![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/134165034/rectangle_large_type_2_3b62db602c225fbbd6335ed735249562.png?width=1200)
謎解き『ナイン』(3)(井上ひさし) ――中堅手はなぜ登場しないのか――
今回は、題名が『ナイン』であるにもかかわらず、小説中ではチームのメンバーが8人しか登場しない理由についてお話しします。
今回もちょっと皮肉な内容になるかもしれません。
4 『ナイン』には、なぜ8人しか登場しないのか
ナインの主将であった正太郎は詐欺師となり、ナインの絆を利用して、英夫と常雄を騙しました。
正太郎に騙されて、常雄は泣き寝入りしましたが、英夫は「正太郎のお陰で自分も仕事に励むようになった」と前向きに解釈しました。
英夫は正太郎の心酔者となり、正太郎を「陥れる(?)」動きに対しては、身を挺して彼を守りました。
涙ぐましいほどの努力です。
英夫が深い信心を持つのは勝手ですが、他者を巻き込むのは迷惑です。
英夫は、父である中村さんに損害を与えました。
中村さんが言うとおり、あの時、正太郎を警察に渡しておけば常雄もひどい目に遭わなかったでしょうから、常雄も英夫の二次的な被害者であると言えなくはありません。
強い絆で結ばれていたナインですが、結局地元に残ったのは畳屋の英夫と魚屋の誠だけです。
それは時代の趨勢ですし、仕方のないことです。
ただ、不思議に思うことが一つあります。
そんなに絆が強いのであれば、正太郎が昔の友達から寸借詐欺をして歩いているという噂を聞いた時、一人ぐらい正太郎に意見する仲間はいなかったのでしょうか。
もし親友が道を踏み外そうとしたなら、必死になって止めようとするのではありませんか。
私ならそうするし、多くの人もそうするでしょう。
もちろん、相手が遠くに行ってしまったとか、友人が怖い人の仲間になってしまったとか、止められなくなった理由がある場合は別ですが、正太郎の場合はそうではありません。
英夫は、正太郎の悪を止めるどころか、「正太郎がナインの一人を騙すのも、その人のことを思ってのことだから、どんどん騙せばいい」と考えていたのでしょうか。
英夫は度し難いから措いておきましょう。
他の仲間はどうしたのでしょうか。
丸の内の会社員の明彦、ホテルのコックの洋一、コンピュータ技師の忠、中学校教師の光二、魚屋の誠は何をしていたのでしょうか。
常雄は気が弱いから、正太郎に意見することなどできなかったでしょうが。
みんな自分の仕事が忙しくて、それどころではなかったのでしょうか。
仮にそうであっても、それも仕方のないことです。
みんな自分の生活のほうが大事です。
それに、仲間であっても詐欺師になったと聞けば、もう近づきたくなくなるのが人情です。
そうではありますが、それならあまり「絆」なんて言わないほうがいいでしょうね。
絆めいたことを言っているのは英夫だけですが。
自分や他人の家族の生活が壊れても「絆」を信じているのは英夫だけです。
私は「絆」を否定しようとしているのではありません。
家族の絆も、友人の絆も、地域の絆も、一般的には大切なものでしょう。
しかし、親から暴力を受ける子供は、一刻も早く親との絆を断ち切って、どこかで保護してもらわねばなりません。
友人から犯罪の仲間に入るように誘われたなら、その友人とはすぐに手を切らねばなりません。
絆を振りかざしてやたら個人の領域に侵入してくる地域に住んでいたら、転居を考えた方がいいかもしれません。
要するに、「絆」だからといって、いつもよいものでも、必ず正しいものでもありません。
何事も、良い面もあれば悪い面もあります。
ナインの絆は大事なのでしょう。
しかし、自分の生き方や家族の生活よりも大切な絆なんてあるのでしょうか。
騙してくる正太郎にまで絆を感じる英夫は異様です。
そこに、『ナイン』という小説なのに8人しか登場しない理由が潜んでいるのではないでしょうか。
絆を強調する小説『ナイン』の中で中堅手が無視されたのは、作者の故意です。
『ナイン』という題を持つ小説で、熟練した作家が一人をうっかり書き落とすなどということがあるはずはありません。
私は、「絆」が持つ負の側面を読者に訴えようと、作者が故意に仕込んだ仕掛けであったのだと思います。
新道少年野球団の「ナイン」は、英夫一人の幻想であったということです。
そうではなく、たとえ本当に作者のうっかりで書き洩らしたのであっても、作品を通して訴えようとした「絆」の大切さもその程度のものでしかなかったということになりませんか?
5 終わりに
「英夫」批判を、これでもかというぐらい語ってきましたが、どこかで恥ずかしさというか、虚しさのようなものを感じています。
本文を読まれている皆さんは、「この人は何をムキになっているのか」と思っていらっしゃることでしょう。
英夫の“異常性”など、実はみんなわかっておられます。
それが証拠に、現実に英夫みたいな言動をしたら、相手にされません。
詐欺師の噂が立っている人間について、「私は彼の昔を知っている。彼は善人だ。彼を信じて彼に100万円、無担保・無保証で貸してやってくれ」と言われたところで、貸す人はいないでしょう。
ネットのレビューが「『ナイン』はすばらしい」という賞賛で溢れているのは、ただ有名な作家が書いたものだし、テーマになっている「絆」はなかなか否定しにくいものだから、喝采しているだけかもしれません。
あるいは、高校野球に対して世間が持つ清々しさや爽やかさのイメージに、英夫や正太郎を重ね合わせているだけかもしれません。
もしそうであったら、私も救われる気分です。
私がムキになって公衆の面前で格好の悪い踊りを踊ったところで、私が恥をかくだけのことで、たいした問題ではありません。
ただ、中には、他人の気持ちに鈍感なくせに自分の思い込みは強い英夫のような人間に押し切られる常雄のような人もおられることでしょう。
「英夫」の被害者が一人でも減ったとしたら、私がムキになった甲斐もあるというものです。
いかがでしょうか。
『ナイン』の「真実のテーマ」、あるいは「テーマの空虚」について探ってみました。
皆さんの参考になれば幸いです。
〈初出〉YouTube 音羽居士「謎解き『ナイン』①~③ 中堅手はなぜ登場しないのか」2022年2月 一部改
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?