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めり込んでいなかった(バイクで転けて、腕の骨を折った話03)

レントゲン写真を見ると、折れている左腕は、骨が端っこの丸いところにめり込んでいるように見えた。
とはいっても、衝突した車のボンネットみたいに、クシャッと骨が潰れてめり込んでいるんではないかと自分で勝手に思ってたのとは違って、数ミリ陥没しているという感じで、言われてみたらそう見えなくもないという程度のものであった。

でも、多少でも陥没しているとなると、そのままくっついたらもと通りには動かなくなる可能性があので、手術をする必要があるということになった。
ここは整形外科だけの一階建ての医院なので、手術とかまではしていない。「病院への紹介状を書きますね」ということで、翌日市内にある大きな病院に行くことになった。

総合病院では「めり込んでいませんね」と言われた。医院のレントゲンではめり込んでいるように見えたが、この大きな総合病院のレントゲンでは「綺麗に折れている」ので「めり込んではいない」ということであった。

だったらそのまま動かさないようにしていたら、今までのようにくっつくということではあるが、そうすると一ヶ月半くらいは動かさず、ガッチリ固定し続けないといけない。そんなことしてたら生きていけないのである。
働かないといけないし、車の運転もしないと山の中では生きていけない。

「手術で骨を固定したら、次の日から動かすことができます」「むしろ動かしていかないと固まってしまうので」ということなので、手術をするしかないという選択になった。

ホームページ制作もしないといけないし、キーボードも右手でしか打てないんでは、座ったままの姿勢で干からびて、終いには白骨化してしまうようなイメージしかなかった。

全身麻酔というのは奇妙なもので、「ハイ、では今から麻酔しますからね。ゆっくり数を数えますので、ゴー、ヨンー...」とサンまでの記憶はなくて、次の瞬間には、「ハイ、終わりましたよー」とか言われてる。

数を数えてたところから、数時間にあったことがバッサリ削除されていて、いきなり手術後に飛んでいるのである。
なので「手術は終わりましたよ」とか言われてもピンとこない。今から手術するのに、この人は何を寝ぼけたことを言っておるのだとか思う。寝ぼけているのは私の方なのであるが。

さて、十年以上前に沖縄で、同じようにバイクで転けて右腕の骨を折っている私は、骨折における全身麻酔を経験済みだ。全身麻酔が切れると同時に痛みが出現してくる。
その痛みというは、腕の中のむき出しの骨を、ブラシでゴシゴシと擦られるような感じで、ブラシの一本一本は尖ったハリガネで出来ているような、まあ地獄のような痛みなのであった。
手術の前に「局部麻酔もしておきましょうかね、骨折した腕から下に麻酔することで、この部分の痛みはしばらくは出てこないので」と言われたので、その案に飛びついた。

全身麻酔がゆっくりとけてくる。するとまずは、身体の各部分が動くかどうかが気になる。
「右足ウゴク」、「左足ウゴク」、「右手の感覚アリ」。次に親指から順番に一本一本がウゴクかウゴカナイかを確認していく。電子機器にちゃんと電流が流れるか、テスターで故障箇所がないかを確認していくような作業である。

これが左手にいくと、どこに左手があるのかがわからない。
真っ暗なので、どこに左手があるのかが、まったく見えてこない。ちゃんと左手があるのか見てみると、あるようには見える。だけど感覚がまったくないので、脳がバクッた(誤作動を起こした)ような感覚である。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」となんとか指だけに集中してみる。するとなんとか左手の小指とその次の指を折り曲げるように、数ミリ動かすことができた。でもその曲げた指を元に戻すことまではできない。
親指とか人差し指は全く感覚がないので、動かそうとすることすらできない。

肘は曲がらない、曲がれを思っても全然曲がらない。テーブルの上に置いたスプーンを「曲がれ」と強く念じているような無力感である。曲がるわけないし、そもそもどのように指示することで曲がっていたのかさえわからない。
がんばるもなにも、がんばりようがない。私と左腕を繋ぐ線が切れてしまっていて、私がどうこう出来ることではないので、動くわけがないのである。

前は肘というものをどうやって動かしていたのかが、どうしても思い出せない。右手で確認してみよう。どこにどのように力を入れるとかの細かい指示を出しているわけではなかった。「肘を曲げよう」と思うだけで肘は曲がっていた。
局部麻酔のことを思い出して、そのまましばらくは放っておくしかないのもわかった。しかし、局部麻酔が切れるということは、地獄のような痛みが出現するということでもある。

左腕の痛みで起きた。
どうやら左手がぼんやりと見えてきたようだ。肘はまだ動かないが、やっとのことで人差し指も曲げることができた。

この今の痛みを擬音で表すと、墨で太く書いた文字で「ガゴギギゲゲゴゴ!!!」という感じである。左腕を弓なりに力づくでひん曲げているのは、かなりマッチョな悪魔的生き物で、骨がポキンと折れない力加減でひたすら曲げ続けている。

右手で左腕の状況を確認しようとする。
右手をそのまま左腕に向かわせようとすると、右手が途中で迷子になってしまった。左腕までうまく辿り着けなくて、途中で引き返してくることになってしまったのであった。

そこで、いったん右手を左肩まで上がっていくルートを使うことにした。そこから手のひらの方に降りて行くことで迷子にはならない。ルートから外れないように移動して、やっと肘のあたりを通過することが出来た。

左肘をさすってみた。ちゃんと皮膚の感覚があってうれしい。「ザラザラ」と何度かさすってみた。ここにちゃんと左腕はあるのが実感できる。でもまだ折り曲げるとかの動きはできない。

はじめは、左腕の下には少し持ち上げるようにして、クッションが入れてあった。それが痛くてもがいているうち、クッションから左腕がズレてしまった。
クッションの上にしっかり乗っていたのが、クッションの中腹から転げそうになっていた。少し角度が変わるだけで痛みに直結するので、左腕をクッションの頂上に置いておきたかった。
しかし、中腹から落ちそうな左腕を、頂上に戻す方法がわからない。肩をあげようとしても、ピクリとも動かない。手首から引っ張り上げようにも、上がるのはせいぜい肘から手のひらまでで、肩までを上にあげることはできない。
小高い丘の頂上から中腹に、かなり長く重たい、大型の水道を通すような太くて黒いパイプを落としてしまったのだ。私一人でこの、そこそこ重たいパイプを、中腹から頂上あたりにまで、押し上げないといけない。
先だけ上げても、すぐにズリ落ちてきてしまうので、なんとかして根本から先までを、落ちてこないように全部、丘の頂上まで押し上げることなんて、果たしてできるのであろうか。

あいかわらずヌメヌメした悪魔が左腕をひん曲げ続けている激痛。ベッドを起こすボタンを見つけ出し、押してみる。グィーーーンとベッドの上半身が起きる。身体を起こすと、悪魔の曲げている左腕は、いくらかマシになった。

眠るのは無理だった。座った姿勢のまま、右の太ももの上にスマホを置いて、気を紛らわすためにネットニュースなんかを繰り返し見続けていた。
痛みの効果音は墨で太く書いた文字で「ガゴギギゲゲゴゴ!!!」と私の身体の上にかぶさるように表示され続ける。朝までずっと。

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