人はみんな不完全であるのだから、それを認め愛し合う
テレビで「パーフェクトワールド」というドラマが今夜から放送される。
内容は初恋相手の、バスケ部イケメンに10年越しに出会うと、彼は20才の時の事故で半身不随になっていた。
その彼と(きっと)付き合うことになり、お互いの不完全さを補うことから「パーフェクトワールド」を創るというのがドラマの趣旨らしい。
今日は、自動車学校の帰り道、SNSを開くと、仕事で頑張っている人たちの投稿がそこには広がっていた。
「みんな頑張っているのだな・・・」とか
「俺は自動車学校に居て良いのだろうか・・・」とか
「今日行きたかった企業の選考を最終で落とされたのに平気なのかな・・・」とか思いながら、
投稿の細かいところに対して嫌悪感をもつ自分が居た。
弱い自分の登場だ。
その時感じたのは、この人の悪いところに目を向けることに意味などないのに、見つけては自己肯定をする自分の存在だ。
そうする自分がなぜ生まれたのかも知っている。あえてここには書かないけれど、知っている。だからあの時の自分を癒しながら日々過ごしている。
僕は心の中では、人は皆フラットであるとわかっている。
しかしながら評価軸を置いて、他者と自分を比べ、他者よりも自分が上で居たいと願う。
でもそんなの意味がない。
いくら比べたって何も生まれない、いや生まれるのは、自分への嫌悪感だ。
だったら何も比べようとしなくて良い、そもそも人は皆完璧じゃない。
というか、評価軸が変われば、完璧というものそのものも何かわからなくなる。
だったらまず目の前の人を愛し、そして相手に対して、「自分という評価軸で」相手の好きなところ、素敵なところに目を向けようと思う。
自覚しながら。
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