Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(十)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
十
不信感――――というか、整合性がないように、はじめから玖郎は感じていた。
まずは桜乃このみである。彼女は、ネット通話にて玖郎と対話していたときには、すでにVチューバーの活動を辞めさせられることが分かっていたはずである。それは多嶋からの裏付けを得ている。
そんな彼女が自身のVチューバーとしての信条や理念を語っていたこと、さらには『麻雀を教えてくれ』などという発言は、どうも釈善としない。
それは、彼女が今後も活動を続けられる可能性があることを示唆しているのではないだろうか。
次に目の前の男、戸塚について。彼にとって玖郎とは、桜乃このみの処遇に文句を言いに来た面倒な相手である。それを|予感しながら、今日の面談を快諾したことも変だし、内情ををペラペラと吐露することには違和感を覚える。
違和感のある打牌は、情報の宝庫だ。
戸塚の態度を見て、はじめから彼は玖郎をなにかに巻き込むつもりだったのだと察した。
そのなにかとは明解である。
麻雀プロを巻き込むのだ、麻雀以外にはない。
この状況で戸塚が玖郎に麻雀をさせたい理由があるとしたら、「桜乃このみの処遇をはっきりさせたいから」が打倒だろう。
いくら詭弁を並べようと、Vチューバー桜乃このみとプロアクティブプロダクションの間には、きっちりとした契約関係が結ばれているハズなのである。はなから、それを不祥事を起こしたわけでもないのに、一方的に打ち切るという話自体、難しいものであるはず。
少なくとも桜乃はチャンネル登録者数5桁の配信者。事務所内での評価がどうであれ、世間からしたら人気配信者と言っていい。それでは当人も納得できない。
だからプロアクティブは納得させられる理由を作りたかったのだ。
桜乃このみを麻雀専門のVチューバーとする。それ自体には桜乃本人も乗り気であった。しかし、その後にプロアクティブは、麻雀を打つ影武者として本物のプロを立てることを発案した。
「もしそれを断るというのならば、こちらが用意するプロよりも強いことを証明しろ」という条件も提示しながら。
納得させられる理由――それは桜乃自身が選択したというていにすることで、作り出されたものだった。
「新しく桜乃このみの身体に入れる予定の女流麻雀プロ。彼女に麻雀で勝つことが出来なかったら、大人しく『桜乃このみの権利』を受け渡すという約束をしてもらっています」
一連の企画、もとい計画を取りまとめていた男――――戸塚は、自身のスマートフォンを操作しながら言った。
「ただ麻雀は4人でやるゲームですから。桜乃このみさんと女流麻雀プロ。そこに私が入っても、あとひとり足りません」
「いやね、実はわたしも、そこそこ麻雀には自身があるのですよ」と戸塚は笑う。
「それに、どうしても私は、女流麻雀プロに勝ってほしいと考えてしまいます。そのほうが企画が円滑に進行しますからね。そのことは桜乃さんも理解していますから、公平性を規すために、あとのひとりは桜乃さんの味方となる人物である必要があったのです」
「…………」
玖郎は黙ったまま、戸塚を睨みつける。
「でも困ったことに、桜乃さんにはプロアクティブの関係者以外で麻雀をできる知人がいませんでした。いやね、ですから助かりましたよ。八咫さまにご同卓いただけるのであれば、誰も文句はありませんからね」
「……誰も文句はない、ですか」
「ええ。偶然に感謝です」
「言いましたよね。白々しいのはやめましょうって。こうなるように誘導したのは、あなただ。だから必要以上に煽るような憎まれ口を叩いていたのでしょう?」
「どうですかね。それは性分かもしれません」
舐められたものだ、と玖郎は感じたのだった。
自分はいま、この男に利用されている。桜乃このみを彼の用意した女流プロと入れ替えるための口実に。しかも玖郎が入った卓で戸塚は勝利を収めるつもりでいるのだ。
――俺が同卓しても、文句がない?
こうも見下されて、黙ってはいられない。つまり、これは│矜持《プライド》の問題なのだ。
麻雀にだけ心血を注いで。
人生の全てをベットして。
そんな自分の実力を軽んじるられているということに、玖郎は我慢がならなかった。
だから――――これは決して、あの桜色のVチューバーのためではない。
「ただいま、桜乃このみさんと件の女流プロから返信をいただきました。お二人とも今日これからでオーケーとのことです」
スマートフォンを操作する指を止め、戸塚は言う。
「勝負は半荘1回。八咫さんと桜乃このみさんペア対わたしと件の女流プロのペアということでよろしいですね」
玖郎は黙ってうなずく。
そして、先日見た桜乃このみの麻雀配信動画を思い返した。
正直言って、桜乃の実力には期待できない。実質、自分と相手ペアの1対2だと想定しておいた方が良いだろう。
――しかし、それくらいなら問題ない。
無冠とはいえ上位プロ。その程度の逆境でも闘う自信があった。
「そして勝敗は、対局終了時に桜乃このみさんと女流プロの持ち点が多いほうを勝利とする」
「…………は?」
戸塚の発言に、玖郎は驚きの声をあげてしまう。
「まってください。ペアの合計点ではなくて、桜乃と女流の個人の成績で競うんですか?」
「当然でございましょう、八咫さま。これはあくまで、おふたりの実力を測るのが目的なのですから」
「…………っ」
これは、かなり条件が厳しくなる。
この条件だと玖郎は桜乃を和了らせなくてはならなくなる。それは、自分が和了ることよりも、何倍も難しい。
――いや、それなら桜乃に和了らせようと苦心するより、相手の女流の点棒を削ることに専念した方がいいか――
「まあ、あとは――――八咫様とわたしは、相手方の女性陣からの出和了なし、といたしましょうか」
「――え」
「ご理解ください、八咫さま。本質がおふたりの勝負である以上、われわれはあくまで黒子なのです。もしそれが嫌なようでしたら、どうぞお引き取りください」
戸塚の笑みはもう、その底面に沈む意地の悪さを隠そうとはしていなかった。
「素人にビビり尻尾を巻いて逃げたプロがいたなんて、わたしは誰にも言いませんから」
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