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ビーチェって街で

ビーチェっていう街で
ひび割れた夏が運河に映る
行き交う人々の喧騒が
日差しに焼かれ宙を舞う
しずけさはレンガの陰
いまはまだ息を潜め
路地を転がる赤い風船
公園で踊るワンピースみたい
突然の雨に
かき消された声

わかってるよ 知ってるよ
さようなら ありがとう

日はまた昇り日はまた沈み
日はまた昇りまた沈み
人々は愚かしくむごたらしい
殺し合いには飽き飽きして
兵器はすべて鉄に溶かして
新しい
扇風機を作る
少しの空気の揺らぎが
いつまでも風を起こして
無尽蔵のエネルギーを生み出し
みんなに行き渡る
欲張ったり飢えたりする必要はない
人類はみんな兄弟なんだ
そんなことをまた言って

そしてビーチェは
あの公園で踊るワンピースの少女みたいな
赤い風船が舞う石畳は
二百年の雨に水底へと沈み
ミルフィーユ状に透き通る
眠りの中で夢を眠る
行き交う人々は気づかないまま
記憶の中のいとなみをいとなむ
水面を横切るクジラの影
赤い風船は
とうにしぼんで捨てられて
歌うような残像だけを焼き付けて

わかってるよ 知ってるよ
さようなら ありがとう

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