Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(十五)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
十五
――いやね、悪く思わないでくださいよ。八咫玖郎さん。
東1局。ペアである笹西に2000点の和了をさせることに成功した戸塚は、フッとした笑みを見せる。
――ここまで露骨に、笹西さんへのアシストをするとは思っていなかったようですが、わたしに言わせれば、それは甘い。たとえ、どんなに露骨でも、目的の為ならば手段を選ばない。それがプロというものですよ。
桜乃の親番が終わり、迎えた東2局。6巡目切番の東家・戸塚の手牌は、嵌8萬を引き、こうだった。
――ドラは9萬。6巡目でこの手なら、普段は和了を目指すところ。でも……。
チラリと視線を右に向け、戸塚が確認するのは笹西の捨て牌。
――笹西さんは明らかなピンズの一色手狙い。なら、まあ。ここはこれですかね。
戸塚が選択したのは打4筒。和了を放棄し、笹西にアシストする一手であった。
「チー」
それに呼応するかのように喰い仕掛ける笹西。
戸塚と笹西は、別に通しのサインを決めているわけではない。そこまでしてしまうと、例えば玖郎に看破されたとき、因縁をつけられ勝負自体を反故にされるかもしれないと考えたからだ。
そもそも、お互いのスマホ画面が見えないように、同じ会議室内であっても、それなりの距離を取って座っている。それがアイコンタクトやハンドサインを玖郎に気付かれないよう行うことを、より困難にしていた。
ふたりの間で、鳴きを駆使した戦法で試合を進めるという意志は共有しているものの、アシストのために切られる牌は全て、戸塚の判断によるものだった。
――それでもね、玖郎さん。喰い仕掛けなんてとても出来ない素人を抱える、あなたたちを完封するには、これでも十分なんですよ。
次巡。戸塚は再び、笹西が欲しているであろう筒子を放った。河に置かれた6筒に、すかさず声がかかる。
「ポン!」
――……!
しかし、喰い仕掛けたのは笹西ではない。戸塚の対面に位置する玖郎だった。
6筒をポンし、間を置かず玖郎は8萬を切る。
――……ちっ。笹西さんへのアシストを邪魔するために鳴いてきましたか。
戸塚は眉間にしわを寄せ玖郎を睨みつけるも、彼からは戸塚に対し一瞥もない。
――まあ、いい。邪魔ポンくらい想定内です。そんな抵抗をしたところで、虚しい抵抗というものですよ、八咫さん。わたしは笹西さんの上家。鳴かせる牌は、何度でも切ることができる!
玖郎のポンにより、すぐに手番が回って来た戸塚。彼が切り出したのは、ふたたびの筒子。
ド真ん中の5筒。
「ロン」
――……え!?
「西ドラドラ。5200点」
和了したのは玖郎。戸塚からの出和了に成功した。
――ぐっ。しまった。しっかりと手を作っていたのか。
戸塚は玖郎の和了形を凝視する。
――しかも、彼が鳴いたときは、この形。
――ここから良形になる9萬ではなく、愚形になる8萬を切っている。ドラが9萬とはいえ、桜乃さんと笹西さんの点数しか関係のないこのルールで、打点の高い受けにする理由はなにもない。……つまり、わたしが笹西さんにアシストする牌を狙ったんだ。
戸塚はギリリと強く歯を噛み締めた。
――八咫玖郎……。Aリーグの麻雀プロとはいえ、まだ若く無冠。その実力を測りかねていましたが、想像以上の手練れであると思って挑んだほうが良さそうですね。
玖郎の予期せぬ和了に、動揺の色を見せた戸塚であったが、すぐに平常な心を取り戻す。
――まあ、いくら巧みな和了だったとはいえ、わたしの笹西さんへのアシストを防いだにすぎません。八咫さんの和了じゃ勝負にはノーカン。結局、桜乃さんと笹西さんの差を埋められなければなにも意味はありませんからね。
しかし東3局。親、笹西。
「リーチ」
デジタル世界の卓内で、高らかにリーチの発声が響き渡った。
「ツモ! リーチ平和タンヤオツモ一盃口赤1。 3000―6000」
高打点和了。盛大に跳満をツモ和了ったのは、玖郎だった。
「……うっ!」
たまらず、戸塚はうめき声を漏らす。
この和了で笹西は親被りの6000点を支払うことになった。対して子番の桜乃は、半分の3000点の支払い。東一局に2000点を和了り桜乃よりリードしていた笹西であったが、逆に1000点捲られた状況となる。
――流石と言ったところか。しかし、たかが1000点差。こんなものはコンビで打っていれば、またすぐに捲り返せる。
澄ました笑顔が引きつり始めた戸塚とは対照的に、玖郎の表情は研ぎ澄まされたものに変貌していく。スマホ画面上の情報をくまなく追う彼の瞳は、いつもとかわらない、プロとして全力で対局に臨むときのものであった。
続く東四局。玖郎の親番で、ドラは8萬。
この局も笹西は、戸塚のアシストを受け、ふたつの面子を晒す。
――ほら、いつもいつも邪魔できるわけではないんだ。
巡目がは中盤過ぎ。例のごとく笹西に打ち込むために、戸塚は上の手牌から、当たりやすそうな真ん中の牌を切り出す。選んだ牌が当たりでなくても、当然、次巡以降もまたチャンスはあるが、戸塚が選択したのは、中でも最も当たりそうと読んだ4萬だった。
「ロン」
見事に一発で声がかかり、戸塚は安堵のため息をつく――――が、それが対面からの声であることに気付き、心臓が跳ねあがった。
「なあ、戸塚さん。あんた言ったよな。『俺が同卓しても、文句がない』って。それを聞いて安心したよ」
電子空間で、その手牌を倒したのは、またもや玖郎。
「ピンフドラ赤」
「ダマで5800点なんて和了と、文句言ってくるやつもいるからさ」
三度のアシストを防がれた戸塚の額に、冷や汗が浮かぶ。
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