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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(九)

1.Vチューバー続けてもいいですか?


「……は?」

 不意に素っ頓狂な話を始めた戸塚。

――AI? AIって人工知能のことだよな?

「いやね。我が社で開発した人工知能にバーチャルの肉体を付与して、動画配信者として世間に潤いと楽しい時間を提供する。それがプロアクティブ所属のバーチャルアイドルの実態なんです」

「なに……言ってるんですか」

 真面目な顔してバカなのではないか? 玖郎は、そう言い出したいのをぐっと堪える。

 確かに自信をAIと称して活動をしているVチューバーも存在する。
 
 否、原初はそれこそがVチューバーであったとも言えるだろう。
 
 しかしそれは、あくまで設定の話。

 Vチューバーを演じているのは、実際のところ生身の人間だ。

 少なくとも玖郎は、そういうふうに認識している。第一、あそこまで流暢に、人間の感情に寄り添って話せるAIなんて、まだこの世界のどこを探しても存在していない────ハズである。

「ええ、八咫さま。信じられない気持ちも分かります。そして、信じてくださらなくても構いません」

「え」

「ただ弊社は、そう主張している。うちのアイドルの中身はAIであると。つまり、ただのプログラムにすぎないのです」

 戸塚は両手の指をからめ、ずっしりと腰を沈める。

「弊社で作ったプログラムだ。それをアンインストールしようが中身を書き換えようが、別に勝手だと思いませんか?」

「…………」

 このとき玖郎はやっと、戸塚が言わんとしたいことを理解した。
 
 それと同時に、頭の管に勢いのよい血流を感じる。

「それは、つまり。桜乃の中身を別の誰かと入れ替える・・・・・ってことですか? 外面は一緒だからクビではない、と?」

 玖郎の問いかけに対し、戸塚はニッコリした笑みで返す。しかしそれは、あのときの彼女とは似ても似つかない類のものだった。

「ですから、入れ替えるのではございません。書き換えるだけです」

「そういった茶番は結構です」

 柄にもなく怒気のこもった口調の玖郎。それを見据える戸塚の瞳には、いささかの冷めたものを秘めていた。

 玖郎に持ち掛けられた影武者の話。それもどうかと思ったが、こっちのほうがもっと残酷だ。

「もともとは、桜乃このみを麻雀専門のVチューバーとして確立させる。それが戸塚さんの立ち上げた企画でしたよね? なら今の桜乃と入れ替わるのは麻雀に精通している誰かになるわけだ」

「……そうですね。まあ……、その方が誰になるかは、もう決まっておりますがね。女流の麻雀プロの方ですよ」

「麻雀プロ……。桜乃は、それに納得しているのですか?」

「していますとも。新しいほうは、ですけれどもね」

 自身の身体がわなわなと奮えるのを、玖郎は感じた。

 こんな話があるのだろうか?

 人気がでなかったから打ち切り。それは分かる。

 動画配信者として生きていくと決めた時から、それはリスクとして受けいれなければならないものだろう。
 
 しかし、たとえ失敗で終わったとしても、そこにいたるまでの経緯や積み上げてきたものは本人だけのものではないのか。

 活動をはじめて数カ月とはいえ、嬉しかったことや辛かったこともたくさんあっただろう。それを乗り越えた経験だってあるはずだ。

 それになにより、応援してくれていたファンはどうなる?
 
 彼女がなによりも大切に思っていたファンを、そっくりそのまま別の人物にかすめ取られるなんて、あんまりではないか。

「しかし……、でも、声とかでバレるんじゃないですか。その、中の人が変わったら」

「お気遣い、ありがとうございます。しかし、その点についての対策は考えておりますので。それに……」

 戸塚は視線を泳がす。それが意図されたものかはわからないが、一瞬の間が生まれる。

 そして戸塚は、

「どうせ誰も気づきはしませんよ。あんな鳴かず飛ばずのVチューバーの声が変わったところで」

静かに、そう言った。

「……」

「どうせ、このまま彼女が素人麻雀で配信を続けても、金になることはありませんからね。でしたらテコ入れとして、きちんと実力のあるプロを投入するという判断は、至極真っ当なものだと思いませんか?」

――ふうん。なるほどな。

 八咫玖郎は熱血漢というわけではない。どちらかというと根が暗く、皮肉を好む傾向にある。そう自信を評価している。

 一度対話しただけの女に、執拗なまでの情を抱くようなことはないし、他人が侮辱されて怒り狂うような経験もしたことはない。
 
 Vチューバーに特別な思い入れもなければ、桜乃このみとの特別な関係もない。

 それにこれは一度断った話である。玖郎はすでに無関係なのだから、首を突っ込む筋合いなどあるわけなかった。
 
 自分とは関係のないところで、関係ない誰かが仕事を降ろされる。
  
 それだけのこと。ありふれたこと。

 それひとつひとつに腹を立てる人間なんていない。もし、いたとしたら、そんなの身がもたないし、立てつかれた方もたまったものじゃない。

「なら……」

「……はい?」

「なら、もし桜乃が、そのプロより強いってことを証明出来たら、入れ替わる必要もないってことになりますよね」

「ええ、まあ……。証明できたら、ですがね。しかし、どうやって?」

 玖郎が桜乃このみを助ける義理なんてない――
――だから、これは│矜持《プライド》の問題だ。

「そういう茶番は、もういいって言ったでしょう。そういうつもり・・・・・・・なら、はっきり言えばいい」

 声を荒げる玖郎を前に、戸塚は眉をひそめる。
 しかしすぐに、ニヤリと笑い言った。

「恐れ入りました。察しが良くて助かります。麻雀で話をつけましょう、八咫さま。あなた方・・・・が勝てたら、桜乃このみの入れ替えはなしにしてあげてもいいですよ」


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