見出し画像

麻雀店でチヤホヤされるために先輩巨乳女を丸裸にして撃破した話【完結】

 その日から、あのアカウントからのメッセージはパッタリとなくなりました。
 それどころかメッセージがあった履歴自体が消えています。

 ついでに言うと、わたしの巨乳もなくなりました。
 いや『巨乳がなくなった』ってなんだよという感じですが、事実そうなのです。スットントンです。

 結局、麻雀大会も総合3位で終了です。
 あの後は手が入らないうえに、下家が親のとき跳満に放銃してしまいました。
 現実なんてこんなもんですよね。

――――現実。
 いったいどこからが現実だったのでしょうか。

 一緒に参加した男性メンバーからは、すっごく称賛の声をいただきました。

「すげー良かったよ!」
「あんなに麻雀上手かったんだな」
「こんど一緒にセットしようや」

 お姫様扱いのチヤホヤとは違いますが、悪い気はしません。
 むしろ本当は、こういうのを望んでいたのです。
 それなのに、ピンクちゃんやあの女のような立ち位置と比べ、自身の本当の喜びを見失っていたのかもしれません。

 わたしは麻雀を捨てることはできませんでした。
 それはつまり、男性とも対等であり続けるという決定に他ならないと思います。
 卓上では性別なんて関係ありませんからね。

 わたしは今、自分の『麻雀が好き』という気持ちに向き合い始めました。
 実はプロ試験なんかも受けちゃったりして。
 見事合格することができました、褒めてください。
 
 本当に好きなことがハッキリして、それに対して努力を重ねる日々は、とても充実感に溢れています。
 男にチヤホヤされようと躍起になっていた日々とは、比べ物にならないほどに。

 それは現実です。
 さて、では現実じゃない部分とは、どこでしょうか。

 統合失調症――妄想型。
 端的に言ってしまうと、わたしはそれだったのでしょう。

 長年続いた不安定な家庭環境。
 上京によって急激に変わった生活環境。
 『男にもてはやされなくては、女として生きる意味がない』という、くだらない価値観へのプレッシャー。

 知らず知らずのうちに、心に負荷が積み重なり、わたしは現実と虚構の区別がつかなくなっていました。

 あたりまえの話です。
 現実には、願いを叶えてくれるメッセージアプリのアカウントなんて存在しません。

 ある日、突然、巨乳になるなんてありえなし、大量の洋服やコスメが無償で家に届くなんてうまい話があるわけないです。

 巨乳になったなんて所詮わたしの妄想です。
 服や化粧道具は自分で買い漁っていただけです。
 それをあたかも、不思議なアカウントの力で願いが現実になったなどと思い込んでいただけなのです。

 思い込みの力でコミュ力が上がったと勘違いし、男性スタッフに積極的に話しかけられるようになったのは、プラスに働いたと言ってもいいでしょうね。まあコミュ力なんてものは、結局、試行回数に比例する物ではありますが。

 バイト代のほとんどをファッション道具に費やして、金銭的に生活苦しくなっていたのも、心の病に拍車を掛けていたように思えます。

 でもやっぱり一番の原因は、わたしの産みの親――――
――――決して『お母さん』とは呼びません。

 わたしの気持ちよりも、自身の再婚を優先した、あの人。
 親という責務よりも、女であることを選んだ、あの人。
 男に愛されることを、何よりも優先した、あの人。


 わたしは、あの人の幻影として、ピンクちゃんを生み出しました。

 

 思い返せばピンクちゃんとは、第三者を交えての会話をしたことがありませんでした。
 
 彼女と話すのは必ず、わたしと1対1か。
 わたし視点で、彼女と他のメンバーが話しているという描写だけ。

 あの人とお父さんが話すのを、ただわたしが眺めている、という構図と一緒です。

 現実の男性メンバーの目の前で、わたしが幻影のピンクちゃんと談笑などしていたら即病院搬送とのこと間違いないでしょう。
 ピンクちゃんに話しかけて無視されているという現場もありましたが、あれは奇人認定ギリギリだたっと思います。

 頭がおかしくなってしまった女の、心の内の羨望と憎悪の象徴が、わたしの世界に現れたピンクちゃんです。
 

 そういうふうに割り切りっています。
 そういうことにしておきましょう。

 さてさて、これにて先輩巨乳女の正体を丸裸にしてやりました。
 彼女の幻影を打ち破って、今は割かし健康に生きております。

 こんな駄文にお付き合いくださった、みなさま。
 本当にありがとうございました。

 これからも、なにか活動の記録をお話させて頂くことがあると思います。そのときはまた、何卒よろしくお願いいたしますね。


「いや、タイトル回収雑すぎじゃない~?」

 わたしの後方から声が聞こえます。
 今日はアルバイトも非番。家でひとり、まったりとしていたのですが。
 
 彼女は急に現れました。
 あたかもずっと、そこにいたかのように、自然に不自然に存在を主張してきたのです。
 
 わたしは露骨に迷惑がる素振りを見せながら、ピンク色の服を身にまとった声の主に返事をします。

「なにか文句あるの? 幻影ちゃん」

 出来る限りの冷たい声を出したつもりだったのですが、彼女は意にも介さず、ニコニコとした笑顔を浮かべます。

「なんか人を色情の権化みたいな言い草してさ~。傷つくな~って」

 そう言いながらピョンピョンと跳ねるような動きをする彼女を、とても傷心していると思うことはできませんでした。

「わたしって、けっこうエッチなこととは対局に位置するものだと思うんだけどな~」

「そうかな。そんなことないと思うけど……。だったら、そんないやらしい身体つきにはならないんじゃない?」

「そう言われるとそうかも~。なんだかんだ言って、男ウケするし~」

「…………で。あのアカウントも、メッセージも、願いを叶えたのも。全部、あなたが不思議な力で起こした現象で、現実の出来事だって話だっけ? なにそれ、やっぱりあなた魔女とかなの?」

「魔女じゃないよ~。神様だよ」

「……神様」

「麻雀の、ね」

「ふうん……」

 麻雀の神様。

 お父さんがよく語っていたその存在が、まさかこんな身近にいたとは。
 それも同じ職場でしたよ。驚きです。

「お父さんが……、麻雀の神様は麻雀を好きな人を嫌いだって言ってた」

「そりゃ、そうでしょ~。基本、麻雀って女ウケ悪いよ?」

「……なるほど」

「そもそも、わたし。女の子のほうが好きだし~」

「……なるほど?」

「麻雀はやるけど、そこまで麻雀にお熱じゃない女の子が好みです!!」

「ストライクゾーンが歪だね」

 ピンク色の彼女は、わたしを指差して「正直、すっごくタイプだった」と言いました。

 背筋にゾっとしたものが奔ります。

――――そんなに男からチヤホヤされたい? 

 あの言葉は『最近お前調子乗ってない?』という意味ではなく、もっとストレートな 物言いだったようです。『同性じゃダメ?』的な……。

「だから願いを叶える代わりに、『麻雀を蔑ろにするかのような試練』を出したんだ?」

「そうかもね~」

「でも結局わたしは、麻雀を選んだよ」

「うん……」

 そのときはじめて、彼女の顔に暗さのようなものが浮かぶのを見ました。
 そしてゆっくりと、しかし、いつものような間延びした口調ではない、彼女の強いおもいを感じさせる言葉を紡ぎました。

「わたしは麻雀に一生懸命な人が嫌い。誰にも麻雀を好きになんて、なって欲しくない。だって麻雀へ打ち込んだ熱意に対する対価を、わたしは返すことができないから。それだけの力を、わたしは持っていないから」

 伏し目がちの彼女を、わたしはただ見つめます。

 麻雀から得られる成果報酬は、掛けた時間に比例しない。
 彼女――――わたしなんかよりも、ずっと麻雀に精通している大先輩――――はそう言いました。
 
 『麻雀続けても良いことないよ』
 『早くわたしに愛想を尽かして、別の人との幸せを見つけてね』
 そんなふうに思い、彼女は長く麻雀を続ける者にきつく当たるのだと。

 馬鹿みたいだと思いました。
 そんなの当事者からしたら、たまったものじゃないですよね。
 虐待みたいなもんです。

「ごめんね。わたし、あなたの気持ちとか分かってあげられない」

「別にいいよ~。わかってくれなくても」

 見慣れた笑顔に戻った彼女は「じゃあ、そろそろ帰りますね~。たぶんもう、会うことはないと思います」と言い、立ち上がりました。

「……あのさ。わたし、麻雀してるとき、すっごく楽しいよ」

 立ち上がった彼女を見上げる形で、わたしは言います。

 そうわたしが伝えると、少し困ったような顔で

「……ありがとう」

と返してくれました。

 その意趣返しのつもりか知りませんが、去り際に彼女がひとこと「そういえば、ずっと言いたかったんだけど。最近のお洋服、派手すぎて、ちょっとセンス悪いよ」と言っていました。

 何を言っているんだ、あなたが送ってきた服だろう? 
 そう思いましたが、ハッと気づきます。
  
 わたしは複雑な気分になり、ボフンとベットに横たわりました。
 可愛いくて『ずっと』憧れていたものだったのですが、センス悪かったのですね。

 あの人がなにを思って、こんな贈り物をくれたのかは分かりません。
 あの人がなにを思って、わたしに辛く接してきたのかは分かりません。

 でも、まあ。麻雀ほど理不尽なものではないでしょう。

 多少の理不尽にも慣れてきましたし、そろそろ向き合ってみてもいいのかもしれません。
 それで納得いかなかったら丸裸にでもしてやる覚悟で挑みましょう。

 そんなことを考えながら、わたしはアイフォンのメッセージアプリを起動しました。

 

 終わりです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?