Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(七)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
七
「八咫くん、例の話断っちゃったんだって?」
麻雀プロは時折、同士を集めての勉強会を開く。玖郎は都合さえ付けば、他のプロが開催する勉強会に参加するように努めていた。
Vチューバー桜乃このみには、戦術書を読み学習することを勧めたが、それはまだ彼女が麻雀覚えたての初学者だからである。
基礎の程度学習を終えた者にとっては、むしろ、こういった他人と意見をぶつけ合える場のほうが貴重であると、玖郎は考えていた。
こういった場ならば、相手も彼と同等の熱意を持っていることも多く、それが逆に口論や喧嘩となることを少なくしていた。
「だから初めから言ってるじゃないですか、多嶋さん。俺はVチューバーの影武者なんて受ける気ないって」
玖郎が桜乃と面会をしてから、およそ一週間。
本日は玖郎の尊敬する――麻雀の腕<>は、であるが――多嶋が開いた勉強会であった。
勉強会が終わり、彼に話があるから残れと言われ、会場の雀卓に腰をおろす。卓に並べてあった麻雀牌をふたつ取り、玖郎はカチャカチャとそれを鳴らし遊んだ。
そんな様子を多嶋は気にすることもなく、例の案件についての話し始めた。
「ふうん。そっか……。意外だな。八咫くんなら、彼女と話せば絶対に引き受けてくれと思ってたのに」
「どこをどう見て、そんなふうに思うんスか。あんなの、どう考えても俺が嫌がりそうな話でしょ」
「いや女の子に免疫ない八咫くんなら、下心でほいほい引き受けると思ってさ」
ふむ。殺してやろうか? そんなふうに玖郎は思い、手の牌を強く握る。
多嶋はケタケタと笑いながら「そんな睨むなよ。きみ、眼が怖いんだよ」と言った。
「まあ冗談だよ、冗談。でも八咫くんが仕事を引き受けてくれると思っていたのは本当さ。僕はきみが優しいやつだっていうのも知っているからね」
「優しい……?」
「あれ? もしかして聞いてない?」
一体なんの話だろうかと、玖郎は首を小さく傾げる。桜乃は玖郎に、影武者の仕事を引き受けて欲しかったわけではない。
むしろ断って欲しいと懇願されたので、彼はそれを了承したのだ。
どうやら多嶋は、そこのところを勘違いしているのだろうと、玖郎は思った。
「いいや。勘違いなんてしていないさ」
「……?」
玖郎の心中を見透かしたかのように、多嶋は言った。
麻雀でもなんでも。彼は人の心を読む能力に長けている。
玖郎は長年の付き合いの中で、それを嫌というほどに熟知していた。
「そっか、玖郎くんには話がいってないのか。そうだよね、うん。じゃないときみが、そんな平気な面でいられるわけないもんな。いやね、九郎くん。優しくて、不器用で、真面目なきみが、あの娘を放っておくなんて可笑しいと思ったんだよ」
「……だから、それって。どういう意味――――?」
「あれぇー!? もう多嶋さんの勉強会って終わっちゃったんですかぁ!?」
突然、玖郎の後方から咆哮が鳴り響く。
貸切っていた雀荘の入口から、スタスタとした足音が、ふたりのほうに向かってきた。
「……げっ」
「残念だなぁー。多嶋さんが勉強会するって言うから、撮影の仕事早く切り上げて来たんですけど」
│白兎《しらと》│伊奈羽《いなば》。日本プロ麻雀道盟所属兼ファッションモデル。総勢200名のオーディション戦を勝ち抜き、今年よりMリーガーに抜粋された期待の超新星。
「あ、玖郎さん<>も居るじゃないですか! お久さです! 玖郎さんも勉強会来てたんですねー」
「……どうも」
決勝卓で玖郎から、九蓮宝燈を直撃したのが、つまるところ彼女というわけであった。
「白兎ちゃん。ごめんね、いま八咫くんと仕事の話しててね。勉強会はまたやるからさ」
「仕事……?」
多嶋がかけた言葉に、白兎は一瞬だけ訝むものの「ああ! あの話!」と、妙に納得したような表情を見せた。
「そういうことでしたら、わたしはお邪魔ですよね! 今日のところは退散です」
そう踵を返す白兎は、最後に「それでは。玖郎さんも、また」と言い残した。
彼女が店を出て声が届かない距離になったことを確認すると、多嶋は顔はニヤニヤとしたものに変貌する。
「八咫くん。きみ、彼女がくると妙に押し黙るね。好きなの?」
「小学生みたいな囃し立てしないでくださいよ」
「それとも役満ぶち当てられたの、まだ根に持ってるの?」
ガチャンと、ふたつの牌が大きく鳴る。
────うるせぇな。図星だよ。
ねちっこいやつだと思われるから、玖郎がそう言うことはないが。
「……白兎にも、Vチューバーの仕事の話してたんですか?」
そう質問を投げかけると、多嶋は意外そうに「ん?」と言葉を返す。
しかし、すぐにまた二ヤついた表情に戻り、こう言った。
「なんだい、八咫くん。きみは麻雀のとき以外は本当にニブちんだね」
「……? どういうことですか?」
「これは白兎ちゃんのプライベートのことでのあるから、僕の口からは応えられないなー」
わざとらしく語尾を伸ばす、この中年男性に玖郎が殺意を抱くのは、これで何度目だろうか。多嶋はその特性として、常に他人を小馬鹿にしているかのようなオーラを発する。
いやきっと、実際に小馬鹿にしているのであろう。
それでいて、この麻雀界で名実ともに馳せているから始末に悪い。
「だけどまあ、桜乃このみちゃんの身の上については、仕事の話になるから話しておこうかな」
多嶋は、わざとらしく麻雀卓の縁に肘をつき、先ほど中断されていた話の続きを始める。
「あの子、例の案件がなしになっちゃうと、Vチューバーをクビになっちゃうみたいだよ」
「は?」
玖郎の手からひとつ、麻雀牌がポトリと落ちた。
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