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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか? (四)

1.Vチューバー続けてもいいですか?

 以下、多嶋が持ち込んできた仕事の摘要。

 昨今、動画配信者の界隈でオンライン麻雀ゲーム『雀天』の実況が流行している。

 プロアクティブ所属のVチューバー達も例には漏れず、多くの者が雀天の実況動画を配信しているのだが、その全員がルールもおぼつかないような初心者なのだ。

 もちろん視聴者層はガチな麻雀なんて期待していないし、ただ演者がゲームをしながらする雑談のみを目当てとするファンも多いだろう。

 だからこそ、ガチの麻雀を提供する。

 麻雀という市場に新たな価値を期待したプロアクティブの、自社のVチューバーから麻雀に特化した者を売り出し、麻雀ファンを取り入れようという試み。

 そこで白羽の矢が立ったのが、デビューして間もない桜乃来紅。――――そして八咫玖郎だ。

 なんてことない。簡単な話。

 桜乃このみが麻雀ゲームの配信をする間、麻雀プロの玖郎が彼女に成り代わって麻雀を打つというだけ。

 桜乃は、あたかも自分が打っているかのように振る舞い、当たり障りのない発言やトークすればよい。

 可愛い女性Vチューバーが麻雀の腕も非常に立つとなれば、話題性もあり、より広いファン層を設けることが出来るという算段だ。

 すでに桜乃は、麻雀ゲーム配信を幾度か行っており、お世辞にも上手とは言えない技量をファンの方々に見せつけてしまっている。

 そこにいきなり、プロである玖郎が成り代わったら、モロバレの企画倒れもいいとこなので、当然、最初はわざと下手な打牌も織り交ぜる事にはなる。しかし、徐々に精度を高めていき、1~2ケ月後には全力で打って良いと言われている。

 プロアクテイブが用意したシナリオはこうである。
 ほとんど麻雀をしたことのなかった女性Vチューバ桜乃このみ。

 しかし彼女には秘めた麻雀の才能があり、それが配信を経て、急激な速度で開花していく。

 そして数ケ月後には、プロ顔負けの雀力までに成長し、天才麻雀Vチューバーとしての地位を獲得する。

「……はぁ」

 ただ玖郎には、気が沈むような話だった。

 それなりの報酬が出るとはいえ、自分が今まで研鑽してきた技術を、他人の名誉のために使うなんて。

 いや、人と呼ぶのが正しいかもわからない。コンテンツと呼称したほうが、玖郎にはしっくりくるようにさえ思った。
 
 それに、この企画に乗るということは、玖郎自身が麻雀プロとして日の目を浴びるチャンスを失うということになるのではないだろうか。

 今後を桜乃来紅の影武者として生きるということなのだから。

「あと30分くらいか」

 玖郎が時計に目をやると、デジタル表記で22時28分を指し示す。

 はじめ、玖郎はこの話を断った。

 やはり自分を捨ててまで誰かのために、麻雀を打つことはできないと考えたからだ。

 しかし多嶋に根負けする形で、プロアクティブの企画担当者とビデオチャットでの面談だけ臨むことになっていた。

 多嶋には、なにをやっても勝てない。

「まあ、あの人の顔も立てなきゃいけないしな……」

 そう呟きながら、玖郎は角が立たない断り文句を考える。

 ピピピピピピピピッ!

 そのとき、玖郎のPCからビデオチャットの通知音が鳴った。

 予定よりもだいぶ早い。寝転がっていた玖郎は慌てて飛び起きる。

 玖郎のチャットIDは、先方に多嶋が伝えているが、自分は相手のIDを教えてもらっていないので、未登録の連絡先が表示された。
 少し息を整えて、応答ボタンをクリックすると、画面には華やかな容姿の女の子が映し出された。

「――――え?」

 そこにはVチューバ桜乃このみが、配信時の姿そのままで映し出されていた。

『こんはろ~!! 初めまして! 八咫玖郎さん! プロアクティブ所属6期生。桜の精霊・桜乃このみだよ!! 本日は、よろしくお願いしますね!』

 満面の笑みでの挨拶に玖郎は少々、面食らう。
 企画の担当者との打ち合わせに、まさか桜乃来紅当人が出席するとは思わなかったからだ。

「あ、ども。……初めまして。八咫玖郎です」

 活気あふれる桜乃とは対象に、トボトボした擬音のような挨拶を返す玖郎。おそらく同年代であろう女の子相手に、なんだか気恥ずかしさのようなものを抱いていた。

『ごめんなさい、玖郎さんっ! お約束の時間よりも、早くに連絡しちゃいました!!』

「あ、いえ、えーっと。企画担当の方は?」

 ビデオ通話の画面に映し出されているのは、バストアップの桜乃だけである。

 Vチューバーの身体を出現させる際の仕様上、生身の人間が表示されないだけで、近くに彼女とは別の担当の人がいるのだろうと考えた。

 しかし、

『いないよ!』

桜乃は、きっぱりと、そう答えた。

「……え?」

『あっ、いないって言っても、今回の企画自体に担当の人がいないって意味じゃないからね!? 今、この場にはいないって意味! ごめんなさい! ごめんなさい! さっきの言い方だと、なんか変な感じに捉えられちゃうよねっ!?』

 焦った様子の桜乃は、ブンブンと振り子のように身体を左右に揺らす。
 玖郎はそれを、手振りが出来ないVチューバー特有の感情表現なのだと理解した。

 初対面にもかかわらず、タメ口で混じりの話し方なのは、彼女というキャラクターを遵守しているからだろう。その点については、失礼よりもまず先に、感心を覚える。

 ただ、どことなく台本を読んでいるというか、機械チックというか。抑揚のある発声ではあるものの、妙に無機質なものに、玖郎は感じた。
 バーチャルの存在との会話に、まだ慣れていないゆえかもしれない。

「なんで今、担当の方がいないんですか?」

 玖郎が問いかけると、桜乃の口角がくいっと上がる。微笑むかのような表情。
 その微笑みの意味するところは分からない。
 彼女の表情から、ダイレクトに心情を読み取るは困難そうだと、玖郎は考える。
  
『それはね!! わたしがいま、担当さんには内緒で、個人用のデバイスから玖郎さんに通話しているからだよ!』

「は……?」

『玖郎さん! わたし、どうしても直接、あなたに直接お願いしたいことがあるの』

 そのとき玖郎の心臓がドキリと音を立てたのは、女の子の口から自分の下の名を呼ばれたからではない。

 そのときの彼女の表情に。
 生身の人間には、まだ及んでいないだろうと思えるバリエーションの表情に。

 まるで真剣に牌を握る麻雀プロかのような、気迫を覚えたからだった。

『玖郎さん、お願い。どうか今回のお話を断ってもらえないかな!?』

 彼女は切に、そう言った。

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