子供たちが安心して居られる場所

仕事をクビになった。

クビになったとはいえ、雇い主は「あなたはクビです」とは言わない。
あくまで本人が「私はこの仕事を辞めます」と自発的に言うように、そう相手が言わないといけないような状態にして、自分から言わせるのだ。
あくまで雇い主側から「辞めて下さい」と言うのは、なにかと面倒になるので、相手が自発的に言ったということにしたいのである。そうすることによって、後から辞めた理由を聞かれても「ハァ?本人が辞めたいって言ったんで、しょうがないですよねーっ」と言えるのである。

さて、その理由であるが「勝手な行動をした」とか「私たちの方針とは違う動きをした」って言うことである。この現場の責任者から「今後は行動を改めて、勝手な行動をしない。私たちの決めた方針に従って動くことができるか?」と問われたので、私は即答した「私はあなたの決めた方針には従えないです」。それで現場の責任者は「私たちの方針に従えない人は、ここで働くことはできません」と言ったのであった。

私の今回やっていた仕事は障がいのある子供たち(小学生が中心)の放課後のケアをすることだ。学校に迎えに行って、宿題を見て、遊んで、家まで送る。

今回の件の経緯(いきさつ)はこうである。
大きな声で泣いている小学四年生の男の子を見て、私はすぐ横の椅子に座った。その男の子は少し太っていて身体が大きい印象の、”ザ・健康優良児”というイメージの男の子で、相撲の小学生大会なんかで見かけそうな体格のいい子であった。その男の子は激しく泣きすぎて、うまく息ができないくらいで、引き攣ったような呼吸をしていた。
この男の子は障がいのある子であった。一見障がいのあるようには見えないし、話しててもわからなかったりするが、学習障がいがあったり、自閉症と診断されてたりする児童たちの支援ということで、この職場に入っていたのだ。
私はこの直前には、少し離れたところにいて、別の児童と工作をしていたので、声でしか聞いていなかったが、この男の子は怒られていた。それもかなり激しく怒られていて、その後でパニックみたいに泣いて机を叩いたりしていた。

その子の怒られた原因は「答えを見て宿題をやった」ということであった。その子の国語のプリントは裏面は漢字の入った短い文がいくつか書いてあって、その漢字に「よみがな」を書くというもの。そして、表面には裏面と短い文が書いてあって、こちらは漢字部分が空欄になっていて、当てはまる「漢字」を書き込むというものだ。
まあ最初から裏面に答えが書いてあるという、書いているうちに覚えていくというような作りにも見えた。
それに、ここの子供たちの宿題というのは障がいがあるということで、健常の子とは違うものがいくつかあった。漢字を書く宿題で、最初から横の空いているところにすべて答えの漢字が書いてあって、それを見て写すようなものがあった。それはまったく無駄ってこともなくて、何度も書いているうちに覚えていくという考えのように見えた。

もちろんそれは漢字においてであって、算数なんかで答えが書いてあるっていうプリントことは見たことがなかった。そのへんはちゃんと考えて学校も宿題を出しているように思われた。

男の子はどのように怒られていたのかというと「答えを見て書いたら、学習の意味がないでしょ!」とかなり強く言われていた。
言っていたのは細身の女性の職員である。この女性の職員は、最初から宿題している児童のことを「子供たちを甘えさせないで下さい!」とか「この子達は目を離すと、すぐにサボるんです!」とか否定的なことを言うので、少し気になっていた。私が児童が足し算や引き算を理解できていないように見えたので、わかりやくすく教えようとすると「そういうことしないで下さい、一人でできるんで!」と同じ職員に対しても厳しく注意をしていた。その様子は、少し普通じゃないように見えた。
その細身の女性の職員は、最初は普通に話していて、だんだん声を荒げてってことではなくて、最初から怒っていたように思う。なんだか事前に『今日はこの子を怒ってやります』と決めていたかのように、いきなり最初から大きな声で怒っていたように聞こえた。
「そんなことしたら自分のためにならないって、何度言ったらわかるの!」と立て続けに一方的に怒鳴って、男の子は泣いてしまったようだ。

男の子が机に戻ると、こちらからは目隠しで囲われていて姿が見えない。男の子は怒りが収まらなくなってしまったようで、泣いてから「バン!バン!」と机を叩く音がした。自分の手で叩いてるのか、もしかしたら頭をぶつけたりしてるんではないか。見えないところで、バンバンと叩く音がして、その行為に対して女性の職員がまた怒鳴った。
「そういうことしないでください!」とか「机に当たらないでください!」とか怒鳴っていた。それでまた男の子は行き場のない怒りで泣いていた。

そんな状態になって私は男の子の横に座った。男の子は涙を流して上を向いていた。行き場のない怒りで、頭が爆発してしまいそうに見えた。呼吸もかなり大きく「ヒックヒック」としゃくりあげるようになっていた。その姿からは自分を怒った女性の職員に対する怒りと憎しみしかないように見えた。自分がやったことが間違っていたという反省なんかは、まったく感じられなかった。
私はとっさに泣いてる男の子を抱きしめて、心の中で言った「ひどいことされたんだねえ、ごめんなさい、ごめんなさい」。
なんとかそんな状態で、男の子は算数のプリントをしたのであるが、答えを見たりはしないで、ちゃんと小数点の問題を解いていた。私は「こんな怒りの状態で、しっかり正解して解けるってはすごいねえ」とか応援して、算数のプリントを終わらせた。

私はこの子を、こんな状態まで追い詰めた細身の女性の職員を許せないと思った。そして、ちゃんと見ていないと危険であると思った。
もし衝動的に頭を自分からぶつけたり、鉛筆で自分を刺したりしたらどうするんだろう。カーテンで仕切られている外から、「そういうことしないでください!」と怒鳴るだけってのは危険すぎるし、無責任すぎる。

頭ごなしに怒鳴るしか方法がないわけでもないだろう。もし算数の答えを丸まま移してるということがあれば、クイズみたいにして答えを見ないで取り組むようにしてみることだってできる。
しかもこの子たちは障がいがあるという子たちである。どうしても普通にできないってこともあったりするだろう。それに対してどう対応していくかが、私たち職員が工夫していくことであろう。何回言ってもわからないからって、頭から怒鳴るってのはおかしいだろう。

気がついたら私は立ち上がっていて、怒鳴った女性の職員の方に向かっていた。そうしたらちょうどその女性の職員が、こちらに別の用事で歩いてきたので、目の前にきたら私は「これはあんまりじゃないですか」と切り出した。

このとき部屋の中にいた職員は4名ほどで、施設の責任者もいた。なのに誰も何も言わないで、男の子と追い込むような状況になっても、誰も男の子のところには行かない(むしろ、なにか自分が巻き込まれないように、離れているようにも見えた)。
私はこの時の場の雰囲気から「これはなにか言ったらクビになる可能性があるな」と感じていた。でも言い出したら条件反射みたいに止まらなかった。

私の声が怒りで震えているのが自分でわかった。頭が熱くなって何を言ったらいいのかわからなかった。でもなんとか相手に伝えないと、何のために立ち上がったのかわからない。

「北風と太陽って話がありますよね、あなたのやってることは北風で、どんどん力で言うこと聞かせようとして、相手を壊してしまいかねない。私たちはこういう子に対して、太陽のように、自分から動けるように、工夫するのが仕事じゃないんですか?」
これはなんとか言ったのは覚えてる。

「今のこの子には、あなたに対する怒りと憎しみしかないんですよ。そんんなやり方に何の意味があるんですか?」
これは言えたかどうかわからない。できれば言いたかった。

女性の職員は私を見たままで、何も言わなかった。


次の日の仕事前のミーティングで、この施設の女性の責任者の方から昨日の私の行動を注意された。
「私たちはこういう方針で指導しているのに、勝手なことをされては困る」と言われた。
私は「男の子が追い込まれてパニックになるまで、職員が誰も何もしないのにゾッとした」と言った。「指導するにも別方法があるんではないか」とか「頭ごなしに怒るってのは意味がないんではないか」と言ったが、他の職員は「でも、宿題をちゃんとしないってのは間違いですよね。違いますかーっ」などど一人の職員も私の言っていることには同意していないようであった。
それで話の最後に、この施設の責任者から「私たちのやり方に従えない人とは、一緒に働くことはできないですから」と言われた。

このように言われて平気で仕事を続けられるような精神を、私は持ってはいない。「私たちに従うなら働いてもいいが、従えないなら働いてもらったら困る」ってことなんで、その日の仕事終わりに「では、私は今日までということで、来週Tシャツ(仕事着)と名札を持ってきます」と言った。
何故か施設の責任者の女性は「エッ、辞めるんですか?」みたいな表情で返してきたのが驚きであった。
私が「ここのやり方に従います。私の子供を厳しく、精神的に追い詰めるように怒鳴ります」とか言うと思っていたのであろうか。

後から施設の責任者に、ラインで確認のために今回の流れを書いて送ったが、「違う考えだと、子供たちが混乱するので、働いてもらうわけにはいかない」と返信がきた。

ラインでわかったのは、この施設の責任者は、『障がいのある子供は強くならないと、この厳しい世の中を生きていけない』という考えがあって。だから、ある程度厳しく”持ってるこだわり”をなくしていかないといけないし、”今はできないこと”少しでできるようにしていかないといけない。という、確固たる信念でこの仕事をやっているのであった。

多分、この施設の責任者の考え方に、私がキレた細身の女性の職員はうまいこと乗っかっていて、子供たちに厳しく指導しても、なんのお咎めも注意すらないのであろう。
逆に、そのやり方に対して意見した私が、こうやって辞めさせらるのであった。

そんなことではこの職場は、施設の責任者の言いなりになる職員のみになってしまうだろう。この密室の部屋の中で、頭ごなしに怒鳴られて追い詰められる子供がいたとしても、誰も止める人がいなくなってしまう。

というわけで、せっかく子供たちと仲良くなったのに、一ヶ月ほどでお別れとなってしまったのであった。
自分で言うのもなんだが、私は子供たちには気に入られていたと思う。

私は施設の責任者に『ここは、子供たちが安心して居られる場所』っていうのが前提だと思うんですけどと言ったが、「それだけじゃないです」と釘を刺された。
これは恐ろしかった。こんな人に子供をあずけるのは危険だと思った。だけどやってる本人は「これがこの障がいのある子たちのためなのだ」と思い込んでいるのである。

自分のことを否定する職場に居ることはできないが、これから子供たちがどうなるのか、怒鳴られて追い詰められるようなことになりはしないか。そう考えると普通ではいられない。

子供たちの安全と安心のためにできることがあれば、私はなんでもするつもりだ。

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