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小泉花音は自重しない 前日譚 The day of becoming the sword emperor 前編


 薄暗いロッカールーム。照明が暗いのは蛍光管が古いからだ。LEDに切り替えればいいのにと思うが、余所じゃ照明だけじゃなくエアコンまで旧型のものらしい。うちは昨年エアコンを新調したばかりでそちらの調子は良好だ。なので照明については文句を言わないでおこう。
 そのロッカールームの一角で暇潰しにスマホを弄っていると、着用を義務づけられている左手首のウェアラブルデバイスが微かに震えた。同時に骨伝導スピーカーから、HQからの通信と応答する仲間の声が聞こえてくる。
『こちらハウンドドッグM区支部HQ、駅周辺で特異体同士が争っているとの通報あり。待機中の223は直ちに現場へ急行せよ』
『223―1了解』
『223―2了解』
『――223―3、返事が聞こえない。応答せよ』
 HQの指示に従わないという選択肢はない。俺はソシャゲを終了し、仲間に続いて答えた。
「……223―3了解。装備のチェック後、現場へ急行します」
『警ら中の219も現場へ向かっている。現場にて合流し、連携せよ。復唱』
『223―1、現場へ急行し、219と連携をとって事態を鎮圧します』
『223―2、同じく』
『223―3、同じく』
『結構。市民の安全を最優先に。以上通信終わり』
 ウェアラブルデバイスの振動が再び振動し、通信が切れたことを告げる。
「……玲紀」
 今度はスピーカーからではなく、肉声で名前を呼ばれた。顔を上げると、青年――223―1こと住良木栄純が半眼で俺を睨んでいる。
「上に逆らっていいことないでしょ。レベリング下げられるよ。気をつけないと」
 同じく女性――223―2こと芝浦千種が言った。二人とも十五の俺の五つ上――二十歳だ。
「また俺たちを指名だよ。何のために他に何チームも待機してんのさ」
 出動前に装備のチェックをしながら不満の声を上げる俺に、俺と同じように自分の装備をチェックしながら、住良木。
「俺たち223には俺とお前がいる。それだけで日本中どこから出動要請があってもおかしくはないな」
 事もなげに言う住良木――この男は《バロン》や《氷の魔術士(アイスマン)》の二つ名で呼ばれる、COE――コール・オブ・エマージェンシーにも登録されているエースオブエースだ。
 そして自慢するわけじゃないが、俺もCOEに登録されている。お陰で俺たち223班は、住良木の言うように日本中とは言わずとも、待機中管轄内で事件が起きた際には真っ先に出動要請が入る。
「でも、玲紀。あんただって忙しい方が都合いいんじゃないの?」
 ――と、これは223―2の千種姉だ。自分の装備に不備がないことを確認した千種姉が、拳銃をホルスターにねじ込み、短機関銃を手にして言う。
「否定はしないけど――多すぎるでしょ、出動! 限度があるよ。っていうか俺たち以外の待機組が出動してんの最近見てないけど?」
「俺たちが最初に出るのが一番効率がいいからな」
「これで同じ給料だもんなぁ……!」
 出動回数が増えて俺の功績が積まれていくのは、まあいい。俺は一刻も早く一定の成果を挙げてハウンドドッグを辞めてやるんだ。
 そうすれば地元に帰れる。バスターそのものを辞めることはできないが、ストレイドッグとしてなら日本国内に限りどこに住もうが俺の自由だ。
 だからって、毎回毎回俺たちが必ず最初に出動するってのはどうなんだ。たまにはのんびり詰め所で状況終了の報を聞く側に回りたい。
「いや、そうでもないぞ、玲紀」
 俺の愚痴に、住良木が大真面目に言う。
「俺たちのボーナスは、同僚に比べてだいぶいいと聞く。まあ出動回数と検挙数を考えたら当然だな」
「とは言えさあ……」
「お前はハウンドドッグを辞めて独り立ちするんだろ? ストレイドッグとして独立するのは金がかかるぞ。こうして組織が用意してくれる装備品も全て自腹で用意しなければならないのだからな」
 住良木も装備のチェックを終えたようだ。コンバットジャケットに拳銃、短機関銃――そして追加装備の制式ポンチョを羽織り、ヘルメットを被る。
「用意しないよ、そんなもん。銃より強力な異能がある」
 俺も準備を進める二人をただ眺めているわけじゃない。口と一緒に手も動かしている。住良木や千種姉と同じようにメットを被り――ただし、《バロン》の由来である制式ポンチョを装備しているのは住良木だけだが――
「用意した方がいいんじゃない? こんなものでもハッタリになるよ。特異犯罪者に舐められないためにも、武装で威圧するってのも一つの手ではあると思うけど」
 そんな千種姉の言葉。俺は、それに――
「短機関銃(M9)程度の武装で威圧できるような相手、俺の敵じゃないよ」
 そう答えて立ち上がる。準備はできた。出動だ。

   ◇ ◇ ◇

 千種姉が運転する緊急車両はけたたましいサイレンを鳴らして街を疾駆する。もう何分もかからずに現場に着くだろう。
 助手席に座る住良木が、到着に先んじて対応しているはずの219班との回線を繋ぐ。
「219、聞こえるか。こちら223―1、間もなく現着する。状況はどうだ」
『219―1、回線クリア。現在犯人グループと交戦中――正直やばい。足止めが精一杯だ。避難勧告は既に出してある。なるはやで参戦してくれるとありがたい』
「了解――どうやばい?」
『相手は二人――念動能力者(サイコキネシスト)と発火能力者(パイロキネシスト)。通報にあった抗争相手には逃げられてしまった。発火能力者(パイロキネシスト)の能力強度が洒落にならない。火災も発生しているが、奴らをどうにかしないと消防車の手配もできない』
「219は確か発電能力者(エレクトロキネシス)と催眠能力者(ヒュプノシスト)、念動能力者(サイコキネシスト)だったな――そうだな、発火能力者(パイロキネシスト)向きのチームではないな」
『ああ――頼りにしてるぜ、《氷の魔術士(アイスマン)》』
「まかされた――間もなく駅西口に着く」
『くっ、反対か』
「現場は東口ということだな。すぐに行く。無理はするな」
 そう言って住良木が会話を締める。ほとんど同時に、車はタイヤを鳴かせながら駅前ロータリーの一角に停車した。
 駅前は警察官が避難誘導をしていた。落ち着いて駅から離れる人たちの中に、怯えきった様子の市民がちらほら見える。反対側から逃げてきた人たちだろうか。
「聞いての通りだ、東側に急ごう――千種は最後尾でバックアップ、玲紀、前に出て発火能力者(パイロキネシスト)の初撃を凌いでくれ。俺が詰めて仕留める」
 車から飛び出し駅構内へ伸びる階段を駆け上がりつつ、住良木。俺はノータイムで答えた。
「却下。住良木が防いで。俺が叩く」
 住良木が千種姉にバックアップを任せ、俺に防御を担当させようとするのはいつものことだ。そして、俺がそれに逆らうのも。千種姉のバックアップに異論はない。だが、防御なら俺より住良木の能力の方が向いている。
「……指示に従え。班長は俺だ」
「いい加減、このくだりやめようぜ。ガキの頃からの付き合いだ、住良木が年少の俺になるべく危険なポジションやらせないように気を遣ってくれてるのはわかるよ。けど火災含めた火の対応は住良木のほうが柔軟だし、対人決戦能力は俺の方が高い」
 だが、そんな指示を出す住良木にうんざりする。俺を年少だと思っているなら――舐められたものだ。俺は三年前に対人訓練で初めて住良木に勝ってから、以降一度も遅れを取ったことはないのに。
「……お前の異能は殺傷能力が高すぎる。抗争相手が逃げたというなら、情報を得るためにも生かして捕らえたい。可能な限り加減を考えろ」
「オッケイ。なるべく処分しない方向で」
「千種は――いつも通りだ。俺たちより危険そうな市民がいればそちらの保護・救助を優先。その為なら現場を放棄しても構わない」
「了解」
 話しながらも足は止めていない。駅構内を東側から逃げてくる人々の間を縫って全力で駆ける。比較的大きな駅ではあるが、俺たち特異体の身体能力なら数分とかからない――表に繋がる併設された駅ビルを突っ切って表に出ると、駅前交差点に火の手が上がっているのが見えた。219―1の話からもっと大きな規模だと思っていたが――場所がまずい。乗り捨てられた車に引火したら――
「――これは」
「――玲紀、すまんが」
「ああ――住良木は消火に回ってくれ。219のバックアップは俺一人で」
「頼む」
 住良木は頷いて――
『219、聞こえるか。こちら223―1、現着した。思っていたより火災が危険だ。223―1と223―2は車両への引火、建物への延焼を防ぐため、消火と市民の救助に当たる。そちらへは223―3が対応する』
『こちら219―1。火災の元を絶つ方が先だ! 全員で援護してくれ!』
『案ずるな。223―3は――』
『――! そうか、お前のとこの三番目は小泉だったな! なら安心だ――よろしく頼む。223―3、犯人二人は異能を使ってこちらに応戦しながら大通りを北上中。追ってきてくれ』
「223―3了解」
 答えながら、既に動き始めている。火の手の上がる交差点に突っ込むのと同時、熱波を感じる間もなく急激に辺りの気温が下がった。まるでドライアイスを炊いているように、周辺の地面を氷霧が覆う。住良木の異能――凍結能力(クリオキネシス)だ。本来住良木はこれより高威力・広範囲で氷霧や氷雨を起こせるが、要救助者の確認ができていない。車の中に逃げ遅れた人がいないとも限らない――それを懸念してのことだろう。まずは延焼を抑え込もうってわけだ。氷雨ではなく氷霧なのは、千種姉が風流操作(エアロキネシス)でコントロールできるからだ。火災には水流操作者(アクアキネシスト)が適任――それが定説だが、住良木と千種姉のコンビは生半な水流操作者(アクアキネシスト)――どころか、一流どころの水流操作者(アクアキネシスト)より火災現場で活躍する。
 これでもう火災については心配ない――俺は無線で指示された通り北へと向かう。
 しばらく進んだ所で、我先にと逃げ惑う人々――その先で短機関銃を構えるハウンドドッグ三名と、相対する二人組を発見する。
 相手は金髪のロン毛の男と、隆起した筋肉を誇示するようなタンクトップ男。どちらが発火能力者(パイロキネシスト)で、どちらが念動能力者(サイコキネシスト)か――尋ねるまでもない。タンクトップがその体に炎を纏っている。
 能力強度が高いと言っていたが――なるほど、体に纏って操るレベルの能力者か。攻防一体のコントロールには頭が下がる――が。
「219―1――こちら223―3。目標を確認した。このまま叩く。219は奴らが逃げないよう北側へ回り込んでくれ」
『219―1了解――任せたぞ!』
 三人が腰だめに構えた短機関銃を犯人たちに向けながら後退し、大きく回り込む形で奴らの背後に回りこもうとする。それに気づいた犯人らはそうはさせまいと逃げようとするが――
 浮き足だった犯人たち――その二人に、きっかり三発ずつ短機関銃の弾丸を見舞ってやる。
 隙を突いた銃撃――普通の相手ならこれでもう終わりだが、さすがに俺たちハウンドドッグ相手に立ち回ろうとする相手だ。一筋縄では行かない――弾丸は全て見えない壁に阻まれた。念動能力者(サイコキネシスト)が力場の防御障壁を展開していたか。
「新手か!」
 念動能力者(サイコキネシスト)の方が異能で防いだ分、俺に対する反応が早かった。反撃しようと手を振り上げるが――遅い。念動能力(サイコキネシス)で銃撃を防いだ奴は初めてじゃない。
 こんな奴にはどう対応するか。簡単だ。力尽くでねじ伏せる。
 彼我の距離は二十メートルほどか。走り込みながら念動能力者(サイコキネシスト)と発火能力者(パイロキネシスト)、二人に対し足止めと反撃をさせないための牽制の射撃を続ける。続けながら、俺は自身の異能を振るうべく集中を始めた。
 イメージするのは、物理法則に囚われない異能を斬り裂く力。
 五メートルほどまで詰めたところで、射撃の防御を相棒に任せて219を牽制していた発火能力者(パイロキネシスト)が俺の迎撃に移る。
「焼けちまいな!」
 男が言葉と共に薙ぎ払った手から、視界が全て炎で塗りつぶされたと錯覚するほどの巨大な炎が噴出された。しかし、俺の異能の準備も既にできている。
 両手で抱える短機関銃――その引き金から右手を放し、宙空へ。そこに現出した剣の柄を握りしめる。
 これが俺を日本史上最年少バスターにした異能――特殊能力(ユニークスキル)、『彼方より手繰る千刃(ソード・オブ・ファンタズム)』。現在・過去・未来――のみならず、実在しないであろうものまでその存在確率を探り当て、限定的に俺の目の前に現出させる――ある意味究極的な能力だ。
 こんな時に召喚する剣は決まっている。シャルルマーニュ伝説に登場する魔剣・バリサルダ。魔女が鍛えたというこの剣は、魔法で鍛えた防具をたやすく斬り裂いたと伝えられる。異能を斬るにはもってこいの魔剣だ。
 襲いかかる炎の渦に一閃。バリサルダは踊る炎――だけではなく、男がその身に纏っていた炎まで斬り裂き、霧散させる。
「な――」
 目を点にするタンクトップ。返す刀で宙を薙ぎ、金髪ロン毛が張っていた念動能力の防御障壁を無力化する。確かな手応えと共にこの世界に召喚した魔剣の存在力が尽き、光の泡となって消える。
 召喚した剣は永遠ではない。その力を使い果たせばこうして消えてしまう――それにしてもたった二撃で消えてしまうのは早い。発火能力者だけでなく、念動能力者もかなりの能力強度だったようだ。
 しかしそれでも用は済んでいる。再び男たちが異能を使う前に短機関銃を構え直し、両者の足に向けて発砲。銃口から放たれた弾丸が二人の太股に幾つかの穴を穿つ。
 常人であればこれで無力化完了だが、超人たる特異体には不十分だ。この程度の怪我なら動けないこともない。続けて発砲しようとし――弾切れに気づく。舌打ちしながらマガジンを交換しつつ、防御能力が厄介な念動能力者(サイコキネシスト)の顎を思い切り蹴り上げた。ロン毛が白目を剥いたことを確認し、銃口を痛みに喘ぐ発火能力者の額に突きつける。
「チェックだ。異能を使う素振りを見せたら射殺する」
「てめえ――その異能、ハウンドドッグの《剣使い(ソードマン)》か!」
「余計なことはしゃべるな。跪け」
 男の銃創に蹴りを入れ、無理矢理アスファルトに膝をつかせる。
「頭の後ろで手を組んで伏せろ。従わなければ抵抗と見なす」
「クソが――どうせ捕まったら死刑だろうが!」
 怒号とともに男が両腕に炎を纏う。投降の意思はないようだ。無駄なことを。
「219―1、犯人は抵抗の意思あり。加減の必要はなさそうだ」
 言いながら男の背後に視線を向ける。男もはっとして振り返るが、遅い。俺が念動能力者(サイコキネシスト)を仕留めたのを好機と見て詰めてきた219―1が、その手から異能――雷を放つ。
「――ぎゃあ!」
 発電能力者(エレクトロキネシスト)のサンダーボルトに背中を貫かれた男は、悲鳴を上げ――そのまま意識を失って地面に倒れた。
 それを見届けて通信回線を開く。
「HQ――こちら223―3。状況終了。犯人の無力化に成功。犯人二名を確保。護送車の手配を求む」
『こちらHQ――よくやった。状況は確認できている。223―3はそのまま219と護送車が到着するまで犯人の確保。引き渡しが済み次第原班に合流し、交代の現場処理班が到着するまで市民の救助・避難誘導にあたれ』
「え――逃げた方の犯人追わなくていいの?」
『問題ない。追跡は他の班が行なっている。状況によっては再出撃も考えられる。223は交代要員が到着し次第速やかに帰投し再出撃に備えろ』
「223―3了解――確保した犯人を引き渡し次第、原班に合流」
『結構』
 通信を終え、足下の犯罪者たちに注意を向ける。すると、発火能力者(パイロキネシスト)に止めを刺した219のリーダーが駆け寄ってきた。
「お疲れ――助かったよ、小泉」
「なんのなんの――あんたたちが素早く裏取ってくれたから俺も楽だったよ。サンキューな」
 答えると、ヘルメットの防弾シールドをあげて219―1が笑う。
「しかし――お前がいて、住良木がいて――223は凄まじいな。どっちかウチのメンバーと交換しないか?」
「そんなこと言ったらあんたが真っ先に放出される――後ろの二人がそんな顔してるぜ」
 おっつけて駆けつけた219―2と219―3が、半眼で219―1を睨みつける。
「ちょっと?」
「私たちはいらない子ですか?」
 まだ若い――とは言え俺より年上だが。住良木や千種姉の少し上くらいか?――二人のメンバーにそう言われ、三十に差し掛かろうかという219―1の腰が引ける。
「いや? 念動能力(サイコキネシス)はどんな状況でもオールマイティに活躍できる能力だし、催眠能力(ヒュプノ)は犯人に心理的な攻撃を仕掛けることができる有用な能力で――」
「じゃあやっぱりいらないのは班長ですね!」
「小泉くん、ウチの班長と代わってよ」
 俺は肩を竦めて返す。
「俺が抜けたら、《バロン》の無茶ぶりに応えられる奴がいなくなっちまう」
「ああ、そいつは大変だ。じゃあ小泉は223でがんばろうな! ――しかし実際問題、小泉も班長……どころか分隊長を務めてもいい実力だと思うのだがな」
 219―1がそんなことを言う。俺たちハウンドドッグは平時、三人一組で行動する。それが実働班の決まり事だ。コール1が班長を務め、2がサブリーダー、3が遊撃的なポジションを務めることが多い。223はこの慣習通りのポジションだ。
 そして有事には二つないし三つの班が分隊を組む。分隊が二つ、三つ集まれば小隊だ。理屈では小隊が二つ三つになれば中隊だが――小隊・中隊を組むレベルの作戦は今のところ訓練でしか経験が無い。
 そして住良木は実戦の分隊長は勿論、訓練では中隊長まで経験している。大して俺は三番目(コール3)の経験しか無い。
 219―1は俺なら小隊長が務まると言ってくれているわけだが――
「――俺は班長も隊長も自信ねーや。人使うタイプじゃないし――それに俺が活きるのは三番目(コール3)でしょ。能力が限定的過ぎる」
 様々な使い方ができる超能力者の住良木や千種姉と違い、俺の『彼方より手繰る千刃(ソード・オブ・ファンタズム)』は戦闘特化だ。元素型の超能力にも対応できるが、それはあくまで撃破前提。先のように火災に対応するなら俺より明らかに住良木の方が向いている。
「俺を犯人の前に置いてくれればそいつに対応するし、できる。正直頭使うよりは俺を上手く使える奴が使いこなすほうがいいんじゃないかな」
「割り切ってるな、お前……」
「俺は結果が出せればそれでいいからさ。むしろ班長ならまだしも、分隊長や小隊長は完全に中衛で指揮だろ? 三番目の方が前に出られるし結果に繋がる」
「でも俺たち現場は助かるぜ。お前が仲間にいるってのは頼もしいよ、ほんとに」
 そんな風に言われるのは悪い気はしない。
 ――と、遠くで聞こえていた緊急車両のサイレンがだいぶ近くなり――通りの角からまさにその車両が曲がってくるのが見える。護送車だ。
 その車両は俺たちの目の前で停車し、中から俺たちと同じように武装したハウンドドッグが出てくる。
「お疲れ様――確保した犯人を引き受けに来た」
「223―3、犯人の引き渡しを確認――じゃあ俺は戻るぜ」
「ああ、お疲れさん――またよろしくな」
 踵を返しかけた俺に、219―1が言う。
「市民の皆様にとっちゃまたはない方がいいんだろうけどな」
「なくならねえよ、特異犯罪は――こいつらはどこにでもいるし、いくらでもいる」
「まったくだよ、嫌になるな」
 犯人を車両に運ぶ仲間を見て、そう返す。しかし、もっと嫌なことがある。
 こんな世の中だからこそ、俺の異能が世の中の役に立つということだ。

 ◇ ◇ ◇

 ハウンドドッグ――俺の所属する現場班は、平時は二交代制。翌日は非番で、寮の自室でゴロゴロと一日を過ごしていた。
 夕方に差し掛かり、寮の食堂で済ますか、それとも外出してどこかで食べるかを考え始めたところで部屋の扉がノックされる。
「いるよー。誰?」
「俺だ。入るぞ」
 ガチャリと扉を開けて入室して来たのは住良木だ。
「……まだ入ってどうぞとは言ってないけど?」
「俺に隠すことなどないだろう?」
「そういう問題じゃないんだよなぁ……」
 ぼやく。住良木はそんな俺を全く気にせずに後ろ手で扉を閉めた。
「案ずるな。千種が一緒の時にはちゃんと返事を待ってやる。あいつには隠したいものがあるだろうしな」
 そう言ってにやりと笑う。こいつとはバスターの訓練所で何年か同室で過ごした。確かに今更こいつに隠すものなどないが――
「――で、何? また飯の誘い? お前俺以外に一緒に飯行ってくれる友達いないの?」
「……非番の日にベッドに寝転んでソシャゲをやってる奴にそんな風に言われるとは。友人はいる。お前や千種ほど距離が近い奴がいないだけだ」
「それって友達俺たち以外にいないってことじゃないの……?」
「断じて違う!」
 鼻息荒く、住良木。うん、なんかごめんな……?
「で、何?」
「昨日、お前が確保した二人、いたろ?」
「うん」
「その二人のことでちょっとな」
「うん?」
 真面目な顔でそんなことを言う住良木に、俺は弄っていたスマホを手放して起き上がる。
 住良木は部屋に備え付けのデスク――その椅子に腰を下ろすと、言の葉を継いだ。
「上層部が大喜びだったらしいぞ。凶悪犯を生きたまま捕らえたのは久しぶりだからな」
「俺たちや市民の危険を考えると、正直その場で処分しちゃった方が安全だしなぁ。俺もなるべく殺したくはないから加減できるならするつもりだけどさ、昨日はタイミングが良かったよね。219―1がいい具合に詰めてくれたから、俺が止め刺さなくてもよかったもん」
「そうだな。致命的な怪我を負わせずに捕らえることができた」
 住良木は俺の言葉に頷いて――
「で、捜査班が隣から精神観測者(サイコメトラー)を借りて徹底的に取り調べたそうだ」
「ああ、ウチの捜査班に念動能力者(サイコキネシスト)いないもんね」
 俺の相づちに、住良木は声を潜める。
「まだ大声で言いふらせるような情報じゃないが、どうやら連中は逃げた二人組の殺しの依頼を受けていたそうだ」
「はぁん。それであんな昼間っから駅前で大暴れね。馬鹿じゃないの?」
 特異犯罪者の殺し合いはそう珍しい事件ではない。組織同士の抗争から、特異犯罪者同士の痴情のもつれ――ケースは様々だが、普通は夜間の人気のないところで行なわれるのがほとんどだ。異能を不正に使用して他者を傷つける行為は現場判断で殺処分が黙認される重罪。真っ昼間から人目につくところで堂々と行なうのは、皆無とは言わないがそうそう起こらない。
 しかも依頼を受けての殺し――それを人前で行なうとは。頭の中にちゃんと思考回路を搭載しているのだろうか。
「その意見には同意だが――本題はそこじゃない」
 住良木は、やはり声を潜めたまま頷いて、
「実態は掴めていないらしいが、異能を使った殺しを中心とした犯罪を仕事として請ける組織があるらしい。営利目的で非合法な活動をする組織などいくらでもあるが、殺しを仕事の中心に据える組織の噂はそうは聞かない」
「……まあ、傾向としちゃそういう仕事は個人とか少数のグループがなんでも屋的に請けるって印象だよね」
「うむ。昨日お前が確保した二人――その組織の構成員かも知れないという話だ。バックに組織がいるらしい」
「なんだよ、らしいらしいって……精神観測者(サイコメトラー)が取り調べしてんだろ? もっとばしっと証拠になりそうなもんメトリーできないわけ?」
「こう言っては何だが、精神観測者(サイコメトラー)もピンキリだ。それにあの火力の発火能力者(パイロキネシスト)と、219―1の発電能力(エレクトロキネシス)やお前の銃撃を防ぎ続けた念動能力者(サイコキネシスト)だ。抵抗値(レジスト)が高いのだろう……それでも時間の問題だろうよ。催眠能力者(ヒュプノシスト)と精神感応者(テレパシスト)で揺さぶればそのうちボロが出るはずだ」
「うへぇ……あれな」
 俺たち特異体は基本的に一般人より精神型の異能に対する耐性が高い。それを一般に抵抗値(レジスト)と呼ぶが――それでも限界はある。訓練所で受けた異能による精神攻撃に耐える訓練を思い出し、喉の奥にこみ上げるモノを感じた。なんてことはない、住良木が今言ったことを体験するだけの地味な訓練――痛みこそないものの、脳をかき混ぜられるような不快感にひたすら耐えるだけ。だけとは言うが、はっきり言って地獄でしかない。
「――で、その組織がどうしたって?」
「まだ当局で実態を掴めていない組織だ。はっきりとしたことは言えんが――」
「ああ、なるほど」
 住良木が言いたいことに気づいて、俺は自然と口元が緩む。
「玲紀――お前が今まで確保した特異犯罪者の数を覚えているか?」
「当たり前だろ。指折り数えてるさ――昨日の二人で百六十三人」
「うむ」
 力強く頷く住良木。なんでお前も俺が確保した特異犯罪者の数把握してんだよ……
 俺は十二才でハウンドドッグに所属して、この三年間で百六十三人の特異犯罪者を確保している。これはおそらくこの三年間じゃ日本で一番の記録だろう。去年、俺たち223が主力となって壊滅させた犯罪組織が二つある。これが大きい。この二つで百人近い犯罪者を検挙した。班長の住良木は、この件で表彰されて一気にハウンドドッグ界隈で有名になった。俺と住良木がCOEに登録されたのもこの頃だ。
 特異犯罪者とハウンドドッグはいたちごっこだ。組織壊滅なんてそうそうできることじゃない――それを一年で二回。運が良かったのもあるが、俺の異能が対人戦闘に向いているという点も大きいと思う。
 そして――もちろん意味も無く検挙件数を数えているわけじゃない。
「確か、お前がハウンドドッグを退役するために課せられたノルマは、特異犯罪者二百名の検挙だったな」
「うん」
 頷く。俺が若くしてハウンドドッグになったのは、平和の為に身を粉にしたかったからではない。とある事情で、まっとうな人生を送るためにハウンドドッグになって平和に貢献することを余儀なくされたからだ。
 そして住良木が言うように、二百名の特異犯罪者を検挙すればハウンドドッグを辞め、ストレイドッグに転職することを認められている。
「俺たちは過去二回、犯罪組織を壊滅させているが――どちらも五十名近く検挙したな」
「ああ、上手くいけばこれでハウンドドッグを辞められる……」
「――というわけだ、出かけるぞ」
 何の脈絡もなくそんなことを言い出す住良木。
「え?」
「俺がこの話を聞いたのは昼頃だ。今も取り調べは続いている……そろそろ結果が出ているころじゃないか? 今頃捜査班が全力で裏取りをしているだろう」
「はあ」
「明日には作戦本部が設立され、明後日には作戦が決行されるだろう。俺たちが作戦部隊に組み込まれないということはないはずだ。俺たち223の突破力・制圧力はうちの支部で一番だからな――玲紀、この作戦でお前のノルマ達成はほぼ確実というわけだ。実際にお前が検挙しなくとも、どうせ一番槍は俺たちだ。俺たちの実績になる」
「当番明けの非番で組織を潰そうって作戦活動か……」
「ぼやくな。おそらく俺たちは明日、パトロールをせずに待機組に回るだろう。支部も俺たち223を疲弊した状態で作戦に投入するのは上手くないと考えるだろうからな」
 住良木はそう言って――
「そういうわけで、明日以降は忙しくなるぞ。だから今からお前のノルマ達成の前祝いだ。千種を待たせている――俺と千種で飯を奢ってやろう」
「え、マジで?」
「ああ、お前が好きなところでいいぞ」
「じゃあ○○レストラン!」
「……あれは洋菓子屋だろ?」
「C区にちゃんと飯も食えるレストランあるよ。ケーキ食べれんだぜ」
「ああ、お前はいちごのショートケーキが好きだったな」
「……いいだろ、ケーキ好きでも」
 言いながら、俺は外出の準備を始める――とは言え、やることはそう多くない。スマホと財布をポケットにねじ込み、万が一のためのウェアラブルデバイスを装着。部屋着の上から、ハンガーラックに吊してあるジャケットを取って羽織り、ついでにデスクの上のキーケースを握る。
「お待たせ」
「では行くか」
 頷く住良木と連れ立って部屋を出る。忘れずに施錠して――
「千種姉はどこに?」
「外にいるはずだ。お前を連れ出す間に、男子寮の前に来いと伝えておいたからな」
 住良木の言葉通り、寮の前で待ちくたびれた顔で千種姉が待っていた。
 同じ班で活動していても――いや、だからこそ当番の日は二十四時間一緒にいるのだ。非番の日にこうして三人ででかけることは、最近ではあまりない。訓練所では休日にたびたびこうして住良木や千種姉と三人で出かけていたが、本当に久しぶりだ。
 俺たちはそのまま隣のC区に向かい、レストランで早めの夕食を採った。
 無心でいくつものケーキを平らげる俺と千種姉を、住良木が「信じられん……」といった様子で引き気味に眺めていた。
 んだよ、引くなっつーの。いちごのケーキより美味いもんなんてこの世にないだろ。無限に食えるわ。

   中編に続く

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