24年ジャパンカップを振り返る~厳しい状況からレジェンドが打った賭け~
年甲斐もなくワクワクしたよ。今年のジャパンカップの話さ。
考えてもみてくれよ。ヨーロッパからやってきたのが、ディープインパクトのラストクロップであり、なおかつ過去最強とまで言われたオーギュストロダン。
そしてオーナーさんが数多くの名言を残したキングジョージ優勝馬ゴリアット。ドイツからファンタスティックムーンもやってきた。
一時期ジャパンカップは海外から馬を呼べない時期があったことを考えると、3頭とはいえ層の厚いメンバーがやってきたんだから高まるってものだ。
日本馬だって豪華なものだ。現役古馬の最強格と言っていいドウデュースに、今年の牝馬二冠馬がいて、一昨年の牝馬二冠馬までいる。そこに菊花賞馬と天皇賞馬に宝塚記念優勝馬に皐月賞馬…
馬名まで入れていったら、スマホ版じゃ20行くらいになるんじゃないかと思うくらいの豪華メンバーだった。これだけのメンバーが揃ったレースだけに、マスクも一ファンとして楽しみにしていたレースだったんだよ。
今年、マスクが予想において、ジャパンカップのポイントとして最初に挙げたのがパンサラッサの不在だった。昨年逃げたパンサラッサは今年から種牡馬入りしている。
ペースを刻む逃げ馬がいないことから、誰か変わったことを思いついて飛ばさなければまずレースはスローだろう、というのは多くのファンが考えていたことだと思う。
☆ジャパンカップの展開面のポイント
・誰が逃げるのか
・スローになった場合、どこでペースアップするのか
この2点をどう考えるかというレースだったと思うし、まずスローになると思っていたマスクはここまでのマクラを前夜に書き上げてしまっていた。
これで何か間違えてハイペースになったら、マクラから書き直しかと一抹の不安を覚えたものの、そんなマスクの不安をヨソに、実際今年のジャパンカップはスローペースだった。
東京12R 3歳上未勝利戦
まずはペースの話からしていこう。
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
前半600m通過 37.1
前半1000m通過 62.2
後半1000m 58.5
ラスト600m 33.4
1000m通過62.2、これは過去のジャパンカップの中で、後ろから数えて3番目に遅い。かなりのスローペースだと言っていい。まるで未勝利だ。
レベルの話はしていないぞ。あくまでぺースはって話な。こういう注釈をしっかり書いておかないとな。後からうるさいのが出てくる。
実際武さんも「未勝利みたいなペース」と言っている。それくらい今年のジャパンカップは遅かった。
☆ちなみに昨年のジャパンカップ
12.7-11.3-11.5-11.0-11.1-11.5-12.0-12.1-12.1-12.4-12.4-11.7
前半1000m通過 57.6
一目瞭然と言っていい。1000m通過タイムだけで、昨年より4.6秒も遅い。まったく違う競技と言っていいだろう。
1秒を約5馬身とすると、4.6秒は23馬身差か。もちろん馬群全体が昨年より4.6秒遅いわけではないのだが、未勝利でももう少し流れるくらいのスローだったことをまず頭に入れよう。
メンバー的には仕方ないのだが、ここから考えられる展開は大きく分けて3つある。
☆前半がスローの場合の後半構造
1.残り1000m以上のロングスパート勝負
2.残り800mからのスパート勝負
3.残り600mからの直線勝負
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
今年はどのパターンだったかって、残り3Fだけ急速に速くなっていることが分かる。いわゆる3F勝負、『ヨーイドン』だ。速い上がりを出せない馬は飛ぶ。
☆ジャパンカップの前半1000m62秒以上の年
63.0 00年テイエムオペラオー(後半1000m58.6)
62.4 13年ジェンティルドンナ(後半1000m58.1)
62.2 21年コントレイル(後半1000m58.6)
62.2 24年ドウデュース(後半1000m58.5)
近年の1000m通過が遅いジャパンカップとなるとこのあたりが挙げられる。念のため近年のラップを見て欲しい。
☆13年ジャパンカップ ジェンティルドンナ
12.8-11.4-12.8-12.8-12.6-12.8-12.8-12.4-11.6-11.1-11.1-11.9
☆21年ジャパンカップ コントレイル
12.7-11.5-12.8-12.6-12.6-12.3-11.6-11.6-11.7-11.6-11.5-12.2
☆24年ジャパンカップ ドウデュース
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
1000m通過がほぼ同じとはいえ、この3Rはラップのバランスが違う。太字を見てもらえれば分かるように、ジェンティルドンナの年は4F戦。コントレイルの年はスローを嫌ったキセキが向正面でまくって、残り1200からのロングスパート戦になった。
こうして見ると、今年は残り600mまで本当に動きがないレースであることが分かるな。動きがなかったことを頭に入れて、ここからパトロールの話を見てほしい。
クリスチャンの誤算、スミヨンの技術
ジャパンカップの何がいいって、海外からトップ級のジョッキーがやってくることだ。
ただでさえムーアやマーカンド、ビュイックというトップ級が短期免許で来日しているのに、今年はゴリアットに乗るためにスミヨンも来た。
日曜は1Rから外国人騎手ばかり勝っていただろう。強い馬に乗っているから当たり前なんていう声も出るんだけれど、強い馬に乗っているから勝てるとは限らないのが競馬。
実際上手いんだよな、海外ジョッキーの上位層は。もちろん日本勢も以前とは比較にならないくらい全体的に上がっているが、海外の上位層も相変わらず上手い。
今回前述スミヨンが最内枠に入り、クリスチャンが4番枠に入った。この2人が、スロー濃厚のメンバーでどうやって内を捌くのかもマスクの注目ポイントの一つだった(ドウデュースは外を回すことを示唆していた)。
スタート後。ハナを切りに行ったのは黄シンエンペラーだった。赤ドウデュースが後ろに下げる中、今までやったことのない逃げという手に出ている。
これは後述するが、いつかやってほしい戦法だった。騎乗した瑠星は「スローが目に見えていたので主張していって、何か来たらその後ろというイメージでした」とレース後話しているが、非常にいい作戦だったと思う。
スタート自体は橙ジャスティンパレスのほうが速かったんだけどな。素晴らしいスタートだった。
これはVTRを見てほしいのだが、ゲートの中でジャスティンパレスがガタガタしてるんだよ。まずい、出遅れるかも…と思ったらこのトップスタート。
クリスチャン、ゲート出すの上手いなと思ったね。お兄さんにゲートの出方を教えてあげてくれ。
ただ問題は、橙ジャスティンパレスがめちゃくちゃいいゲートだった割にそこから行き脚が付かなかったことだ。これもVTRを見てほしいが、クリスチャンが促しているのにスピードに乗っていかない。
古馬でレースを覚えてしまっている馬が、いいスタートを切ってもテンに行かないことはよくある話。今回もあの促し方で進まないあたり、馬が競馬を覚えているに一票投じたい。
促しても進んでいかなかった橙ジャスティンパレスのクリスチャンは、仕方ないから最初は紫オーギュストロダンや、緑チェルヴィニアといった有力馬、有力騎手の後ろに入った。
まー、これはもう仕方ない。進んで行かないんだからこうするしかない。
しかし橙ジャスティンパレスは、そんな有力馬たちの後ろに入った後にずっと引っかかっていたんだ。
この画像を見ても分かる。クリスチャンの体が他のジョッキーより起き上がっているだろう。つまり引っかかっている。
先程書いたが、瑠星は「スローが目に見えていたので主張していって、何か来たらその後ろというイメージでした」と話しているように、別に最初から飛ばして逃げようなんて思っていない。前でリズム良く運べればそれでいい。
前半600m通過37.1、これは過去10年のジャパンカップで9番目に遅い入りだが、序盤からこれでは後ろで掛かる馬が出てくるのも致し方ない。
橙ジャスティンパレスのクリスチャン視点で考えよう。自分の前にいるのは青ダノンベルーガと緑チェルヴィニア。
もうイカに耳が生えるくらい回顧で書いてきたことだが、『強い馬の後ろ』、『上手い騎手の後ろ』は基本的にいいポジションになる。
この場合、ダノンベルーガとチェルヴィニア、どちらが信頼に値するかと言ったらチェルヴィニアだろう。ベルーガが弱いと言っているのではない。客観的に見て、チェルヴィニアのほうが強いという話をしている。
しかもクリスチャンは前走天皇賞でダノンベルーガに騎乗して大敗している。ベルーガの後ろより、チェルヴィニアの後ろに入るのは当然の話だ。
これでクリスチャンが内を開けるのだが、そんなスペースに入ってきた変わった男がいる。白ゴリアットのスミヨンだ。
このように、風太くんのように体を起こしている橙クリスチャンが開けた内ラチ沿いに、白ゴリアットのスミヨンが自分から入ってきたんだよ。
前にいるのは青ダノンベルーガなのにな。レースを見ていてマスクはスミヨン凄いなと思いながら見ていたのだが、本当に凄かったのはここから。
お分かりだろうか。青ダノンベルーガと内ラチ沿いにはスペースなんぞほとんどなかったはずなのに、白ゴリアットのスミヨンが自然な形で体を入れて、ポジションを自力で奪ってしまった。
これは凄い。しかもこれ、制裁なし。前の馬が足りないのであれば自分でポジションを取ればいいって話ではあるのだが、スローで固まっている馬群の内からこじ開けたのには驚きしかない。
ジョッキーカメラだとこんな感じに映っている。半頭分のスペースはあるが、ここに入っていくジョッキーがいることに驚いたよ。
別にダノンベルーガ松山が下手とかそういう話ではない。スペースをそんなに与えていないのに、こんなところに入ってくるスミヨンが恐ろしい。
向正面 譲り合う男たち
マスクは仕事柄、火曜夜放送のロンドンハーツをなかなか見ることができない。たまにチラっと見たりするんだけれど、なんか毎回格付けやってるよな。
それはどうでもいいんだけれど、今回のジャパンカップは最初から最後までスローだった。譲り合う男たちだよ。
向正面入口。橙ジャスティンパレスは前がダノンベルーガではなく、キングジョージを勝った実力馬で、鞍上スミヨンの白ゴリアットに変わったから、今度は内ラチ沿いに戻ってきた。
☆1、2コーナーの隊列
⑧
⑨④
⑦⑥ ①②
ーーーーーー
← 内ラチ
↓↓
⑨
⑥
⑦ ①④②
ーーーーーー
← 内ラチ
ただこの動きのおかげで、最初④ジャスティンパレスのクリスチャンは①ゴリアットの前にいたのに、2コーナー出口ではゴリアットの後ろになってしまったんだ。
ダノンベルーガの後ろに入って、自力で内ラチ沿いを突破するヤツはおらんやろと俺も思う。クリスチャンが強い馬の後ろに入ったのは当然の動きなのだが、ジャスティンパレスはスミヨンが上手過ぎて隊列を悪くしてしまった。
加えて、あまりのスローペースから緑ドゥレッツァのビュイックが外から上がってきたんだよ。
前述したように黄シンエンペラーの瑠星は最初から「何か来たらその後ろというイメージでした」と言っているように、無理して張らない。
そもそも逃げ馬ではないから、ここで下げられる。⑦シンエンペラーが1列下げたことで、その後ろの白①ゴリアット、橙④ジャスティンパレスも一緒にポジションを下げてしまったんだ。
☆向正面の隊列
⑨
⑫ ⑥
⑩ ⑦①④②
ーーーーーー
← 内ラチ
上から見るとこうなる。④ジャスティンパレスが内を捌くには①ゴリアット、⑦シンエンペラーを捌かないといけなくなるから、この時点でポジションはだいぶ悪い。
馬群がバラけてくれればいいのだが、スローだとなかなかな。せめてロングスパート勝負になれば捌きやすくなるのだが、ロングスパートになるかどうかは前の馬、外の馬が決めることで、内ラチ沿いの後方にするジャスティンパレスには選択肢が存在しない。
マスクはジャスティンを2列目で買っていたが、この時点でほぼほぼ諦めた。1コーナー前にポジションを取れなかったことが、ここに影響してくる。バタフライ効果みたいなもんだな。
好騎乗と言えるのはやはり、緑ドゥレッツァのビュイックだろう。
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
この大きく緩んだ太字の部分は、1コーナー、2コーナーの中盤にあたる。向正面はその後の太字12.3付近だ。
緩いには緩い。ただ序盤ほど極端に緩いわけではない。1F12.0に近いラップは意外と動きづらいところなんだが、ビュイックはドゥレッツァのスタミナを信頼して、早めに動いてきた。
まー、序盤が遅かったことはどの騎手もレース後言っているように、みんな分かっている。
だったら動けよと思う人間もいるだろうが、東京は長い直線が控えているのに、先に動いたら止まるという意識があるから、簡単に動けないんだよな。
その状況下でポジションを上げに行くビュイックはさすがだ。ちょうど土曜、租界でビュイックはポジションセンスが高いという話をしたばかりなのだが、この人は勝てるポジションに持っていくのが上手い。
馬はラジコンではない。ちょっと動かせばその後また折り合いをつけないといけないが、折り合いを欠かずに少しポジションを上げる作業をさせたらこのジョッキーは世界トップクラス。
動きたいドウデュース、動きたくない武豊
ドゥレッツァがポジションを上げた直後に、その後ろにいた桃スターズオンアースもポジションを1列上げた。
これで橙ソールオリエンスがスターズの後ろに来る。そしてその後ろに緑チェルヴィニア、紫オーギュストロダンと並んでいく。
この隊列だと緑チェルヴィニアが困る。仮に橙ソールオリエンスが桃スターズの外に出した場合、この後控えるコーナーではこの2頭の外を回さないといけない可能性が出てくる。
残りまだ1000m以上あるだけに、ここでは無理できない。まだ動けない。するとその後ろにいる紫オーギュストロダンも動きづらい。
外が動かないから、先頭に立ったドゥレッツァも脚を溜める。これでペースが変わらないという、スローペース循環が繰り返されていくわけだ。
なかなかペースアップしない展開で、さてどうしたものかと考えていたのが赤ドウデュースの武さんだ。
画像を見て分かるように、黒い手袋をした武さんの手が上に浮いているのが分かる。つまり手綱を少し引いているわけで、折り合いを欠いている。
ジョッキーカメラで「未勝利のペース」と言っているように、ペースが遅いのは当然分かっている。機械のように正確なラップを刻む武さんの体内時計は異常だ。
スローなのは分かっているのだが、とにかく終いの爆発力のあるドウデュースを、スローペースだからといって早めに手綱を離して行かせるわけにはいかない。脚が溜まらず、最後失速に繋がるからね。
よくスローなのになんで後方から早めに上がらないんだっていう意見が散見されるが、早めに踏むと爆発力が落ちる。まして今回はまだ向正面。いくらスローでも動けない。
だからここは折り合いを欠いていても簡単には動かせず、ひたすら折り合わせるしかない。あれだけパワーのあるドウデュースを抑えるのは、普通の馬を抑えることに比べて何倍も大変だろう。
これは3コーナー前だが、ここでも武さんの黒手袋の位置が少し高いのが分かる。
手綱も真っすぐになっているように、VTRを見ずとも折り合いに苦労しているのが伝わってくるな。
横から見たほうが分かるな。赤ドウデュース武さんのお尻が、隣を走るファンタスティックムーンのピーヒュレク、更に内のシュトルーヴェ克駿より下がっている。
なんとか離さないように、馬に行かないよう教え込んでいる。これだけのスローだからドウデュースが行きたがるのは当然っちゃ当然。
そして更に武さんの状況が悪かったのはカラテの存在だ。
これは3コーナー手前。赤ドウデュースはまだ掛かっているのだが、目の前にいるのは橙カラテだった。
この回顧記事を見てくれている人間の中にはカラテのファンもいるだろう。そんな中で言いにくいところはあるのだが、あくまで客観的に見て、このメンバーの中でカラテの能力は上位だろうか。
答えは否。能力上位だという人間はこのレースを新潟記念と間違えている可能性がある。
まるで速くならないペース。前有利になりつつある中、ドウデュースは引っ掛かっている状況で、目の前がカラテ。正直状況は絶望的だ。
3コーナーを上から見るとこのようになる。赤ドウデュースの斜め前には橙カラテ、その前には紫オーギュストロダンがいる。
これがな、カラテがこのメンバーの中でも力上位ならまた話は変わるんだよ。それこそカラテが自力で外から上がってくれれば、その後ろの赤ドウデュースはついていってポジションを上げられる可能性がある。
しかしカラテはただでさえ2400が少し長い状況で、このメンバーで自力で外から上がるほどの能力は現状、ない。
ジョッキーカメラで見るとこのような形。耳にウニができるくらい書いてきたが、強い馬の後ろはいいポジション、とするとその逆の状況が生まれている。
「武さんはレース後のインタビューで3コーナーの話をしていないから関係ない」みたいなお便りをいただいたのだが、道中の出来事全部レース後のインタビューで話さない。
画像左上を見てほしいのだが、これ、残り1000m付近の話だ。つまりどっちにしてもまだ動かないポジションではあるのだが、前にいるのが動かないカラテである以上、どこでポジションを上げるか考えないといけない。
カラテを交わして上がるには当然その外からになるだろう。ペースはスロー。スローの一団で外から上がっていく形はロスも大きい。
絶望を覆す天才の賭け
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
東京芝2400mの3、4コーナーにあたるのがこの太字の部分。今年は2F25.1だった。これ、過去10年と比べると9番目に遅いタイムなんだ。
ちなみに一番遅いのは15年ショウナンパンドラの年の25.2だが、この年は1000m通過59.3。今年より3秒ぺースが速かったから、ラップ構成はまったく違う。
勝負どころでも隊列がまったく動かない。当たり前の話だが、直線ヨーイドンになれば前目で走る馬のほうが残る可能性は高い。よほど差し馬場なら話は変わるが、内もまだ使える状況だ。
普通、3、4コーナーも遅いラスト3Fのヨーイドンラップでは、外目の後ろの馬は厳しい。あくまで普通に考えると、カラテもいて動けないドウデュースは負ける。
驚いたのはここから。武さんが自分で動いていったのだ。
この3枚はそれぞれ、残り約800m、残り約750m、残り約700m。残り800のハロン棒を過ぎたあたりから、ドウデュースが外からカラテに並びかけているのが分かる。
そう、ロス覚悟で自分から動き始めたのだ。これは賭け。馬は全速力で走れる距離はそこまで長くない。いいとこ500m弱。
賭けだよ、これは。動かないと前を捕まえきれない可能性が高いからどこかで動きたいが、それにしても早い。
ドウデュースは前走の天皇賞で物凄い爆発力を見せた馬だ。2400mに距離延長、しかも道中掛かっている状況で、スローペースで前の馬に余裕がある。その中で一番早く、一番外から動くのはリスクが大きい。
だからこそレース直後、Xに『賭け』と書いたのだが、賭けの意味を勘違いした連中が湧いてしまった。悲しいことだ。
レース後、武さんは「今日もペースが遅すぎて、馬は全力で走りたがって抑えるのに苦労しました。動き出しは早いかと思いましたが、この馬なら最後まで持つんじゃないかと思って自信を持っていきました」と話している。
そう、武さんも早いと思っている。馬への信頼をべースにしたギャンブルなんだよな、これ。結果ドウデュースが武さんの期待に応えた。
3、4コーナーにもっと動きがあれば武さんはもう少し乗りやすかったんだろうけどね。
紫オーギュストロダンは緑チェルヴィニアをマークしている。赤ジャスティンパレスも上手いこと進路を見つけて、チェルヴィニアの後ろに入ろうとしている。
赤ドウデュースの武さんからすると、このままだとオーギュストロダンたちの更に外を回ることになるから、なるべくチェルヴィニアに動いてほしい。
だったら緑チェルヴィニアのルメールは早く動けよって話になるんだが、ルメールからするとスローペースを引っ張る前2頭、青ドゥレッツァと桃スターズオンアースはどちらもルメールの手綱でGIを勝った馬だ。
当然その実力は十分把握している。自分から捕まえに行って簡単に倒せるレベルだったら苦労しないのだが、捕まえに行って簡単に倒せない。これだけ動きのない隊列だとどうしても外は動きにくい。
動きのない展開で外を回す馬が一番大変なのだが、赤ドウデュースの武さんは残り600m標識の手前から一気に動き出していった。
この3、4コーナーの武さんのコーナーワークが実に美しい。一切外に膨れず内との差を開けず、恐ろしく綺麗なターン。こういうところに技術が出るよな。
本来有利になるのはこの緑ドゥレッツァ、黄シンエンペラーのほう。これだけスローで外から早めに上がった馬と、内前でリズム良く脚を溜めてる馬、どちらが有利かなんて書くまでもないだろう。
賭けに勝った天才
改めて今回のジャパンカップのラップを見てほしい。
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
上がり3Fのヨーイドン勝負だった、とはすでに書いているが、天皇賞秋もレース上がり3Fが11.1-11.1-11.5だったように、『ドウデュースはヨーイドンだから勝った』というご意見が散見された。
ここまでの回顧を読んできて、『本当にそうか?』という思いが芽生えたのではないだろうか。
確かにレースラップは残り600mから一気に速くなっている。しかし武さんが動き出したのは残り800m地点だ。レース上がり3Fにはこのドウデュースの『残り4F目』が現れていない。
前走の天皇賞秋は、回顧にも書いたように『後の先』の形に近い。直線まで動き出しを極力抑えて、残り400付近から更に上げていく形。
残り800から踏み出した今回とはパターンが異なる。さしづめ、『最後まで待った天皇賞』と、『最初に踏み込んだジャパンカップ』と言ったところだろう。
本当に便利だなと思ったのがジョッキーカメラだ。
これは直線のドウデュースなのだが、左上のスピードメーターを見て欲しい。
・残り460m付近→68.6km
・残り200m付近→66.4km
・残り100m付近→65.2km
次第に減速していることが分かる。これは便利だ。まー、東京の直線には上り坂もあることからこれはVTRで見てほしい。あくまで目安ということで載せている。
☆24年ジャパンカップ
12.7-11.4-13.0-12.9-12.2-12.3-12.5-12.6-12.5-11.5-10.8-11.1
何度も出すが、ラップを見てもレース上がりラップを見ても、最後0.3秒だけ遅くなっている。
こんなのは止まったうちには入らないんだけれど、最後、若干失速気味になっていることが分かるのだ。
レースを見て思ったのではないかな、割と早めにドゥレッツァを捉えたのに、その割に差がついていないなと。
それはそうで、残り800過ぎで外から踏み込めば最後は甘くなる。しかし事実として、この形の競馬で勝った。
武さんが『賭け』に出た根拠は、レース後ご自分で話されていたのがジョッキーカメラに収録されていた。
ウイニングラン終了後、「有馬は去年700から持った」と話していたんだよ。
上の画像4枚は昨年の有馬記念のジョッキーカメラだ。改めて確認すると、
残り約800m→61.1km
残り約700m→61.7km
残り約650m→63.2km
残り約600m→63.4km
このように、確かに武さんが700付近からスパートしているのが分かる。東京と中山でコースは違うが、武さんは残り700mから踏んでもドウデュースは最後まで粘れる、という確証をここで得た。
今回は当時より緩いペース。これなら残り800から踏んでも最後持つのではないかという、『過去の感触』を根拠にしているんだよな。
これが継続騎乗のメリットだろう。どれくらい脚を使えるかを把握できている。ドウデュースという馬を知り尽くし、なおかつ信頼していなければできない芸当だ。凄いものを見た。
天才に課された裏ミッション
ドウデュースは今日が引退レースなら話が違ったのにな、と思う。
今回、武さんは後方待機から折り合い専念、残り800mから動かして勝った。これ、なんであれだけ掛かりながらも後方で我慢させたかって、今日が引退レースではないからだ。
次は更に距離が延びて2500mになる有馬記念だろう。一周半コースになり、一旦スタンドの大観衆の前を通るコース形態になる。
今回距離延長のスローで掛かったからといって、そこで馬の自由にさせてしまうと今度は次の延長に対応できない。
『100m延びる有馬記念を見据えて勝つ』というのが今回のジャパンカップの裏テーマになってくるわけだ。基本どの馬も、引退レースでもない限り大体次のことを踏まえながら乗ってくるものだが、ドウデュースには明確なテーマがあったと思うね。
今回、武さんは大きな収穫を得たと思うよ。スローだったとはいえ、2400mで、残り800mから踏んでも最後まで踏ん張ったんだから。
これで有馬記念にて、昨年より100m早めに踏み込んでも机上の計算的には持つことが分かった。
正直馬体を見る限り1800~2000m向き、ワンチャンマイルを使ってほしいくらいで、今回スローペースで掛かってしまっているように、乗りやすいのは2000m以下だろう。
だからこそ距離が延びる有馬で、選択肢が増えたのは大きい。中山2500の有馬は今回のようにラスト3Fだけ11秒台みたいな競馬になりにくい(ここ10年では2014年、ジェンティルドンナが勝った年だけ)。
どちらかというと中盤もう少し流れるし、直線も短いから多少早めに動いても失速率をカバーできる。だからこそ武さんはレース後「有馬のほうが乗りやすいかも」という発言に至ったのではないかな。
次は引退レースだ。もう次のレースにことを考える必要がない。攻める騎乗ができるし、残り900mレベルから踏んでくる可能性すらあると思う。楽しみだね、武豊の仕掛けどころ。
全馬能力を出し切ったのか
というと、マスクはノーだと思う。ラスト3Fだけ速くなるラップで全馬能力を出し切ることは基本ない。
2着ドゥレッツァは見ての通り、向正面で早めに動かして先手を奪ったことが大きかった。緩んだラップを前目で対応して、自分でギアを上げていけるのがこの馬のいいところ。
確かに上がり3F勝負の恩恵は受けているが、そもそも対応力があるから走れているという話。
ただし行きたがるところがある馬をビュイックが外目を使って上手く折り合わせてきた。今後はジョッキー、コースを問う。
3000mの菊花賞で器用な競馬を見せているように、ことスタミナだけなら3200まで持つのだけれど、その時の折り合い次第になってくる分、結局乗りやすいのは一周の2000~2400のほうだと思う。
有馬はジョッキー、枠次第。内枠で閉じ込められた時が非常に怖い。真ん中より少し外から行ければ一周半でもと思うが。本当に能力の高い馬だ。
2着だったシンエンペラーは盛り返したように見えるから評価が高まると思うが、言い方を変えると、スローペースを1-1-2-2で前受けした、とも言える。
能力が高いのは間違いない。ただこの馬はアイルランドチャンピオンSもそうだったように、追い出してからエンジンが掛かるまでが長い。最後だけよく伸びているのだが、周りの馬はもう止まる頃だから、視覚的に余計に伸びているように見える。
そのため今回、後ろから運ぶとスローペースに捕まって最後間に合わないんじゃないかと思っていた。やってきたのが攻めの先行策。たぶん瑠星が乗った中で一番良かった騎乗だと思うな。
あの先行策が可能になるくらい馬が良くなってきたとも捉えている。緩さも少しずつ解消してきた雰囲気がある。
現状この馬は左回りの広めのコース向きなんだと思う。そうなると有馬は回避で、サウジとかそっちで狙いたくなるが。挙動を見る限り、まだ本気を出してないのでは。来年以降数字が伸びそう。
懸念していた点が当たってしまったのが4着チェルヴィニア。
予想には『チェルヴィニアはオークスで上がり3F34.0を使って勝った。このオークスはなかなかタフなレースで、例年のジャパンCなら繋がりそうなラップ構成。例年より先行馬が少なくスローになると取りこぼす可能性が上がりそう』と書いた。
つまり例年と違って、スローのラスト3F上がり勝負は、レース上がり3F35.1のオークスとはまったく違う。
実際ルメールもレース後「直線で一気にペースアップした時に脚が使えなかったですね。馬自身はよく頑張っているけど、今日は瞬発力が必要でした」と話している。その通りだと思う。
マイルのアルテミスSで33.3を使って勝っているように、最低限の決め手はある。ただそれを長い距離で、というのが難しいタイプと見ていて、根っこの部分はハービンジャーなんだと思うね。
上がりの掛かる非根幹、エリザベス女王杯で買いたい。右回りより左回りのほうがいいが、それでもやれると思う。強い馬なんだよな、この馬。今更書くまでもないと思うが。
来年もジャパンCに出てきそうな雰囲気があるが。ドバイはヨーイドンになるとまた似たようなことになりそうだ。
もうほとんど書いたのが5着ジャスティンパレス。前半あれだけ掛かってしまうとね。凄いスローの年に当たってしまったな。もう少し折り合えると思ったが、延長分もあったか。
有馬だと後手に回る可能性があるのは昨年見せてもらっているし、今回のような形だと怪しい。能力はあるんだけどな。3000m以上を待つのもあり。
7着スターズオンアースはたぶん次の有馬で引退。今回トライアビットを使ったように、モタれ対策がちょっと進み過ぎている感じはある。
次、右回りでモタれないか不安。今回は全体的に緩かったから、叩いた次はデキはもっと上がると思うが。
見直したいのは10着シュトルーヴェ。今日はパドックからテンションが高かった。大丈夫か?と思ったらしっかり出遅れて終了。このスローで出遅れてはね。涼しい時期のほうがいいから、稼ぎ時はたぶん冬。デキが戻ってきている。アメリカJCCに出てこいよ、マスクとの約束だ。
もう1頭見直したいのは12着のブローザホーン。この馬、過去に7度上がり3F最速を出しているのだが、そのうち6回が上がり3F34.5以上。ヨーイドンは最初から向いていない。
それでも33.8を出してなんとか食い下がってはいる。少しずつ馬が上がってきている感じはあるし、一周半で上がりが掛かるところなら見直せていいのでは。幸い天皇賞をスキップしているし、有馬記念で上がりが掛かる場合ならあり。
14着ソールオリエンスもこのレースに向いていなかったね。2400で出していっての上がり勝負は根本的に向いていないのだろう。
前走の天皇賞の回顧で『2000m以上で上がり3F33秒台前半が問われるレースはどうしても厳しい』と書いていて、ジャパンCもちょっと楽しみと書いたのだが、こういうメンバーで買う馬ではない。少しずつオッズが溜まってきた気がするね。
海外馬のジレンマ
来年以降が心配になるのは海外馬だ。今回は3頭が出走し、ゴリアットが6着、オーギュストロダンが8着、ファンタスティックムーンが11着に終わっている。
キングジョージを勝ったゴリアット、海外GIを6勝もしているオーギュストロダンが遠征してもこの結果だけに、来年のジャパンカップに馬がどれくらい集まってくれるのか、という不安はある。
まー、ジャパンカップなんていうレースは昔から実績馬がやってきては負けている歴史があるし、それでもこのレベルが来てくれるんだからなんやかんやで…という希望的観測はあるがね。
やはり今回注目はオーギュストロダンの8着だと思う。正直もう少しやれるかなと思っていたが、ペースにも翻弄されたようで、上がり3F33.5を使いながらも8着だった。『ディープインパクト産駒でも厳しい』となると、そりゃなかなか海外馬好走できないよなと思う。
ムーアがレース後、面白いことを言っていた。「スタートしてからペースが速かったり遅かったりと乱れました」と。ああ、これはあるなと思ったよ。
ヨーロッパにももちろん多頭数のGIはあるし、オーギュストはアメリカでもGIを勝っているが、普段やっているレースと日本のレースでは根本的にペースも違う。馬場、コース形態も違うが、そもそも競技自体違うんだよな。
逆もしかりで、日本馬が欧州のGIをなかなか勝てないのは普段とは競技が違うからではある。
ディープインパクト産駒だろうが(もちろん母系も重いが)、育ってきた環境が違うからってだけで、ここまで対応が変わってくるのは面白いところ(それはシンエンペラーにも言える)。セロリか。
だからこそ本来、欧州GIによくあるスローペースになった今年はまだ、欧州馬たちにとっては『追走はできた』と思う。
ただしスローペースになればその分上がりも速いだろう。そうなると日本の速い上がりに今度は対応できなくなってくる。上がりが掛かる展開になると今度は追走面が怪しくなってくる。ジレンマを感じるね。
欧州馬が足りるなら2019年、スワーヴリチャードが勝った重馬場の年だと思うのだが、あの年は海外からの参戦がなかったんだよな。どうなるのか例が欲しかったところではある。
なかなか道悪に当たることはないだろうし、今後も馬場が合って、なおかつ最低限の適性がある馬の出走がピタリと重なるのを待つしかないのではないかな。それってつまり日本馬の凱旋門賞挑戦と同じだったりする。
ゴリアットは馬もよく頑張ったし、大きな話題を呼んだオーナーのプロレスも良かった。
「言い訳はできません。最終的に真の勝者は日本の競馬ファンです」
最高だよ。盛り上げ方としてこれほどまで理想の形はないんじゃないか?レースを本当に盛り上げてくれた。道路の使用許可を取って、来年またお待ちしています。
信頼は一日にして成らず
別にマスクはテン乗り否定派ではないんだよ。よく話題になるだろ、有力馬が直前に外国人ジョッキーに乗り変わったりするパターン。
全然いいと思う。決めるのはオーナーサイドであって、テン乗りで新味が出るんだったらそれはまたいい。ずっと同じジョッキーにこだわってタイトルが取れなかった…なんていうのはもったいないと思っているからね。
ただ今回のジャパンカップに関しては、前述したように武さんの継続効果が出たと思う。昨年700mから仕掛けて持った経験が今回生きた。
そして今年の春にドバイターフ5着、夏に宝塚記念6着だった時の経験も生きている。どちらも展開的に仕方なかったとはいえ、イン攻め。
この2つの負けを糧にしたか、今日にしてもスローの中で最初から外狙い、仕掛けるタイミングをずっと探る乗り方。ここ2戦はもうドウデュースがどういう馬なのか完全に掴んでいる騎乗だと思う。
今の時代なかなかずっと継続で、というのは難しい。勝負の世界なんだからそれはそうだとしか思っていないが、こうして馬を掴んでの勝利もまた、唸るものがある。
次は有馬か。たぶん外を狙ってくると思うが、近年、難易度が圧倒的に高くなった秋三冠を成し遂げられるかどうか、単純に楽しみ。
まー、そんな簡単には行かないのもまた競馬なんだけどな。当然周りもドウデュースを倒す対策を練ってくるだろう。今回と違ってまともな逃げ馬だって出てくるかもしれない。勝手は変わってくると思う。
それでも過去の有馬記念で、オグリキャップ、ディープインパクト、キタサンブラックといったスターホースの引退レースを、過去にしっかり決めてきたのが武豊というレジェンドなんだよなあ。