Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(伍)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
伍
桜乃このみはオーソドックスな人型のVチューバーだ。
その容姿は淡いピンク色の短髪と大きな桜の花弁をモチーフにした髪飾りを特徴としている。髪の毛の先が黄緑色に染められているのは、Vチューバーをまさに形容しているようだった。
セーラー服と巫女服を織り交ぜたかのような衣装をしており、その設定は桜の精霊なのだという。
『不躾なお願いだってのは分かってる。だって玖郎さんからしたら、せっかく降ってきた仕事が、始まる前から頓挫するようなもんだもんね……』
眉を綺麗な八の字にし、喜怒哀楽の哀を表現する桜乃。
彼女が用いる言葉と文法について、どことなく独特だなあと、玖郎はぼんやりと考える。
もともと玖郎は、今回の話は断るつもりだったので、申し分ないと言ったところなのだが、ここで「はい。そうですか」と通話を切るのも礼儀がなっていないだろう。
自身の心情を伏せる形で、桜乃の話の続きを聞くことにした。
『正直にお話するとね、わたし実は初めから、今回の企画に乗り気じゃなかったんだ。ただ立案した方に、ちょっと強引に進められてしまい……。わたし、断るタイミングを逃しちゃって……』
「乗り気じゃなかった? いい話じゃないですか。ファンを増やすチャンスが広がるんだから」
一瞬、桜乃は眼を丸くして────比喩ではなく、本当にまんまるになった────、その後、あの微笑むような表情に戻った。
『じゃあ玖郎さん。問題だよ!』
「なんですか、いきなり」
『ファンの皆は、わたしが麻雀ゲームをしていると思っています! しかし、それは全くの嘘で、実際に麻雀をしているのは他の人でした! それを知ってしまったとき、ファンの皆はどんな気持ちになるでしょうか?』
「知られなければいい。そういうことを、バレないように上手くやるのが人気商売の技術ってもんでしょう?」
『それは違よ! ブッブーです!』
大きく表情は変わらないものの、首だけ可愛らしく傾け、桜乃は笑う。
『ファンの皆に対して誠実でいること。これは基本。だって嘘をつかれてたと知ったとき、ファンの皆さんは悲しむもん』
真っすぐに言われた。
玖郎の周りには、斜に構えたような態度の多い。
それは彼自身がそうだからなのだろう。
だから彼女の言葉は、あまりにも真っすぐで────綺麗ごとに思えた。
「それは。ファンを言い訳にして、努力を怠っているだけに聞こえますよ。プロならば人気を得るためには、なんだってやるべきだ。自分の価値観と相違することでも、がむしゃらにやるべきだ。そういうのをプロ意識って呼ぶんじゃないですか?」
嫌な言い方をしてしまった。
その言葉は、どこか自分自身にも突き刺さるような感触を、玖郎は覚えた。
『嫌な言い方するね!』
真っすぐ言われてしまった。
『たしかに! 人気や売れるために、なんでもやるっていうのも、立派なプロ意識だと思いうし、尊敬もする。でもそれは、わたしの信条とは違うんだ。わたしは、わたしを応援してくれる人を喜ばせたくてVチューバーになった。わたしを見てくれる人を楽しませたくてVチューバーになった。だから、ファンの皆を悲しませるようなことは、絶対にできないよ』
桜乃は少しばかり目を伏せ、ひと呼吸するかのようなモーションを見せる。
『それにさっき、玖郎さんはバレなければ良いって言ったけど、きっとそれは無理だと思うな』
「そんなにファンの目は節穴ではないと?」
『それもあるけど、それ以上の理由があるかな。それは、わたしがVチューバーだから』
「……?」
『仮想の身体に、魂だけを注ぎ込まれた存在。それがVチューバー(わたしたち)。では、見てくれる皆は、そんなわたしたちの一体どこを注視するかな?」
玖郎は返答するための言葉を探す。
しかし、もとよりVチューバーに造形の深いわけではない彼に、それは見つからなかった。
『それは中身。もとい、キャラクターだよ。現実のアイドルや俳優と比べると、Vチューバー(わたしたち)の容姿は不変だから。だからこそ、より魅力的なキャラクター性が求められてる』
PCのスピーカーから発せられる音量が、幾ばくか大きく聞こえた。
そこに次元の壁が隔たれようとも、彼女の瞳から、確かな強さを感じる。
『わかるかな? 玖郎さん。Vチューバー(わたしたち)の姿は、言わば偽り。設定も、次元も、ステータスも。全部、偽りだからこそ────自分自身のキャラを偽るわけにはいかない。この身に宿す魂だけは、誠実でなくちゃいけないの』
彼女の言葉には、演技や御為倒しにはない、確かな信念を感じた。
「……」
信念と誠実さ、か。
玖郎にとっての信念は、麻雀に対して誠実であること。
桜乃はその対象が、自身とファンに対してというだけ。
なにも変わらない。同じだ。
自分も、多嶋も、目の前にいる桜乃も。みんながみんな、心に掲げた信念を持っている。
——あの決勝で同卓した女流プロだって、そうだ。
知っているのに、いじけているだけなのだ。
玖郎は先ほどの自分の発言を恥じる。
「ごめんなさい」
『え?』
「失礼なことを言いました。謝ります。それに、きみの意志にも感銘を受けました。「お願い」を聞き入れます。今回の案件は、俺からもお断りする旨を事務所にお伝えしますよ」
畏まった態度の玖郎とは裏腹に、桜乃は『あはは』と笑った。
『ありがと。でも別に『失礼なこと』なんて、気にしてませんともだよ! 玖郎さん、少し硬すぎ! わたしたち、そんなに歳離れてないと思うし!』
打って変わって、前のめりの姿勢となり、桜乃は叫んだ。
いや実際は二次平面上だから、前にのめっているわけではないのだが。
『むしろ全然、タメ口でいいでいいからね! ていうかタメ口で話してよ!? ていうかタメ口じゃなきゃダメだから!? ね!? ね!?』
「唐突にエグい距離の詰め方してきた!」
急な彼女のテンションの沸騰に、玖郎は面食らってしまった。
恥ずかしながら、玖郎は女性と親身な関係を築いたことなどほとんどない、経験に乏しき者。このように、女子からグッと接近されるとういう状況に、慣れていない。
まあ彼女はVチューバーゆえに、物理的な距離は、なにも変わらないのだけど。
いやしかし、仮に女子に慣れていたとしても、このテンションの緩急には、多少なりとも動揺してしまうかもしれない。
情緒が不安定というか、不器用というか、不気味というか────
────それこそ、ロボットみたいな。人間との会話の仕方を学習中の、AIとでも話しているかのような。
そんな不和を覚えさせる個性を、彼女から感じた。
「は、はぁ。まあ、別に。敬語とかタメ口とか、気にならないんで構いませんけど……」
『敬語、使ってるよ』
「別に。敬語とかタメ口とか、気にならないから構わないけど」
玖郎が砕けた口調に訂正すると、桜乃はニコーと笑顔にモーションチェンジをした。
『実はね、わたしが企画担当さん達との打ち合わせ前に個別に玖郎さんに連絡したのは、もうひとつ理由があるの』
どういうこと、と玖郎は訊ねた。
『わたし、個人的に。玖郎さんとお話したかったんだ』
桜乃は屈託のない笑顔でそう言った。
ドキリと心臓が鳴る。たとえバーチャルといえど、女の子に「話したかった」なんて言われたことに、玖郎はときめきを感じた。
しかし当然ながら、そんなトキメキは勘違い。
画面の彼女は、続けて言う。
『玖郎さん。わたしに、麻雀を教えてくれないかな?』
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