非常識人 -プロローグ-


「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ。」
 かのチャーリー・チャップリン氏はこのような名言を残している。
 世界三代喜劇王の1人として多くの名声を得るも、彼の生涯は不遇と悲劇に満ちていた。
 否、多くの困難から目を逸らさずに生きた彼だからこそ、喜怒哀楽入り混じる人間の感情の「喜」を表現することに一生を捧げたのでは無いだろうか。
 生きている限り人間はあらゆる悲劇に直面する。

 ①「恋人と別れてしまった…明日から何を頼りに生きていけばいいんだろう…?」

 ②「急に仕事をクビになってしまったよ…!嫁と子どもがいるのにどうしよう…!」

 ③「不治の病にかかってしまったよ…ああ、ワシはこんな所でまだ死にたくない…明日が来ることが怖い…!」

 などなど。人生とはどう生きようと必ず苦難と会話すべき時が来るものだ。
 また、これらの事実を「常識的に」捉えると心はグラスになり、ネガティブな感情であっという間に満ち満ちて、最終的に簡単に割れてしまう。
 では、こう考えてみたらどうだろう?

 ①「あんなダメ彼氏、こっちから願い下げだった。明日はどんな男がこの私を待っているかな?もっとイケメンで金がなきゃ満足できないわ。」

 ②「俺様ほどの人材を切りやがって、あの企業も先はないな!まあ時間もできたことだし、本当にやりたい事を探すいいチャンスだ!」

③「いよいよ明日死ぬかもしれないなあ…ならやりたかったけどやれてないことをしてみるか。可愛い看護師さんを口説いたり。ウ◯コ投げて遊んだり。怒られたら弱ったフリでもしてやればいいんじゃ。しっしっしっ…」
 …一部いかがなものかと感じるものもあるが、途端にポジティブな気分になったのではないだろうか。同じ状況下でも、時に「非常識的に」捉えるだけで、物事はこうも生まれ変わる。
 すると、心はグラスどころか鉄、否、ダイアモンドになり、割れるどころか「輝きに満ち溢れた宝石」になる。「ようは気の持ちよう」なのだが、これが中々に難しい。
 この物語は、半ノンフィクションであり、そんな「非常識人」達が良くも悪くも活躍してしまうストーリーである。
 コロナ禍でストレスに満ちた社会を生きる、真面目すぎる皆様の息抜きになれることを心より願う。
 さあ、始まり始まり。
 
  

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