればユリさんです。雪山の例であればサトシ君です。会社であれば、まずはあなたの上司です。
そして、あなたに仕事を教えてくれたり、指示をくれたりする人、あなたよりも会社や仕事についてよく知っている人たちも目上です。
また、取引先や顧客のように、その人がいるおかげであなたがはたらくことができるという人も目上です。つまり、部下や後輩以外は、周りにいる人すべてが目上です。
なお、部下や後輩は目下ですが、目下であれば何を言っても構わないというわけではありません。必要以上に下と見ることは失礼にあたりますので、注意しましょう。

② 立てるとはどういうことか
次に、立てるとはどういうことでしょうか。相手を否定したり軽んじたりせず、受け入れることです。
否定するとは、「こんなやつが上司だなんておかしい」と考えたり指示に反抗したりすることです。軽んじるとは、上司をバカにすることや、指示を自分の都合のよいように曲解してしまうことです。そのようなことをせず、相手を上司なら上司として認め受け入れます。
加えて、立てるという行為には、上記のような受動的な側面とは別に、能動的な側面もあります。それは、相手を尊重し、その自尊心を傷つけないように配慮することです。
例えば、あなたが学校の授業で分からなかったところを友だちに質問してみたとしましょう。そのとき、「えっ?おまえ、こんな簡単なことが分からなかったの!?」と言われるのと、「ああ、そこのところ、私も分かるまでに時間がかかったところなんだよね」と言われるのと、どちらがいいでしょうか。教えてもらったという結果は同じだったとしても、気分はずいぶん違いませんか。
このように相手を立てるために必要なことが、距離を取るということです。

また分かったようでよく分からない言葉が出てきました。“距離を取る”についても説明が必要ですね。

■距離を取るとはどういうことか

それでは、距離を取るとはどういうことでしょうか。

① 相手の領域を侵さない
まずは、相手の領域に不用意に入ろうとしないということです。
上司との関係を例にとって言えば、指示されたことをするために必要なこと以外は質問しないということなどが当たります。例えば会議のための資料を来週までに作るよう指示されたときに、実際に会議が開催される日にちを知る必要はありませんよね。そのようなことを質問してはいけません。

② 自分個人の領域を開かない
次に、自分の領域に関わることをみだりに開示しないということです。組織とは、ある目的に向かって複数の人が一緒に働くものでした。その目的を達成するのに関係ない感情や考えを組織の中で出す必要はありません。雪山の例でも、不安を表現する必要はないと説明しました。今、この場で必要とされていない感情は自分の心の中にしまっておきましょう。例えば、資料の作成を指示されたときに、面倒くさいからやりたくないと思っても、言ったり態度に出したりする必要はありません。
また、人手が足りずにみんなが残業ばかりしている状況だったら、毎月行われる各部署の報告会議が本当に必要なんだろうか、その分を通常業務に当てればそれだけ早く帰れるのに、というような疑問が湧くこともあるかもしれませんね。そのような疑問も表明する必要はありません。何が優先かという価値観に基づく判断は人によって異なるからです。ただ、資料を作成するために必要な残業の許可を上司に願い出ましょう。もし上司が、残業が発生していることを知らないなら、それによって知らせることができます。

ただし、距離を取ることと、見て見ぬふりをして何も言わないことは違います。
資料を来週までに作るようと指示された会議のスケジュールが今週金曜日に予定されていることが共有されているのに、指示が来週だったからと確認もせずに従うのは盲従です。「今週金曜日にも会議が予定されているようですが、来週の提出でよろしいでしょうか」などと確認しましょう。上司も人間ですから、勘違いもあれば言い間違いもあります。もし金曜日に開かれる会議のための資料であれば、来週の提出では間に合わないところでした。

ここまでは、相手と自分の間に、距離を取ることについて説明しました。

しかし、とてつもなくやりたくないと思っていることを態度に出さないようにするのは難しいですよね。あまりにも気持ちと行為が食い違っていると、ストレスがたまってしまって、ひどい場合は心身の健康にすら影響してしまうかもしれません。その場合には、自分の気持ちと距離を取るということも必要です。このことについては、また後で詳しく説明します。

■あらためて、素直とはどういうことか

それでは、目上を立てること、そのための距離を取ることについて説明したところで、あらためて組織における”素直”という言葉を見ていきましょう。

”素直”であることで立てる相手とは誰でしょう。このように問いを立てるだけで、正しい答えが見えてきたのではありませんか。そうです、あなたの上司です。何に対して”素直”であるべきなのかと言えば、上司(の指示)に対して”素直”であるべきなのであっって、その場その場で湧き起こる自分の感情や考えに従うことではありません。上司から見て、「今度入ってきた新人は、従順に指示に従う素直な人間だ」「ひねくれたところがなく、いつも穏やかだ」と思ってもらえるように振る舞うのです。

この視点が抜けると、一方は上司である自分の”指示”に対して”素直”に相手(部下)が従うことを期待し、一方は相手(上司)に対して、部下である自分の”感情や考え”が”素直”に表出された、その言動を受け入れてくれることを期待するという真逆のことが起きます。すると、お互いに「相手がおかしい」と感じてしまうことになってしまうのです。

もしかしたらあなたは、それでは上司がやりたい放題に好きな指示をして、部下はなんでも言うことを聞く奴隷のようだと思うかもしれませんね。

あなたは今、傘をさしたいですか?傘をさしたくてさしたくてたまらないでしょうか。普通、人は雨の中で本を読みませんから、この本を読んでいる今のあなたは、きっとそんなことはありませんね。
もし出掛けるときに雨が降っていたら、ほとんどの人が傘をさして出掛けることでしょう。ここに、とてつもない葛藤を感じる人はいないはずです。
しかし、「傘をさせ!」と上司に言われると、心穏やかでいられなくなります。上司が見ている雨が自分にも見えていればいいのですが、自分には快晴にしか見えない場合にはなおさらです。「なぜ雨も降っていないのに傘をささなきゃならないんだ。周りの誰もさしてないじゃないか……」これでは自分の心の中だけ嵐が渦巻いています。上司の指示を素直に受け入れられないのは、大概こんなときです。それが雨であれば、上司には見えて自分には見えないなんてことはありませんが、仕事の場合はそういうことが多くあります。
現実の場面は、実験とは違って、全く同じ状況を繰り返し再現することはできません。しかし、もしパラレルワールドがあって、同じ状況で同じことをしなければならないときに、上司Aが出す指示と、上司Bが出す指示が全く異なるかといえば、実際にはそんなことはありません。指示の内容が異なっているように見えても、同じ目的を達成するための別の手段を選んだだけだったりします。やらせる内容やその目指すところが上司によって全く違っていたら、その組織は崩壊してしまいますよね。

例えば山に登るという目的があったとき、ある上司は西から登るルートを選ぶかもしれません。別の上司は東から登るルートを指示するかもしれません。
また、ある上司は、7合目まではヘリで行って、みんなの体力を温存しようと考えるかもしれません。別の上司はそのお金を、軽くて丈夫な装具と、登山のガイドを雇うことに使うかもしれません。途中までヘリで行ったグループを楽ができて羨ましいと思うかもしれませんが、どちらが無事に下山できるかは、やってみなければ分かりません。両方とも無事に下山できたなら、それは良かった!というだけの話です。言えることは、どちらの上司も登頂するという目的と、全員が無事に下山するという目的に照らして最善と思われる指示をしたということです。
だから、やってはいけないことは、7合目まではヘリで行くように指示があったのにふもとから歩いて登ろうとしたり、ふもとから歩いて登るよう指示があったのに「ヘリを使わないなんて上司はケチだ、この上司は自分たちのことを全然考えてくれていない」と言いふらしてみんなの結束を壊そうとしたりすることです。

ちょっと抽象的な例だったかもしれませんが、「傘をさせ」という指示に対し、上司がその権力を乱用して意味もないのに自分にやらせようとしていると思えばその指示は自分にとって屈辱としか感じられません。もしかしたら100人に1人、本当に権力を乱用する上司がいるかもしれません。しかし、その判断はくれぐれも慎重に行うべきです。自分が雨にぬれてからでなければ傘をさせないという人は、会社によっては困った人とみなされてしまうからです。上司の指示を無視して自分なりのやり方でやって失敗し、そこで初めて上司の指示が分かるというプロセスを一人一人が体験するのを待てる会社もあるでしょう。しかし、あなたが失敗する前に、既に多くの人が失敗を繰り返しています。同じ失敗を未然に防ぐために決められた手順が会社には多くあります。既に解決策が出ている失敗をあなたが繰り返すのを、不要なものと考える会社も多くあります。
今の自分には雨が見えなくても、指示されたなら今は傘をさす状況なのだと理解して傘をさし、なぜ傘をささなければならないのか、その答えを仕事の中から見つけ出すようにしましょう。上司の批判をするなら、その後でも遅くはありません。

【素直の例】
ここで、私の今までの経験から、「素直」の例をご紹介します。

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以前私が働いていたコールセンターでは、顔が見えない分、声で笑顔を伝えなければいけないので、普段よりも笑顔を強調しなければなりません。そこへ、とても男らしい不愛想な男性が入社してきました。彼に「サービス業なので電話応対時は笑ってください」と伝えたところ、新人の彼は顔を真っ赤にして「恥ずかしい、恥ずかしい」と連呼しながらも精一杯の笑顔でお客さまに対応していました。
恥ずかしいのは、彼の真っ赤な顔を見れば明らかでしたが、「やりたくない」とは一回も口にしませんでしたし、態度からも感じられませんでした。

笑顔を作ることに抵抗がない人も多いでしょうが、普段から笑わない人にとっては笑顔を作ることはハードルが高いものです。真面目な人の中には、仕事中に笑うことを不謹慎と感じる人もいます。自分の気持ちに反してお客さまに笑顔を作ることを卑屈な行為と勘違いする人もいます。「そんなこと言われたって……」とやり方を変えられない人が多い中、彼は自分の恥ずかしいという気持ちはそのままに、自分の行動を指示に沿わせることができる人でした。
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この例で見た、恥ずかしいからやらないのか、恥ずかしいけど仕事だからやるのか、この違いは、能力の差ではありません。自分の気持ちと上司の指示との、どちらを優先するのかという選択の違いです。自分は今、何をするためにここにいるのかという自覚の違いです。従いやすい指示には従うけれども、従いたくない指示には従わないというのでは、会社のために働いているとは言いづらいでしょう。もちろん、この例に挙げた彼は、ほどなくリーダーになりました。

しかし、実際のところ、やりたくないと思ってしまったときに上司の指示を優先するというのは難しいですよね。その気持ちが強ければ強いほど、「それは自分の気持ちに過ぎない、今は仕事をしなければ」と冷静に考えることは難しくなってくるのももっともです。それでは、やりたくない、従いたくないという穏やかならざる胸の内を抑え込んで嫌々仕事をすべきなのでしょうか。いえ、そんなことをしても集中力は保てずミスが増えてしまうかもしれません。

そこで、もう一つ、自分の心と距離を取ることが有効です。

■自分の心と距離を取る

さて、ちょっと考えてみましょう。
やりたくないことにも従わなければならないならば、“素直”とは、結局のところ何も考えず何も感じず言われたことをロボットのように行うことでしょうか。
いえ、ほとんどの会社は、ロボットのように言われたことだけを行い、自分では何も考えない社員を作ろうとは思っていません。自律して自分で考えられる社員に育てたいと思っています。そして主体的に仕事に取り組んでもらいたいと思っています。
もし、嫌々ながら、もしくは渋々と、さらにはその感情すら押し殺して指示に従っている人に対して、上司はその人からやる気を感じ取ることができるでしょうか。できませんよね。”素直”と”やる気がない”は決してイコールではありません。

仕事は楽しいだけのものではありません。つらいことやつまらないこともあります。
仕事をする場所である会社も、楽しいだけの場所ではありません。腹の立つことや傷つくこともあります。
それでも、「嫌々ながら、もしくは渋々と」では、そもそも本人が心地よくはありませんし、心地良くはないということを表明されている周囲も心地良くはなれません。

「嫌々ながら、もしくは渋々と」という気持ちを感じてはいけないというわけではありませんが、その気持ちしか表明するものがない状態というのは、その人にとってあまり望ましい状態ではありません。

それよりも、「ありがとうございます」と感謝できる状態を自分の心の中に作りましょう。それが自分の心と距離を取ることです。そのための3つのステップをご紹介します。

① 理想と異なる現実をありのままに受け入れる
営業をやりたくて入社したのに資料作成ばかりで全く客先に連れていってもらえない。他の人は接客しているのに自分だけバックヤードで値札付けや在庫整理など地味な仕事ばかりさせられる。自分は計算が得意でミスなどしたことがないのにチエック手順を省くなと自分ばかり怒られる。自分は然るべき経験も積んで実績も上げたのに昇進させてもらえない。などなど。
人生には理不尽なことがよく起こります。いろんな人やさまざまな条件が絡み合う職場では、自分の思いどおりにいかないことのほうが多いかもしれません。そんなときに「こんなはずじゃなかった」と考えると苦しくなります。
それはそうですよね。外で遊ぼうと思っていた子どもが、降り出した雨に怒っても何も変わりません。それよりも、雨なら何して遊ぼうかと考えを切り替えたほうが時間を有意義に使えます。
自分が置かれた状況を、「そうなんだ」と受け入れ、それまで持っていた予想をいったん捨てて、これから自分はどうすればいいのかを考えましょう。

② 理想にも、第二希望、第三希望を作る
予想していた未来と実際にやってきた現実が大きく食い違うとき、それもマイナス方向へ大きく食い違うようなときには、その現実を受け入れるのが難しくなります。
こんなとき、ゼロか百かで考えると、「自分は営業がやりたいと面接でも伝えて入社したのだから、こんな資料作成をさせるのは不当だ!早く営業に出すべきだ!」と主張したくなります。無理にそれを通そうとすると、周りと摩擦が生じ、周りの人も困るでしょうし、自分の不満もたまる一方です。それは、お互いに不幸です。
それでは自分が我慢して上司の言うなりになると考えると、まるで自分は社畜です。会社の飼い犬か奴隷にでもなったような気分がします。自分だけが嫌なことを全部のみ込んで、上司や周りの人の幸せの踏み台になっていると考えたら、こんな仕事やってられないという結論になるのも時間の問題です。
このような極端な判断では、どちらを取っても、誰も幸せではありません。
なぜゼロか百かになってしまうのでしょうか。ゼロか百というと2つの選択肢があるようですが、実は1つしかありません。「会社に、この理想と違う現実を修正させる」、これだけです。もし、上司に「俺の権限じゃない。部長からの指示だ。」と言われて部長に対してこの理想と違う現実を修正させようと直談判に乗り込むような人がいたら、上司ばかりでなく周りの人みんながその人を遠ざけるようになってしまうでしょう。それぐらいは分かるので我慢する。しかし我慢しているだけでその選択肢が消えたわけではありません。何も解決していないので、ずっとそのことについて考えてしまうという悪循環に陥ってしまいます。
ここで、別の選択肢を増やすということも考えられます。例えばパワハラだといって労働基準監督署に訴える、さっさと会社を辞めて転職する、などです。
しかし、ちょっと待ってください。そもそも今、目の前に起きている現実は最悪なのでしょうか。理想どおりではないだけで、現状も2番、3番、4番ぐらいには良いと言えるのではないでしょうか。例えば、「自分が望む営業にはまだ行けないけれど、この資料がうまく作れるようになれば、いざ営業に行くときに役立つスキルだから、まずはこれから身に付けよう」とは考えられないでしょうか。
値札付けは面白い作業ではないけれど、誰かがやらなくてはいけないことだから自分がやろう、とは思えないでしょうか。

会社には、地味な仕事もあります。つらい仕事もあります。しかし、要らない仕事はありません。全て誰かがやらなければいけない仕事です。社員の希望を考慮に入れたとしても、全員の希望どおりになることはありません。もしかしたら、会社には、あなたには見えていない可能性が見えていて、そこを伸ばそうとしているのかもしれませんよ。

③ 感謝して受け入れる
「そうだね、1番じゃないけど仕方がない」、そう思えれば「こんなはずじゃなかった」と思い続けるよりはストレスなく働けますが、それでもストレスを感じながら働くことには変わりがなさそうです。
楽しく働くためには、もう一歩踏み込んで感謝することがポイントです。感謝するとは、単に受け入れるのではなく、ああよかったと受け入れることです。
「本当は営業へ行きたいけれど、仕方がないから資料作成から習得しよう」ではなく、「資料作成は営業の役に立つ。自分のやりたいことを学ぶことができてよかった」と感謝するのです。
感謝ができれば、まず本人のストレスがなくなります。そして、周囲の人も資料作成を頼みやすくなります。前向きに資料作成に取り組んでいる人には、上司も先輩も、積極的に教えてくれるでしょう。本人も周囲の人も、職場での時間を心地良く過ごすことができます。
何より、営業に行ける可能性が増えます。「仕方がないから今は資料を作っているけれど、いつ営業に行けるんですか」「言われた資料は作りました。次は連れて行ってもらえますよね」と言われるのと、「資料をこういうふうに作るのと、こんなふうに作るのと、どっちが実際の反応はいいんですか」「こんなふうに工夫してみたんで、説明しやすかったかどうか教えてください」と言われるのと、あなたなら、どちらがいいですか。
あなたが上司だったとして、次に営業に行かせる人を選ぶとしたら、どちらの人を選びますか。あなたが先輩だとして、育てるために面倒を見る後輩を自分が選べるとしたら、「こんな資料作成をさせるのは不当だ!」という人と、自分の使いやすさを気にしながら作ってくれる人と、どちらの後輩を選びますか。
選んでもらいやすい人になったほうが、現実が理想に近づくのも早くなりそうですよね。

本音と建前って悪いもの?

本音と建前っていう言葉を聞いたことはありますよね。どんなイメージがありますか?
とても日本的な、古い体制の弊害であり、海外ではありえないと思いますか?本音と建前を使い分けるのはうそつきでしょうか。どちらにせよ、あまり良いイメージで使われることがないこの言葉ですが、実はとても大切なことを表しています。

ここでも辞書を確認するところから始めましょう。本音とは「本心からいう言葉」(デジタル大辞泉)とあります。
https://www.weblio.jp/content/%E6%9C%AC%E9%9F%B3
次に建前とは「原則として立てている方針。表向きの考え。」(デジタル大辞泉)とあります。
https://www.weblio.jp/content/%E5%BB%BA%E3%81%A6%E5%89%8D
本心からいう言葉のほうが美しいように見えますか?表向きの考えなどというと、やっぱり本当は違うことを考えているんだよね、と後ろめたい言葉のように見えますか?

以前、『アナと雪の女王』というディズニー映画がはやりました。その当時はどこへ行ってもその主題歌が流れていましたね。「ありのまま」という言葉が印象的なメロディーとともに耳に残っています。

ありのままの自分で生きられたなら、周囲に気を遣わず、ストレスフリーで生きられてとても幸せそうな気がします。多くの人がありのままの自分を生きたいと願っているのではないでしょうか。
ただし、歌詞にあるように「自分を好きになって」「自分を信じ」ることは良いことですが、それと、自分が思っていることを何の配慮もなく口にし行動するのは別の話です。
(https://www.uta-net.com/movie/163665/)

さて、次はある本からの引用です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここでは皆平等なのだから、気持ちを率直に表してほしい。だから自分の感じたことを正直に言うこと。特に何か遠慮があったり、おかしいと思えることがあったら、腹蔵なく伝えてほしい」という話をしながら、姿勢、表情、それに声の調子で、その部長は、新入社員に対して、自分が支配的な立場にあるという意識を持っていることをちらつかせるのである。

この新人は、その上司の言動を批判しない方が賢明だと感じ取るのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
この新人は全くありのままの気持ちや考えを言うことができません。この話を読んで、なんと日本的な古くさい話だろう、と感じた人も多いのではないでしょうか。
あなたはいかがですか。

しかしこれは、 アメリカの心理学者アルバート・マレービアンが書いた『非言語コミュニケーション』という本からの抜粋です。(P.104~105)もちろん日本について書いたわけではありませんし、特に日本人を読者に想定した本でもありません。引用の上司が素晴らしいとは言いませんが、場に合わせて自分の言動を調整するのは、別に日本に限ったことではありません。組織という上下関係がある場では、世界中どこでも必要なことなのです。

組織でなくとも、あまりにも人前で本心をさらけ出すのは考えものです。例えばあなたが友人に、誕生日のプレゼントとしてセーターをプレゼントしたとしましょう。その友人が「誕生日を覚えていてくれたことは嬉しいけど、このセーターは私の好みじゃないな。もらっても着ないから、返すね。」こんなふうに言われたらどうでしょう。とても傷つくと思いませんか?そんなことを言われた後も、今までと同じように友人付き合いをするのは難しくなるかもしれません。もしあなたが逆の立場だったら、自分の趣味と違ったとしてもそんなことは言いませんよね。
以前、会ったことのある社長は、プレゼントでネクタイをもらったものの自分の趣味とはちがったため、そのネクタイに合う背広を持っていなかったそうです。そこでその社長はどうしたかというと、次回その人に会うときのために背広を新調したと言っていました。プレゼントをもらったせいで、かえって不要な出費をしてしまったと見えるかもしれませんが、自分の好みよりも、相手との関係性を大切にした行動と言えるでしょう。

■本音とは

どんなに優れた人格者でも、生まれたときはありのままをさらけ出すことしかできません。おなかがすいた、オムツがぬれたなど、周囲の都合を考えることなく力いっぱい泣きます。
やがて言葉を身につけ、自分のおなかがすいたとしても言わなければ相手には分からないということを知るようになり、自分の気持ちと相手の気持ちは異なる独立したものであると気づきます。やがて、場所柄と状況をわきまえて自身の言動をコントロールする術を身につけていきます。それは、買い物や外食など家以外の場所では静かにすることを教わったり、学校でけんかをしたときに自分から謝るよう教わったりと、日常の中で少しずつ少しずつ学んでいくことです。
思い出してください。学校から泣きながら帰ってくると、お母さんがやさしく「どうしたの?」と聞いてくれますよね。そこで、けんかをしたことや自分が悪くないことなどをお母さんに話します。お母さんに優しく受け止めてもらう中で、自分が腹が立ったこと、悔しかったことなどを言葉にでき、だんだん自己理解が深まります。単に殴られて痛かったから泣いているわけではなく、自分が正しいのに周りの誰もそれを認めてくれなくて悔しかったこと、それを力づくでも認めさせたかったこと、でもそれは、本当は仲間外れになりたくなかったからやったことなどです。そして最後には、仲間外れになりたくないなら、あした、自分から謝らなければいけないことが受け入れられるようになります。
そのようにしながら、やがてはお母さんがいなくても、自分の気持ちを自分で認めることができ、かつ周りにも配慮する、そんなバランスが取れる人間へと成長していくのです。

ただ、このように優しく話を聞いてくれ、自己理解を促す手伝いをしてくれる人がそばにいなかったという人もいるかもしれませんね。感情は、表面的なそれから、奥に隠れている気持ちまで何層にもなっています。最初は表面で波立つ感情に翻弄(ほんろう)されてしまい、奥に隠れている気持ちに一人でたどり着くのは容易ではありません。友人などに話すことが役に立てばよいのですが、しかし、だからといって誰でも手伝えることではありません。相手を選ばずに自分の感情を伝えれば、相手には迷惑がられ、自分は傷つき、自分の中に隠れている気持ちがより遠ざかってしまうという結果にもなりかねません。この人なら手伝ってもらえるんじゃないかと思える人がいたときにも、ほんの少しずつ伝えて相手の反応を見るようにしましょう。
また、そういう人が身近にいないということであれば、勇気を出してカウンセリングなども利用しましょう。まずは自己理解を深め、出てきた自分を受容するところから本音に近づいていきます。

本音とは、本当のあなたです。あなたの中の可能性であり、あなたの人生の羅針盤であり、あなたの核になるものです。もしかすると、心の奥の奥に見つけた本音は、あなたが想像していたものと違うかもしれません。しかし、あなたがそれを否定しまったら、本音はないものになってしまいます。思い切って受け入れましょう。

■会社における本音

自分の本音を自分自身が受け入れることは大事ですが、それをどこでもいつでも表現することはまた別の問題です。

会社に入ったら、多くの場合は初対面の人たちと一緒に働くことになります。今までの経験も、考え方も、得意なことも、人によってバラバラです。会社に入った動機も、人によってさまざまでしょう。ある人は、その会社の製品が好きで、自分もその製品を作ることに携わりたくて入ってきたかもしれません。ある人は社長とコネがあり、この会社なら特別扱いをしてもらえると思って入ってきたかもしれません。ある人は、自分でお店を開く資金をためるために入っただけで、必要な資金がたまったらすぐに辞めるつもりかもしれません。ある人は、他の会社に行きたかったけれど、採用してもらえなかったのでやむなくこの会社に入ったかもしれません。

いま挙げた動機は、本音です。
それでは会社で、「仕方ないから来たけれど、本当は別の会社がよかった」「お給料をためたら辞めるつもりなので、ここの仕事に興味はない」「社長とコネがあるから特別扱いしてもらえるんだ」「製品を作りたくて来たから、他の仕事は嫌だ」などと話したらどうなるでしょうか。
会社とは関係ない親しい友人であれば、利害関係もなく、どんな動機を話しても構いません。「そっか、行きたかった会社に落ちちゃったんじゃ、しょうがないな」「頑張って、金ためろよ。応援してるぞ」「コネがあるなんてよかったじゃないか。羨ましいよ」「せっかく製品を作りたかったのに、残念だな」などと言ってくれるかもしれません。
しかし、同じ言葉を上司や先輩や同僚はどう思うでしょうか。「別の会社がいいなら、ここに来るなよ」「辞めるつもりの人間に仕事教えるなんて無駄じゃないか、今辞めてくれよ」「特別扱いしてくれっていうこと?嫌だね」「自分がやりたいって言えば、そのとおりになるとでも思っているなんて、こいつ、お子さまかよ」などと思われてしまうかもしれません。

同僚や先輩や上司は、友人ではありません。特に会社に入ったばかりのあなたにとって、仕事を教えてもらったり助けてもらったりする大切な人です。仲良くすることが目的ではありませんが、嫌われてはそれが難しくなります。

では、なぜ同じことを話しても友人からは嫌われないのに会社では嫌われてしまうのでしょう。

それは、建前が違うからです。

■建前とは

友人同士が会うときの建前は「一緒に楽しい時間を過ごそう」ということです。だから「一緒に楽しい時間を過ごそう」という建前に反すること、例えば「一人になりたい」「誘うのは別の人にすればよかった」「そんな話はつまらない」という気持ちが表してはいけないものです。もしこの気持ちがあまりに強くなってしまったとしても、それを言うことはせず、「きょうはこれで終わりにしよう、またね」ということになります。

それでは、会社における建前とはなんでしょうか。楽しくないよりは楽しいほうがいいのは当然ですが、みんなと一緒に楽しい時間を過ごすことが建前ではありません。
「働きたい」「会社という組織を支え、維持・強化したい」「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」ということです。
どんな動機を持って会社に入ってきたにせよ、雇用契約を結んだからにはこの建前を受け入れたとみなされます。
「本当は別の会社がよかった」かもしれませんが、今の会社に行くという選択をどこかでしたはずです。それでも、こんな会社に就職したくなかったという人は、では自分がどこで生きたいのか、選び直すところから始めることができます。恋人同士でも、初恋の人がよかったけれど仕方がないから君と付き合っていると告げたら、すぐに振られてしまいますよね。そうならないよう、自分の気持ちを見つめなおしましょう。
ある人にとっては「開店資金をためる」のが目的で、会社で働くのは手段かもしれませんが、会社から見れば、「ある人のための開店資金を提供する場」ではなく、「働いてくれた対価としての給料を払う」だけです。手段を最大活用するためには、給料以上の働きを見せましょう。
同様に、コネがあろうとやりたい職種が決まっていようと、「働きたい」「会社という組織を支え、維持・強化したい」「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」が大前提です。

■本音と建前はコインの表裏

本音と建前は矛盾するものではなく、いわばコインの両面です。建前をみんなに見えるように上にすれば、本音は下になって人からは見えません。見えないだけでコインの一部であることは変わりません。下になって見えない本音の部分は人によって異なっても、みんなに見える建前の部分が同じなら、みんなで足並みをそろえることができます。
いろんな本音を抱えた人同士が集まって一緒に仕事をするためには、各人の本音は各人の心の中にしまっておき、この建前をみんなで合わせておくことが大切なのです。

ちなみにバラバラなのは本音だけではありません。性格も違います。もちろん体格も違います。考え方も違います。得意なことや苦手なことも違います。今までの経験も、育ってきた環境や文化も何もかも違います。しかしこれらはしまっておけるわけではありません。背が高い人が必要なときに、背が低い人がそれを隠して背を伸ばすわけにはいきません。でも、「働きたい」という前提が揺らがなければ、「働いてほしい」という前提で雇った会社には背が低い人でも仕事ができる工夫や、背が低い人に向いた仕事が作れるかもしれません。几帳面(きちょうめん)だけど作業が遅い人、ミスは多くても作業が早い人、数字を扱うのが得意な人、言葉を扱うのが得意な人、人と仲良くなるのが得意な人……。いろんな人を一つにまとめる要の役割をしているのが建前です。建前とは、言ってみれば、社会の一員として生きていくことを受け入れ、自分が所属する共同体(=会社)の目標と自分の目標をすり合わせながら前向きに行動していくことを選択した宣言です。
だから、仕事中は常に建前である「働きたい」「会社という組織を支え、維持・強化したい」「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」を守らなければいけません。
「できません」「やりたくありません」の代わりに「やってみます」「やらせてください」と言いましょう。

■余計なことってどんなこと?

「余計なことをするな」「余計なことを言うな」「黙って言われたことをやれ」
もしかすると、会社ではこんなことを言われることがあるかもしれません。はっきり言葉で言われなくても、そう思われているかもしれないと感じる出来事があるかもしれません。
これらも、建前を共有していないときに言われることが多い言葉です。3つの建前について、どんなことが余計なことに該当するのか、順番に見ていきましょう。

① 「働きたい」に反すること
・指示されたことに対し、「めんどくさっ!それってホントにやんなきゃいけないんですかぁ?」と言う
・決められた手順について「これって自動化すればしなくて済むんじゃないですか?いまどきこんな単純作業、人がやらなくてもいいじゃないですか。ロボット導入してくださいよ」と言う
etc.

やる気のなさ、もしくは「それは(私には)やるに値しない仕事である」というニュアンスが伝わる言動は「働きたい」という建前に反しているので会社で言うべき言葉ではありません。こんなことを言っては「黙って仕事しろ!」と叱られても仕方ありませんね。

② 「会社という組織を支え、維持・強化したい」に反すること
「今どき社長室に金をかけ、豪華な調度品をそろえるなんてナンセンスです!その分のお金を広告宣伝費に回すべきです!!」
「縦割りの会社では自由な発想は生まれません。上司を役職で呼ぶのはやめて、全員、さん付けで統一しましょう。」
これらは、言っている内容が間違っているかと言えば、一概に間違いとは言えない事柄です。実際に、この発言内容と同じことをやって成長した企業もあるでしょう。しかし、それを今、この場で言うことは有効なのか、その見極めが大切です。

①で見たような、やる気がない場合についてはよくないケースとして分かりやすいのですが、実は勉強熱心な人や、やる気に溢れる人の場合にも注意が必要です。「働きたい」や「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」が強すぎて「会社という組織を支え、維持・強化したい」という建前が抜け落ちてしまうことがあるのです。先の提案を、入ってきたばかりの新入社員がしたら、果たして会社はその発言により、より一致団結できるでしょうか。それとも分断されてしまうでしょうか。最悪の場合、誰からも受け入れられず、そう言った新入社員だけが“会社になじめない人”というレッテルを貼られてしまうかもしれません。

別の例で言えば、その会社の製品が好きで自分もその製品を作ることに携わりたくて入ってきた人が、希望どおりの職場に配属されたとき、自分の持っている「この製品のここが好き」「この製品はこうあらねば」という自分の理想を会社に押し付けがちになってしまうことがあります。すると、会社に対し、もっとこうするべきだと言いたくなったり、指示と違うことをしたくなったりするかもしれません。
でも、それもいけません。もしかしたら、中にはその仕事に就くために、すごく勉強した人もいるかもしれませんね。しかしそれらの知識がこの会社にとって正しいかはまた別の問題です。たとえ本当に先輩や上司よりも正しい知識を持っていても、上司の指示を批判したり否定したりするということは自分のほうが正しいと主張することに他なりません。「会社の目的」を自分よりもよく知っているのは、先輩や上司です。「目標」を知っているのも、その目標を達成するために何をすればいいかを知っているのも同じです。専門書に書いてあったことや、勉強して学んだ知識など客観的な事実を言っているつもりでも、「会社という組織を支え、維持・強化したい」という建前に反して自分が上司に指示をする立場にあると言っているのと同じになってしまうのです。

しかし、自分のほうが明らかに正しい知識を持っていて、それが会社の役に立つのであれば、自分の知識にみんなが従ったほうがいいのではないでしょうか。例えば上司の間違った指示にみんなが従うよりも、自分の持っている知識に従ったほうが確実に売り上げが上がると考えられる場合などです。別に上司を引きずり降ろして自分に従わせたいわけではありません。会社のための思ってのことです。正しいことに従うべきと思っているだけなのですから。

残念ながらそんなことはありません。雪山の例を思い出してください。サトシ君が一番リーダーにふさわしかったかどうかは、誰にも分かりません。ただ一番まずいのは、リーダーが誰なのかが明確にならず、みんながバラバラになってしまうことでした。社長から新入社員まで、大概の会社はピラミッド構造になっています。誰が誰の上司になるのかは会社が決めています。上司はそのまた上司から指示を受けて行動しています。会社の目的や方針と関係ない自分の意見や個人的な考えで上司が指示することは(通常は)ありません。(もしあったら、それを指導するのは上司のそのまた上司の役割です)

上司があなたに何をやってほしいのか、どんなふうに働いてほしいのか、なるべく過不足なくそれに沿うようにしましょう。それが、会社という組織を支え、維持・強化することにつながります。

③ 「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」に反すること
会社で行う全ての作業について、事細かなマニュアルがあるとは限りません。マニュアルにないことを、しかも突発的に行わなければならないというようなケースもあります。

例えば、清涼飲料水の製造販売を行う会社に就職した新入社員がいたとしましょう。取引先にあいさつまわりに行った際、「君は、普段から清涼飲料水を飲むのかい?」と聞かれて、「は、はい!コカ・コーラが好きです!」と他社製品を答えてしまったとしたらどうでしょうか。
さらに「そうなんだ。コカ・コーラが好きなんだね。自分のところの商品はどうだい?」と聞かれて、「いや、ウチの商品は甘すぎるので自分は飲みませんっ!」などと答えてしまったら、後から上司に「おまえは余計なことを言うな!」と叱られるのは間違いありませんね。
どの会社も、なんとか自社の商品やサービスを買ってもらおうと努力しています。その中で、自社の商品について甘すぎるから飲まない、という発言は、自社の目的に反し、目標を達成する邪魔をする行為です。

「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」のであれば、その目的や目標を知るところから始めなければなりません。何の会社なのかが分かるだけで大ざっぱな目的は分かるでしょう。それに加え目的や目標は共有されていることが多いので、そういった公開されている情報を積極的に取りに行くのです。(日本コカ•コーラ株式会社であれば「世界中をうるおし、さわやかさを提供すること。前向きな変化をもたらすこと。」とホームページで公開されています)会社の目的や目標も、公式なホームページや社内用のサイトに掲載されていたりして、社員誰もが見えるようにされていることがよくあります。自分が所属する部署のあてがわれた目的や目標もあるはずです。そのような情報も確認しておきましょう。
また、文字や数値として示されているもの以外に、上司が何を目指しているのか、上司の言動からも理解しようと努めましょう。自分の考えを伝えるよりも前に、相手の考えを知るのです。
この会社は何を通して社会の役に立とうとしている会社なんだろう、この上司は何を大切に思っているんだろう、自分に期待されている役割とはつまりどういうことなんだろう、と想像しながら仕事をしましょう。自分なりに想像した仮定にのっとって仕事をしたのに怒られたなら、その仮定が間違っていたのか、その仮定は合っていたが結果が失敗だったのか検証をしましょう。そのようにすり合わせて、自分の言動と上司や会社の間に齟齬(そご)がなくなってきたなら、「会社の目的に沿って、目標を達成する手伝いがしたい」という建前を、一段深く理解したことになります。

ここまで説明してきた①から③について「余計なことを言うな」「余計なことをするな」と言われることがなくなったら、上司や他の仲間と目的を共有することができてきた証です。上司がどんなふうに目標を達成しようとしているのかが見えてきたなら、自分の提案が上司の役に立つか立たないかも見えてきます。
ケーキの例を思い出してください。ユリさんはお母さんのためにお母さんの好きなチョコレートケーキを作ろうとしていました。スミレさんが、そのユリさんの目的を理解した上で、ユリさんのお母さんについての知識(ユリさんのお母さんは、チョコレートの中でもラム酒入りのチョコレートが大好きである)を生かし、ユリさんに「ちょっとラム酒を入れたら、どうかな」という提案をしたならユリさんも喜んでくれたかもしれません。他の事情があって、ラム酒は入れないという判断をユリさんがした場合であっても、スミレさんの提案に感謝したことでしょう。
このように建前に沿って考え行動することができるようになれば、自分のやりたいことや変えたいことも建前に合っているので、自分の意見や主張も、周囲との摩擦を最小限に抑えながら言えるようになり、周りからも採用されやすくなるのです。

それは、会社や上司の言いなりになることや、思ってもいないことを言ってゴマをすることではありません。逆に、自分の感情のままに動くことでもありません。
自分の本音を建前の異なる場にさらけ出すことは、自分にも周囲にも摩擦を生みます。言葉や態度にして場に出すときには、建前と照らして適切な形にしてから表現しましょう。つまり、自分の本音と建前の両方を冷静に客観的に把握することをスタートとし、主体的に両方のバランスを取って行動することをゴールとして目指します。それは、自分自身と他者の両方を大切に思っていることの意思表示です。

敬語って使わなきゃいけないの?

あなたは敬語に対して、どんなイメージを持っていますか?

「堅苦しい」「よそよそしい」
せっかく仲良くしようと思ったのに、敬語を使われて、なんだか距離を取られたような、つまらない気持ちになったことがあるかもしれませんね。

「難しい」
小学校のときに、みんな習ったはずですが、それっきりという人が多いと思います。授業で習っただけで、親にも先生にもクラスメイトにも使わなければ、忘れてしまいます。

「自分には関係ない」
誰に対しても使う機会がないのであれば、自分には関係ないと思っても仕方がありません。
でも、「おはようございます。」とあいさつすることはありませんか?これは敬語です。
「先生、今日の授業で分からないところがあったので、教えてください。」これも敬語です。
知らない人に道を尋ねるとき「あの、駅まではどう行ったらいいでしょう?」と敬語を使うと思います。知らない人に「ねえ、ねえ、駅ってどっち?」とは言いませんよね。
普段、敬語を使っているとは思っていなくても、実は敬語が入り込んでいます。
このことを指して、「日本語は敬語である」と言った国語学者がいました。
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日本語の場合は、相手・場面をはっきりと認識し、自分とのなんらかの上下関係をとらえない限り、こんな簡単なことを言うのにもいっさい声が出せない。表現形式をととのえ確定することができない、すなわち敬語の関与なしに日本人は言語生活が営めない、という運命にあるのです。
そうである以上、私たちの「言語生活」はそのまま「敬語生活」である、というのは乱暴な結論ではないでしょう。言い換えれば「日本語は敬語である」のです。(『ほんとうの敬語』萩野 貞樹p.23)
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さらに、大人になると、敬語を使うことを期待される場面が多くあります。
中には、敬語を使わなくていいという会社もあるでしょうが、そんな会社でも、取引先やお客様に対しては敬語を使うのが一般的です。
今、使わなかったとしても、使えるようになっておいたほうがいいでしょう。

それにしても、なぜそんなに敬語が必要なのでしょう。
敬語の持つ4つの機能を理解しておきましょう。

① 人と距離を取る

敬語には人と距離を取る、もしくは人と距離があることを示す機能があります。
初対面の場合、お互いに敬語を使うのはそのためです。
「あなたと私は、親しくはありませんよね。私はあなたに近づきすぎないようにしますから、あなたも私に近づきすぎないようにしてくださいね」というアピールができます。
近づきすぎないとは、精神的にプライバシーを脅かさず、個人的な領域にずけずけと入り込まないということです。近づかなければ、危害を加えることはありません。
会社には、目上ばかりでなく、同期もいるでしょう。しかし、入社したばかりのときは周りの人誰もが初対面ですので、全員に敬語を使いましょう。

また、だんだん慣れてくると、入社当日よりは言葉がフランクになってきます。そのときにも、学生時代の友人同士のような話し方にまでフランクにするのは控えましょう。
例えば学生時代、親しみの表現のつもりでからかったりしたことが、相手を傷つけたことや傷つけられたりしたことがありませんか?人と近づくと、親しみも感じますがその分傷つけたり傷つけられたりという危険もあるのです。親しき中にも礼儀あり、と言います。会社で友人ができれば、それはいいことですが、会社の第一の目的は、友人を作ることではありません。あいつと昨日けんかしたから今日は一緒に仕事をするのがやりづらい、ということは決してあってはいけません。反対に、他部署に伝えてはいけない情報だけどあいつだけは信用できるから伝えた、というようなことも厳重に戒めなければなりません。

そのためには、会社の枠を越えない人間関係を維持するために敬語を使ってあらかじめ距離を取ること、もしくは、会社以外ではタメ口でも会社に来たらお互いに敬語を使って場にふさわしい距離を取ることが必要です。

② 人を立てる

敬語とは、敬意を表すための言葉ですから、敬意を伝える機能があります。
会社における敬意とは、あなたのおかげで私が働けるという感謝の意です。そして、これからも私と仲良く仕事をしてくださいというお願いです。
それであれば、「あの資料、今、使ってないんだろ。見せろよ」という言い方ではその両方ともが伝わりませんよね。相手が持っている資料を借りたいなら、「できたら、○○の資料を見せていただけませんか」という言い方のほうがふさわしいでしょう。このように言えば、敬語を使って相手を立てるとともに、相手の主体性を尊重することでも相手を立てられます。

これは敬語を使うのはもちろんのこと、何を言うかにも配慮が必要だということです。相手が気持ちよく自分と一緒に働いてくれるよう、相手の自尊心を傷つけないよう配慮します。相手の言動を否定したり、相手を軽んじたりするような言い方は控えます。また、自分の部下でもない人に指示・命令をしてはいけません。
「見せろよ」では命令です。これでは、おまえより俺のほうが偉いんだぞ、と言っているようなものです。それよりも「見せていただけませんか」というと、相手に選択権をゆだねているので、指示・命令にはなりません。また、「見せてもらえない?」という言葉は、指示・命令ではありませんが、敬語を使っていないので相手を同等もしくは目下に見ているように受け止められてしまうかもしれません。借りたいのはあなた、そのあなたに恩恵を与えてくれる人に対して敬語を使うことで、より、私はあなたを立てています、というメッセージを込めることができます。

例えばここで、貸せないという返事が来る可能性もあります。そのときに、「その資料が借りられなければ、その仕事ができないだけだから自分にとっては別に構わない。というかラッキー。困るのは会社であって自分ではない」と考えては、建前に沿っていません。会社に来ているのは、働きたくて会社に来ている人のはずです。業務の無駄が省けるなら、それは誰にとってもよいことですが、必要な仕事を自分がしなくて済むことになったとしたら、誰かが困ることになり、結果として誰か別の人がやるはずです。それは、自らを不要な存在であるとアピールしているようなものです。
もし、借りられなければ、いつなら借りられるのか、借りるための手続きが必要なのか、他に代わりになるものはあるのか、など、仕事をするために必要な交渉や調整を行います。

③ 上下関係を共有する

敬語には、上下関係を表現する機能もあります。

例えば船員であれば、みんな制服を着ています。それにより、誰が船長で誰が機関長なのか、指示系統が一目で分かります。
勤務中に社員証やセキュリティカードを首から下げている会社であれば、そのストラップの色で役職が分かるようにしてあるところもあります。
身に着けているものでは分からなくても、デスクの位置で分かることもあります。管理者は、部下が見渡せる位置にデスクを構える場合が多くあります。

上下関係の強さは職種や会社によっても異なりますが、上下関係は指示系統なので、どのような組織であれ、全く気にしないということはありません。

このような上下関係を言葉遣いで表す場合に、敬語を使います。
例えば「課長が今期の売上が伸びたって言ってたので」という言葉遣いと「課長が今期の売上が伸びたとおっしゃっていましたので」という言葉遣いを比較してみましょう。
事実としては、どちらも同じことを言っています。しかし、「課長が言ってた」では課長を自分の目上とみなしているかどうかが分からないのに対し、「課長がおっしゃっていた」であれば、あなたが課長を目上と認識していることが聞き手にも確実に伝わります。

もちろん、職場から離れて学生時代の友人に向かって話すのであれば、「課長が言っていた」で構いません。話を聞く友人から見て、あなたの課長は上司ではないからです。しかし、社内で話すのであれば、常に上下関係を言葉の上で表すことが、「会社という組織を支え、維持・強化したい」という建前につながります。

④ 責任範囲を明確にする

上下関係を表現することは、上司や先輩をおだてることが目的ではありません。
仕事には責任範囲があります。例えば、あなたや他の人がどれだけ頑張ったか、その1年間の結果を見て、あなたの上司は次年度の目標を決めるでしょう。
複数の業務があるときに、どの業務を誰に割り振るかは上司が決めるかもしれません。
あなたが仕事をどう進めてよいかがわからず相談すれば、上司はアドバイスをくれることでしょう。
これらは、最終的に上司の責任になることです。目標の例であれば目標が適切であったかどうか、目標を最終的に達成できたかどうか、などが上司の責任になります。
また、複数の業務への人員配置が適切であったか、その責任も上司が取ります。
あなたがアドバイスに従って仕事をしたなら、その結果も上司の責任です。困っていたにも関わらずアドバイスを求めず、結果として仕事が終わらなかったとしても、その最終的な責任は上司に帰属します。(もちろん仕事を終えられなかった本人にも、その責任範囲分の責任は求められます)
上司に「ご指示をお願いします」「どのようにしたらよろしいでしょうか」ということは、上司としての責任を果たすよう依頼するときの言い方です。
「早く指示しろよ」「どうしたらいいのか分かんないからさ、ちょっと教えて」このように敬語を使わずに言うと、自分のほうが相手よりも目上であるかのように聞こえます。あたかも、相手が出した指示の良しあしを決めるのは自分、自分が困ったらなら人に自分を手伝うよう指示する権利があると考えているようです。
敬語を使うということは今、この場の上下関係を踏まえた話をしているということなので、自分の上司に向かって「ご指示」と敬語を使うことは、「私の目上であるあなたの指示」と言っていることになり、「お願いします」と言うことで「私の役割責任を果たす上で必要なことなので言われた指示に従います」という宣言になります。
したがって、指示を受けた以上は、それを実行するのが責任になります。

職場でよく使う言葉

どのような職種であっても、部下が上司に向かって話すときに共通する部分があります。ここからは、職場でよく使う言葉について学んでおきましょう。

■あいさつ

一般的には、会社はあいさつではじまり、あいさつで終わります。
朝、出社したら、「おはようございます」と、相手にはっきりと聞こえるようにあいさつをします。
あなたに業務内容を教えてくれる人であれば、加えて「よろしくお願いします」とあいさつをします。
帰るときには、「お疲れさまでした」「お先に失礼します」などとあいさつします。

人は、明るく笑顔で自分に話しかけてくれた人には話しかけやすいものです。逆に自分とすれ違うときに目をそらすような人には、用事があってもなかなか声をかけづらくなります。あいさつは、特に話すことがなくても話しかけられる、とても便利な言葉です。

新入社員にとって、周りはみんな知らない人です。知らない人に自分から笑顔であいさつするのは勇気が要るかもしれませんね。しかし、自分からあいさつをすれば、周りの人は話しかけやすくなります。もしかして困っているのかな、と思ったら「どうしたの?」と助けてくれるかもしれません。小さな勘違いからくるミスも、すぐに注意してくれるかもしれません。
話しかけづらいと、困っていても「声をかけて嫌がられても困るから、担当に任せよう」と通り過ぎて行ってしまうかもしれません。担当は「小さなミスを指摘して、もっと目をそらされるようになると困るから、しばらくは様子を見よう」と指摘してくれなくなるかもしれません。ミスをした最初のうちに指摘してくれればすぐに直せたものが、どうにも目に余るようになってから注意されては、既に問題があちこちに影響しているかもしれませんし、もうそのやり方に慣れてしまって、修正が難しいかもしれません。
逆に、話しかけづらいなぁという思いを押し殺し、仕事だから言わなきゃと思って話しかけてきた人であれば、必要以上に怖い顔をしているかもしれません。会社の人の、同期に対する態度と自分に対する態度が違うようであれば、あいさつができていたか、笑顔で対応できていたか、振り返ってみましょう。

また、自己紹介もあいさつの一つですが、会社に入ると、まずみんなの前で自己紹介をする機会があるかもしれません。特に何も言われていなくても、念のため、準備しておきましょう。
自己紹介は、朝礼など仕事中の短い時間を使って行われるものなので、30秒ほどで十分です。内容には、以下の要素を盛り込むとよいでしょう。
・名前
・得意なものや趣味など、自分を印象付けるもの
 (あなたに話しかけるきっかけになるもの)
・この会社に入った動機やここで働けることの喜び
 (ポジティブな内容を話すと、周りもあなたにポジティブな印象を持つ)
・これからの抱負
 (あまりにも大きすぎる抱負よりは自己紹介をしている相手とどういう関係性を結びたいかという抱負を述べる)

【例文】
初めまして。
本日入社いたしました、○○と申します。
学生時代はサッカー部でしたので、運動は見るのもするのも好きです。
小さい頃から、■■を飲んで育ちましたので、この会社に入り、今度は■■を作る側に回ることができて光栄です。
皆さんの足を引っ張らないように頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

■お礼とおわび

お礼もおわびも、円滑なコミュニケーションのためには、とても大切な言葉です。
お礼やおわびをあまり言ってこなかったという人は、重要性を理解して、積極的に使うようにしてください。

あなたはどんなときにお礼を言いますか?どんなときにおわびを言いますか?
それが友人であれば、あなたにとっていいこと、嬉しいことをしてくれたときにお礼を言い、あなたが友人に迷惑をかけてしまったときにおわびを言うかもしれません。
例えば、友人があなたに誕生日プレゼントをくれたら、きっと「ありがとう!」と言いますよね。あなたが日曜日に熱を出して、遊びに行く約束を守れなくなったら、その友人に「ごめん」と謝ると思います。そして、友人が「気にするなよ。早く元気になれよ」と励ましてくれたとき、「ありがとう」と言う人と、「ごめん」と言う人がいると思います。

では、あなたが会社に入ると、まずは先輩や上司が、何をすればいいか手取り足取り詳しく教えてくれます。これは、先輩や上司にとって普段ならしなくてもいいことです。あなたという新入社員が入社したから普段の仕事に加えて、あなたに教えなくてはなりません。
それでは、教えてもらったあなたは、お礼とおわびのどちらを言うべきなのでしょうか。

同じお礼とおわびでも、友人関係で使うときと、会社で使うときは少し違います。目上に伝えるお礼とおわびを以下のように定義しましょう。

【お礼の定義】
自分ができないこと、自分に必要なことについて、相手が自分のために時間や手間をかけてくれたときに言う言葉

【おわびの定義】
相手の期待に応えられなかったとき、本来であれば相手がやらなくていいことをやらせてしまったとき、本来であれば発生しないはずの仕事が増えてしまったときに言う言葉

それでは、あらためて考えてみましょう。入社初日のあなたに、会社を案内してくれたり、社内でのルールを教えてくれたり、これから何をしたらいいか教えてくれた相手に伝えるのは、お礼でしょうか。それともおわびでしょうか。

入社初日のあなたには、何をしたらよいのかは分かりません。誰かがあなたに教えるのは必要な業務です。ということは、あなたに教えてくれた人にこのとき伝えるのは、お礼の言葉ということになります。
ここでおわびの言葉を伝えてしまうと、「本来であればこのくらいのことは自分が知っていて当然のことなのに、教えてもらうなんて申し訳ない」ということになってしまいます。普通なら知らなくて当然のことを自分なら知っているべきとアピールすることは「こいつ、自分は特別とか思ってんのかな、なんかエラそう」という印象を与えかねません。
ここでは、お礼の言葉のほうが謙虚なのです。

ただし、お礼の言葉を言えば、後は何も気にしなくていいということでもありません。
例えば、相手がとても忙しそうで、「ちょっとごめんね、このメールだけ返信しないといけないから、その間、今までのところを復習してて」というようなことを言われたら、「ありがとうございます」と答えるのは不自然ですよね。
そのような場合は「かしこまりました。申し訳ございません」という言葉も必要です。
これは、「(こんなにお忙しくて、本来なら私の相手などしている時間はないでしょうに)申し訳ない」という意味です。相手があなたに教えてくれること自体については「ありがとうございます」で変わりありません。

一日の終わりにも、もう一度教えてくれた相手にお礼を伝えてから退社しましょう。教えてくれたときに伝えただけで終わりにしてしまうと、感謝の気持ちもそこで終わってしまったように思われてしまいかねません。一日の最後にもう一度伝えることで、その日ずっと感謝の気持ちを持っていたことが伝わります。

次に、二日目です。
あなたは昨日教わったことをもとに仕事をしようと思いましたが、必要なファイルの場所を忘れてしまいました。昨日教えてくれた相手から再度教えてもらったのですが、このときに伝えるべきはお礼でしょうか。それともおわびでしょうか。

このときに伝えるべきは、おわびの言葉です。一度教わったことを覚えていれば、同じことを説明させずに済みました。自分のせいで二度手間が発生してしまったので、おわびが必要です。
本来であれば発生しなかった手間であれば、今後発生しないように工夫しなければいけません。業務上のおわびとは、あなたを傷つけちゃったけどもう一度仲良くしてね、という意味だけを持つものではありません。今回のことは自分の責任で発生してしまったことだから、今後このようなことがないように行動を具体的に変えていきます、という宣言です。
失敗は誰しもあります。仕事をしていれば、今後も度々あるでしょう。そのときに落ち込む必要はありません。行動を変えて、次に失敗しないようにすればいいのです。今回のケースであれば、メモを取っておけば、説明されたことを質問する必要はありませんでした。「このぐらい覚えられる」と思ってもメモを取る、と行動を変えることで、次回から同じ失敗をすることはなくなります。

また、おわびを言うと、相手が「いいよ、いいよ。たくさん教えたから一度では覚えられないよ。何度でも聞いてね。」などと言ってくれるかもしれません。それでも、「じゃ、覚えるまで何度でも聞こう」と安易に考えてはいけません。仕事は、一度聞いただけでは理解できないことが多くあります。また人間は、メモを取り、忘れない工夫をしてもなお、忘れてしまう動物です。そのようにどれだけ一生懸命取り組んでも発生する分だけでも何度も質問にいかなければならないのに、メモを取るのを面倒くさがって質問にいくのは、自分の手間を相手に押し付けることに他なりません。ましてや、再度教えてくれた相手に「ありがとう!」とお礼だけで済ませてはいけません。

自分への期待値は、相手よりも少し高めに設定しておくほうが、よい人間関係を築きやすくなります。それでも、分からないことがあればもちろん質問せざるをえないのですが、メモを取る、復習するなどして、なるべく質問せずに済む工夫をします。

最初の研修が終わったら、だんだんと仕事を任せられるようになってきます。任せられた仕事を、10日間で仕上げるよう求められたのであれば、9日目には仕上げられるように計画しましょう。そうすれば、1日早く提出できますし、何か手直しがあっても10日目には最終的な提出ができます。
早めに提出したことをほめてもらえたら、そのときは「ありがとうございます」とお礼を言いましょう。

言うべきおわびはきちんと言わなければいけませんが、おわびを言う機会はなるべく減らし、お礼を言う機会がなるべく増えるように仕事をしたいものですね。

■質問

入ったばかりのときには分からないことがたくさんあります。そんなときは、先輩や上司に質問をしなければなりません。

最初のうちは、教えてくれる人が隣に付きっきりで、質問する前から助け舟を出してくれるかもしれません。それであっても、やがてはだんだんと手を離れ、一人で仕事を進めることを期待されます。そんなときも、一人で完璧に仕事がこなせるとは、周りの誰も思っていないものです。つまり期待されているのは、困ったときやどうしたらいいのか分からなくなったときに、きちんと質問に来ることができることです。

会社は組織です。組織に求められているのは、一人でなんでもできるスーパースターではありません。適切に人の協力を得ながら柔軟に方向を修正し、間違いのない結果を出せる人なのです。

そのような場合の質問にも、マナーがあります。
質問は、相手の時間を奪い、手間を取らせることですから、なるべく少ない時間と手間で済むように、きちんと準備してから質問しなければなりません。

①何についての質問なのかをまず伝える

自分が受けた指示は一つだけなので、自分が質問するとしたらそのことしかありません。そう思うと、つい、何についての質問なのかという点が抜けがちです。
一方、指示を出したほうはいくつもの業務を抱えています。突然質問をされても何の話をしているのか分かりません。
そこで、「先ほどご指示いただいた、資料整理の件でお聞きしたいことがあるのですが。」と、まずざっくりと質問したいことのテーマを伝えます。

②質問内容をまとめてから質問する

何についての質問なのかを相手に把握してもらったら、次に具体的な質問をするのですが、「これってぇ、えーと……?」と具体的な質問を言わずに、困っている状況を相手にくみ取ってもらおうとするのは社会人としてはNGです。なるべく具体的に、できることならYes、No、で答えられる質問にまとめるようにしましょう。

質問の例1)
「先ほど頂いたインデックスシールが足りなくなってしまって、文具棚に同じものがあるようなのですが、あちらは勝手に持って行ってもいいものでしょうか。」

これであれば、質問されたことに対し、問題なければ「いいよ」とだけ答えれば済みますし、許可が必要であればその手順を教えてくれるでしょう。

※ちなみに、会社にいる間はお客さまではありません。人の家に招かれて上がったときに、勝手に人の台所を開けて回るのは失礼ですが、逆に会社で上げ膳据え膳を期待するのも失礼です。もちろん許可されていないところを見たり開けたりしてはいけませんが、自分でできることは自分でしましょう。

Yes、Noで答えられないようなことも、なるべく相手の手間を取らせないように整理してから質問します。

質問の例2)
「10年以上前の資料があったら廃棄するということでしたので、分けました。こちらはどのように廃棄すればいいでしょうか。」

例えばこのように廃棄の作業に取り掛かれる状態で質問することで、指示をもらったときにスムーズに取り掛かることができます。
これを、資料整理に取り掛かった状態で一つ古い資料が出てきたから質問し、また出てきたから「これも同じでいいですか?」と質問、「紙じゃない資料が出てきましたけど、これはどうしますか?」とまた質問ということをやっていると、相手の手を何度も止めてしまうことになってしまいます。

自分の時間を奪うことになんの罪悪感も持たない相手に対しては、人はなるべく質問を受けないようにすることで、自分の時間を確保しようとするでしょう。誰しも自分の抱えている仕事があるからです。逆に、手間をなるべく取らないように気を付けていることが分かれば、なるべく助けてあげようと考えることができます。

困ったときに質問しやすい環境を作るためには、まずは質問を減らすこと、そして質問しなければならないときにも答えやすい質問に整理することが大切ですね。

■相談

質問が明確な答えがあることに対して行うのに対し、明確な答えではなくとも、意見や助言を求めるときに行うのが相談です。
例えば資料整理について、10年以上前の資料は廃棄して、あとは1年ごとのフォルダーに分ける、ということは決まっていたとしても、詳細な手順が決まっていなかったとしましょう。そのときに、整理が苦手な人は、資料が散らかるばかりで全く作業がはかどらないかもしれません。そのように、自分ではどのように作業を進めたらいいかわからないようなときには、その指示を出した人や、その作業をやったことがある先輩に相談をする必要があります。
学校では、人に頼らず自分でやり抜くことが求められたかもしれませんが、会社では違います。もちろん、自分で責任もって仕事を終えられる範囲を少しずつ広げていくことは必要ですが、新しいことに取り組むのに自分一人で悩んで全く作業が進まないよりは、上司や先輩の判断や経験を借りたほうがいいのです。
質問と違って、決まっていないことを相談する場合、返ってくる意見や助言は人によって変わる可能性があります。例えば、ある人に相談したら「捨てるものが半分以上あるから、先に捨てるものだけ選り分けて、後から1年ごとに分けたらいいんじゃないかな」と言うかもしれません。また別の人なら「先に分ける先のフォルダーを準備してしまって、一枚ずつフォルダーに入れていけば、散らからずに作業できるよ」とアドバイスをしてくれるかもしれません。
与えられたものが指示であれば、指示どおりにやったことの責任は指示者にありますが、意見や助言は相談者の求めに応じて善意でくれたものなので、そのとおりにやってうまくいかなかったとしても、相談者の責任にしてはいけません。例えば、いつまで資料整理をやっているんだと上司に叱られて「○○さんに相談したらこうしたらいいよと言われたので、そのとおりにやっているんです」などと相談者に責任転嫁したら、今後誰も相談に乗ってくれなくなるかもしれませんよね。
したがって、状況が許すなら、指示をくれた人にまず相談するのがいいでしょう。

また、相談はしたけれども結局違うやり方で作業をしたというようなこともあるかもしれませんが、せっかくもらったアドバイスを無視したとなると相手に失礼です。相談に乗ってくれた相手から、「どうだった?」と質問されたときに「いや、あのアドバイスはやってません」「アドバイスのとおりやってみたけど、役に立ちませんでした」などと答えたら、その人もやっぱり二度と相談に乗ってくれなくなってしまいますよね。
まず、アドバイスをもらったなら、必ず試してみましょう。そして次に、その結果を相手に報告します。そのときには、どのように助かったのかと、感謝の気持ちを伝えましょう。「○○さんに言われたとおり、先に捨てるものだけ選り分けたら、その後の作業がはかどりました。ありがとうございました」などです。
もし、もらったいくつかのアドバイスを試して、最終的には別のアドバイスに従った場合でも、「○○さんのアドバイスに従って少し捨ててみたんですけど、やっぱり△△さんに言われたとおりフォルダーを先に作るやり方のほうがやりやすかったんで、そちらにしました」と言われたら、○○さんはどんな気持ちになるでしょうか。
「捨てるものを少し捨てただけで、その後の作業が格段にやりやすくなりました。○○さんのおかげです。ありがとうございました」などと、なるべくポジティブに伝えましょう。うそをついてはいけませんが、言う必要のないことを控えたり、言い方を工夫したりする必要はあります。
仕事は一人でできることばかりではありません。新しいことやイレギュラー対応やトラブルなど、みんなで相談し合いながら進めていかなければならないことがたくさんあります。そのときに、気持ちよく相談できる相手がなるべく多くいることは、あなたを助けてくれます。そのような良い関係を周りの人と作れるように普段から心掛けましょう。

■やることがないとき

やることが終わって手持ち無沙汰になってしまったとき、どうしたらよいでしょう。
もちろん、ラッキー!とばかりにスマホを見ていてはいけません。

中には、なぜ?と思う人もいるかもしれませんね。指示されたことは終えたのだから自分の責任は果たしたんじゃないの?悪いとすれば、指示を出さなかったほうが悪いんじゃないの?と。
ここで、前提の話をしましょう。少し難しいのですが、法律の話です。
労働者は、労働契約法によって、さまざまな権利で守られています。
雇用者側は、最低賃金以下で人を働かせることはできませんし、契約にあたっては労働者に対し労働条件を明示しなければなりません。その他にも、社会保険に加入しなければならなかったり、契約期間内に勝手に解雇してはいけなかったりなどなど、多くのことが法律で決められています。
一方、労働者側に課せられる義務もあります。
まず、ちゃんと仕事をしなければいけないという労務提供義務があります。それも、職務に専念しなければならないことなどが誠実労働義務として定められています。それは、勤務時間中、ただ会社にいるだけでは駄目ということです。(そのほか、仕事をしていて知った企業秘密を漏らしてはいけないという秘密保持義務、企業の信用・名誉を傷つけない義務など、労働者にも多くの義務があります)
このように双方が権利と義務を負う契約を双務契約といいます。
双方が権利と義務を負う契約があるなら、片側のみが権利と義務を負う契約もあります。よ。例えば贈与であれば、贈与する側だけが義務を負い、もらう側には何も義務がありません。(これを片務契約といいます)しかし、労働契約は双務契約であり、会社からもらう給与は贈与ではありません。自分が義務を果たしたからこそ、その報酬として受け取る権利が保障されているのです。

さて、双務契約にもとづき労務提供義務や誠実労働義務を負う立場であれば、やることが終わって、次に何をしたらいいかわからないというときには、上司に指示を求めなければなりません。例えば「今、よろしいでしょうか。ご指示いただいた作業が終わりました。次は何をしたらいいでしょうか」などと自分から仕事をもらいに行きましょう。
自分からは何も言わず、上司から「あれっ、終わったの?じゃ、次はね……。」と声を掛けてもらうのを待っている姿勢はいけません。

ただし、指示された仕事が終わったそのときに上司に言えるならいいのですが、そのときには上司が席を外していたり、忙しそうだったりするかもしれませんね。ということは、できるなら、“あとこのぐらいの時間があれば、作業が終わりそうだな”という目星がついた時点で、前もって上司に伝えておいたほうがいいということになります。それなら、話しかけるタイミングを見計らう余裕がありますよね。
また、指示を出す側にしても、次の指示が決まっていない場合もあります。そのような場合も、事前に伝えておいてもらえていれば、与える仕事の準備ができます。

そうは言っても、目の前の仕事に手いっぱいで、最初の頃は先のことまで考える余裕がないかもしれません。そうなると、仕事は終わったが指示をくれる相手がいないという状況になりかねません。そのようなときにはどうしたらいいでしょうか。
それが数分の間であれば、今までにもらったマニュアルや自分で取ったメモなどを見返して、教わった業務を復習しましょう。まだやっていない仕事のマニュアルももらっているなら、予習ができます。
指示をくれるはずの上司がこのあと何時間も居ないというような場合であれば、周りの先輩に確認してみましょう。「○○さんからご指示いただいた作業が終わったのですが、次に何をしたらいいのかを聞いていませんでした。何かできることはないでしょうか」
もちろん上司が戻ってきたなら、指示系統の異なる人からの指示で作業をしていたことになるので、すぐに報告しましょう。

やる気のあるやつだと思われたほうが、周りからも好かれ、あなたも居心地がよくなるはずですよ。

■報告

先ほど、“あとこのぐらいの時間があれば、作業が終わりそうだな”という目星がついた時点で、前もって上司に伝えておいたほうがいいと書きましたが、このようなことを報告といいます。
報告とは、与えられた作業の進捗(しんちょく)状況や結果を上司と共有することです。
上司は、報告によって部下の状況や全体の進行具合を把握しますから、部下の報告はとても大切です。

報告は、頻度や報告内容、報告方法などが決められている場合もあります。
例えば、外回りの営業職であれば、毎日、下記のような報告をしているかもしれません。

【朝礼時】―――口頭で報告―――
始業から12時までは新規開拓のためのテレアポ、
 午後は昨日アポが取れた会社へのあいさつが1件、
 見積提案が3件、
 ▲▲株式会社は、検討結果を今日頂戴する予定です。

【業務終了時】――活動内容を表にして、メール添付にて上司に報告――

5月12日 活動報告書
―――――――――――――――――――――――――――
テレアポ発信件数:(内:訪問許可獲得件数) 68件(2件)
―――――――――――――――――――――――――――
初回訪問 1件(○○株式会社)
―――――――――――――――――――――――――――
見積提案訪問 3件(▽△株式会社、◇◇株式会社、株式会社□□)
―――――――――――――――――――――――――――
契約獲得 1件(▲▲株式会社)
―――――――――――――――――――――――――――


報告の構成要素を一つ一つ見ていきましょう。
① 手段
口頭・メール・書面など、報告の方法です。
② 頻度もしくは、タイミング
1日に1回、週に1回など定期的に報告する場合もあれば、作業の区切りで報告する場合もあります。
外回りの営業の例で言えば、契約獲得ができた時点ですぐに電話で報告する、などです。
③ 内容
外回りの営業で例に挙げたように報告内容が明確に決まっている場合もあれば、「どのぐらい進んだのか」というようなざっくりとした内容のこともあります。

この①②③が決まっていれば、そのとおりにする必要がありますが、決まっていない場合も、適宜報告が必要です。

さて、資料整理について指示をもらったときには、特に報告について何も言われなかったとしましょう。その場合、どんな報告の仕方があるか、考えてみましょう。
まず、「手段」と「頻度もしくはタイミング」ですが、新人のうちは、多すぎるぐらいのほうが相手は安心します。小休憩や昼休憩、廊下ですれ違うときなど、あいさつをするタイミングで、こまめに報告しましょう。そのうちに、1日に2回報告してくれればいいよ、などと言われたら、それに従いましょう。
一方、自分の上司は会議が多かったり外回りが多かったりして、自然に顔を合わせる機会などはないということであれば、上司の都合のいいときに確認ができるようにメールで報告するという手もあります。何日もかかる作業であれば、一日の終わりに報告するだけでいいかもしれませんが、そうでなければ、中間報告と終了報告の2回は報告をしたほうがいいでしょう。終了報告しかないと、次の作業の指示出しまでに間が空いてしまうことになるからです。したがって、逆に、一日分の作業としていくつもの作業があらかじめ渡されているのであれば、中間報告は不要かもしれません。

次に報告の内容についてですが、上司から「どう?」と質問されて「はぁ、まあまあです。」と答えたのでは具体的な内容が何も含まれておらず、報告として十分とは言えません。上司の立場に立って、上司が知りたいであろうことや、客観的に共有できることを報告します。
そのように考えると、まず上司が気になるのは、作業が滞っていないか、つまり、新人のあなたが困っていないかということです。特に困ったこともなく作業が進められているのであれば、「今のところ、やり方がわからない点もありません。順調に作業を進めております。」などと伝えましょう。もし、どうしたらよいか分からず困ったことがあるなら、正直に質問や相談をしましょう。「こんなことも一人でできないやつ」と思われるんじゃないだろうかと思って何も言わないと、上司は状況を正しく把握できません。状況が分からなければ、上司は対処のしようがありません。
組織に求められるのは、有能ではあっても自分の仕事をプライバシーのように思って人に管理させまいとする人ではありません。言われたことをさぼったりズルをしたりせずきちんと行い、分からないことは正直に質問できる立場をわきまえた人です。一度説明されたことをもう一度説明してもらうというようなことはないようにしなければなりませんが、もし説明を受けたときにメモも取っておらず何をしたらいいか分からなくなってしまったというのであれば、正直にそれを言わなければ仕事ができません。そのときには、おわびを伝え、説明の聞き方を具体的に改めましょう。

これらのことを踏まえて、資料整理についての報告の仕方を例示しましょう。

【報告1回目】
要らないものをまず捨ててから、年ごとのフォルダーを作り、1枚ずつ整理していきたいと思います。

【報告2回目】
捨てるものはあらかた捨てたので、これから年ごとに分けていきます。

【報告3回目】
2016年まで整理が終わりました。この調子ですと、あと3時間ぐらいで全ての作業が終わりそうです。

【最終報告】
ご指示いただいた資料整理が終わりましたので、ご確認をお願いします。

ここでは作業の区切れのいいところで報告をしていますが、実際には、上司が席に戻ってきたタイミングで報告するしかなかったり、作業の区切れと関係なく報告の時間があらかじめ決められていたりするかもしれませんし、その場合は報告内容も変わってくるかもしれません。しかし、大切なポイントは、作業を実際にしていない上司でも状況を把握でき、もし方向性が違う場合にはすぐ介入できるということです。

仕事は“あなたの仕事”でもありますが、そもそもは“会社(=上司)の仕事”です。“あなたの仕事”が“会社(=上司)の仕事”からずれていくということがないよう、スケジュールや作業内容を確認し合うのが報告です。

■連絡

報告が、自分に与えられた仕事の進捗や、あらかじめ定められた内容を伝えるものであったのに対し、連絡とは相手に必要かもしれない情報を得たときにそれを共有することです。
例えばあなたは清涼飲料水メーカーで自販機を設置してくれている企業に行って商品を補充する納品担当だったとします。ある日、いつもどおり客先の企業に行ったところ、こんな会話が聞こえてきたらどうでしょう。
「来年、もうワンフロア借りるんだって。レイアウトとか、デザインとか、今、業者に依頼しているらしいよ」
このような客先の情報を聞いたときには、上司に報告しておくと、何かの役に立つかもしれません。
それは、単純にワンフロア分の人が増えるので、売り上げが上がるかもしれないということもありますし、もしかしたらそのワンフロアにもう一台自販機を置いてもらうべく、営業が動き出すかもしれません。
聞こえてきた会話が、「来月で会社をたたむ」というような大きな話だったり、「コーンポタージュとかコンソメとかあるといいよね」というような自販機に直接かかわるような話だったりすると、「報告しなきゃ」と思いやすいのですが、そこまで大きくもないし確実に役に立つかどうかは分からないような情報であっても、誰かに関係しそうな情報はとりあえず伝えておくのが正解です。

明らかに重要度の高そうな情報から、役に立つか立たないか分からないけどとりあえず伝えておくというレベルの情報までを漏れなく伝えるには、伝え方にも工夫が必要です。
「取引先が取引をやめたがっている」というような情報を何かのついでに軽く伝えたら、「事の重大さを分かっていないやつ」というレッテルを貼られてしまいます。そのような重大な情報は、根拠や確からしさなども添えて伝えます。
例えば「本日納品に行ったとき、いつも納品書に受取印を押してくれる事務の山田さんから『うちの専務がお宅との取引をやめたいって言ってたわよ』と言われました。『何か問題がありましたか』と聞いたのですが、『さぁ』という返事しかもらえず、専務がどこまで本気で取引をやめたいとおっしゃったのかもよく分からないのですが、事が事ですので、お伝えしたほうがいいと思いまして」というように事実に基づいて伝えましょう。どこまで信頼できる情報か分からないけれども重大な情報だと自分は認識しているということが誤解なく伝わります。
一方で、社内の多くの人が使うバスの時刻表が4月から変わるという情報であれば、「既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、4月からバスの時刻表が変わるそうなので、新しい時刻表のURLをお送りします。まだ確認なさっていない方は、ご確認ください」というようなメッセージとともに新たな時刻表のURLを記載したメールをみんなに送ってもいいでしょう。
その他、野菜が苦手な同僚に”野菜嫌いの人でもおいしく食べられるサラダ屋さん”ができたことを雑談の合間に教えてあげるのも、すてきな連絡です。

有益な情報を発信していれば、周りから感謝もされますし、あなたのところにも情報がたくさん入ってくるようになります。逆に、自分の仕事以外興味はないという姿勢や、せっかく自分が得た情報を何もしていない同僚に教えるなんて嫌だ、と思って抱えていると、自分も孤立してしまいますし、せっかくの情報を生かす機会も減ってしまいます。
これは大きく見れば自社に影響する事柄ではないだろうか、この情報は何かに生かせないだろうか、とアンテナを張りながら仕事をするようにすれば、広い視野を身につける訓練にもなります。仕事にまつわることで、会社の役に立ちそうなことであればどんなことでも連絡するべきなのですが、そう言われても最初は見つけづらいと思いますので、以下の項目に注意しておくとよいでしょう。

・仕事のやり方について自分で見つけた便利な方法
パソコンで使えるショートカットや役に立つ情報が多く載っているサイト、手順の工夫で仕事が少し楽になるなど。
上司や先輩は既に知っている情報のほうが多いかもしれませんが、中には役に立つこともあるかもしれません。“教えてあげる”というスタンスではなく、交流を深めて信頼関係を築くことを目的に雑談のネタにするというくらいの気持ちで伝えると、相手も気楽に聞けますし、「だったらもっといい方法があるよ」と教えてもらえるかもしれません。

・社内の変化
公表されていないことだけれども、自分たちの部署には影響がありそうな情報。
経費の申請をするときにいつもお世話になっている経理の鈴木さんから、「来月から産休に入るんです。みなさんにはしばらく迷惑をおかけしますね」と聞いたなら、それは鈴木さんとやり取りをすることがある同僚にも伝えましょう。事前に情報を知っていれば、新しい担当者になったときに多少今までと勝手が違うかもしれないと心づもりができます。
一方、「鈴木さんは最近おなかが出てきたからきっと妊娠しているんだろう」というような話はどうでしょう。もしそれが事実だったとしても場合によってはセクハラに当たります。職場にもプライバシーはあります。公表してはいけないことだから公表していないものについては、偶然知り得たとしてももちろん広めてはいけません。

・取引先の変化
取引先が移転する、社長が代わる、今までの担当者が異動になり新たな担当者になる、業績が前年と大きく異なる、事業を拡大もしくは縮小するなど、取引先の変化については全て共有しましょう。

・顧客の声
顧客に接する機会があるのであれば、意見や要望などを聞くこともあるかもしれません。それらは企業にとってとても重要なので、報告事項として定めているところもあります。報告を義務付けられてはいない場合であっても、いつ聞かれてもいいように記録はとっておき、機会があれば上司に伝えるようにしましょう。

・自分のミスによるクレーム
クレームなどで、通常とは異なる対応を求められた場合、特にそれが自分のミスに起因するものだった場合、自分でなんとかしたいと思うかもしれません。しかし、そのような場合こそ、報告すべきです。まず、通常と異なる対応を自分の判断で行ってはいけませんし、後からそれを知られた場合、信用を失います。自分のミスを自ら申告してわざわざ怒られるのは嫌かもしれませんが、仕事として行われた行為は、ミスも含めて会社に責任がある会社としての行為です。自分のミスだから上司の目に触れないように自分で何とかしようとするのは、責任を感じている誠実な行為ではなく、かえって責任を分かっていないと判断されてしまうのです。

・自社に対する否定的な評価
自社のことを否定的に評価された言葉を上司に伝えるのは言いづらい面があるかもしれません。しかし、問題が大きくなれば、裁判や刑事事件のような社会問題に発展することもありえます。そうなってから対策を立てるよりも、一つ一つのクレームに丁寧に対応したほうが会社の評判も上がり、結果的にはよいのです。今までに、顧客からのクレームを無視して事件が大きくなり、結果として記者会見を開いて謝罪するというようなケースは繰り返し起きています。問題にはなるべく小さなうちに対処するようにしましょう。
 なお、問題に対処するという視点で見れば、否定的な評価もただ顧客や取引先の言葉を伝えるのではなく、そのような評価に至った理由や事柄、割合としてはどのくらいなのかなど、その情報に付随する情報も伝えることで、会社としての対処を考えやすくなります。

話しかけるときに注意すること

これまで挙げたように、自分から話しかけなければいけないことが1日に何回もあります。
そのときに注意しなければいけないことを補足します。

① 今は話しかけていいタイミングか

相手のスケジュールが共有されているなら、スケジュールを確認し、大事な会議の直前で急いで資料をまとめているところではないか、などを確認しましょう。また、今電話中ではないか、誰か別の人と話をしている最中ではないか、何かにとても集中しているところではないか、などを目視でも確認しましょう。
そのうえでも、「今、話しかけてよろしいですか?」「今、ご質問してもよろしいでしょうか。」と確認してから本題に入るようにしましょう。

 もし、相手が忙しそうで、話しかけるタイミングをずらせるならずらしましょう。どうしても今話しかけなければならない用事があるなら、それが分かるように伝えましょう。
例「会議前のお忙しい時間に申し訳ありません。もう少し早く確認しておけばよかったのですが、あと20分ぐらいで、現在の作業が終わってしまいそうです。会議が終わるまでの間、何をしていたらよろしいでしょうか。」

② 他にすべき話はないか

 自分が話したいことを話す前に、相手が聞きたいことがないかを考えましょう。
1) お礼を言うべきことはないか
例)先ほどはアドバイスを頂戴しありがとうございました。
  おかげさまでどうしたらいいのかが見えてきました。

2) おわびを言うべきことはないか
例)本日は遅刻をしてしまい、申し訳ございませんでした。
  自分の体調管理には十分注意してまいります。

3) 今から話すことよりも納期の短い仕事について言うべきことはないか
例)明日、提出予定の報告書については、ほぼ仕上がっており、もう一度見直してから提出したいと思います。

4) 今から話すことよりも重要度の高い仕事について言うべきことはないか
例)店長会議で使う予定の基礎データ作成ですが、まだ調査が終わった段階ではありませんが、やはり課長が予測なさっていたとおりの結果が出そうです。

 相手が気にしていることを無視して自分の聞きたいことだけを聞くと、自分勝手と思われたり、何が大切なことかを理解していないと思われたりしてしまうかもしれません。
 相手が気にしていることはないだろうかと心を配り、それを先に伝えてから自分の質問をすれば、相手は気持ちよく答えることができます。

③ 何について話すのか

今、自分が取り掛かっている仕事と、その仕事について上司や先輩と話したときのことがつながって、つい「あれ、終わりました」などと言ってしまいがちです。
しかし、上司や先輩は複数の案件を抱えており、あなたと話した後も全く違う作業に取り組んでいます。「あれ」では話が通じません。

「社史を作るためのファイル整理の件ですが」「あす伺うお客さまへの資料の件ですが」などと都度、何について話すのかを伝えましょう。

④ 聞き手の負担を減らせないか

1)話す内容を整理しておく
話すときには、話の内容を整理しておきましょう。話しかけてから、どう言っていいか迷っていては、相手をイライラさせてしまいます。
また、結論を先に、補足情報を後に説明するようにしましょう。
例)「ファイル整理が終わりました。キャビネの上に置いてありますので、後ほどご確認をお願いします。」

さらに、質問の場合には、下記についても考慮しましょう。
2)選択式にして、考えることを明確にする
「どのようにしたらよいでしょうか」と質問するよりも、例のように選択肢を挙げて聞いたほうが考える内容も限定的で、答え方も明確になります。

  例)時系列順と、あいうえお順と、どちらで並べたらよいでしょうか

3)自分でできるところまではやり、分からないところだけを聞く
質問するということは、相手の時間を奪う行為です。もちろん必要なことは質問しなければいけませんが、自分で考えたり調べたりするより、相手のほうが知っているんだから早いだろうという考えはいけません。
自分の時間よりも、相手の時間のほうが貴重だと思って質問しましょう。
そうすれば、あなたが質問する内容が、あなたの成長度合いに応じて変わってきます。そしてそれを感じた上司や先輩はあなたへの教えがいを感じるはずです。

例)「文具用品置き場は確認したのですが、クリアファイルを見つけることができませんでした。どこにあるのか教えていただけますか。」

一方で、自分で調べることもなく考えることもせずに質問する人は、同じレベルの質問を何度もします。同じ質問をされる周囲の人は、その人に関わりたくないと思うようになるかもしれません。

聞き手の負担を減らすようにするということは、相手の視点に立って物事を考える癖をつけることでもあります。また、分からないところだけを質問することは、自分ができることはできる限り行うということであり、それが自分を引き上げてくれます。

質問や相談をした後は、相手からの返事を、メモを取りながら聞くようにしましょう。
最後には、メモを見ながら相手の話を復唱すれば、相手の人にもあなたがしっかりと話を理解しながら聞いていたことが伝わります。

質問に答える(質問をずらさない)

自分から話しかけるときにも注意が必要ですが、一方で、上司や周囲の人から質問されることもあるでしょう。
そのときの注意事項も説明しておきます。
※ポール・グライス(Paul Grice)の4つの公理と呼ばれるものです。

① うそだと分かっていることや、根拠のない話はしない

与えられた仕事を終えるのにどのくらい時間がかかりそうかが分かっていないのに、「この1時間で結構できたので、多分大丈夫です」では、“結構”がどのくらいのことを指してして、どう大丈夫なのか分かりません。
同様に、どうやって進めたらいいのか全然分からない仕事の進捗を聞かれて「順調です」と答えてはいけません。客観的事実を伝えます。

例)「昨年度の売り上げ実績を洗い出して表に書き出すところまでは終わったのですが、その後、どうやって進めたらいいのか分からなくて考え込んでいました」

② 文脈に沿った話をする

上司から「今朝、遅刻したそうだな。どうした」と聞かれて「ご依頼の資料はメールに添付して送っておきました」と話題をすり替えるような態度は、馬鹿にしていると受け止められかねません。「申し訳ありませんでした。途中でおなかが痛くなってしまって。今後は体調管理にも注意してこのようなことがないようにします。」などと正直に答えましょう。

また、年に一度の大規模セールを目前に控えているときに、「もうすぐセールだな。準備は大丈夫か」と聞かれて、「なんの準備ですか」と聞き返しては、会社の状況がわかっていないやつと思われるかもしれません。会社の状況も把握しておきましょう。自社のみならず、業界のニュースや競合他社の動向などもキャッチアップしていれば、なお良いですね。

③ 必要以上でも以下でもない適切な量の情報を伝える

1時間の予定の会議中に「時間はあとどのくらいある?」と聞かれて、「あとちょっとです」では情報が足りませんし、「あと、13分27秒です」では細かすぎて不適切ですよね。この場合なら、「13分少々です」などと答えるのが自然です。

このように、質問されたときには、相手が求める情報量についても考えましょう。

同様に、あなたが取引先から帰ってきたときに「先方はどう言っていた?」と聞かれて、部屋に通されてから退出するまでの一言一句を伝える必要はありませんよね。
上司が求めている情報を、適切な量にまとめて伝えましょう。

④ 誤解を与えないよう、明確に順序立てて簡潔に話す

まずは端的に結論から伝え、補足情報は後から加えましょう。
例えば仕事の進捗を聞かれたなら、どのぐらいできたのかをまず答えます。

「まだ1割ほどです。今日は急ぎの仕事があったので、ほとんど時間が取れませんでしたが、明日はこの作業をするための時間を確保しているので、期日までには仕上げられる予定です」

これを「今日は急ぎの仕事があったので……あんまり時間が取れなかったんで……。まぁ、その、なんとか。はぁ。」と言えば、あなたは仕事をせずにサボっていたのをごまかそうとしていると思われて、質問した相手を怒らせてしまうかもしれません。

このようなことのないように注意しましょう。

調整する

単に「やりたくないから」という理由で仕事を断ることはいけませんが、事情があってどうしてもできないこともあります。
それを無理して引き受け続けていると、ストレスが溜まってしまったり体調を崩したりということになりかねません。

できる我慢はしますが、できない場合は断ることも必要です。ただし、そんなときでも、その仕事は誰かがやらなければならない仕事であるということを忘れてはいけません。

 例えば有給休暇の取得は働く人の権利ですが、あまりにも周りのことを考えず自分の都合で取るのは考えものです。
ある人が、「その日は忙しそうだから」という理由で有給休暇を取っていたとしたら、周りの人はどう思うでしょうか。
忙しいと分かっている日に休暇を取られたら、残りの人たちの負担はもっと増えます。表立っては言わなくても、気持ちよくはないはずです。

それでは、こんな場合はどうしましょうか。

あなたの職場には5人います。あなたのたった一人の妹の結婚式があるので、どうしても出席したいのですが、1人が病気で入院中のため、残りのメンバーが毎日残業して仕事を処理しています。
もしあなたが休めば、本来5人でする仕事を3人でさせることになります。もっと残業が増えることは確実です。

 もし結婚式に行かなければ、妹も残念に思うでしょうし、一生後悔するかもしれません。

こんなときに、調整ができるためには、普段からの心掛けが大切です。

・普段から信頼されるよう心掛けているか

もし、あなたが普段から遅刻をしたり、ずる休みをしたりしていたら、周りから「アイツは勤怠の悪い奴」とレッテルを貼られているかもしれません。もしかしたら、「仕事をバカにしている」と思われている恐れだってあります。そうなら、あなたが「休みたい」と言っただけで、周りの人は反発を感じ、理由も信じてもらえないかもしれません。

信用は、日々の積み重ねです。昨日は遅刻したけど、今日は遅刻しなかったんだからいいじゃないか、とは人は考えません。
電車が多少遅れても間に合うように、余裕をもって出勤するのが社会人としての常識です。まして自己都合での遅刻は、無いように努めなければなりません。
人間ですから突然の体調不良もあり得ますが、1カ月のうちに2回も3回も遅刻や欠勤があるようでは、信用はありません。
信用のない人を、この人は明日もちゃんと来てくれると信頼してくれる人はいません。

もし、遅刻しても欠勤しても何も言われなくなったら、それは信頼ばかりか期待がゼロになった証拠かもしれません。

ミスや質問も同様です。
繰り返しミスをしていて一向に減らない、同じ質問を何度も平気でしてくる、このような仕事への取り組み方では信用を失い、信頼して仕事を任せてもらえなくなります。

「情けは人の為ならず」ということわざがあります。
人に掛けた情けは巡り巡って自分に返ってくる、つまり、人からも情けを掛けてもらえますよ、という意味です。

普段から、自分の仕事に責任を持ち、周りに迷惑をかけないようにしているか。余裕があるときには、迷惑をかけないだけでなく、周りの助けになるような配慮をしているか。

そんな意識で仕事に取り組んでいればおのずと周りから信頼され、周りもあなたに配慮しようと思ってくれます。

・状況を分かっていることや気持ちをきちんと言葉で伝え、可能なら代案を提示する

普段から信用を培い人から信頼されていたとしても、相手にかける迷惑が大きい場合には言葉にも配慮が必要です。

自分が休むということがどれほど他のメンバーへ負荷をかけることになるか、それに対して自分がどういう気持ちであるかということをきちんと言葉にして伝えましょう。
また、少しでもその負荷を減らすためにできることがあるなら、併せて申し出ましょう。

今、●●さんが入院中で仕事が大変な中でのお願いで誠に申し訳ないのですが、実は妹の結婚式が来月ありまして、休ませていただくわけにはいきませんでしょうか。
相手の都合もあって平日の結婚式になってしまい、私もこの状況でこのようなお願いを申し出るのは迷ったのですが、たった一人の妹ですし、一生に一度のことでもあるので、ぜひ出てやりたいのです。
前日は残業できますので、なるべく仕事は片付けておきます。
また、当日も早出残業を許可していただければ、朝6時から9時まで勤務することは可能です。
皆さんにもご迷惑をおかけすることになるので心苦しいのですが、なんとかお願いします。

・結果を共有する

休みを取るという目的が達成できたらあとは知らんぷり、ではいけません。休みをもらえて結婚式にでることができたなら、その写真を見せるなどして必ず結果を共有しましょう。

みんなが働いているときに自分だけ休みを取って、結婚式で笑顔の写真など見せたら当てつけになるかもしれないと心配ですか?
それまでの信頼がなかったり、反対を押し切って無理に休みを取った場合には、そのとおりでしょう。

しかし、周りから信頼されて、行ってこいと背中を押されて休みを取ったのであれば心配する必要はありません。皆さんのおかげで結婚式に出ることができてよかったと感謝を伝えることで、周りは苦労の甲斐があったと一緒に喜んでくれることでしょう。

あなたが逆の立場であれば、背中を押し、一緒に喜んであげましょう。

終わりに

この本を読む前に持っていた会社のイメージは、この本を読んで変わったでしょうか。
会社とはどんなところか、上司とはどんな人か、そこでどう振る舞えばよいか、イメージができたでしょうか。建て前の大切さも分かっていただけたのではないかと思います。

あなたが既に働いている人なら、少しは仕事に対するストレスが減り、前向きな気持ちになれたでしょうか。

役割のうえで立場が下であることと人間としての上下は関係ありません。組織の一員として共通の目的を持ち、各々の責任を果たし、みんなと連携する、それを各人がバランスをとりながら機能させるのが会社です。

そして最後に、昇進について考えておいてください。

だんだん仕事のやり方が分かってくるにつれ、会社の文化や考え方も分かり、それに沿って考えることができるようになります。
それに伴い、最初の頃は「余計なこと言うな」「黙って仕事しろ」と言われていたのに、仕事について提案したことが採用されたり、さらには意見を求められたりするようになります。上司をはじめ周りの人から、認められるようになってきたのです。

そのとき、もう一度、入社した頃に持っていた夢や、自社に対する疑問や不満を思い出してください。いくつかの疑問や不満は、経験を重ね、多面的に物事を見られるようになったり、大局的に考えられるようになったりしたことで消えてしまったかもしれません。それは、あなたの成長の証です。

一方で、入社前や入社直後に持っていた夢がほこりをかぶって心のすみっこに埋もれていることはありませんか。日々の業務の忙しさに紛れ、自分一人の力の小ささを知り、そんなことできっこないとあきらめてしまってはいませんか?

それはどんな夢でしょうか。
お客さまをもっと喜ばせたい。
もっと高機能な商品を作りたい。
仕事以外の生活も充実させられるような職場にしたい。
旧態依然とした会社の社風を変えたい。
たしかにそれらの夢は、自分一人ではかなえることができません。
だから、出世しなければならないのです。

出世するとは、人を顎で使い、偉そうに振る舞って自尊心を満足させることではありません。人を使って仕事をすることで、一人ではできなかったことができるようになることです。

会社の目的をより深く知り、自分をそれに沿わせることができるようになったあなたには、その先を提案することができます。出世したならば、企業文化を作る側に回ることだってできます。自社の風土を知り尽くしたあなただからこそ、今の社風のメリットとデメリットを客観的に見て、もっと会社を良くするために変えていくことができるのです。

働くということは、心が荒むことではありません。一生懸命に働くことによって人間性が失われていくなら、仕事への取り組み方が間違っているか、会社がおかしいかのどちらかです。働くことによって人間は成長します。成長は、自分に謙虚であることを促します。謙虚であれば、感謝が生まれます。仕事は楽なことばかりではありませんが、何かを成し遂げる達成感や、人とともに働く喜びを得ますし、自分ではやろうとも思わなかったことをやらされることで新たな自分を発見することもあります。

大人になることは夢のないつまらない人間になることではありません。大人になるとは、世の中の仕組みと自分の限界を知り、夢と現実をつなぐために一歩一歩努力できる人になることです。

働くことばかりが人生ではありませんが、どうせ働くなら、より多くのものをつかもうではありませんか。

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