24年スプリンターズSを振り返る~歴史的ハイペースが生んだ内目のエアポケット~
それなりに長く競馬を見てきただけに、これまで色々なスプリンターを見てきた。
印象的なのはデュランダル。見た目にも数字的にもインパクトのある馬で、短距離にサンデーサイレンスの切れ味という概念を持ち込んだ歴史的名馬だったと思う。
デュランダルは1200m~1600mを中心に活躍した馬だが、蹄のケガさえなければ2000mの天皇賞秋にも挑戦した可能性があった馬で、タラレバにはなるがどんな結果になったのかマスクは今でも気になるほどだ。
デュランダルにも勝るとも劣らない存在だと思っているのがロードカナロアだ。デュランダルと同じく1200~1600のGIを勝った名馬で、「2000mも走れたと思う」と言わしめる存在だった。
カナロアの凄いところはスピードと切れ味を兼ね備えつつ、競馬の取り口も上手い、正直弱点がほとんどないタイプの馬で、時計勝負もまったく苦にしない。12年スプリンターズSで叩きだした1:06.7は、あれから12年経った今でも中山の芝1200mコースレコードとして残っている。
無欠の存在だったカナロアのこのタイムが、実はこの秋一瞬破られかけたのをご存知だろうか。秋の中山開催初日で行われた2勝クラスの汐留特別、勝ったランドオブラヴのタイムは1:06.8。
もう一度言うが、『2勝クラスの汐留特別』で出たタイムだ。2勝クラスのタイムが、あと0.2秒速ければ12年破られていなかったロードカナロアのコースレコードを上回るという、とんでもない状況が生まれていたんだよ。
普通であれば開催が進めばその分時計は掛かってくる。馬場は掘れて傷んでくるのだが、今年の秋の中山は凄くて、先週土曜の2歳オープンのカンナSではエコロジークが1:07.2という好タイムで逃げ切ってしまった。
先週は南西からの強風が吹いていたから、本来であればスタートから向かい風になるワンターンでは時計が出ないはずなんだよ。なのにエコロジークは1:07.2を出すし、同日の古馬混合1勝クラスのステークホルダー戦でも1:07.2が出た。
どちらもロードカナロアのタイムと0.5秒差。3週目の条件戦でこのタイムは異様だ。前述したようにマスクもそれなりに長く競馬を見てきたが、ここまで速い馬場は全場通して見たことがない。
先週の競馬が終わった時点で、マスクのスプリンターズSの注目点は、
・この馬場でスプリンターズSをやったら一体何秒で決まるのか
・この馬場が最終週も継続するのか
この2点にあったんだ。今週末が雨予報だったのは先週の競馬が終わった時点で分かっていたことだからね。
緩い馬場で競馬をやれば当然馬場は掘れる。掘れたことでどれだけ時計水準が落ちてくるのか、それによって特に短距離の結果は大きく変わる。マスクは土曜も日曜も、馬場と時計の出方を注視していた。
異例の馬場はくたびれない
まずは前提となる馬場の話をしていこう。
☆中山9R サフラン賞
1着黒 ②クリノメイ
2着桃 ⑧ミラーダカリエンテ
3着青 ④キョウエイボニータ
4着白 ①セナマリン
これは中山9Rのサフラン賞の道中。中山芝は2Rで外目が伸びていたが、あれは実力差も大きかった。その後は内目有利だったように、先週同様、そして昨日同様インは生きていた。
このサフラン賞も同様で、勝った黒クリノメイと4着セナマリンは共に内枠で、内ラチ沿いで運んでいる。2着ミラーダカリエンテは外枠だったが、ハナを切って内ラチ沿いを走っているのが分かるな。
☆中山10R サクラバクシンオーC
1着赤 ③エレクトリックブギ
2着緑 ⑩ガジュノリ
3着青 ⑥ガールズレジェンド
こちらは中山10RのサクラバクシンオーC。道中内ラチ沿いを通っていた赤エレクトリックブギと青ガールズレジェンドが1、3着。ちなみに道中一番後ろ、ラチ沿いにいる黒帽は4着ハミングだ。
ハミングはラチ沿い→直線外という進路でだいぶ詰まったりフタされたりと、それはそれは残念な騎乗で4着だったのだが、結局上位3頭は直線もある程度内にいた馬。
しかも赤エレクトリックブギは内ラチ沿いの狭いところから抜けてきているだろう。内が悪かったらこんな狭いところを抜けて伸びて勝てないわけで、『ある程度内伸び馬場』と考えられる。
つまり外からの差しは簡単に届かない。スプリンターズSを考える上でまずこのポイントを頭に入れておきたい。
美浦のテレサ、1F9.9の衝撃
☆02年アイビスサマーダッシュ
12.0-9.8-10.2-9.6-12.1 53.7
このラップを見て、ああ勝ち馬はあの馬ねと分かる人間は結構多いと思う。そう、カルストンライトオが爆発的なスピードを披露して逃げ切った、02年アイビスサマーダッシュのラップだ。
何度見ても凄いね。2F目が9.8、4F目に再度9秒台となる9.6を出すなんて、今の直線競馬を見ていると考えられない。
日本の競馬は年々マイル~中距離にシフトしている分、どうしても直線競馬のレベルは上がらない。今直線競馬でこんなラップをお目にかかることはなくて、実際53.7は今でも直線競馬のレコードとして22年間破られていない。
ただこれはあくまで『直線競馬』のラップであって、コーナーが存在する1200m以上の競馬では1F9秒台というレースはそうそうお目にかかれない。
マスクの記憶にある限り、1200m以上で2F目が9秒台だったのは07年の福島、クーヴェルチュールが勝ったバーデンバーデンCくらいだ。
☆07年バーデンバーデンC
11.7-9.9-10.2-11.1-11.7-12.7 1:07.3
スタートから飛ばしたテイエムチュラサンが2F目に9.9秒を記録したレース。これはよく覚えている。
ただこのレースは福島の開幕週で、なおかつスタートが大して良くなかったテイエムチュラサンが、先に抜け出していたギャラントアローの内から競りかけてこのラップが生まれた。あくまで複合的要因が絡み合っての結果だ。
これだけ短距離戦が行われて、2F目が9秒台になる1200m以上のレースはあくまで俺の記憶にある限りこのレースだけ。他にも例があるのかもしれないが、まー、相当珍しいのは間違いない。
そんな珍しい例が今年はGI、しかも開催最終週で生まれたんだよ。
☆24年スプリンターズS
11.8-9.9-10.4-11.0-11.6-12.3
32.1-34.9 1:07.0
びっくりしたなあ。速いとは感じたが、ピューロマジックが刻んだ前半3Fが32.0なのを見て思わず声が出てしまった。最終的には32.1に修正されたが、それでもかなり速いのは間違いない。
実際、86年以降の芝1200mで前半600mとしては5番目に速いペース。スプリンターズSに限れば91年、ダイイチルビーが勝った年の32.2-35.4より0.1秒速く、最速記録だった。
まー、このダイイチルビーの年は逃げたトモエリージェントが本当に32.2を出していたのか?と思っているのだがね。
ここ20年に限ると、12年ロードカナロアの年の32.7-34.0、22年ジャンダルムの年の32.7-35.1、この2年が最も速い。そこから0.6秒も速いんだからまさに『歴史的ハイペース』と言っていいだろう。
特筆すべきはそんな空前絶後のハイぺースを『単騎逃げ』で出したこと。
前述したように07年バーデンバーデンCはテイエムチュラサンとギャラントアローが競り合ったから発生したハイペース。対して今回の歴史的ハイペースは黄ピューロマジックが単騎逃げで、誰にも絡まれずに単独で出しているのだ。
まー、マリオカートのように過去のレコードラップと競り合っていた可能性は0.01%くらいあるかもしれないがね。半透明のトモエリージェントとデッドヒートを演じていたのかもしれない。
ノリさんってちょっとテレサっぽいところがあるよな。おい誰だワルイージなんて言ったのは。
ハイペース=外差しという幻想
前半3F32.1がハイペースかスローペースかなんて、100人中100人がハイペースと答えるだろう。
これでスローペースなんて答える人間は相当生き急いでいる。立ち止まって近くのカフェでコーヒーを一杯飲んで、文庫本を一冊読んでほしい。
実際今回のスプリンターズSのレース後、ジョッキーや調教師たちはハイペースに言及している。
6着ビクターザウィナー シャム調教師「ペースが速かったです。モレイラ騎手も最善を尽くしてくれました」
10着モズメイメイ 国分恭介騎手「ペースが速く、おっつけおっつけでしたが最後まで諦めず伸びています」
12着マッドクール 坂井瑠星騎手「馬の状態はよかったです。ペースが速く追走に一杯だった分脚を使えませんでした」
32.1で通過すりゃこんなコメントがあふれるのはそれはそうだ。至極当然と言える。
ここで注目したいのは、各馬の上がり3Fのタイムだ。
☆22年スプリンターズS
32.7-35.1 1:07.8
1着ジャンダルム 34.6
2着ウインマーベル 34.1
3着ナランフレグ 33.9
4着ダイアトニック 34.6
5着ナムラクレア 34.5
☆24年スプリンターズS
32.1-34.9 1:07.0
1着ルガル 34.2
2着トウシンマカオ 33.5
3着ナムラクレア 33.2
4着ママコチャ 33.9
5着ウインマーベル 33.6
馬場は推定だが、22年より今年のほうが1秒近く速い。その影響もあるから上がりも今年のほうが速くなるのは当然なんだけど、今年、ナムラクレアが上がり3F33.2を記録しているんだ。
2着のトウシンマカオが33.5、5着ウインマーベルは33.6と、ルガル以外の上位は上がり3F33秒台半ばの速い脚を使っているんだよね。
スローペースなら上がりが速くなるのも分かるが、今年はハイペース。『ハイペースなのに上がりも速い』という状況が生まれていたんだ。
これは600m通過地点手前。今年のほうが0.6秒速かったのだから当たり前といえば当たり前なのだが、先頭と最後尾の差は今年のほうが大きい。今年は馬群が間延びしているのだ。
ことナムラクレアの通過タイムは22年のこのレースと比べると、むしろ通過は遅い。今年は大体600m通過34秒くらいというところだ。
簡単に言えば、飛ばした逃げ先行勢と、脚を溜めていた後ろの馬たちは違うレースを走っているようなもの。
ここで前述した内容を思い出してほしい。今年の秋の中山は『異例の高速馬場』であり、そこまで掘れなかったことで今週の中山は『内伸び』だった。
☆24年スプリンターズS
1着橙 ⑬ルガル
2着白 ②トウシンマカオ
3着紫 ⑤ナムラクレア
4着赤 ⑥ママコチャ
5着黒 ③ウインマーベル
内のほうが伸びている以上、外差しは簡単には入らない。実際今年のスプリンターズSを見ても、4コーナーで内目にいた馬たちが上位を占めていた。しかし逃げたピューロマジックが映ってないのが凄いな。
間延びした馬群で、時計が出る状況で外を回しては物理的に届かない。この時点で外の差し馬はもう苦しい。
というのはレース前からある程度読める状況だったから内目を中心に買ったんだけどなあ。内枠を選び間違えてしまった。まー、ママコチャはよく走っているから仕方ないと割り切っているんだがね。
フォロワーさんからも『22年天皇賞秋に似てますね』というリプをいただいた。その通りだ。22年天皇賞秋は記憶にある方も多いと思う。黒パンサラッサが大逃げし、青イクイノックスが後方を追走していたレースさ。
もちろん1200mと2000mではレースの質が変わってくるし、あくまで『似ている』という状況ではあるのだが、状況は近い。
☆22年天皇賞秋
1着イクイノックス 32.7
2着パンサラッサ 36.8
3着ダノンベルーガ 32.8
4着ジャックドール 33.5
5着シャフリヤール 33.6
パンサラッサが1000m通過57.4というハイペースで大逃げしたのだが、ハイペースなのに勝ったイクイノックスは上がり600m32.7という強烈な末脚を使って差し切っている。
イクイノックスだけでなく、3着のダノンベルーガも32.8という速い上がりを使っていた。パンサラッサと、このイクイノックス&ダノンベルーガは見た目通りまったく違う競馬をしている。
今年のスプリンターズSもそうで、飛ばすピューロマジックと中団にいたナムラクレアやトウシンマカオたちは違う競馬をしていた。
1つのレースの中に2つのレースがあった、と言ってもいいと思う。普通こういうレースは中距離に多い。22年天皇賞秋のような大逃げは中距離以上で発生しやすいからね。
短距離で逃げ馬が32秒で飛ばして馬群が間延びする例はそこまでない。これだけハイペースになれば当然差し馬が有利になりそうなものだが、馬場も良かったことや追走面の問題もあって、『差し競馬になりきらない超ハイペース』というレースが生まれた。
枠の女神様はたまに変な笑い方をする
3、9、6、6。
これはとある数字の羅列だ。いや、ここに0120をつけると通販のサイトのフリーダイヤルになるとかそういうゲームではない。
これは3歳秋以降のトウシンマカオが馬番6番以内だった時の着順だ。一度3着があるものの、その後は掲示板にも載れずにいる。
対して3歳秋以降、二桁馬番に入った時は1、1、4、15、3、1、1、1着。前走セントウルSも17番からの差し切り勝ちだった。
芝で外枠得意という馬は基本的に2つパターンがあって、1つは怖がり。馬群の真ん中だとひるんでしまうから外枠のほうがいいというパターン。もう1つが跳びが大きかったりして不器用で、狭いところだと走りづらいパターン。
トウシンマカオは後者にあたる。不器用で、馬群がそこまで締められない3歳夏まではそこまで問題にならなかったんだけど、古馬との重賞は基本的に外からしっかり締められるから内枠で成績が出づらくなってしまった。
当然そんな馬だから外枠希望だったんだけど、まー、世の中はそんなにうまくいかないもので、引いたのは2番枠。ツイてない馬だなと思ったよ。怖がりというより不器用だから内枠=終わりではないのだが、展開利は必要になってくる。
さすがにそろそろパトロールの話をしよう。もう6000字近い。終わらなくなってしまう。
まずは先行馬を見ると、黄ピューロマジックがもう説明したように飛ばして逃げて、それを橙ルガル、水ビクターザウィナー、桃ウイングレイテストが追いかける形だ。
ウイングレイテストの正海がずっと内をチラチラ見ていて、早く内に入りたそうにしているのが実に印象的だった。
ポイントになるのは黄丸で囲んだ部分。逃げたピューロマジックの後ろだ。前述したように馬場は内伸び。この丸で囲んだ、大きく開いたスペースは好ポジション。当然内枠の馬たちはここが欲しい。
狙っているのは白トウシンマカオ、黒ウインマーベル、紫ナムラクレアになる。エイシンスポッターも内枠を引いていたが、前走はモレイラがエグいだけで本来そこまでダッシュしてこない。その後ろになるのは想定通りだった。
ただこれ、内枠3頭の外には赤ママコチャの川田がいるんだよね。本来であればママコチャも内を狙っていい局面なのだが、川田は内に行こうとしない。
なぜかって、青マッドクールの瑠星が川田を外から締めているから。瑠星のプランとしては、水ビクターザウィナーとの距離を詰めて、赤ママコチャを外からフタするという手だね。
なんでこうするかって、仮にこれママコチャがビクターザウィナーより外に張り出したら、マッドクールは更に外を回ってしまうだろう。
内有利馬場なんて多くのジョッキーが分かっている。瑠星はかなりトラックバイアスを気にしているジョッキーだけに、ここで更に外は回されたくない。
でもママコチャの川田としてはマッドクールにフタをされ続けて回ると進路がなくなる危険性がある。みすみす締められるわけにもいかないから、内から張るしかない。
青マッドクールは随分締めていたなあ。3コーナーの画像を見ると分かるが、マッドクールが内に顔を向けるレベルで締めている。
赤ママコチャはマッドクールを外に弾き飛ばしたいが、540kgある牡馬を外に弾くのはなかなか難しい。かといってただ水ビクターザウィナーの後ろをついていくのも攻め手を欠く。
昨年のスプリンターズはむしろママコチャが締める立場だったのになあ。これは昨年のレースだが、今年同様3枠に入ったママコチャは、3コーナーで紫ナムラクレアを外から締めている。
ナムラを外に出してしまえば自分のポジションが悪くなるから、ママコチャ川田からしたら当然締める。ブロックが非常に上手い。
まさか1年後、同じ枠を引きながら今度は締められる側になるとはな。まー、今年は枠が出た時点で川田も外からマッドクールに締められることくらいは織り込み済だったと思うが。
ママコチャの話をしてしまった。内枠の馬たちのほうに話を戻そう。
ママコチャが外を気にしなければいけなかった分、ピューロマジックの後ろは先ほど書いたように白トウシンマカオ、黒ウインマーベル、紫ナムラクレアに絞られる。
注目したいのは3着だった紫ナムラクレアの武史のレース後コメントだ。
「ペースは速くなると思っていましたし、かなりポジション争いは厳しくなるなと思っていましたが、そこでポジションを取りきれなかったのが敗因の一つ。理想はトウシンマカオのポジションでした」
そう、武史の理想は2つ内のトウシンマカオのところ。しかし枠の並びが良くなかったんだよ。
白トウシンマカオ、黒ウインマーベル、紫ナムラクレアが雁行状態で並んで3コーナーに入っていったんだけれど、前述したようにトウシンマカオという馬は不器用で、多頭数の内枠は結構しんどい。
実際レースを見ると3コーナーで白トウシンマカオが少し外に膨れているのがお分かりだろうか。ちゃんと曲がれていないのだ。
すると黒ウインマーベルも少し外に押し出されるし、更に外にいた紫ナムラクレアは外のサトノレーヴとの間に挟まるような形となり、事故防止もあってナムラクレア武史はここで1列下がってしまった。
手綱を引っ張るシーンはパトロールにも映っているが、この程度の有利不利は競馬において珍しくはない。まともに内ラチ沿いをピタリと回ってくる馬が一番内にいれば、またちょっと話は変わったかもしれない。
コーナーワークがそこまで上手くなく不器用で、ラチ沿いピッタリ回れないトウシンマカオが1枠を引いた影響を、ナムラクレアはマカオ以上に受けてしまっていたんだよ。かわいそうにな。まー、でもこれも競馬だ。
実際制裁はない。手綱を引いたシーンは斜行カウントもないからおとがめなし。ただしここで1列下がったナムラクレアはもう全てが後手になる。この時点でナムラクレアの今年のスプリンターズS優勝はなくなったと言っても過言ではない。
対して幸運にも?2番枠を引くことができた白トウシンマカオは、明良がその先を見据えられていた分ウインマーベルにポジションを譲らず、白丸の部分に入っていけた。
なんでスプリントGIで内ラチ沿いがこんなに綺麗に空くかって、黄ピューロマジックの影響があるんだよな。
ピューロがハイペースで逃げているのは後ろのジョッキーみんな知っている。つまりハイペースで飛ばした分の『逆噴射』を考えないといけないわけ。
そのため橙ルガルも内ラチ沿いを空けている。安全策を考慮した手だが、おかげで内ラチ沿いにスペースができるんだ。急にピューロが止まったらトウシンマカオが巻き込まれるが、まー、それはもうそうなったら仕方ない。
ただこれだけ白丸部分がポッカリ空いていたら、さすがに他のジョッキーも狙いにくるわけ。GIで内がずっと空いているなんて、よほどの外伸び馬場くらい。内が使えるのにロスなく回れる内を放棄するのはもったいない。
早速狙ってきたのは赤ママコチャの川田だった。前述したように外の青マッドクールに締められていたのだが、水ビクターザウィナーも動く雰囲気がなかったし、川田は狙いを変えた。
こんな感じで自然と内のほうに寄せていって、白トウシンマカオの前にあった白丸の部分に入ってしまったんだよ。
焼肉の時に大切に育てていた肉を他の人間に食べられるのに近い感覚かもしれない。いや、そうでもないかもしれないな。ただ構図としては、明良が大切に育てていた肉を、川田が問答無用で食べたような感じ。
当然これは川田は何にも悪くない。レースは弱肉強食、焼肉定食の世界だ。内が空いてるんだったら入りに行くのは当然。
まー、明良もトウシンマカオが器用ではないからコーナーで追い出せなかったことや、ハイペースだと分かっていた分深追いしなかったんだろうけどね。
ペース的には前と後ろは違う競技なんだから、もうワンテンポ早く踏み込んでも良かったかなとは思う。これはもう結果論だから仕方ない。
外目に目を移すと水ビクターザウィナーが少し外に膨らみ始めているのが分かる。
これはモレイラがレース後「前を走る馬の跳ね返りを避けるため、進路を外に取らざるを得なかった」と話している。ウイングレイテストあたりのキックバックを避けるための動きなのだが、内が有利になっている状況でこの膨らみは痛い。
そして青マッドクールが少し下がり始めている。「ペースが速く、追走が手一杯だった」と瑠星が言っているように、道中から手応えが怪しく、ここでもうついていけていない。
そこで困るのは緑サトノレーヴのレーン。ただでさえスタートから出ていかずに後手に回っているのに、マッドクールが下がってきてその外を回さないといけない。内有利展開でこのロスは大きく、ここでもう完全に試合終了となってしまった。
同じく後手に回り、3コーナーで1列下げてしまった紫ナムラクレアは、その下がってきた青マッドクールをパスしていかないといけない。
内か、外かを選ばないといけないのだが、ナムラクレアは馬群の狭いところを器用に割るというより勢いをつけて回りたいタイプ。武史の選択肢としては青マッドクールの外になる。
ここでもう少し内がバラけていれば話は違うのだが、前述したように途中からママコチャがインに入ってきたりして内は空いていないから、ナムラクレアは外に行くしかないんだよな。
せめてトウシンマカオが前に空いたスペースを自力で取りにいけば、その後ろにスペースは空いたのかもしれんがね。
紫ナムラクレアが外に行くには矢印通りに進まないといけないんだけれど、進路が大きく開いているわけではない。
対して白トウシンマカオの前は、白丸で囲んだ部分のスペースが空いている。これはピューロマジックが超ハイペースで飛ばした分まだ後ろとの距離が空いていたのもあるし、橙ルガルが少し外目に出した影響もある。
水ビクターザウィナーは前述したようにキックバックを嫌がってコーナーから外に出していたし、1200m戦で内の状態がいい割に前目の馬群がバラけたんだよ。
こちらも前述したように、白トウシンマカオは不器用で内をなかなか割れない馬だ。しかし前目を走っていた馬たちが諸事情によって内を開けたこと、超ハイペースになったことで進路が開いた。『内枠なのに外枠のような状況』ができたわけだ。
トウシンマカオが内枠に入った時点で評価を下げ、3複の3列目にしなかったマスクは溜め息をつきながらこの文章を書いている。こんなに開くなら事前に言ってほしいよ。
中山は平坦コース?
☆24年スプリンターズS
11.8-9.9-10.4-11.0-11.6-12.3
32.1-34.9 1:07.0
今年のスプリンターズSのラップで注目すべき点は、2F目の9.9の他にもう一つある。残り400mから200mまでの11.6だ。例年この区間のラップは11.5前後だからそこまで遅くない。
この数字を踏んだのはピューロマジック。ハイペースの例に出した2年前のスプリンターズは32.7で入って、残り400→200は11.4。しかも逃げたテイエムスパーダが踏めたラップではない。
今年はピューロマジックが単独でこの11.6というタイムを出している。凄いね、前半3F32.1もなかなか出せる数字ではないが、そんなペースで逃げたのにこの区間で11.6を出せるのは脚力の証明。もちろん今秋の『異例の馬場』だったからこそ踏めた面はあるが、優秀な数字だと思う。
ただ中山には急坂があるんだよなあ。そしてこの坂は残り200mから始まるもの。ビューロマジックとノリさんは超ハイペースで逃げてよく踏ん張っていたのだが、最後に坂で止まってしまった。このラップを踏んで止まらない馬はたぶん今地球上にいない。
そんな数字を踏んだ黄ピューロマジックを、早めに捕まえにいった馬がいる。橙ルガルだ。超ハイペースを3番手で追走しながら、早めに逃げたピューロを捕まえに行っている。
☆スプリンターズS前のルガル(芝)
京都、新潟(2.3.1.2)
中京(0.0.0.1)
ルガルという馬は芝に転向してから、平坦ばかり使って実績を挙げてきた。こんなに平坦中心に使っている馬は珍しい。そして急坂のある中京を使って止まって10着だった。
これは頭にあって、今回ルガルを下げた要因の1つでもある。まー、坂が根本的に駄目という馬ではないと思うが、平坦のほうがよりいいタイプだとは思う。
今回のルガルは残り200mからの急坂で前が下がってくるのを捉えるのではなく、その前の4コーナーから直線坂前までにピューロマジックを自力で捕まえに行っているんだよな。
なるほど、直線の急坂のイメージが強い中山だが、残り200mまでは直線はほぼ平坦、むしろ少し下っているくらい。
先に踏んでいって直線坂が始まるまでに脚を使い、残り200mひたすら粘るという、いわゆる骨を断たせて…肉を断たせてだったか、まーどっちでもいいや。そのパターンのやり方だ。
『競馬のことは何も覚えていないです。すみません』とレース後の西村淳也くんは話していたが、この意図は聞きたかったね。実は覚えていて、話していないだけかもしれないが。
このやり方が成立したのは、ひとえに馬群がハイペース縦長になったことも大きい。これが東京くらい直線が長ければ後ろはルガルを捕まえられる。ただし中山の直線は300mちょっと。
橙ルガルが早めに踏んでアドバンテージを取ったことで、後ろの馬はいくら速い上がりを使ってもゴール板までに捕まえられない状況が生まれてしまった。
☆24年スプリンターズS
32.1-34.9 1:07.0
1着ルガル 34.2
2着トウシンマカオ 33.5
3着ナムラクレア 33.2
4着ママコチャ 33.9
5着ウインマーベル 33.6
もちろんアドバンテージの差だけで勝ったとは言わない。ルガルはハイペースを3番手で追走し早めに踏みながら、上がり3F34.2でまとめている。失速率を最小限に抑えているんだよな。
ルガルとトウシンマカオは同タイム。1着から4着まで全てクビ差だったように、ルガルの上がり3Fが34.5くらい掛かっていたら差されてしまっている。5、6着近辺だっただろう。鞍上の攻めの姿勢が削りだした0.1秒だったと言える。
夢はこれで終わりなのか
負けた馬たちを見ていこう。2着トウシンマカオについてはもうほとんど触れたようなもので、不器用で外目を回ったほうがいい馬が、複数要因で内が空いていたことが大きい。
そしてそもそもスタートした後に向正面でポジションを譲らなかった明良の判断が良かった。あそこでウインマーベルにポジションを取られていたら前のスペースはここまで空いていない。
理想はやはり外枠なんだろう。今後GIを勝つには外伸びの外枠という条件が欲しい。左回りだと張る馬だったが以前ほどではないから高松宮記念も対応できそう。高松宮は定期的に外伸び馬場になる。そのタイミングで、外枠を引ければというところ。まー、いくつか重ならないとGIを勝つまでは難しいか。
3着ナムラクレアもGIを勝つにはかなり条件を問う。だからこそ、ここまでまだ勝てていない。今回にしても内枠で1列ポジションを下げてしまい外を回す形になっていたが、短距離の凝縮した馬群で内を縫えないのは前からそう。
能力面だけならGIに手が届いていいと思うのだが、GIを勝てる能力がありながらタイトルに届かなかった馬は星の数ほど見てきた。内伸びの高松宮記念で、内枠を引いて、馬群がバラければ…と、かなり条件はつく。
これがGII以下ならGIほど内が凝縮しないから、内目をもう少し立ち回れるんだけどな。この馬は一度ビュイックとか、そのあたりを乗せてみてほしいんだよ。理由を書くと長くなるし、マスクは今昨日録画した笑点を見るのに忙しいから割愛する。
すでに少し触れているが、4着ママコチャはよく頑張った。フタをしてきたマッドクールを張る立場になって難しいところはあったが、内目に入って立ち回って、最後までよく粘っている。
もう少し緩い流れならあと1、2つ上の着順があったんだろうがね。昨年のスプリンターズSのほうが更に素晴らしいデキだった影響もありそう。
この馬は高松宮記念の後に蹄をやってしまって、かなりしんどい状況に陥ってしまった。経緯を踏まえるとよくここまでやれている。そう遠くないうちに繁殖入りするだろうが、その前にもう一つ勝ちたいね。立ち回りが上手いだけに内目の枠なら安定。なお国内に限る。
5着ウインマーベルもよく走っているほう。若干1400向きというところもあって、逃げ馬が超ハイペースで飛ばす流れは結構難しい。1200なら今開催のようにめちゃくちゃ速い馬場より、もう少し時計が掛かる馬場のほうがいいね。
ただ道悪になると良くない馬でもある。時計の掛かる良馬場で、なおかつペースが過度に速くならないGI…なんていうのはそうそうないから、まー、なかなかGIを勝てないのは分かる。今後も条件は問うね。阪神カップはデキ次第で再度面白い。
難しい競馬だったのが6着ビクターザウィナー。テンの速い馬だが、こんな時計の出る馬場は香港では基本ない。高松宮は重馬場だった。こんな芝は走ってことはなかったのではないかな。ハナを切れずにキックバックも嫌がってしまった。
そもそも香港のGI馬たちが出てくるメインシーズンは9月から翌年の4月にかけて。そのためビクターザウィナーは4カ月ぶりの実戦だった。バリアトライアルを地元でこなしているとはいえ、本格的な実戦となると話はまた変わってくる。
高松宮記念はシーズンの終盤戦で馬がある程度できている状況だったのも良かったかもしれないね。これは13着ムゲンにも言えること。今のスケジュールなら、香港馬は左回りだろうが高松宮のほうがいいのかもしれない。
判断が難しいのは7着サトノレーヴだ。Xにも投稿したように、サトノレーヴのパドックの馬体は過去一番良く見えたほど。キーンランドCの前にザ石を発症して、キーンランドはしっかり仕上げられなかったから、その時より全然良く見えたんだよね。
ただ返し馬の1歩目が硬かった点は気になった。それでも元々硬いところはあるし許容範囲かと思ったら、スタートしてからまるで進んでいかなかった。
レース後にレーンは「いつもよりスタートを速く決めることが出来ず、理想的なポジションよりも後ろになってしまいました」と話しているが、レーンは返し馬からステッキを入れて馬に気持ちを入れようとしていたし、そこまで馬を作ったのに進まないとなるともう馬側の問題になってくる。
少し気になったのは+4kgの552kgだったこと。過去最高体重だ。先週からの追い切りが凄い動きでこれなら絞れると思ったが、むしろ増えていた。
数字上増えていても中身が詰まっているからOKなんていうパターンもあるだけに、一概に552kg=悪いとは言えないのだが、攻めの強度が強過ぎた反動が出た可能性は考えている。
いずれにしてもあれだけ進んでいない以上、能力は出し切れていない。こんなもんじゃないからね、この馬。まだ夢は見れると思う。
8着ピューロマジックの評価もまた難しいところがある。何度も書いたように32.1で入って、400mから200mまで11.6で走れちゃう脚力は目を見張るものがある。
以前阪神1200の2歳1勝クラスで前半600m32.6なんていうハイペースで逃げていたように、テンの速さは現役の中でも屈指なのはみんな分かっていることだと思うが、それにしても速かった。数字から能力の高さが読み取れる。
ただここで頭に入れておきたいのは、『8着だったこと』だ。32.1で入って、ラスト2F目から11.6を踏んだのに、8着だったんだよ。
これがもしもう少し緩い流れを作っていたとすると、後ろとの距離は詰まるわけで、より捕まる可能性は増す(ワンペースの分、前半緩ければ速い上がりが使えるというわけではない)。
内伸びだった時の高松宮やスプリンターズでより粘れる可能性はあるものの、1200mのGIを勝つならもう少しオンオフが欲しい気はするんだよね。1000mのGIが国内にあれば話は変わってくるのだが。GIだと条件を問う馬だと思う。
11着だったオオバンブルマイの上がり3F33.3はメンバー中2位だったりする。脚は使っているが、周りも脚を使っているため前を捕まえられなかったパターン。単純な外差し競馬にならなかったアオリを受けている。
1200でここまで速い上がりを使えているように、この距離に対する適性は高いと思う。どうしても他力本願型になるからペースが流れるかどうか、そして馬群の形や馬場の伸びどころまで求めてくるものの、11着という着順ほど悪い内容ではなかったと思うね。
12着マッドクールは逆で、内容はあまり良くなかった。これまでの国内でのレースは全て前半3F33.0以上掛かっていた。それが今回は32.1。マッドクールのポジションは32秒台ではなかったが、前半から全体的に速いレースは良くないのかもしれないね。
2着だった昨年のスプリンターズSは前半3F33.3。今年より1.2秒遅い。今後もこのようなレースなら忙しくなくついていけるのだろうが、今後何もアクシデントがない限り短距離GIにはピューロマジックが出てくるだろう。
随分相性の良くない馬が出てきたなと思うよ。若干腹回りが太かったからもう少し絞れると動けてきそうだけれど、ピューロマジックがまたハイペースを作る流れは今後も課題になる。
デキが良くても勝てないのが競馬
この仕事についていて何度も痛感しているのは、いくらトーンが良かろうが必ず勝てるわけではないということだ。
当然ながらスタッフさんや調教師たちからは「今回いいよ」なんて話をよく聞く。しかし競馬は最大で18頭立てであって、相手がいる。当日の馬場や天候なども絡んでくる。デキが良ければ必ずいいわけではない。
対してデキが良くないと聞いていても好走される時はある。トウシンマカオのセントウルSなんかもそう。全然いい話はなかったが、普通に勝った。明良も「まだ7割くらいだったんですけどね」と言っていたのにね。
今回のルガルもいい話はほとんど聞かなかった。栗東の馬だから目の前で見たわけではないのだが、繋がりのある方々のトーンはそこまで高くなかったんだよ。
実際パドックではすごくいいという感じはなかった。相変わらず硬いところはあったしね。ルガルは前脚が硬い。元々そうなんだが、それを差し引いても硬さはあった。
だからこそここまで走ったことに驚いている。しかも中山でね。細かい勝因などはもう書いたから省くが、全てが噛み合ったにしろ勝ったことについては驚きでしかない。
裏話にも書いたのだが、あの硬さはいずれまた故障を引き起こすと思う。スタッフさんたちも熱心にケアしているだろうし、故障しないのが一番なんだけれど、実際今回骨折しているように今後も故障のリスクはついて回りそうで、ルガルの一番の敵は日本馬の誰々より、ケガだと思うね。
今回使った分状態は上向いてくると思う。次のレースに楽しみがあるのだが、今の香港は獣医検査がとにかく厳しい。ルガルのあの硬さ、膝で検査を突破できるのか疑問が残る。
同じく短距離の番組が充実しているオーストラリアも一部地域はチェックが厳しいし、行けて平坦で条件が合いそうなアメリカかな。
高松宮記念は坂を上がってから更に先が長い。たぶん今回のような乗り方は馬場が向かない限り嵌まりにくい。
能力は高いものの今後は条件を問うことになりそうだし、この状態で勝った=今後国内外のGIを席巻するとは思っていない。まずは無事に進んでほしいね。無事が一番だ。
西村淳也くんは良かったね。栗東の7年目ということでマスクと関わりはそうないのだが、色々と話は聞いている。
一言で言えば上手い。今のデビューから10年以内の若手としてはトップクラスに上手い。今回のように『絞り出す騎乗』ができるし、ロスなく立ち回れて馬も動かせる。GI勝利は時間の問題だった。いずれ安定してリーディング5位以内に食い込むジョッキーになるだろう。
性格面はまだちょっと若いと思わせる時が多々あるが、そんなのは誰だってそうなんだから、今後変わってくるだろう。マスクだって若い頃はそれはもうひどかった。今もひどいが。
☆24年スプリンターズS
1着ルガル 西村淳也(25歳)
2着トウシンマカオ 菅原明良(23歳)
3着ナムラクレア 横山武史(25歳)
今回のスプリンターズSで特筆すべき点をもう一つ挙げるとすれば、上位3人が全員25歳以下だったことだろう。超ハイペースでジョッキーとしては難しいレースだったと思うが、そんなレースで25歳以下のジョッキーがワンツースリーだったように、今の若手はレベルが高い。
短期免許の外国人ばかり優遇されて若手が育たない、なんて言われた時期があったが、コロナで来れなかった時期があるとはいえ若手は着実に育っている。日本競馬の先が明るいことを予感されるレースだった。
…でもなあ、前半600m32.1なんていう激流を作ってレースの流れを決めたのは56歳のおじさんなんだよな。まだまだ達人たちの存在感は大きいことも再認識したレースさ。
あのテレサは10年後も普通に乗っていて、ファンを惑わせていそうだね。66歳横山典弘が最後方追走→直線外から飛んでくる姿が容易に想像できる。