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白土三平 異色作品集『バッコス』の衝撃


▼読みたかった白土三平漫画『バッコス』

「いつまでも読めると思うな白土三平漫画」でありました。もう新しいネットカフェ(快○クラブとか)なんかには白土三平の漫画が1冊もなかったのです。

電子書籍版の『バッコス』1巻の表紙

私がはじめて白土三平漫画に出会ったのは小学生の頃で、入院していたときに買ってもらった『サスケ』でした。
はじめて全巻揃えて読んだ少年忍者漫画『サスケ』の影響はかなり大きくて、中学生2年生くらいまでは本気で「大人になったら忍者になりたい」と思ってました。
次に読んだ白土三平の『カムイ外伝』は、忍者の大きな組織を抜けたため、それを許さない追っ手の忍者に命を狙われる抜け忍(ぬけにん)の話です。私がバイトを転々としてきたのは「いつまでも抜け忍気分が抜けない」ためだったのかもしれません。

私が「どうしても読みたい」というか、「今こそ読んでやろう」と思ったのは『白土三平 異色作品集(全18巻)』というアフリカを舞台にした作品集で、その中でも特に読みたかったのは4〜8巻の『バッコス(全5巻)』でした(初出が1976年なので2023年現在で47年前の作品。電子書籍だと全3巻)。

電子書籍ではなく漫画本で読みたかったので、ブック○フとか中古本屋で買うしかないと思って探してみたら、白土三平漫画がほとんどお目にかかれないことになってました(『サスケ』『カムイ伝』とかがたまに数巻ある程度)。

▼『異色作品集 バッコス』からの撤退

白土三平作品を『サスケ』で入門した私が、徐々にハードルを上げていって『忍者武芸帳 影丸伝』までは読みました。そこでついに18歳くらいの頃『白土三平 異色作品集』に手を出してみましたが、数ページでギブアップしてしまいました。

絵が親しみやすい漫画線ではなく、リアルな劇画タッチで、その絵で描かれる内容は残酷でエゲツなかったのです。
糞尿がドバドバと出てきたり、生まれた赤子がパクッと生き物に食べられるとかはなんとか耐えられても、人が動物のような生々しい交尾をする描写に、吐きそうになって本を閉じました。
「だめだ、今の私のレベルでは歯がたたない」「もっと人としての修行を積んでから再チャレンジしよう」と無念な思いで撤退しました。

電子書籍版の『バッコス』2巻の表紙

▼『異色作品集 バッコス』を探して

最近になって、白土三平の話を友人としていた時に「漫画美術館ならあるんじゃないか」と言われて、「おお、その手があったか」と思いました。
岡山の高梁市には『吉備川上ふれあい漫画美術館(国内外のマンガを約12万冊も所蔵)』という施設があるのです。
ちょうど親の住む岡山に来ていたので試しに行ってみると(岡山市から車で1時間ほど、入場料500円)、そこは漫画の歴史を保存しているような施設でした。「これは期待できる」と館内の検索をしてみると、白土三平の漫画は、なんと235冊(同じ作品の別の出版本もカウント)もありました。

さてお目当ての『白土三平 異色作品集』の中の『バッコス』ですが読む人が少ないせいか、出しておけない衝撃的な内容のせいか、館内の本棚には置いてありませんでした。書庫に置いてあるようだったので、受付のお姉さんに伝えるとすんなりと書庫から出してきてくれました。

『バッコス』はこんなお話です。

1800年代、アフリカ東部。旱魃(かんばつ)で全滅したある村の中に、奇跡的に生き長らえた一人の嬰児がいた。その子は、突然のスコールによってできた激流に飲み込まれ、泥の中に埋まってしまうが、通りがかった牛飼いの男によって助けられる。心優しい男は、その子を「バッコス(芽生えるものという意味)」と名付けた。だが男は、落石に遭い、死んでしまう。そこへやって来たのが、他人の妻に手を出した罰として、ある村を追放されたゼウスという男だった。彼は偶然手にした多くの牛とバッコスを連れて、元いた村に帰る。そこから事態は思いがけない方向へ…。
アフリカの大地を舞台に、権力や性に対する人間の原始的な欲望や、自然界の摂理を描く。神話伝説シリーズの中でも最長の作品で、衝撃的なシーンも数多く登場する問題作。

https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/146840/

▼『異色作品集 バッコス』に再挑戦

午前中から漫画美術館で『白土三平 異色作品集』を読み始めて、夕方までになんとか目的だった『バッコス』の5冊までを読むことができました。

ちょっと今時の作品ではお目にかかれない問題作でした。
まるで気合の入ったハードコアバンドの音楽ライブを見終わった時のような脱力感。刺し違える真剣勝負をしたような、妙に高ぶった興奮と描かれたものを処理しきれない疲労感がありました。


※以下ネタバレになるので、ここまでで「絶対に読んでみよう」と思ってる人は、ここからは読まない方がいいです。

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『バッコス』の大きな特徴というのは、今作の主人公バッコスの性にあります。赤ちゃんの時にはっきりと描かれているのは、はじめは股のところになにも付いていなくて「この子は女の子か」と見せておいて、次のコマでは股のところに男性器がニョキッと出てきているのです。
ギリシア神話には男女両性を兼ね具えた神話的存在として出てくるのではありますが、今作は明らかにバッコスを両性具有(りょうせいぐゆう)として描いていますし、作品が進んでいくと女性との性行為だけでなく、男性との性行為も描かれます。

▼『異色作品集 バッコス』の描いているもの

『白土三平 異色作品集』白土三平さんからの挑戦みたいなものかもしれません。
暴力で村を襲い、力によって人々を支配するような場において、幻覚キノコによって人々を惹きつけていき、『大衆』に支持されていくバッコス。
退屈な日常にうんざりした人々や、どうにもならない現実に疲れた人々が、不思議な魅力をもったバッコスにどんどん惹きつけられていく。バッコスと同じに行動していれば、日頃の不平不満を忘れていられるし、やっていることが正しいか正しくないかなんて考えなくていい。しかし、巨大になりすぎた『大衆』はバッコス個人の意思ではコントロールできなくなっていき、『大衆=ひとかたまりの生き物』のようになっていく。

以下から『無料サンプル』をクリックして30ページまで読めますので、購入しようとする方は確認してからの購入をおすすめします。
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/146840/

電子書籍版の『バッコス』3巻の表紙

よく不思議に思うのが『大衆』という言葉
意味としては「社会の大多数を占める大勢の人々(wikiより)にはなるんだけれども、どこを探しても「私こそが『大衆』です」なんて人はいないし、個人個人ではそれぞれ同じではないのに、ひとつの集まりとなったら『大衆』として一括り(ひとくくり)りにされてしまう。

『バッコス』という作品の描いている内容っていうのは、発表当時よりも今現在の方が、より切実に感じられるようになってきている気がします(新興宗教とか、民族間の戦争とか、ネット上での個人攻撃とか、カリスマ的支配とか)。
この作品がそのままの内容でアニメ作品とかになって観ることができたら、私なんかは「有り余る幸せ」を感じるのですが、どこに存在するかわからない謎の『大衆』と呼ばれる大多数の人たちが観たら、きっとドン引きしてしまうように思います。


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