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21年有馬記念を振り返る~愛馬に対する圧倒的な信頼感が生んだ勝利~

皆さんご存知の通り、僕の不甲斐ない騎乗によって騎乗停止になってしまい、有馬記念を勝てて嬉しいですが、心の底から喜べないのが残念です

俺も長らく競馬を見てきているけど、謝罪から始まる優勝インタビューはほとんど記憶にない。というか、ない。

土曜の中山5R新馬。先に抜け出したヴァンガーズハートが、ゴール直前で内から鋭く伸びたルージュエヴァイユに交わされてしまった。ネット上では『油断騎乗』という声も溢れ、中にはデマまで書いていくバカヤロウもいたほどだった。

そのレースをマスクも競馬場で見ていたが、正直、油断騎乗とも言えなくもないし、油断騎乗と取るのもかわいそうだしという騎乗に見えたんだ。明らかにヴァンガーズハートが遊んでいるし、武史が矯正している。

新馬だから安易にムチを叩いて矯正しにくい。まだ脚元も怪しいし、強めに追えない。あまり反動を残さないために、外を確認して、もう差されないだろうと判断し矯正に専念したところを、想定外に内から交わされた、そんなところだろう。

実際レース後、武史が「返し馬から物見がひどくて、直線でもソラを使っていた」と言っていた。やはり集中していなかったか。そんな素振りがあったもんね。

ただどういう理由であれ、最後交わされて着順が変わったのも事実。それによって馬券が外れたファンの中には納得できない人間もいるだろう。その騎乗に疑いを持った人間も少なくなかったのではないか。

何より武史が一番悔しかったんじゃないかな。技術があれば、馬が遊ばなかったかもしれない。経験があれば、馬が遊ばなかったかもしれない。

結果的に2日間の騎乗停止が取られ、少なからず精神的に影響を受け迎えた有馬記念。武史が騎乗したのはヴァンガーズハートの兄で、同じ鹿戸厩舎所属のエフフォーリア。相手は前人未到のグランプリ4連覇を狙う、非根幹の女王クロノジェネシス。

マスクの注目は、武史がいかにして女王を攻略するか、そしてトリッキーな中山2500mで、エフフォーリアをどう誘導するか、そこに尽きた。

●有馬記念 出走馬
茶 ①ペルシアンナイト C.デムーロ
白 ②パンサラッサ 菱田
赤 ⑤ディープボンド 和田竜
黒 ⑥ウインキートス 丹内
青 ⑦クロノジェネシス ルメール
紫 ⑨ステラヴェローチェ M.デムーロ
黄 ⑩エフフォーリア 横山武
緑 ⑫シャドウディーヴァ 横山典
灰 ⑮キセキ 松山
桃 ⑯タイトルホルダー 横山和

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スタート。紫ステラヴェローチェが出遅れてしまった。これは確か租界の雑談にも書いた気がするのだけど、ステラヴェローチェがミルコさんの時点で出遅れる可能性はあった

明確に一歩目出てないもんなあ。スタートでミルコさんの重心が後ろに下がるのは今に始まったことではないが、この時点で後手に回っている。

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前回の朝日杯FSの振り返りにも書いたが、馬は空いているほうに飛んでいきやすい。黄エフフォーリアが、右隣の紫ステラヴェローチェが出遅れて凹んだスペースに入るような形になった。

これでステラは挟まれる形に近くなり、明確に後手に回ってしまった。これは裁決がエフフォーリアの斜行を取るレベルではなく、競馬である以上よくあること。エフフォーリアは悪くない。

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今回、枠順抽選会で一番厳しい枠だと思われたのが桃タイトルホルダーだ。大外枠を引いてしまった後、管理する栗田師は「スタートも速いし悪くない」、騎乗した和生も「悪くない」と話していた。

確かに、『馬としては』悪くない。タイトルホルダーという馬は前に馬がいたり囲まれたりするとテンションが高くなりやすい。この枠だったら外から被される可能性は限りなく低い。

ただ、『有馬記念としては』悪い枠だ。

●過去10年・有馬記念の枠順成績
6枠→2.1.1.16
7枠→1.1.3.15
8枠→0.0.1.19

外に行くほど明確に成績が下がっていることが分かる。唯一3着だったのが18年のシュヴァルグランだが、こちらはボウマンがスタート後なるべくロスを減らす競馬に持ち込んで、4コーナーで馬群を捌いていた。

8枠から有馬記念を勝った馬はここ30年に範囲を広げても03年シンボリクリスエス(12番)、08年ダイワスカーレット(13番)だけ。この2回は、クリスエスの年が12頭立て、スカーレットの年が14頭立て。どちらもフルゲートではない

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2500m(内)のスタート地点から3コーナーまでの距離の短さよ。ほとんど3コーナーの途中にスターティングゲートがあると言っても過言ではない。

この遠過ぎる枠から、いかにしてスムーズにポジションを取るか、それが和生に与えられた最大の課題だった。

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改めてスタート後の桃タイトルホルダーを見てみよう。白パンサラッサが逃げるのは戦前のコメントや前走のペースから分かるとして、タイトルホルダーとしてはなるべく2番手までにはいたい。

3番手だと前にもう1頭いる。直前に1頭いると掛かる馬なわけだから、なるべく前に馬がいないほうがいい。和生としては2番手を取りたい。

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遠すぎるんだよな。スタートも悪くないのが決まったし、内を絞りながら和生はポジションを取ろうとしているのだが、内回りとの合流点でまだこの位置。

赤ディープボンドより前にいたいわけだから、ここから更に脚を使わないといけない。早くディープボンドより前に行かないと3コーナーのカーブがやってくる。タイトルホルダーは脚を使ってしまう。強力な差し馬相手にこのロスは痛い。

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この内回りとの合流点、注目したいのは黄エフフォーリアの動きだ。スタートから100m余りで、もう青クロノジェネシスの後ろにいる。

武史の今回のレースプランはハッキリしていたのではないかな。クロノジェネシスの後ろを取る、この意識でレースに臨んでいたと見ていい。

枠順抽選の結果、クロノジェネシスは7番、エフフォーリアは10番に入った。クロノジェネシスのほうが内で、クロノのほうが前に行く可能性が高い

武史はタイトルホルダーにも乗っているわけで、タイトルの実力はよく知っている。しかしクロノジェネシスには乗ったことがない

エフフォーリアは跳びが大きい。前がゴチャつくとマズいだけに、強い馬の後ろにいたかったはず。タイトルとエフフォーリア、両方に乗って力関係は把握済。力関係が分からない中で一番強いのはクロノジェネシスなわけだから、クロノマークという選択は正解。

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スタートから100mで青クロノジェネシスの後ろ、前過ぎず、後ろ過ぎないポジションを取れた黄エフフォーリアは、この時点で勝率がかなり高まったと言っていいだろうね。

あとはクロノジェネシスが急に下がってこない限り、クロノの後ろというベストポジションで脚を溜められる。逆に言えばクロノジェネシスはスタート後100m足らずで使われる立場となってしまった

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ここで、後々に影響する問題が発生する。

1周目の直線。注目したいのは緑シャドウディーヴァのポジショニングだ。4番手の外目にいる。

シャドウディーヴァという馬は実力は重賞をもっと勝っていいだけのモノがあるのだけど、右回りだと内にモタれてしまって追いづらくなってしまうという致命的な弱点が存在する。

実際右回りは1.0.1.8左回りは2.5.2.5。そりゃこういう成績が出る以上、左回り中心に使うよね。

今回シャドウディーヴァが引いたのは外目の枠、6枠12番だった。右回りだと内にモタれる馬。内にモタれるということは、右側に内ラチを置いて、ラチを頼って走らせたい。ところが引いたのは外枠。なんとかしてここから内に入れたい。

本来だったら桃タイトルホルダーの後ろ、3番手のラチ沿いを狙っていたのだろう。動きからしてたぶん間違いない。ただそのポジションを6番を引いた黒ウインキートスに取られてしまった。これでラチ沿いに入れない。

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するとこうなる。

緑シャドウディーヴァが内ラチ沿いに入れず、その後ろの有力馬、ディープボンドであり、クロノジェネシスであり、エフフォーリアであり、ステラヴェローチェなどが、シャドウの後ろという形になってしまう。

もしシャドウが急速に下がってきたりすると、その後ろにいる馬は困るよね。この内ラチ沿いに入れなかった一連の動きが、後程勝負ドコロで影響してくる

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一方の先行集団。並びは白パンサラッサがハナ、離れた2番手が桃タイトルホルダー、3番手がシャドウディーヴァを内に入れさせなかった黒ウインキートスで固まった。

注目したいのはパンサラッサに乗っている菱田が、『内を見ている』点だ。これ、菱田が見ているのは内のオーロラビジョン

逃げ馬が後ろとの距離を確認するには振り向くか、股下からのぞく手があるが、直線であればビジョンに今の隊列、レースの状況が映る。それを確認すれば後ろとの距離感が正確に測れる。武さんや福永あたりがよくやる手だ。

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横から見るとこれだけの差がついている。差からして5馬身ほどはついているだろうか。レース前に陣営が「少し距離が長いから、ペースを緩めず逃げたい」と言っていたように、パンサラッサはまずは前半後ろを離し、セーフティリードを作りたい。

●21年有馬記念 ラップ
6.9-11.3-11.6-11.5-11.9-12.5-12.6-12.2-12.4-12.4-12.2-12.0-12.5

前半500m 29.8
前半900m 53.2

前半500m29.8は、ここ10年で見ると19年のリスグラシューが勝った年(29.4)に次いで速い。19年は900m通過52.3。さすがにここまで速くはないが、例年の有馬よりは速い。

パンサラッサの福島記念は前半1000m57.3。まるでツインターボのごとく飛ばしたことから、『今回は例年の有馬記念と違ってハイペースになる』と予想にも書いた。前半900m52秒台もあると思っていたから、こちらとしては想定の範囲内。

序盤飛ばしたということは、中盤少し緩めたい。

6.9-11.3-11.6-11.5-11.9-12.5-12.6-12.2-12.4-12.4-12.2-12.0-12.5

菱田が内のオーロラビジョンを見たのはこのあたり。見たあたりからペースが緩んだのがお分かりだろうか。12.5-12.6と、息を入れている。タイトルホルダーと離れていたから安心したんだろうな。

ただパンサラッサがそれなりに飛ばした割に、先行集団は菱田とそこまで大きな差はない。いわゆる大逃げの形ではないだろう?だから先行集団も少しペースが速い。

この時点である程度後ろからでも届くレースが形成されている

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菱田が緩め始めた1コーナー。赤ディープボンドの後ろに青クロノジェネシス、そしてその後ろに黄エフフォーリアという隊列が生まれている。

武史のポジショニングは理想的だ。ディープボンドやクロノジェネシスといった有力馬を前に見ながら、自分のタイミングで動ける。

この時点ではまだ、クロノジェネシスのポジションも悪くはなかったんだよね。エフフォーリアに目標にされているとはいえ、自分の進路はある。

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ただここで菱田がペースをちょっと緩めた分か、馬群全体のペースもちょっと落ちた。その影響もあってか、灰キセキがほんの少し、外から上がっていくんだよ

青クロノジェネシスの隣にいたキセキが、赤ディープボンドに並びかけていっているのが分かるだろうか。今のキセキは持続力を生かしたい。ペースが少し緩まったなら、当然キセキもポジションを上げていきたい。

キセキが少しずつ上がることで、その真後ろにいた黄エフフォーリアが一緒に付いてくる

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向正面の入口はこんな感じ。正面からだとちょっとわかりにくいんだけど、灰キセキが少しずつポジションを上げている。

キセキが上がってくるとなると、本来青クロノジェネシスはポジションを上げないといけないんだよな。そのままのポジションだとキセキに締められちゃうだろう。

だからキセキと、赤ディープボンドの間のスペースを使って、ディープボンドに並びかけるくらいの動きが必要になる。

ところが、クロノジェネシスは動かない。確かに昨年は残り1000mから動いていることを考えると、向正面に入ってすぐに動くのは早いのだが、キセキ相手に張りもせず、同じポジションで動かない。

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そうこうしているうちに、桃キセキ(すまんここだけ色間違えた)が外から上がりきり、青クロノジェネシスの進路を完全に締め切っている。

それに合わせて黄エフフォーリアも上がってきて、クロノジェネシスに抵抗する余裕を与えていない。

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残り800m。灰キセキが締め切り、その後ろに青クロノジェネシス。キセキの動きに合わせて動いた黄エフフォーリアが、クロノを外から完全に締め切っている。武史の好判断だったのはここだ。

②パンサラッサ 菱田
⑤ディープボンド 和田竜
⑥ウインキートス 丹内
⑦クロノジェネシス ルメール
⑩エフフォーリア 横山武
⑫シャドウディーヴァ 横山典
⑮キセキ 松山
⑯タイトルホルダー 横山和

Aパターン
← 内ラチ
ーーーーーーーーーーーー
② ⑯ ⑥⑫⑤
      ⑮⑦⑩
      ← ↓

仮に、序盤の通り⑦クロノジェネシスの真後ろに⑩エフフォーリアがいたとする。このパターンをAとしよう。

⑮キセキが外からちょっと動いて、⑦クロノジェネシスの前に入ったとしても、クロノは外に壁がないのだからスムーズに外に出して動ける

Bパターン
← 内ラチ
ーーーーーーーーーーーー
② ⑯ ⑥⑫⑤
      ⑮⑦
       ⑩

対してBパターン。⑮キセキが外から動いて⑦クロノジェネシスの前に入る際、⑩エフフォーリアが一緒についていくと、⑦クロノが外に出せない。

本来だったら強いクロノの後ろを追走していれば、勝手にクロノが進路を作って、自分の進路も開く。

ところがエフフォーリアは待たずに、自分から動いてクロノを締めに行ったんだよな。序盤ペースも流れたレースで、残りまだ1000mある地点。動くかどうか迷うところだが、武史に迷いがなかった。躊躇なくキセキについていって、クロノジェネシスを締めている。

小回りで卓越した持続力を見せていたクロノジェネシスが締められているのだ。ルメールレべルのジョッキーだったら、当然締められないよう抵抗するのが当然

それがしなかったということは、やはりクロノジェネシスの調子は万全ではなかったのだろうね。抵抗する時間はあったのに何もしなかったあたり、そこで無理をすると最後まで持たないというルメールの判断だったのだと思う。この締めは、有馬記念において最も重要なポイントだった。

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一方、内に目を向けると赤ディープボンドが内に潜り込んでいる。前には黒ウインキートスがいる。

何度も回顧を見てくれている人間は分かると思うが、自分の前に強い馬がいるとレースを進めやすい。別にウインキートスを弱いとは言わない。実力はある馬だが、なら有馬記念において実力上位かというと、それもまた違う。

それでも和田はディープボンドを外に出さず、内目で我慢させているんだ。レース後「理想的な感じで流れてくれました。内にこだわって手応え十分に周ってきましたが、相手が強かったです」と話しているように、内にこだわるのは当初の作戦通りだったのだろう。

なんでそんな作戦を取ったかって、クロノジェネシスやエフフォーリアといった強力な相手に対して、外を回し続けては歯が立たない。それを考慮して、和田は内目の好位を丁寧に回るという作戦を取ったのだろうね。ロスなく回って強豪相手に対抗しようとしたわけだ。

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前を走るのは茶ペルシアンナイトと黒ウインキートス。どちらも人気に推されているわけではなく、実力面では少し劣る可能性がある馬だ。

前述したように内にこだわっていたディープボンドの和田は、4コーナー手前でどう捌くか考えている。

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内ラチ沿いが開く可能性が何%くらいあるか、そこについてどう考えていたかは和田に聞いてみないと分からないが、たぶん内が開く可能性が高いと判断していたのではないかな。

実際茶ペルシアンナイトのクリスチャンが、4コーナー手前から外に出し始めたんだよ。黒ウインキートスを外に押し出すように進路を確保しにいった瞬間、赤ディープボンドの前がガバっと開いた。

ディープボンドは絶好の展開だよね。開いた前に入ればいいだけなんだから。小回りの内はゴチャつきやすいものだが、ここまでほぼノートラブルで直線を向けている。まさに理想的な展開だったと思う。

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一方の外。赤ディープボンドが動かず、外の灰キセキが締め、黄エフフォーリアが締め、青クロノジェネシスの進路がなくなり動けなくなっている。

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前から見るとこんな感じ。青クロノジェネシスとしては、外から締める黄エフフォーリアを弾き飛ばすか、内目に進路を取らないと灰キセキを交わせない。

ところがここで前述、緑シャドウディーヴァ問題が出てくるんだ。シャドウの手応えが悪く、ズルズルと下がり始めたんだよね。おかげでキセキの右隣りのスペースがなかなか開かず、クロノジェネシスのスペースがない

これ、当初からシャドウディーヴァが内ラチ沿いに入れていたら、そもそもこんなところにシャドウがいないわけで、クロノジェネシスの進路が開いていた可能性が高いんだよな。

ウインキートスに先にポジションを取られてしまったことで、内で脚を溜められなかったシャドウが下がってくる。序盤のポジション取りの結果がクロノに影響を与えた瞬間だ

しかもそうこうしている間に、エフフォーリアの外から紫ステラヴェローチェも上がってくる。完全にクロノジェネシスが馬群の中で閉じ込められてしまった

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しかも灰キセキが、やけに内を丁寧に締めて回るんだこれが。松山が引退レースということを意識して、1つでも上の着順にという思いがあったのかもしれない。

キセキは跳びが非常に大きいから、小回りの中山だとどうしてもコーナーワークに不安がある。それでもこれだけ締めて丁寧に回れるんだから松山上手い。

キセキが締めに締めたことで、青クロノジェネシスの進路が一向に開かない。黄エフフォーリアはキセキの外からガッチリ締めているし、更に外から今度は紫ステラヴェローチェまでやってきた。この時点でクロノジェネシスは詰んでいる

マスクはエフフォーリア、ディープボンド、ステラヴェローチェが本線。この時点で的中を確信、興奮していたのは言うまでもない。

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直線入口。内ラチ沿いを綺麗に回ってきた赤ディープボンドが、直線外に持ち出そうとする。

一応進路としては白パンサラッサと桃タイトルホルダーの間にも1馬身半くらいスペースがあるんだが、ディープボンドは跳びも大きめ。タイトルホルダーの和生も左手にムチを持っていて、内に寄ってくる可能性がある。

和田もちゃんと見ていたし、馬の特徴を最大に生かすために流れるように外に向かった

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一方、直線入口の外。こちらは黄エフフォーリアが前に並びかける。

灰キセキが内をピッタリ締めながら回ってきて、4コーナー出口から下がったこと、そして外から紫ステラヴェローチェがピッタリ締めながら回ってきたことで、青クロノジェネシスの進路はまだない。

正直、今日のクロノジェネシスはパドックを見た感触だといい時の80~85%。陣営の話を聞いていてもそのくらいだったし、だからこそルメールも道中自力で抵抗できていなかった。

完全に進路をふさがれているのだから、ここで終わり。のはずだった

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今回、クロノジェネシスがあのデキで3着まで来たのは、地力はもちろんのこと、ルメールの冷静な判断があったと言ってもいい。

直線、黄エフフォーリアの後ろにいる青クロノジェネシス。外から紫ステラヴェローチェがピタリと締めているから、普通だったらエフフォーリアの内、1頭半分のスペースを突く。普通ならね。

でもルメールの判断は冷静だった。エフフォーリアが手前を変えようとしていたのか、武史の重心が若干、こちらから見て右に寄ってるのが分かるだろうか。つまり武史は『エフフォーリアが内に寄ろうとしているのを阻止している』。

すると当然、この空いている1頭半分のスペースは閉まる。ルメールは何を基準に判断しているのか分からないが、開いたスペースを放置したんだ。

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ルメールが予期した通り、本当に黄エフフォーリアが内に寄って、赤ディープボンドとの間のスペースがなくなっている

武史が右ムチを入れて修正しようとしているが、手前が変わったり不安定な素振りがあるのは、エフフォーリアという馬が本質的に左回り向きだからなのだろう。

こうして開いたのはエフフォーリアと、外の紫ステラヴェローチェの間のスペース。読んでいたルメールはそこに入ってきた。

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おお、おかげさまで安い目が入ってきましたよ。青クロノジェネシスが並のジョッキーだったら詰まった時点で終わりだったんだけどね。そもそも並のジョッキーはクロノに乗れないか。

紫ステラヴェローチェはエフフォーリアについてこれたとはいえ、スタートで出遅れ後手に回り、外外を回っている。クロノは詰まったとはいえ道中、ステラより内で脚が溜まっている。

並んで叩き合ったら圧倒的に分が悪いのはステラのほうだ。クロノが差し返してきて3着。ステラは4着。マスクは安い目が入ってしまい悶えた。

まー、仕方ないな。出遅れてなければというのはタラレバでしかない。出遅れるリスクも踏まえて買っているわけだし、一度は完全に封じ込められながら抜け出してきたルメールを褒めるしかない。

ミルコさんが「瞬発力勝負にならないようにこの馬を信じて、早めに上がっていきました。最後は苦しくなってしまいましたが、力のある馬です」と話しているように、この形の競馬で4着は実力がある証拠。

これでステラヴェローチェが非根幹距離が上手いことは改めてよく分かった。来年は道悪になりやすい非根幹の宝塚記念が絶好の舞台となってきそう。

ただこの秋、負担の掛かるレースが続いているのがネック。道悪で馬場がかなり重かった神戸新聞杯から、阪神の2度の坂越えがある菊花賞を経由し、有馬記念で外外を回る…そろそろ反動が心配。気性や身体面に影響が出ないといいのだがね。

対して3着クロノジェネシスは、凱旋門賞の反動も大きかったのだろう。1週前のフォトパドックよりは全然良かったが、それでもいい時と比べたら8割ちょっと。本当にいい時のクロノジェネシスの張りではなかった

その状態だからこそ包まれてしまったと言ってもいいのだが、包まれながら最後に進路を選びつつ3着までくるのだから、ただただその地力を褒めるしかない。さすがグランプリの女王。

凱旋門賞を使わず、国内専念だったらたぶん有馬記念を勝てていたのではないかな。あくまでタラレバだけどね。それでも国内ではなく凱旋門に挑んだ、これぞ女王のあるべき姿だと思う。

3歳春は一時期430kgを割りかけながら、今は50kg増えて480kg近い体型になった。この馬最大の凄みはその成長力だろう。姉のノームコアも古馬になって体型が変わったが、変わり方が姉以上。

成長力に加えて、適性がややズレる天皇賞秋などでも数字が出せる能力の高さなど、歴史に残る名牝だったのは間違いない。凱旋門賞直前輸送など、ノーザンFにとっても新たなノウハウを積み上げることができたはず。次代に向けて、この馬の存在が大きかったと言える日はきっと来る


2着ディープボンドは完璧な競馬だった。デキが素晴らしいという話は裏話にも書いた通りでパドックを楽しみにしていたのだが、話通りのデキで出てきてくれた。以前とは違う馬になってるね。かなり強くなっている

今日は完璧に乗ったものの、外を回ったエフフォーリアにねじ伏せられてしまった。ただ『内を完璧に立ち回れる』というのは大きな武器。来年の天皇賞春、楽しみだね。ドバイに行くかもしれないけど。阪神の天皇賞なら獲れていい。

着順は巻き戻るが、5着タイトルホルダーは前述したように、前半ポジションを取る時に脚を使ったのが最後に響いた。仮に内目の枠からポジションを取れていれば、3着はあったかもしれない。

ただ内枠だと、こちらも前述したように囲まれて引っかかるリスクも伴う。真ん中より外でもいいから、せめて12番くらいが欲しかったね。16番は遠すぎた。

今日は+12kgだったが、まったく太くない。全て成長分。元々古馬になって更に良くなると言われている馬。ちょうど成長期に入ってきたかな。この調子だともっと増える。パンプアップして、更に見栄えのいい体になってきそうな予感しかしない

ネックはやはりテンション面。どうしても今戦法の幅がない。控えたセントライト記念で揉まれこんで大敗したようにね。これが3、4番手くらいで我慢できるようになれば、もう1つGIタイトルを手にできると思う。

意外と3200mが長そうで最後止まりそうだが、宝塚あたりでマイペースで運べれば面白そう。日経賞は馬場次第として、オールカマーは悪くなさそう。

アリストテレスは6着まで差してきているが、パンサラッサが厳しめのペースを作っていることを考えればそこまで評価できない内容。物見をしない分後ろからのほうがいいのは間違いないが、あの競馬だとGIIではいい勝負になっても、GIだとちょっと足りない。

それも踏まえて武さんもあの競馬をやったんだろうけどね。武さんがGIでちょっと足りない馬に乗った時に定期的にやる戦法。現状の実力は今回の競馬である程度測れたのではないかな。

武さんがレース後「レース前は気が入りすぎていて、馬群から離して走りました」と話しているように、この一族らしく精神面に課題が残る現状。金鯱賞は馬場次第で勝ち負け。その先のGIは、精神面が成長してから。


7着アカイイトは現状の力を出し切ったのではないかな。8着モズベッロもゲートが悪かったとはいえ、たぶん五分に出ても5着までだったと思う。状態面はもう一段階上がる。夏負けがまだ尾を引いている気配がある。

10着キセキも現状の力は出した。元々跳びが大きすぎて中山が合わない馬でもあるが、パドックを見ていても、行きっぷりを見ても、全盛期は過ぎている。毎回パドックで凄く良く見せることでお馴染みだが、以前のキセキは図抜けて良かった。今年夏くらいから踏み込みの強さ、弾力感は落ちてきており、引退は仕方ない。

ただ俺は引退が遅かったとは思わない。何としてももう一度勝たせたい気持ちは分かるし、筋肉量や張りは7歳まで、30戦以上使ってきたとは思えないレベル。少なくとも7歳には見えない。もう一つ、どこかでやれるのではないかと思うのも当然。

いくら毎回パドックを良く見せる馬とはいえ、状態を高いレベルでキープさせながら大きなケガがなかったのは、ひとえに担当さんの仕上げが上手かったから。ちょっと真面目過ぎたり、頭が良過ぎたことでもうあと1勝が遠かったが、記録より記憶に残る名馬だったのではないかな。産駒が楽しみだね。

よく頑張ったと言えば15着のメロディーレーンもそう。馬群を見ても目立つ小柄。パドックも姿形から他馬と違う。それでもオープン馬としてグランプリの舞台に立っていることが凄い。

着順は置いておいて、普通350kgでは未勝利も勝てないからね。話題性が先行しがちで人気だけと言われることも多い馬だが、あの体重、体型でオープンまで進んでいる時点で、とんでもない能力なんだよ。

来年検討しているサウジ遠征は厳しい状況だが、阪神大賞典やステイヤーズSといったレースで道悪にあたれば、ひょっとすると…


さて、最後になったが勝ち馬エフフォーリアについて触れていこう。

この馬の能力の高さについては今更触れる必要もないだろう。回顧にも書いたし、書かなくても能力の高さは伝わるはずだ。そこはいい。

今回マスクが懸念していたのは、気持ち長そうな距離、そして右回りの小回り。以前中山をこなしているとはいえ、あの時は一周で同世代相手。

2500mで古馬相手、気持ち距離が長い舞台でロングスパート勝負になった際、最後に甘くなってしまうのではないか。中心視した1頭とはいえ、そんな不安はあった。

デキも100%ではない。武史は天皇賞秋を100とすると80~90と話していたが、今日のパドックを見ても天皇賞秋を100とすれば90前後だったと思う。それでもさすがに良かったのだがね。

まだこの馬は完成していないんだよな。内臓面が強くなったにしろ、脚だってまだ万全ではないし、反動も残る分間隔は詰めにくい。その状態ですでにGIを3つ勝っていることに驚く。

それ以上に今回驚かされたのは、武史の騎乗だ。武史は『クロノジェネシスの後ろにつける』という明確なテーマを持ち(たぶん)、忠実に実行した。

そしてただ後ろにつけるだけでなく、向正面で好判断だった外からの締めを実行。クロノジェネシスを完全に封じてみせた。これ、本当に23歳の騎乗かよ。普通できないって。

相手の良さを消して、なおかつ自分の馬を勝たせるというのは往年の武豊。なら武さんが23歳の時にここまで大胆な騎乗をGIで見せていたかというと、正直記憶にない。

武史の凄い点は、『馬を完全に信用しきっていること』。エフフォーリアという馬を一切疑っていない。疑っていないから、多少早く動くことになっても実力を信頼して、クロノを締めにいけている。

実力を信頼しているからこそ、これまで乗ってきた菊花賞馬タイトルホルダーではなく、クロノジェネシスを目標にレースを運べる。全て、愛馬への圧倒的な信頼感が為せる業さ。

前日ヴァンガーズハートの件がありながら「武史が一番上手いから信じて乗ってこい」とレース前に声をかける鹿戸師も凄いが、こんなに馬を信頼して騎乗する23歳を、俺はこれまで見たことがない。

もちろん怖いもの知らずだからできる話でもあると思うのだけど、末恐ろしいよな。武豊の23歳時とはまた違った、底知れぬ怖さがある

ノリさんの若い頃ともまた違うんだよな、スタイルが。武さんとも違う。それぞれにそれぞれの良さがあるから、どっちがいい悪いと比べることはしないが、横山武史という、独自のスタイルが生まれつつある

以前、武さんが冗談半分で「ノリちゃんのところの3番目の子、名前に『武』って入ってるから上手くなるよ(笑)」と話していた、と聞いたことがある。

武豊、横山典弘という、平成の競馬を引っ張った二大天才の名を受け継ぐ横山武史というジョッキーが、令和の競馬を引っ張っていく、そんな確信に似た感情を得た有馬記念だった。


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