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小泉花音は自重しない 前日譚 The day of becoming the sword emperor 中編

 翌日の当番は住良木の言葉通り、俺たちは一日中詰め所で待機だった。パトロールからも外された。幸い街で突発的な事件が起こることもなく(酔っ払った特異体が飲み屋で少々暴れたようだが、警ら中だった班が問題なく片付けたらしい)、詰め所で待機と訓練で一日を過ごした俺たちは申し送りと同時に指示を受け――
『218、配置完了』
『219、配置完了』
『220、配置完了――A分隊配置完了』
『221、配置完了』
『222、配置完了』
『223、配置完了――B分隊配置完了。HQ、こちら223―1、01小隊配置完了』
『こちらHQ、了解した。各員その場で待機。02、03小隊の配置完了を待て』
 俺たちで確保した発火能力者たちから引き出した情報の裏を取った捜査班と本部が立案した特異犯罪組織壊滅作戦に参加していた。
 作戦室に呼ばれたのは申し送りが済んですぐ――0時過ぎ。そこで簡単な説明を受け、現在は二時を回ったころ――電光石火の作戦だ。
「住良木が言った通りになったなぁ」
 通信がオフになっていることを確認し、呟く。
「俺たちが最前線ってとこまで完璧じゃん」
 俺たちの配置は最前線。敵の懐に入り込むように前に出て、今は仲間が区画を包囲するのを待っているカタチだ。
「ただの非合法な組織ではない。特異犯罪組織の中でも一際危険な連中だ――上は一秒でも早く潰したいだろうよ」
「あんたたち、無駄口叩くなんて余裕あるわね……こんな大きな作戦で緊張しないわけ?」
 周囲を警戒しつつ、千種姉がぼやく。
 今回の作戦はかなり規模の大きなものになった。小隊が三つ――合計十八班五十四人のハウンドドッグが実戦参加。HQには更に一小隊が予備戦力として待機している。
 その中でも俺たち223は突入部隊で、しかも前衛担当。小隊長を務める住良木がいるので本来はA分隊が前衛で俺たちは後衛というのが妥当だと思うのだが、光栄なことに戦力として期待されている。
 予想通り、俺に課せられたノルマを達成することができそうな配置だ。
「確かに、俺たちが参加する作戦の中では過去最大の規模だな。いささか緊張する」
 同じように周囲を警戒しつつ、住良木。
「その割には余裕そうに見えるけど?」
「作戦の規模が大きくなってもやることは変わらん。状況に合わせて適切に行動すればいい。見敵必倒――それのみだ」
「大丈夫だよ、千種姉。千種姉はいつもどおり俺と住良木のバックアップをしてくれればいい。後は状況を見て住良木が指示を出してくれるさ」
「簡単に言うわね……あんたは大丈夫なの? 入れ込み過ぎてない?」
「大丈夫さ。問題ない」
 頷くと、今度は住良木が――
「ブリーフィングでも説明があったが、かなり強力な戦闘力を持つ特異犯罪者がいると思われる。特に危険なのが空間移動者(テレポーター)の女と水流操作者(アクアキネシスト)の男という話だ」
「――精神観測者(サイコメトラー)でも詳細が掴めなかったんだって?」
「ああ、いかに精神観測者(サイコメトラー)と言えども、確保した奴らが知り得ないことまで視えるわけではないからな。玲紀、お前は異能に頼るきらいがあるからな――その詳細が掴めなかった大物に当たったところでガス欠では話にならん。異能はほどほどにな」
「まあ、なるべくはね」
 ベルトポーチにこれでもかと詰め込まれた短機関銃(M9)の予備弾倉を撫でる。こいつで片付く相手ばかりなら楽だけどな……
 ウェアラブルデバイスが振動する。
『02小隊配置完了』
『03小隊配置完了』
『HQ了解――223の行動開始を合図に各員かかれ』
『了解――』『了解――』『了解――』
『223――こちらHQ。聞いての通りだ。諸君らの突破力に期待している』
「223―1了解――各員、最終確認だ。223が先行する。221と222が随伴、A分隊は02小隊との連絡を確保、02小隊は随時突入して援護、制圧。03小隊は相手の逃走経路を遮断。一人も逃すなよ」
『了解――』『了解――』『了解――』
 住良木の声が、肉声と通信機――ダブって聞こえる。
 少し先のビルを見上げる。八階建ての雑居ビル――表向きの持ち主は一般企業――だがそこは指定暴力団のフロント企業だった。そしてそのバックにいる組織が特異犯罪組織に貸している。このあたりの情報も発火能力者(パイロキネシスト)たちから得た情報を元に判明した事実だ。殺しを生業とする特異犯罪者たちにこんなビルはいらないだろうと思うが――どうやら構成員たちの住居も兼ねているらしい。
 つまり、このビルがまるごと特異犯罪組織の根城というわけだ。
「――玲紀、行こうか。初手を任せていいか」
「ああ、上品にノックする必要はないよな?」
「勿論だ」
 頷く住良木。
 よし、じゃあ行ってみようか。
「作戦開始だ、行くぞ――」
 小さな声で――しかし鋭く、住良木の声。
 俺は宙空に伸ばした手で、オーディンの愛槍・グングニルを掴み――
 ――閉ざされたビルの入り口へ投擲した。

   ◇ ◇ ◇

 爆発。グングニルは周りの壁ごと下ろされたシャッターに大きな穴を穿つ。
「千種、続け!」
「はいよ!」
 手の中に戻るグングニルを握り駆け出す俺と、住良木――千種姉も後からついてくる。風通しが良くなった入り口からビルに突入して――
「――玲紀、エレベーターを潰せ!」
「オーライ」
 ビルの入り口を破ったくらいで、グングニルの存在力は尽きない。入ってすぐのホールにある二基のエレベーター――その両方を手にしたグングニルで突き、扉をメタメタに破り貫く。
「どこのカチ込みだ――」
「違う! ハウンドドッグだ!」
 そんな声が辺りから聞こえてくる。殺気だった気配――大人しくお縄につくつもりはなさそうだ。
「特異犯罪者たちに告ぐ! このビルは包囲済みだ! 投降の意思のある者は頭の後ろで両手を組んで床に伏せろ! 従わないものは抵抗の意思ありとみなして制圧する!」
「ざけんな! 無茶苦茶しやがって!」
 住良木の降伏勧告に、姿を見せない連中が大声で反論する。声の方向は奥へと続く廊下の先だ。空いた扉から灯りが漏れている部屋がある。
 無言でそちらに駆け出すと、扉の隙間から拳銃を持った手がにょろっと生える。足は止めない――銃口から放たれる弾丸を、手にしたままのグングニルで切り伏せる。そのまま扉を蹴り開けて――
「こちら223―3。複数の容疑者を発見、拳銃の所持を確認。これより制圧する」
 事務的に目の前の事実を通信機に乗せ、グングニルを床に突き立てた。粉々になった床材が礫となって前方に四散する。
「ぐあっ――」
「くそっ!」
 瓦礫に視界を奪われて悪態をつく犯罪者たちの声に混ざり、通信機から住良木の声。
『――玲紀、敵の数と部屋の広さは?』
「確認したのは三人、全員銃を持っている。拳銃だ。十五畳くらいかな――事務所っぽい感じ。奥に扉が見えた」
『わかった。お前はそっちの索敵を。そこの制圧は俺が』
「了解」
 住良木の指示に合わせて入室。そのまま部屋の中の連中には構わず、まっすぐ奥の扉へ向かい――
「――行かせるか!」
 扉の手前の物陰から、男が飛び出してくる。手に持っているのは日本刀か。は、そんなもんじゃ話にならねえよ――振り下ろされるその刀身にグングニルの穂先を叩きつける。あっけなく砕ける日本刀。しかし――
「くらえっ!」
 男の影に、さらにもう一人の男がいた。俺に向ける手のひら辺りの空間が歪んでいるように見える。
 咄嗟に自分と相手の間の空間をグングニルで薙ぐ。確かな手応え――グングニルが存在力を使い果たして光の泡となり、消える。
「――念動力(サイコキネシス)を斬っただと?」
 やっぱりか! 面倒な力使いやがって……!
 しかしここでこいつらと交戦している暇は無い。住良木がこの部屋の制圧は自分がやると言った。もうすでに始めているはず。
 ちらりと部屋の入り口に目を向けると――真っ白い煙が猛烈な勢いで流れ込んできていた。キンキンと甲高い音も聞こえる――住良木と千種姉の合わせ技だ。住良木が発生させた絶対零度にほど近い超冷温の氷霧を千種姉の力でこの部屋に流し込む力技。この程度の広さの部屋なら、ものの数秒で釘をバナナで打てる冷凍庫に変えてしまう。
 足止めに二人の足下へ九ミリ弾をばら撒きつつ、扉から出て追って来ることができないように背中で押さえる。一瞬だけ間を置いて、背中を預ける扉全体が急激に冷えた。
 後は冷凍庫同然の部屋で寒すぎて動けなくなった特異体たちを、千種姉の力で常温の空気の層を纏った二人がどうにでもするだろう。
 さあ、次だ。辺りをざっと見回して、階段と二つの扉を発見する。
 階段は後回し――先に一階を制圧する。
 ビルの入り口を抑えていても、特異体なら二階、三階の窓から余裕で逃げることができる。そのための事前の包囲で、今回のような作戦なら突入後は討ち漏らしがないように進むのが定石だ。異能をいつでも使えるように集中を切らさないのも忘れない。
 取りあえず五人――計百六十八。良いペースだ。各フロアにこれくらいいると想定すれば、作戦終了時にはノルマを超える。
 残る二つの扉の片方の脇につき、気配を探る――いる。殺気だった気配と、微かな物音。このフロアでさらに数を稼げるのか。
 俺は短機関銃を握り直し、ドアノブに手をかけた。

   ◇ ◇ ◇

 その後、六階まで順調にクリアした。俺が突撃し、状況把握、撃破。場合によっては住良木と千種姉が広範囲攻撃で一網打尽にし、随伴の221と222が制圧、続くA分隊が確保。後続の02小隊が特異犯罪者を捕縛して外へ連れ出す。作戦通りだ。
 俺にも広範囲攻撃の手段はあるが、派手にやると建物ごと潰してしまう。下手をすれば俺自身も巻き込むし、狭所での使用には向かないんだよな……
 残りは二フロア。確保した特異犯罪者は計二百を超えた時点でカウントを止めた。これ以上は意味が無い。後で計算すればいい話だ。
 とは言え気が抜けない。事前情報の空間移動者(テレポーター)と水流操作者(アクアキネシスト)と思われる相手にはまだ遭遇していないからだ。他にも強者がいないではなかったが、俺と住良木の相手ではなかった。
「さて、そろそろ目玉が出てくる頃合いだろう。気を抜くなよ」
 上階へ続く階段を前に、住良木が言う。
「今が一番気合い入ってるよ……ノルマを達成しても生きて帰らなきゃ意味が無い」
「その通りだ」
 住良木は頷いて――
「ポジション、俺と代わるか?」
「そういうのやめろよな。辞表書いて退役するまでは223―3だぜ、俺」
 短機関銃の弾倉を交換し、答える。
「……、すまない」
「住良木こそ余計なこと考えてコケんなよ」
「ああ、わかっている」
「おう。じゃあ行くぜ」
 足音を殺して階段を駆け上がる。七階に踊り出た俺は短機関銃を構えて左右を確認し――終える前に前方の廊下――その角から短機関銃の斉射を受ける。
 マジかよ、拳銃ならともかく、こんなもんまで手にしてんのか――!
 見たというより、マズルフラッシュでその存在に気づいたという具合だ。防御や回避が間に合わない――身構えるだけで精一杯だ。
 しかし銃口から吐き出される数多の弾丸は俺の体に届かなかった。すぐ後ろから来ていた住良木が、俺の目の前に氷の障壁を展開している。
「左右の警戒に気を取られ正面をおろそかにするとはな」
「あー、すみませんでしたね!」
 言いながら、障壁越しに前方を伺う。マズルフラッシュは一つ――照明が落ちていて助かった。明るかったら銃撃に気づけなかったかも知れない。俺の気づきがなければ、住良木も能力を使っての防御を考えなかったかも知れない。
「弾切れと同時に突っ込む」
「俺ならアレは囮にする――伏兵がいると考えた方が良い」
「わかった」
「頼むぞ、本当に――」
 叱るように言う住良木に頷く。程なく止む発砲音。
 何事もなかったかのように消え失せる氷の壁。同時に強く床を蹴って駆け出す。
 短機関銃が引っ込んだ角は十メートルほど先にある突き当たりの向かって左。右にも伸びている――T字というわけだ。廊下には遮蔽物も扉もない。伏兵がいるなら角の向こうだろう。
 引っ込んだ銃を追って背中から撃たれてはたまらない。しかし引っ込んだ銃も弾倉を交換しているだろう――向かって右だけを警戒するわけにもいかない。
 となれば――
「千種姉!」
「はいよ!」
 突き当たりに飛び出す直前に天井ギリギリまで跳躍する。しばらく体が宙に浮き――落下を始めたところで、足下から烈風が吹き上がり、俺の体を宙に止める。
 千種姉の風流操作(エアロキネシス)――これで浮遊できる訳ではないが、数秒は宙に留まることができる。そのまま左手で剣召喚。走り込んだ慣性で突き当たりの壁が迫り――
 激突する前に体を背負って反転し、突き当たりの壁、その天井付近に着地する。右の短機関銃と左の剣――両手を広げてそれぞれを伸びる廊下に向ける。
 T字路へ突撃する際の常套手段――天井が高い施設ほど有効だ。走り込むハウンドドッグが天井付近をスライド移動してくるとはなかなか予想されにくい。しかも反転して足から壁に着地している。ヤバイと判断したら三角飛びの要領で素早く脱出することもできる。
 視線を左右に向ける。待ち伏せが予想された向かって右――今は切っ先を向けた左側に敵影はない。銃口を向けた右手側に、たった今弾倉を交換し終えた相手が一人。
 一人か――いよいよ敵も打ち止めなのか?
「おおー、すっごいアクロバット! かっこいいじゃん!」
 状況にそぐわない、楽しそうな甘い声。女か!
 言いながら女が銃口を向けてくる。対して俺の銃口は既に相手を捕らえている。引き金を引くべく指に力を込め――
 カチリと引き金が落ちる瞬間、天井から人間の手が生えた。俺が手にしている短機関銃――その銃身をむんずと掴み、そのまま下方へと押し込める。思わぬ事態に抵抗できず、吐き出された銃弾は狙いを保てずに床材を砕いた。
「な――」
 なんだ、今のは――予想できなかった攻撃? に理解が追いつかず、判断が遅れた。天井から生えた手は未だ健在。短機関銃を掴んだままだ。
 千種姉の能力が効力を失う。重力に引かれて落下する俺の体――握ったままの短機関銃に、その銃身を掴む天井の手。一瞬、短機関銃ごと天井の手に吊られる形になり――
「いい反応ありがとうね!」
 マズルフラッシュ。ヤバイ――俺は咄嗟に左手の剣を射線に掲げて盾にした。銃口から射線を読んでなんとか受けきる。
「あー、くそ……便利な能力なんだぁ、それ」
 着地して身構える。相手の女は何が楽しいのか、声が一段高くなる。
「能力から察するに、キミが噂のハウンドドッグの《剣使い(ソードマン)》だね? 相棒の《氷の魔術士(アイスマン)》も一緒かぁ。大物に狙われちゃったなぁ」
 暗がりのせいで相手の顔は見えない。だが笑っているのだろう。そんな雰囲気が伝わってくる。
「――あれ? キミ結構小柄だね? もしかして年下かなぁ?」
 弾倉を交換しつつ、女。俺は銃口を向けながらも、動けずにいた。相手の弾倉交換の時間で先の出来事を反芻する。
 天井から生えた白い腕。異形のものではなく、人間のものと思えた。
 なんだ? 幽霊とかの類いか――? 有り得ない! そんなものが都合良く相手のいいように動くもんか。目の前の女の能力に決まっている!
 だが、どんな能力だ? 一度見ただけでは実態が掴めない。下手に動いて未知の攻撃を食らうのは避けたい――相手に能力を使う間を与えずに一瞬で無力化するのが得策か。
 左手の剣――異能で召喚した剣を床に叩きつけ、半ばで砕く――幻想武器ではないただの剣だし、防御に使ってダメージを受けている。いざというときに存在力が尽きてしまえば命取りだ。
 光の泡となって消えていく剣――暗がりの中に光が生まれ、女の全身がぼんやりと見える。
 ――!
「おっと、やっぱりまだ子供じゃん。生意気そうな顔だけど、お姉さん結構好みだなぁ」
 ヘルメットのバイザー越しに俺を見て言う女。その女の顔は、旧知の女の顔に似て――いや、それは正確じゃない。あの女の子が年頃まで成長すればこんな感じだろう――そんな風貌だった。
「キミ、ハウンドドッグ辞めて、私たちの仲間にならない? そしたらお姉さんがうんといいことしてあげる」
 その女の風貌に思わず呆然としてしまった俺に、女は銃口を下げる。微笑んだ姿は、成長したあの子の姿を思わせて――
 ぱっと照明が点く。
「ああ、もう! 暗い方がやりやすいのに――」
「――玲紀! 作戦行動中だぞ、何をしている!」
 女の怒声と、住良木の声。住良木は短機関銃を構え、棒立ちだった俺に向かって駆けてきていた。千種姉の姿は更に向こう。照明のスイッチを探り当て、オンにしたのも千種姉だろう。
「~~~っ、《氷の魔術士(アイスマン)》は相性悪そうなんだけどなぁ!」
『――《剣使い(ソードマン)》を仕留め切れれば完璧だったんだけどなぁ。まあいいや。後は任せろ』
 銃口を住良木に向ける女と、機械音が混ざった小さな声――スマホを通話状態にでもしていたか!
「じゃあ向こうはよろしく!」
 女が叫ぶ。そしてにぃっと笑って俺を見た。相性が悪いと自分で言った住良木は無視――
「住良木っ! 気をつけろっ!」
 俺の叫びとそれは同時だった。住良木の頭上の天井に亀裂が入り――それに留まらず、亀裂から水が噴き出した。ウォーターカッターの様に噴出する水は瞬く間にその水量を増し、天井を崩落させた。瓦礫の向こうに上階から飛び降りたような人影がチラリと見える。
「ちっ――」
 慌てて住良木の援護に向かおうとする――が、目の前の女がそれを許してくれなかった。踏み出そうとしたそのつま先の先の床が弾ける。くそ、こっちも無視できない!
 そうしている間にも崩落は続いていた。轟音と共に、階段からこちらに続く廊下のほとんどを埋め尽くす勢いで瓦礫が積もっていく。
 ……分断されたか。
「――住良木!」
『――無事だ。してやられたな。可及的速やかに合流できるよう対処する』
 通信機から相棒の声が聞こえてくる。どうやら瓦礫から逃げ切れたらしい。
 ウェアラブルデバイスは振動を続ける。
『223―1より各員へ。先行していた223―3と分断された。223―3は現在孤立している。発見した目標と障害を排除しつつ、223―1と合流すべく進行する。人手が要りそうだ――A分隊は前へ。02小隊は分隊を編成して01A分隊のバックアップに回してくれ』
『了解――』『了解――』『了解――』
『HQ了解――223―3、状況を説明せよ』
「223―3了解――建物の上層が一部崩され、連絡する通路を塞がれた。現在目標の一人と交戦中」
『原班との合流は可能か』
「即時合流は不可能と判断。こちらで目標を無力化するか、223―1が目標を無力化しない限り難しいと思われる」
『HQ了解。合流が不可能だと判断したら離脱を試みろ』
「了解」
 通信を終える。あの高圧ジェットのような水の奔流と共に人影が見えた。おそらくあいつが件の水流操作者(アクアキネシスト)だろう。
 しかしこいつはなんだ――目の前の女に向ける。事前情報は空間移動者(テレポーター)と言うことだが、その異能を見てはいない。見たのは天井から生えた不気味な腕だ。
 順当に考えれば俺と同じ特殊能力(ユニークスキル)なんだろうが――
「ふぅん。キミのコールサインは223―3か」
 にやにやと、女。
「ね、ハウンドドッグなんて堅い仕事やめて、私たちの仲間になろうよ。お姉さんが可愛がってあげるからさぁ」
 そういう女の風体は、俺より二つ三つ年上に見えた。あいつは二つ上――計算は合う。
 そんなことを考えている自分にはっとして頭を振った。いくら面影があると言っても、あいつがこんな所で特異犯罪者として俺と向き合っているわけがない。それに、聡明ではつらつとしていたあいつは、こんな頭の中が幸せそうな馬鹿っぽいしゃべり方はしないはずだ。
 他人のそら似――似ているだけ。あいつじゃない。
「断る。頭の後ろで手を組んで床に伏せろ。従わなければ抵抗の意思ありとみなして制圧する」
 銃口を女の額に向ける。女は溜息をついて肩を竦めた。
「通信終わるの待っててあげたのにつれないなぁ。ね、今ならオトモダチに聞かれないしお話しようよ。私と楽しいことするの、興味ない?」
 ――取り合う必要は無い。引き金にかけた指に力を込める。
 それがわかった上で、女は銃口を下げた。
「ちぇー。自信なくすなぁ。私結構可愛いと思うんだけど。好みじゃない?」
 そう言って、にこりと笑う。状況にそぐわない笑顔だ。僅かに銃口を下げて引き金を絞る。足を狙った射撃は、身を捩った女に躱されてしまった。
「キミたちは初撃で足を狙うよねー。足を撃たれても死なないよ? ここかここ、狙わないと」
 言って自分の額と心臓を示す。意図が読めない――こいつの余裕っぷりはなんだ?
「キミが仲間になるならさー、適当に死体でっちあげて殉職ってことにするからさ。どう?」
「……そんな暇はない。すぐに仲間がここに駆けつける。お前たちはもう詰んでいる。投降するならこの場で処分はしない」
「仲間って、《氷の魔術士(アイスマン)》? 無理無理」
 あっはっはと、女が笑う。
「カレじゃあいつに勝てないよぉ」
「……あいつは、ハウンドドッグでも最強クラスの凍結能力者(クリオキネシスト)だ。水流操作者(アクアキネシスト)じゃ相手にならない」
「あー、そういう分析? 無理だってー。ま、私が《氷の魔術士(アイスマン)》の相手をするのは難しいかもだけど、元素型の能力者じゃあいつにはまず勝てないよ」
 言いながら、下ろしていた銃口をゆっくりと上げて――俺の額に照準を合わせる。
「そしてハウンドドッグの《剣使い(ソードマン)》くん――キミじゃきっと私に勝てない」
 もう交わす言葉は無い。投降の意思がないなら、バスターとして目の前の相手を制圧するだけだ。相手に悟られないよう、じりじりと体重移動をする。一瞬で間を詰めて、無力化させる――相手の異能がわからない以上、これが最善手。
「――残念。明るいとやりにくいんだけどなー……仕方ないか」
 ようやく交渉を諦めたのか、女が笑う。今までの誘うような笑顔ではない。暴力を楽しむ、愉悦の貌。
「じゃあ殺し合おうか、《剣使い(ソードマン)》くん」

   後編に続く

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