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歌舞伎の楽しみ 〜責め場〜


阿古屋の琴責めの内胡弓

「責め場」というのは文字通り、何らかの事情があって過酷な場所で責められる若い女性を描いた歌舞伎の場面を言います。
「責め場」がそのまま外題になっている演目は、、、
  阿古屋の「琴責め」、中将姫の「雪責め」、「明烏」の「雪責め」
の三つだけです。

阿古屋の「琴責め」
 平家の武将、景清の恋人五条坂の傾城阿古屋が堀川御所で源氏方の秩父庄司重忠と岩永左衛門に景清の行方を尋問される芝居です。
岩永は水責め火責めで自白させようとしますが、重忠は、琴、三味線、胡弓の三曲を弾かせ、音色に乱れがなければ嘘をついていないという判定をするのです。
いわば、三曲の演奏がウソ発見器の代わりという方法なのです。

重忠に体を寄せて「さあ、どうにでもしてくれ」

この場は以前から人形浄瑠璃の音曲の聞かせどころで、美声の大夫、腕の立つ三味線弾きの得意な演目になっています。歌舞伎でも、女方が3曲を舞台上で実際に弾くところを見せるのが見どころになっています。
 実は阿古屋を演じている役者が自身で告白しておりますが、水責め、火責めは肉体的には苦しいけれども、琴責めは精神的に苦しい。ただ正確に弾くだけならお稽古を重ねれば誰にでも出来るが、そこに、無実を証明し、加えてその奥に景清への愛情を裁き人である重忠に知ってもらわなければならないから至難であると言っています。
 六代目歌右衛門の阿古屋が優れていたと言われるのは、三曲弾く無心のなかにこういった心が感じられるからだと言われております。

中将姫「雪責め」
中将姫が継母の岩根御前の憎しみを受け、雪の降る庭で責め苛まれる陰惨な芝居です。
中将姫は、お家を横領しようとする岩根御前たちの陰謀に気付いているので、岩根御前は姫を攻め殺すために降りしきる雪の中に薄い着付けで引き出し、割り竹で身体を叩くという凄惨な攻めを繰り返し、気絶するまで痛めつけます。
 その背後には継母の「継子いじめ」という古来からの伝統が見られるのです。
この責め場は阿古屋のそれとは少し様子が違います。姫は肉体的に苦痛を受ける「責め場」で、これが本来の「責め場」なのです。
中将姫がお家を横領しようとする岩根御前たちの陰謀に気付いているので攻め殺そうというのですが、それは責め場の表向きで、継母の継子いじめという日本の伝統が裏にはあるのです。
諧謔的な趣味だけで成り立っているこの芝居は陰惨だけが先走り、実に嫌な芝居といえます。
岩根御前の役は本来は立役(男役)のものですが、女方と「兼ねる役者」が演じる方が面白く見られます。継母の継子いじめは、ある意味、継子の若さへの嫉妬から起こることが多く見られるからで、その嫉妬の色気が立役では感じられないという意味もあるのです。
中将姫の名前は、女人成仏の象徴として説教や絵解きに語り継がれ、能の「当麻(たえま)」や「雲雀山」を始め、浄瑠璃や歌舞伎に多く取り上げられ親しまれてきました。今では「継子いじめ」という言葉と共に我々の記憶からは遠くなってしまいました。

錦絵の中将姫

売り出し中の若い女方が、憎たらしい継母に雪中で責め苛まれるのは、いかにも歌舞伎好みのサデイステイックな場面ですが、中将姫も阿弥陀の世界も遠くなってしまいました。
歌舞伎では、上着を引き剥がされて、しごきに下げ髪という姿の姫が、岩根御前の振り上げる割り竹に「海老反り」になって倒れる箇所がクライマックスになります。

明烏「雪責め」

吉原の花魁浦里が、恋人の時次郎と密会したため、雪の降る女郎屋の裏庭で遣手に、中将姫と同じ割り竹で折檻されます。これは女郎の勤務態度が悪いことへの折檻です。 その上、浦里と時次郎の間にできた禿のみどりまでもが一緒に折檻されるのです。最後には時次郎が妻と子を助けるので救われますが、これも陰惨な芝居です。
 この芝居は「新内」でも代表的な名曲として知られています。のちには清元でも演じられるようになります。
甘い浄瑠璃の曲節に連れてのラヴシーン、雪の中での折檻という凄惨な美しさは、十五世羽左衛門、六代目梅幸の名コンビが大変有名な名場面です。
 もともと実説の情話が新内の名曲となり、為永春水の人情本で有名になったといわれております。
 
 新内節について記しておきましょう。
新内節は、古く豊後系の語り物の音楽で、宝暦(1751〜64)の頃鶴賀若狭掾によって曲風が確立した浄瑠璃です。「新内」という名は、安永(1772〜81)の頃、美声で人気のあった若狭掾の弟子の二代目鶴賀新内の名前からつけられたと言われています。
新内節は抒情豊かな語りが特徴で、題材には、駆け落ち、心中など男女の恋に関係する人情劇が描かれています。三味線は中棹(ちゅうざお)を使います。以前は、花柳界などを2人1組で歩きながらの演奏「新内流し」も見られました。「新内流し」では太夫は地の部分の三味線を、三味線弾きは上調子(高い調子の音色)を受け持ちます。
 歌舞伎ではこの芝居の外題を「明烏花濡衣」といっております。
新内の旋律は随所に見られ、上の巻「花魁浦里の部屋」と下の巻「山名屋奥庭の段」に分かれ、上の巻では時次郎と浦里との店に隠れての忍び逢いが知られてしまい、引き裂かれる場面、下の巻は庭先で降り積もる雪の中、庭の古木に括り付けられ、遣手から折檻を受ける「雪責め」となります。

錦絵の明烏

ところで、「明烏」といえば、古く黒門町の師匠、桂文楽の落語がよく知られていますね。
初めて吉原へ行ったウブな若旦那がモテて、半可通や遊び慣れた方がフラれるという逆転のパターンが面白く取り入れられています。これは、江戸の遊里を書いた「洒落本」に共通の噺です。

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